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第90話 光る砂糖の実の庭

「ヴィヴィ、あまり気に病まないでください」

「……」

「そうそう、アストラが動きを止めたっていっても、最後に仕留めたのはヴィヴィオラでしょ? ダガーで一撃、凄いじゃん」

「ダガー……、そう、倒した。……刺し……」


 あのときは、ただ喰われたくない一心だった。

 その後は粘着糸でぐるぐるにされて、気がつけば決着がついていたーーそんな感覚だった。

 親スパイダーの顎の下から突き上げるようにして、脳天までダガーを貫通させ、緑色の液体が吹き出したのを思い出す。

 それを思い出した途端、震えは指先から始まり、肘の奥まで広がっていった。


「大丈夫ですよ、ヴィヴィ。この世界は、全て等しく死が近いのです。敵意に怯んではいけません。ーーそれに、あのスパイダーは人族を5人、食べています」

「へっ!?」

「あの繭みたいなやつ、そうなんだ……燃やさなくてよかった。持って帰ってギルドに任せればいいんだっけ?」


 神斗が指さした繭に目を向ける。

 粘着質の糸で何重にも巻かれた楕円形の塊にそっと触れた。

 この中に人が……。

 

「じゃあ……このまま保管しておくね……。【収納(アイテムボックス)】」


 収納と同時に頭の中に[人族4][魔人族1]の文字が浮かび上がる。

 うわぁぁぁぁ……。

 

 私が繭を【収納(アイテムボックス)】に収めたのを確認すると、神斗は無言で前に進み、行き止まりを塞ぐようにびっしりと張られた蜘蛛の巣に、ためらいなく火を放った。


「さて……ヴィヴィ。あれが砂糖の実の群生地ですよ」


 燃え尽きた蜘蛛の巣のその先、洞窟の天井がぽっかりと口を開け、まばゆい陽光が降り注いでいる。

 その光に照らされた地面は、無数の宝石を散りばめた絨毯のように、一面きらきらと輝く秘密の庭


「わぁ……、綺麗……これ、夢じゃないよね……?」


 神秘的で、ただただ、見惚れるしかなかった。

 一面を覆い尽くす光の粒。

 その輝きの正体は、30センチにも見たいない低木に実った砂糖の実。

 空気をすべるように流れ込んでくるのは、ほのかに舌をくすぐるような甘い香り。


「これが……砂糖の実、なんだ……」


 夢のような景色に私は言葉を絞り出すように呟いた。

 それにしても、なぜ洞窟の天井がぽっかりと開いているのだろう。

 

「にしても……なんでこんな風に、天井だけぽっかり空いてるんだろうな」


 神斗も同じことを思っていたらしく首をかしげながら、空を見上げる。

 

「たしかに……言われてみれば、不自然よね」

「あー、それはな。ここが廃棄されたドラゴンの巣穴だからだな」

「ミゲルさんっ!」

「もう全部片付けちまったのか。へえ……やっぱり、お前ら強いな」


 ミゲルは笑いながら、私たちをぐるりと見渡した。

 

「本当に……ここに、ドラゴンが?」


 この低木の上に、ドラゴンが乗っていたの?

 木がバキバキに折れそうなんだけど本当なんだろうか?

 

「あぁ。ただ、いつかは戻ってくるかもしれないな。数10年単位で巣穴を替えるんだ。今はもっと南の山にいるって噂だ」

「アストラの親戚だな」

「お、おぉぅ……、やっぱ、そいつはドラゴンなんだな……」


 私の胸元ですやすやと収まっていたアストラは、革紐で作られたネックレス風の首輪を揺らしながら、大きな欠伸をしている。


「さぁ、今から収穫開始だ。今晩には、とびきりの光景が見られるはずだぜ。楽しみにしておけ、お嬢ちゃん」


 ミゲルは私の頭に大きな手を乗せながら、「今からは俺たちの仕事だ、お前さんたちは帰りまでゆっくりしてな」となでる。

 力強い! ちょっと痛い!

 こんなにも美しい景色の上に、さらに何かがあるというのだろう?  ーー夜が、待ち遠しい。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



「枝の先にこうして実が生ってるの、不思議ですね。しかもこの枝、柔らかいのに芯があって、ぐにゃって曲がっても折れないんだよ?」


 私は両手をそっと添えて、枝の先になっている砂糖の実を優しく包み込むように収穫する。

 ころん、と手のひらに転がる感触が愛らしい。


「半年ぐらいで収穫できるんだが、前回あんなことになったからな……」


 収穫用の籠を手にしたおじちゃんは、手を止めて遠くを見つめながら、小さな声で心苦しそうに呟いた。

 その口ぶりから察するに、私の【収納(アイテムボックス)】に収められている人たちの事なのだろう。

 話によると、ガビル率いるCランクパーティと新人Eランクパーティとの合同護衛でこの洞窟に来たらしい。

 ところが現地に到着するや否や、ガビルたちは荷馬車の番を理由に戦闘を回避し、魔物掃討をEランクの新米たちに押し付けたという。

 結果、彼らは親スパイダーの養分となってしまった。


「冒険者は自己責任とはいえ、新人冒険者たちにしてみりゃ、Cランクってだけで信じちまうさ。あいつらが中身スカスカだなんて、キリフの冒険者ギルドの失態もんだ」


 もちろん、ガビルたちは「命が一番大事だろ!」」と怒鳴りながら、まるで被害者のような顔で現場を後にし、自分たちだけさっさと逃げ帰ったらしい。


 その一件もあって、今回はジゼニアの冒険者ギルドに依頼したそうだ。

 キリフ所属の上位の冒険者もジゼニアの拠点を移しているのもある。


「まさか……また、あのガビルの名前を聞くことになるなんて」

「ああ。罪があるとしたら、力量不足と分かっていながら、単独派遣じゃなく合同任務なんて形で無理にねじ込んだ、あのギルドの判断だな」


 ちなみにミゲルは、この収穫係のおじちゃんの護衛担当らしい。

 他のメンバーも収穫係とマンツーマンでペアを組んでいて、今回の護衛体制はかなり念入りに整備されている。

 

「あと、リーダーとして素行の悪いパーティとの合同は、止めるのという判断も重要です」


 ウィルも護衛しているのかな?

 しゃがみながら作業をしているおじちゃんと私は、巨大な男性に囲まれて居心地が悪い……。

 かつて犠牲になったEランクパーティは、キリフ領近くの小さな村で育った幼馴染たちのパーティだった。

 早くランクをあげて名声を得たい欲が判断をにぶらせたのだという。


「まぁ、過ぎたことだ……。さぁ、もうそろそろ日もくれる。夕食でも食べようじゃないか」


 ひととおり話を聞き終えた頃には、空の色がオレンジがかっていて、洞窟の入り口に差し込む光も心なしかやわらかくなっていた。


 洞窟の中で寝泊りするって素敵だ。

 ジゼニアにたどり着くまで、ずっと空の下での野宿ばかりだったから。

 

「天井、屋根代わりがあるだけで、安心感があるーー!」

「甘い! 甘いよ! ここもだけどさ、洞窟って魔物がいることが多いよ?」


 〖インダミタブル・ロック〗のパーティメンバーのエルネスが豪快にかぶりついていた骨付き肉の骨を指代わりにして、私の胸の甘い考えをチクリと突いた。


「えっ、そうなの?」

「そうそう、でも、大抵匂いでわかるかな? あいつら、もう……信じられないくらい臭うからさ!」

「おいおい、やめろエルネス。せっかくのメシが台無しになるだろ……れ」


 ミゲルはどこか本気でイヤそうで、私はふふっと笑ってしまった。

 だがエルネスはにやりと悪い顔を浮かべて、まるで反撃のチャンスを逃さない子どものように話を続けた。


「ミゲルはコボルトのマーキング場所で滑ったんだよね。盛大に!」

「あの時の消臭処理で水魔石何個使ったか……ほんと、冗談じゃなかったよ」


 ローブの裾をちょっと気にしながら、ルードは懐かしむように文句を垂れながらもどこか楽しそうだった。


「匂いが取れなかったんだから仕方がないだろっ!」


 この〖インダミタブル・ロック〗ってパーティ、本当に仲がいいなぁ……と、私は楽しそうにじゃれ合う彼らを見ながら思った。

 リーダーのミゲルも偉ぶる様子はなくて、メンバーの冗談を笑って受け止めていて、みんな本当に信頼し合ってるのがわかる。


「それより……お嬢ちゃん、ちょっと外を見てみな」


 私は言われるまま、砂糖の実の群生地へと視線を向けた。

 そこには、雲ひとつない夜空にぽっかりと浮かぶ満月が、やわらかな銀光で群生地全体をそっと照らし出していた。

 そして枝々に残る砂糖の実が、月の光に照らされるたびにほのかに七色の輝きを返し、水晶の粒が夜空に咲くような幻想を生んでいた。


「……まるで夢の中みたい……幻想的……」

「……ええ、本当に美しい光景ですね」


 気づけばウィルが私の隣に立ち、まるで自然な流れのようにそっと群生地の中心までエスコートしてくれる。


「こんな景色……生まれて初めて見たかも……」


 漂ってくるのは、実から滲み出すような甘くやわらかな香り。

 ロマンティックという言葉すら足りない、この空気に心まで溶けそうになる。

 ふと見下ろすと、さっきまで実を収穫していた枝先に、小さな透明の花びらが咲いていた。

 砂糖の実だけでなく、その透明な花びらが月光を反射しているのだ。

 月の光と花のきらめきが、ウィルの瞳に映り込んでいる。

 

「……こんな美しい夜に、ヴィヴィが隣にいるなんて本当に幸せなことですね」


 さらりと囁かれたその声に、思わず鼓動が跳ねた。

 

「わ、私は……っ、えっと、その……!」


 うまく言葉が出ないまま、そっと彼の袖をつかむ。


「キュウゥゥゥーー」

「置いていくなってさ、アストラが」


 神斗はアストラを小脇に抱えながら、ゆっくりと夜の光景を抜けてこちらへ歩いてくる。


「アストラがじーっと見てるんだけど」

「ヴィヴィの顔が赤いからじゃない?」

「あ、赤くなんて……ないからっ!」


 その瞬間、ふわりと神斗が笑う。

 

「なんかいいね、こういうの。洞窟も夜も、景色も。……あと……ヴィヴィオラといるのも」


 ……二人とも、ずるい。

 そんな顔で、そんな言葉で……もう、どうしたらいいかわからなくなるじゃない。

【★お願い★】

こんにちは、作者のヴィオレッタです。

最後まで目を通していただきありがとうございます。

少しでも 「また読んでやるか」 と思っていただけましたら、

広告の下にある【いいね】や【☆☆☆☆☆】ポイントを入れてくださるとめっちゃ喜びます。

最後に誤字や言葉の意味が違う場合の指摘とかもお待ちしております。

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