悪役令嬢にざまぁされないように、協力した方がいいですか?①
手紙での約束の日が来た。
なんと、指定された場所は貴族御用達の店らしく、ドレスコードがあるという。
プライバシーが守られるという利点があり、商談やお忍びなど、数多くの貴族が利用するそうだ。
プライバシーが守られるのはとても良いことだし、貴族御用達の店というのも相手が貴族なのだから納得だ。
でも、ドレスコードって……。
つまり、再びドレスを着なくてはならないってことじゃん。
「いてててててっ!!!!」
「キレイになるために、多少の痛みは我慢ですよ」
「で、でも痛いものは痛いし……」
「我慢です」
こんなにすぐにレフィトのお家でお世話になるとは……というか、ドレスを着なくてはならないと思ってなかった。
ドレスを着る=アンたち侍女さんたちからのマッサージ再びに、既に私は半泣きだ。
「あと、どのくらいかかりますか?」
「まだまだですよ。始まったばかりじゃありませんか。他のことでも考えて、気を紛らわせていてください」
「そんなぁ……」
手紙の相手に会うだけなんだから、マッサージはいらないよ……と心の中でぼやきながら、アンのアドバイスに従ってここ最近のことを思い浮かべることにした。
したのだが、痛すぎて痛いしか考えられない。
「アン、無理です。痛みに勝てません」
そう宣言すれば、アンにカラカラと笑われた。
「そのうち慣れますよ。レフィト様に嫁ぐのですから」
「嫁ぐ……」
体の体温が上昇したのが自分でも分かる。
そんな私を見て、アンは嬉しそうに瞳を細めた。
激しい痛みは和らぎ、少しずつ気持ちよくなってきた。
うとうととしながら、今日のことを考える。
手紙を出したのは、誰なんだろう。罠だったら、レフィトを危険に巻き込んでしまったら……。
考えれば、考えるほど不安が湧いてくる。
駄目だ、切り替えよう。
不安になったところで、仕方がない。
目を閉じて、吸った息の倍の時間をかけて吐いていく。
自分なりの気持ちを切り替える方法があって良かった。不安にのみ込まれなくて済むから。
考えるなら、楽しいことがいい。
そうだなぁ……。最近だと、アザレアとゼンダ様のこと……かな。
私とレフィトが去って、ふたりきりになったあと、話し合って、無事に和解したそうだ。
ゼンダ様は少しだけ素直になり、相も変わらず駄目だしを言うけれど、ふたりきりになると茹でダコみたいに顔を真っ赤にして、褒めてくれるようになったとアザレアが言っていた。
けれど、人前では以前と変わらないため、アザレアとゼンダ様は喧嘩ばかりしている。
ゼンダ様の中身がお子ちゃまなのは、すぐに変わることはできないみたいだけれど、一方通行でまったく気持ちが伝わらない片思いから、気持ちを察してもらえる片思いに進化したらしい。
「ゼンダ様は、私が気持ちを察してあげないといけませんの」
そう言ったアザレアが嬉しそうだったので、両想いになる日も近いかもしれない。
そうなったら、本物のケンカップルの誕生になるので、少し楽しみでもある。
そのうち、ダブルデートなんかするのもいいかもしれない。
レフィトとふたりも楽しいけれど、みんなでのお出かけもきっと楽しい。
そんなアザレアとゼンダ様は、学園でも一緒にいる姿を見ることが増えた。
アザレアが私に冤罪をかけたと言うようになってくれたからというのもあるけど、それだけじゃないだろう。
ゼンダ様は駄目だしをしながらも、アザレアと一緒にいられて嬉しそうだ。
問題は、レフィトがお願いしたことを忘れたのか、ふたりそろって私のことを優しいと言っていることだろうか。
女子だけの授業になると、アザレアは突進するかのごとく近づいてきて、私とペアを組もうとするし、レフィトと行動をしていてもゼンダ様と一緒にそばに寄ってくることも多い。
もしかしたら、一緒に私を嵌めようとしていた令嬢たちからは無視されているみたいなので、それが辛いのかもしれない。
アザレアが無視されていることに対して、マリアンからのフォローはないようだけど、冤罪をかけたことへのお咎めもないみたい。
アザレアの起こした行動は、彼女の暴走として「アザレアだからね」という感じで受け止められたらしい。
その変わりなのか、新しい噂が誕生した。
私は純粋なアザレアを騙し、ゼンダ様の弱みを握っているそうだ。
相変わらず、噂での私は悪女だ。
実際は、アザレアに懐かれたのだが。
そういえば、レフィトとまだあまり仲良くなかった時も懐かれたと思った気がする。
あれ? 私って押しに弱い?
前世でも何かと押し付けられることが多かったような──。
「────っっ!!??」
い、痛かった。何、今の。
さっきも痛かったけど、比べものにならないくらい痛いんだけど……。
「アン? 今の何?」
「不安感を和らげるためのツボですね」
きっぱりそう言われ、視線をアンに向ける。
「坊ちゃまがおそばにいれば大丈夫ですよ。実戦の数こそ劣りますが、旦那さまよりお強いですから」
少し自慢げに言ったアンの言葉に、レフィトとの会話を思い出す。「親父だと骨の二、三本は覚悟しないと勝てないからさぁ」と言っていた。
嘘だとも、冗談だとも思っていなかったけれど、第三者から聞くとよりレフィトの強さが伝わってくる。
「騎士団の訓練って、見学できるんですか?」
見てみたいと思った。
レフィトが強いからじゃない。努力してきたからこその、今のレフィトを見たい。
「できますよ。カミレ様は坊ちゃまの婚約者ですから」
「そ……うなんですね」
婚約者という響きにまだ慣れない。
気恥ずかしさに、変に言葉が途切れた私を見るアンの視線の温かさがつらい。
「今度、内緒で行こうと思います」
事前に行くと伝えたら、レフィトは訓練よりも私を優先するような気がする。
だから、こっそり行こう。差し入れを持って。
高価なものは無理だから、手作りでも大丈夫かな?
「喜ばれますね」
そう言うアンは、すごく嬉しそうだ。
それなのに、その瞳に滲む後悔は何だろう?
「どうしたんですか?」
「いえ。カミレ様は坊ちゃまの手がお好きですか?」
どういう意味だろう。
レフィトが好き、ではなく手を好きと聞く真意が分からない。
けれど、どこか懇願するような雰囲気に、アンにとって重要なことなのだろうと思う。
「もちろんです」
私の言葉を聞いた瞬間、アンは泣きそうな顔をした。
「……ありがとうございます」
絞り出すように発せられた言葉。ホッとしたような表情。
何か、あったのだろうか。
どうして、あの手を愛さずにいられるのだろう。
レフィトの手は、誰よりも努力している手だ。
固くて、ゴツゴツしていて、柔らかさなんて、どこにもない。あるのはマメで、ずっと剣を握り続けてきたからできたのだと素人の私でも分かる。
頑張り続けてきた証だ。
「レフィトの手は、ずっとずっと頑張ってきた証です。きっと、私では想像もつかないほど、頑張り続けてきたんだと思います。その手を愛さない理由がないですから」
「レフィト様を、これからもよろしくお願いいたします」
まるでレフィトの母親のようだな……と思った。
たった一度しか会ったことのない本当の母親よりも、アンの方がレフィトのことを案じている。
何だか、そんな気がした。




