悪役令嬢にざまぁされないように、負けている場合ではありません④
「大丈夫だったぁ?」
心配そうな、不安そうな琥珀色の瞳が、私を見る。
その大丈夫は、私を気遣うものか、それともマリアンに対してのレフィトの対応に対するものか……。
「大丈夫だよ」
きっと比重は違うけれど、両方なのだろう。
私が微笑めば、安堵のため息をこぼし、レフィトは笑う。
「ねぇ、レフィト。物理的な攻撃は無理だけど、マリアン様が相手なら私でも戦えるよ?」
「うん。でも、余計な好奇心や敵意、悪意がカミレに向かうのを、オレが許せないんだぁ」
え、でも皆の前で、剣を捧げてくれたよね?
意味を知ったら、けっこうヤバいことだったって怖くなったけど、すごくドキドキしたし、嬉しかったのも事実。
思い出すだけで、心臓が壊れたみたいにドキドキする。
だけど、それはとても目立っていて、生徒だけではなく、剣術大会を見に来ている貴族も目にしているんだよね。
絶対に好奇心を持ったり、敵意や悪意を持った人がいたはずだ。
「それなら、どうして皆の前で……」
剣を捧げてくれたの? と聞くのは、気恥ずかしくて口ごもってしまった。それでもきちんと伝わったようで、眉を下げ、困ったようにレフィトは笑う。
「オレが守りたいのは、守るのは、カミレだって宣誓したかったんだ。ごめんねぇ」
優しい色をした琥珀色の瞳に、穏やかに紡がれた言葉に、知らず知らずに入っていた力が抜けた。
いつもと違ったマリアンへの漠然とした不安が、小さくなっていく。
レフィトは、余計な好奇心や敵意、悪意がと言った。つまり、宣誓したのもレフィトの中で、何か意味があったのだ。
デメリットもあるはずだけど、それを上回る何か……。
自惚れかもしれない。でも、それはきっと──。
「私を守るため?」
「オレのためだよぉ」
そう言うレフィトの瞳は、どこまでも優しくて、どこまでも甘い。
その瞳に、私のためだと確信を得た。
学園内で、レフィトが私を守ると宣言した。
宣言しなくても、婚約者という立場だから守るということは、おかしなことじゃない。
それでも、わざわざ言ったのだ。
あぁ、そうか……。そうすることで、より私に手出しをしにくくしてくれたのか。
これから先、レフィトが騎士として、より高みに上るにつれて権力も手にしていく。騎士団長へと近付いていくなかで、やっかみは増えるだろう。
それを、牽制してくれたのだ。
甘えてしまっても、レフィトは受け入れてくれるだろう。
そこは、嫌なものを何も見なくてもいい、守られて、包まれて、幸せに浸かっていられる、心安らげる場所かもしれない。
だけど、だけどね。そうはなりたくないんだ。
レフィトの後ろで守ってもらってばっかりだけど、隣に並べる私になりたい。
「私も、レフィトのこと守りたい。力も、何もかも足りないけど……」
自分のことだって、守れてない。レフィトに心配ばかり、かけている。
何もできていない私が、口にするにはおかしいかもしれない。
だけど、言葉にしないと。そうしなければ、気持ちは伝わらないから……。
「ううん。たくさん守ってもらってるよぉ」
「守ってもらってるのは、私の方でしょ?」
レフィトは少しだけ困ったように、それでも嬉しそうに、瞳を細める。
「カミレには、敵わないなぁ」
そう呟くと、レフィトの顔が私に近づいた。
甘い琥珀色の瞳に囚われたように見つめていれば、近すぎて視界が歪んだ。柔らかいものが頰へと触れ、離れていく。
その箇所を手で押さえ、レフィトを見れば、甘やかに微笑まれる。
頬にキスされたんだ──。
頭で理解した途端、体は沸騰し、息もできないほどに心臓がバクバク言っている。
顔へのキスは初めてじゃない。それでも、毎回、胸が締め付けられる。
好きで、好き過ぎて、恋に溺れてしまいそうだ。
「かーわいい」
満足気に細まった琥珀色の瞳の中には、口をパクパクと動かす、間抜けな私が映っている。
なんで、レフィトはこんなに余裕なんだろう。
婚約して、そろそろ半年にもなれば、普通のことなのかもしれない。
それでも、自分だけが狼狽えてしまうことがほんのちょっと妬ましくて、レフィトを睨んだ。
私だって──。
椅子から立ち上がり、レフィトへと手を伸ばす。
そのまま、引き寄せ、勢いのまま、頰へと唇を押し当てた。
お世辞にも、スマートとは言えない頬への口づけ。
けれど、これが今の私の精一杯。
好きが大きいと、前世での経験値なんか、何にも役に立ってくれない。
「カミ……レ?」
まん丸になった琥珀色の瞳に、笑ってみせる。
本当は余裕なんてないけれど、私だってレフィトの一番隣にいるのは、私だって言いたい。
公衆の面前で、何をやってるの? という、自身の心の中の叫びには耳を塞ぐことにする。
あとで絶対に、恥ずかしくなるやつだけど、勢いだって大事だ。
「次も頑張ってね。応援してる」
こくりと無言で頷くと、少し痛いくらいの力でギュッと抱きしめられた。
「行きたくないなぁ。カミレのそばにいたい……」
「私もそばにいたいよ。でも、かっこいいレフィトも見たいな」
耳元で呻るレフィトの柔らかな黒髪を撫でる。
「……一瞬で倒す。そしたら、すぐに戻って来れるし、カミレに良いところを見せられるよね?」
うぁ……、可愛い……。
私の瞳を覗き込み、甘えた声を出すレフィトの可愛さにキューンとなる。
あまりの可愛さに、レフィトが何を話しているのかもよく理解できないまま、頷いた。
「すぐに戻ってくるから。ネイエ嬢、カミレのことよろしくねぇ」
ひらりと手を振って、レフィトはまた試合へと向かっていく。
その後姿を見ながら、さっきレフィトが何て言ってたっけ? と考える。
たしか、一瞬で倒すって言ってたような……。
「一瞬で倒す!!??」
本気? と、もう声が届かない距離にいるレフィトの背中を呆然と見詰める。
「レフィト様なら、やるでしょうね」
静かに言ったネイエ様の言葉に、相手が可哀想だな……と、ほんの少しだけ同情した。




