第92話 バレた か バレてないか
《キャラバン・ジゼニア22日目ーケルンジリア41日目ー》
「ヴィヴィオラ、どこかのお嬢様みたいだよ」
神斗が小さく笑いながら、まるで冗談のように囁く。
「あ……うん、ありがとう……。でもね、これ……冒険者用の服なんだよ?」
私は視線を落とし、頬の熱を隠すようにカチーフを指先で整えた。
「そういえば、ルードさんも確かにヒラヒラしていた服着ていたよね」
〖インダミタブル・ロック〗のメンバー、魔法士のルードさん。
前衛じゃないからこそできる服装だと思う。
私は、以前レンギア城下で買ったとってもお高いワンピースに耳を隠すカチーフ。
ワンピースは尻尾を隠すのにもってこいだ。
レンギアの城下ほどではないが、やはり魔人族は好まれないらしいので変装もかねて。
ジゼニアが滞留してから急造されたらしい街道は石の並びも粗くて、馬車はガタゴトと小さく揺れながら進む。
そして、キリフの門から目と鼻の先の停留所に馬車が止まる。
「お嬢ちゃん! 帰りは鐘6回にでるからな。デート楽しめよ~」
御者さんが振り向いて帰りの時間と余分な一言を投げかけてくる。
「で、デートぉ!?」
「買い出しもデートも同じだもんな。では、ヴィヴィオラ行きましょうか?」
神斗が苦笑しながらすっと手を差し出してくれる。
……しょうがないな。
こんな手、拒否できるわけないじゃない。
「検問……ドキドキするね」
「うん、そうだね。何か起きたら……その時は思いっきり走って逃げなきゃな」
ジゼニアの検問で、青い珠に反応はなかった。
だから、平気ーーなはず。
そう、信じるしかない。
「恐れ入りますが、少しお待ちください」
「な、何か問題でも?」
私は声の調子を抑えながら聞き返す。
ちょっと手のひらが汗ばんできた。
「いえ、問題はありません。ただ……ジゼニアから来られた方には、念のため追加の確認をさせていただいております」
ジゼニアから来たーー乗合馬車を降りたところをみていたのか。
検問係の男性はあくまで事務的に微笑んでいるが、その視線はまっすぐに私たちを突き刺していた。
彼は手元の記録帳から何かを切り取るようにして、検問兵にメモを手渡す。
「キリフにはどのような用事で?」
「買い物、ですかね。日帰りで帰ります」
神斗は肩の力を抜いたように笑いながら、あくまで穏やかに答えた。
「ご滞在の予定は……ございませんか?」
検問係の男性は一歩踏み込むように質問してくる。
「滞在はーー野営地で休んでいるんで」
それは意図的な回答だった。
ジゼニアに滞在していることをあえて言わないのは、神斗なりの警戒だったのだろう。
私もそうだけど、神斗も何か引っかかっている様子だった。
さっきまで一緒に馬車に揺られていた他の客たちは、そのような質問を受けていない。
こうして時間をかけて質問されているのは、完全に私たちだけだった。
「それなら……ご宿泊もご検討いかがでしょうか? 今なら、期間限定でキリフ城がカップル向けに特別開放されているんですよ」
「カカカカ、カップル!? 違いますよね! 神斗くん!」
「……まだ、口説いている最中なんです。今日はプレゼント探しに来てまして、それに野営地に荷物も置いてるので……。まだ、入ってはいけませんか? 何か俺たちに問題でも?」
ふと振り返ると、後方の列はすでに十人以上に膨れあがっていた。
視線もざわめきも、すべてが私たちに集まりはじめている。
「……あぁ、えぇ……と問題なしです。ようこそキリフへ」
私と神斗は、会釈をして足早にキリフ領都に入る。
「はぁーー! 指名手配されてるかと思ったよ! 心臓バクバクだったよ!」
「だね。無事に入れてよかった。でも早めに帰った方がよさそうだね」
「うん」
鈍感な私でも、今回の検問が時間を稼ぐためのものだったっていうのは、さすがに察した。
今すぐ、指名手配のように捕まえる感じではなさそうだけど。
「よーし! 爆買いするぞー! 食料品を!」
「ついでに武器屋も寄っていい?」
「いいよ。でも、その前にーー」
人通りの少ない路地の影で、私たちはひとまず服装を切り替えた。
【収納】ってサイコー!
すぐに別の服を取り出せるんだから!
「ほら、ラッキーでしょ」
「さすがLUK値全振りだね」
というわけで、結局わたしたちはお忍び旅モードでフードを深くかぶって、店回りをすることになった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「今持っている剣ではダメなの?」
今は神斗の要望で武器屋に立ち寄っている。
棚にはさまざまな剣が並んでいて、その中で神斗は一本の剣を手に取り、店主と真剣な顔で話し込んでいた。
「【鑑定】……」
この店にある剣の中で、神斗が今使っている聖封の剣よりも高性能なものは、彼が試しているその一本だけのようだった。
やはり高ランク武器はそう簡単には見つからない。
ランクが高い剣って探すのが大変そう。
「この剣さ……やけにピカピカしてるし、THE勇者って感じがして恥ずかしいんだ。あとあの王様の顔が浮かぶし」
「な、なるほど~。で、その剣が候補なんだよね? でも、流石だね。【鑑定】してみても、その剣が店で一番よさそう」
今神斗が使っている封剣よりも、この剣は刃が薄くて繊細な印象がある。
「でしょう。でしょう。この剣はテトス工房で作られていて。でも、半月前に後継者が殺されてハンマーを置いちまったよ。自分が打った剣で息子が冒険者に殺されるなんてなぁ」
ん? 聞いたことがある話だな……。
半月前に冒険者が関与した事件って、まさかガビル!
「う〜ん……ちょっと軽すぎるかな」
神斗は試し振りした剣をしばらく見つめた後、小さくため息をついた。
彼は慎重に剣を鞘に収めると、丁寧に両手で店主へ返した。
どうやら、手に馴染むかどうかを重視しているようで、今回はしっくりこなかったらしい。
「剣のことなら、ウィルに相談した方がいいかもよ?」
「そうだね。聞いてみるよ」
「よし、そろそろ帰ろっか! アストラもウィルも待っているだろうし」
でも……帰りもまた、あの検問を通らなきゃいけないんだよね。
ちょっとだけ、気が重い。
とはいえ、ここを通らなきゃ帰れないわけで。
立ち止まっても何も変わらないから、覚悟を決めて私たちは同時に、足を門へ向けた。
「あっ、お着替えされたんですね?」
「まぁ、冒険者の服の方が動きやすくて……」
「昼過ぎですし、馬車はまだ来ていないようですが……」
「歩きで帰りますよ。冒険者なので歩くのが平気なんで」
神斗がにこっと笑って返す。
その自然体に、相手もそれ以上言えなくなったようだ。
帰りも引き留められた以外、無事に領都をでられた。
「なんかさ……完全に居場所、バレてた感じしない?」
「野営地って誤魔化したけど、最初にジゼニアからの馬車に乗っていたのも見られているし、ほぼバレてる」
「でも、ジゼニアが早めに移動になってよかったよね。情報が広がる前に抜けられそうだし」
でも、強制連行も指名手配もされてないってことは、気のせいだった可能性もある。
どちらにせよ、ウィルにはちゃんと伝えとかなきゃ。
「しばらく、レンギアの件は何もなかったから平和ボケしていたかも」
「でも、それもあと少しだよ。テーミガン公国へ行ったらもう自由だ」
どうか何事もなく国境を越えれますように。
なんたって、私はラッキー全振りだから、うまくいくはず!
こんにちは、作者のヴィオレッタです。
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