第91話 ジゼニアが移動する
《キャラバン・ジゼニア21日目ーケルンジリア40日目ー》
護衛任務を無事に終え、ギルドに報告書を提出するべく受付前の待機列に並んでいた。
ギルド内が何か騒がしい。
妙にざわついていて、職員の動きもどこか焦っているようだった。
職員だけでなく、掲示板を見ている冒険者も「時期的にそろそろだもんな」「俺は戻るよ」とか口々に言い合いをしている。
「明日から依頼は出ないかもしれんな」
受付職員の横からナザル・ギルド長が話しかけてくる。
「もしかして移動なの?」
「そうだな」
「聞いていた予定より15日早いですね」
本来なら15日後にギルド移転の準備が始まるはずだった。
ウィルが時々呼び出されている会議で仮日として準備を始める通達が近々でるということは聞いていた。
「ああ、そうだな、情報収集していたんだけどよ。お前さんからも聞いたけどな。王様が死んだだろ。で、王位争いが勃発しているって話だ。ジゼニアは中立ってことになってるが、どうにも裏では手が回ってきてるみたいでな。こういうときはな、逃げるのさ」
「たしかーー緊急依頼が発動して、ギルド所属の冒険者は護衛任務があるんだっけ?」
「護衛任務! 結構、気を張るんだよね……」
私たちは今まさに護衛任務を終えたばかり。
「ヴィヴィは私が守りますので休んでてもいいですよ」
「い、いや……その護衛任務は仕事なんだよね?」
「お、おい、どうしたんだ? そんな過保護だと息が詰まるぞ。ウィルヘルム」
ナザル・ギルド長は目を細め、「……妹ってわけじゃないよな?実は血縁とかじゃなくて……?」と真顔で確認してくる。
けれど、じっと二人の様子を見ていたナザル・ギルド長は、数秒の沈黙の後、急にひとりで納得し始めた。
「うんうん……そういうことか……そうか、そうか……」
「えっ……何が『そうか』なの? 今の、どういう意味?」
「ん”!? 何なんですか?」
私と神斗は理解が追いつかず、困惑してウィルとナザル・ギルド長を交互に見た。
「まぁ、俺もだが人族にはわかんない事だよなぁ」
ナザル・ギルド長が鼻先を軽くさすりながらぼそりとつぶやいた。
「何がなんです!?」
「でも、お嬢ちゃんもビーストなんだよな?」
ビースト種……。
私は魔人族ビースト種に似ているが、少なくともステータス画面上では魔人族ではない。
つまり、魔人族じゃなければ、当然ビーストでもない……はず。
自分が何に属しているのかを、誰に聞いたら正解がもらえるのかさえ、分からない。
そして、その正解が、魔物だったら恐ろしいから聞くのも躊躇っている。
「まぁ、そうなんですけど…………たぶん……一応……」
「ヴィヴィオラは人族だよ!」
隣の神斗が突然前に出てきて、まるで宣誓のように胸を張って言い切った。
「へぇ?」
「ちょ、ちょっと神斗! そっ、そういえば次の目的地って……どこに行くのですか?」
「え? ああ、次はテーミガン公国だな」
ジゼニアの現在の滞在地はレンギア王国。
そこから向かうテーミガン公国とは、山脈のてっぺんを境に国境線がひかれているという。
「南下して船で向かうルートですね?」
「いや、それがな……さっき会議で決まった。今回は山越えルートを使うことになった」
ナザル・ギルド長は長年使い込まれた皮製の地図を広げ、指先で慎重に山脈の縁をなぞった。
「この山脈のここに検問所がある」
峠の頂き近くに、テーミガン公国とレンギア王国ーー二国の検問所が、互いの吐息が届くほどの至近距離で向かい合って設置されているという。
今は戦時ではないが、検問所に立つ兵士たちはいつ剣を抜くか分からぬほど神経を尖らせ、常に相手を睨みつけているらしい。
大変な山越えを選択する人が少なく、やることがないのも理由の一つだ。
小競り合いの火種は、たいていレンギア側の兵士が軽口や挑発を飛ばしたことから生まれ、テーミガン側の反応を招いてしまうようだ。
「山には魔物も多いが、国境を越えるとなると、ついてくる冒険者は十人に一人残るかどうかだ。まあ……お前さんたちが同行するなら十分だ。こっちも急ぎで移動せねばならん事情がある」
「急ぎで、ーー他に理由でも?」
「うむ……勇者召喚があったらしい。つまり戦争が始まるかもしれん。それが一番だな。周辺に魔人族を抱える国々の中で、軍事力が最も脆弱なのはジゼニアだからな。まず狙われる」
ナザル・ギルド長は「「なんで……レンギアだけが成功したんだか……」ハァと重たいため息を漏らした。
勇者=戦争と結びつくんだろう。
それほど、レンギア王国が周りから危なっかしい国って思われているんだ。
「やっぱり……あの国、最初から戦争するつもりだったんだな」
「魔王って言ってたでしょ? あれってどうやら魔人族の王の事らしいよ。第五王子がそれっぽいこといってたもん」
「えぇ? 思っていた魔王と違う……」
きっと神斗も魔物を従える王だと思っていたんだろう。
やだ、第五王子のこと思い出しちゃった……。
「ウィルヘルム、少し時間あるか?」
「私……ですか?」
「ああ、今回の移動について、商統が★ランクに護衛任務とは別に依頼したいことがあるそうだ。お前が筆頭候補ってわけだ」
★ランクって凄いんだなぁ
そういえば、副団長だった頃のウィルは、単独行動で魔物の群れを片付けたって話もある。
改めて凄い人と一緒に旅してるんだな。
「山道の途中にゴブリンの巣があるらしくてな。検問を通過するには、それを掃討するのが条件みたいだ。会議はその件だろう」
「なるほど……でもゴブリン程度なら、他の冒険者でも対応できそうに思えますが?」
ウィルが静かに疑問を口にする。
ゴブリンかぁ……、人型がついに。
「それがな……放置が長すぎて、集落が手に負えない規模になっちまったらしい」
「キング個体がいるんですか・・・」
「そういうこった。ゴブリンキング確認済みだ」
「ジゼニアの護衛の人数をさくわけにもいかないからな。だが、お前さんなら一人でもいけるだろう?」
「多分、緊急依頼になるからな。断らないでくれよ?」
ウィルと別れたあと、私と神斗、そしてアストラは、ランタンの優しい明かりに照らされた道を並んで歩いていた。
「移動だって。ようやくレンギアから脱出だ」
「うん。旅の再開だね。買い出ししないと」
「そうだなーー。アストラの肉はたんまりあるから良いとして、俺たちのご飯とかかなーー」
「ギャウウウンン」
アストラは『ご飯』という一言にぴくりと反応し、首を傾けながら瞳をきらきらさせてこちらを見てきた。
食いしん坊さんである。
「ああっ、そういえば……キリフに行くのすっかり忘れてた! お菓子通りが有名だって聞いてたのに……」
「明日、キリフに行ってみる?」
「ううん。レンギア王国のキリフ領都だしやめておく」
「尻尾は残念そうに垂れ下がってるけど?」
神斗がちらりと私の後ろを見て笑う。
意識してなかったけど、私の気持ちはちゃんと、尻尾に出てしまっていたらしい。




