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悪役令嬢にざまぁされないように、負けている場合ではありません③

 

 そんな私の変化に気が付いたのか、レフィトは私の方を振り向いて、へらりと笑った。


 私の頭を一撫でし、「怖がらせて、ごめんねぇ」と囁いた声は寂し気で、思わずもう一度レフィトの手を握る。

 そうすれば、琥珀色の瞳は細まり、今度はへにゃりと笑った。


「カミレ、大好きだよぉ」


 私だけに聞こえるよう、耳元で紡がれた愛の言葉に、体温が急激に上がり、心臓がうるさいくらい鳴っている。


「私も、レフィトのこと大好きだよ」


 ドキドキし過ぎて、レフィトのことが見れなくて、視線はつま先へと向かっていく。

 それでも、この穏やかな空気が心地良い。

 心がふわふわするような、この幸せに浸ってしまいたい。


 けれど、その時間は長くは続かない。マリアンが目に涙を溜めて、私たちを見ているのだ。

 再びレフィトは、マリアンに視線を向けた。

 穏やかな空気は消え、刺すような冷たい空気を纏っている。



「オレはもう、マリアン嬢のそばには戻らないよぉ。前にも、言ったよねぇ? 関わるなって。忘れちゃったぁ?」

 

 マリアンが瞬きをすれば、一粒のしずくがこぼれ落ちていくが、ここにマリアンを守る人はいない。

 マリアンのそばにいるのは、レフィトの雰囲気に怯えるご令嬢たちだけなのだから。

 

「可哀想な、レフィト……。私を守るために、カミレさんのそばにいなければならないなんて……」


 他のご令嬢たちは震えているのに、マリアンは悲劇のヒロインを発動した。

 はらりはらりと涙をこぼしている。

 

「レフィトがそばにいてくれたら、私、怖くないわ。大丈夫よ。もう無理しないで?」

 

 涙を拭きながら、儚(はかな)げに笑ってみせるけれど、言っていることは意味不明。

 本人の中では、説明がついているんだろうけど、傍から見ていると、関わってはいけない人にしか見えない。

 マリアンの目に、現実はどう映っているのだろうか。

 

「無理も何も、オレはカミレのそばにいたいし、カミレのために剣を握るって決めてるから。お前らに関わられると、迷惑なんだぁ」

「…………迷惑?」

 

 心底、レフィトの言っていることが分からないという風にマリアンは首を傾げた。

 

「レフィトは、騎士団長になるのでしょう? 私を守ってくれるのよね?」

「守らないよ。お前らなんか、守る価値もない」

 

 間延びしない、鋭さを増したレフィトの言葉に、慌てて止めに入ろうと思った。けれど、繋がっている手の強さがほんの少し増した。


 大丈夫だから、待ってて。

 そう言っている気がした。


 もし、言い争いに発展するのであれば、止めに入った方がいいだろう。

 だけど、今日のレフィトは怒っているけれど、冷静さは欠いていない。この間のデートの時とは、様子が違う。


 うん。信じよう。

 纏(まと)う雰囲気は冷たくても、繋いだ手は温かいから。

 魔王様になっていないレフィトなら、自制してくれるはず。


 開きかけた口を閉じ、私も少しだけ強く手を握り返す。

 言わなくても伝わったのだろう、レフィトの親指が優しく私の手の甲を撫でた。



 そんな私たちのやり取りを知らないマリアンによる、悲劇のヒロイン劇場は終わらない。

 誰も慰(なぐさ)めてくれないし、誰も庇(かば)ってくれなくても、通常運転を続けていく。

  

「可哀想なレフィト……。言わされているのね」


 レフィトの言葉を信じてないのか、それとも受け入れたくないのかは分からない。

 燃えるような赤い瞳に悲しみを映し、可哀想な自分に酔いしれていく。

 

「マリアン嬢はさ、勘違いしてるよね。たとえ、オレが騎士団長になったとしても、マリアン嬢を守ることはないよぉ。守るとしても、国王だからぁ。王妃は、別の人が担当になるんだよぉ?」

「そんなこと、心配しなくても平気よ。私がレオに頼めば、護衛対象を私に変えてくれるもの。もしかして、私の護衛じゃなくなるのが嫌だったの? だから、わざと突き放すようなことを言ったのね」

 

 ん? どういうこと?

 何をどうすれば、そうなるの?


 マリアンから飛び出したとんでも理論に、脳の処理がなかなか追いつかない。

 思わずマリアンを凝視していれば、レフィトはため息を溢した。


「何でこんなに話にならないのかなぁ。オレは、マリアン嬢も王子も守らないよ。お前たちにそんな価値ないからぁ」


 呆れたような声で、レフィトは再び価値がないと言った。


 国王様がいくら許していたとしても、公衆の面前で王族に対して言って良いこととは思えない。

 それを二度もレフィトは口にした。


 大丈夫なのかな? 不敬罪になったりしないよね……。

 不安で、心臓が嫌な音を立てている。

 

「……本気なの?」


 さっきまで悲劇のヒロインをやっていたマリアンの声が、僅かに鋭くなった気がした。

 悲しみの表情を浮かべることなく、赤い瞳が、じっとレフィトを見ている。

 けれど、その姿が幻覚だったのではないかと思うほど一瞬のうちに、悲劇のヒロインに戻っていた。


「私の気を引くためなんでしょう? 今なら、許してあげるわ……」

「お前に許してもらうことなんて、一つもないよぉ」


 マリアンは、レフィトの言葉にショックを受けている。

 その姿は、いつものマリアンだ。

 だけど、さっきレフィトを見ていた赤い瞳が頭から離れない。


 さっきのは、何だったの? 気のせい?

 得体の知れない不気味さが、胸の中へと広がっていく。


「カミレさんのそばにいるようになってから、変よ? このままじゃ……、後ろ盾を失ってしまうわ」

「そういうの、興味ないからぁ」

「それじゃ駄目よ。騎士団長になれなくなるかもしれないわ……」

「別にいいよぉ。そこまでして、なりたいものじゃないしねぇ」


 レフィトの言葉に、マリアンは信じられない……という表情をした。


「お願い、目を覚まして……」

「マリアン嬢の方こそ、オレに幻想を抱くのはやめてくれないかなぁ? オレは、もうあなたの下へは一生戻らないんだからさぁ」


 その言葉に、マリアンは僅かに後ろに下がった。

 それでも表情は崩さず、瞳に悲しみを映したままだ。


「可哀想な、レフィト……。すっかり洗脳されてしまったのね。すぐに何もできなくて、ごめんなさい。私が絶対に目を覚まさせてあげるから……」


 そう言うや否や、マリアンは走り去ってしまった。

 突然の逃亡に、唖然としていれば、マリアンの取り巻きの令嬢たちも、少し迷った末にマリアンを追いかけていった。

 

 

 

いつもお読みくださり、ありがとうございます!!

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