許すとか、許さないとか①
「カミレ、本当に悪かった……」
泣き出す寸前のような顔を向けられる。
反省している人を責めるのは、正しいことなのだろうか。
もしかしたら、ログロスは二度と同じ過ちを犯さないかもしれない。
チャンスを与えることがログロスのためになる可能性だってある。
生まれた迷いを消すために、細く長く息を吐く。
ログロスが私に手を上げるのは、今回で二度目だ。
一度目は、サーカスの時。
あの時は変装をしていたから、私だとは気づかれてはいないし、レフィトのおかげでその手が私に届くことはなかった。
私とログロスの関わりは、多くはない。
それでも、一年の間に二回。
前世で考えたとしても、高校生は何も分からない子どもとは言えない。善悪の判断はつく。
少し一緒にいたから、情が湧いたのかもしれない。
もしかしたら……という可能性を考えてしまう。
「今回、もし私ではなく別の方が相手でも謝りましたか?」
「……どういう意味だ?」
「私とログロス様は、勉強を通して良好とまではいかなくても、関係が以前よりも改善していました。もし、名前も知らないような相手だった場合、罪悪感を抱きましたか?」
「そんなの感じるわけないだろ?」
あぁ、やはり変わらないのか。
ログロスは、少し良くしてくれた相手に怪我をさせたから、謝罪しているだけ。
他者を傷つけてはいけないということ自体を理解しているわけじゃない。
「……私は、謝罪を受け入れることはしません」
「──っ! そう……だよな。血もたくさん出てたしな」
大きな身体が丸まっていく。
力なくうなだれる姿は、幼い。
「怪我をさせられたから、許せないんじゃありません」
「じゃあ、どうしてだよ……」
縋るような視線に苦笑が漏れそうになる。
けれど、ここで甘い顔を見せては、互いのためにならない。
「あなたが他者を踏みつけることに、疑問すら抱かないからです」
私の言葉に、ログロスは眉間にシワを寄せる。
そして何も言わず、考える様子を見せた。
「カミレの言ってることが分かんねー。俺にも分かるように、教えてくれないか?」
ログロスは、理解しようとしてくれている。
けれど──。
「自分と大切な人に向けられる言葉や態度にだけ敏感で、他者の気持ちに鈍感すぎるんです。……これ以上は、ご自身で考えてください」
私が言えるのは、ここまでだ。
今後どうするかは、話し合いで決まることだろう。
ログロスから視線を外し、横目でレフィトの様子を見れば、小さく微笑まれる。
「ルドネス侯爵家は、アグリオ・ラルトルスに処罰を望みます」
レフィトは、国王様に向かって静かに告げた。
「待て。治療費と慰謝料を支払う。それで手打ちだ」
「親父、いいから……。怪我をさせた俺が悪い」
「たかが子爵家のものだ。金さえ与えれば、問題はない」
ログロスの父親──ラルトルス辺境伯は私を見る。
これ以上、手を煩わせるな。視線で、そう言われた気がした。
「で、いくら欲しいんだ?」
「……いくらまでなら払うんですか?」
正直、お金は欲しい。
レフィトが支払ってくれた治療費を返すために、最低でもその額は必要だ。
「なんだ、やはり金目当てじゃないか。ルドネスの息子と婚約したのも、どうせ金だろ」
小馬鹿にするように鼻で笑われ、意識的に口角を上げる。
「お金で私の気持ちは動きませんよ」
「あ゛?」
「お金なら、将来的に自分で稼ぎます。私がレフィトに求めてるのは、健康でいてくれることです」
「あー、なるほど。それをルドネスの息子は信じたってわけ。おい、ルドネス侯爵。おまえのとこの息子は馬鹿だな」
品のない笑い方をするラルトルス辺境伯に、レフィトから聞いた話を思い出す。
カナ様の父親とベルベット夫人の結婚式を誰の許可もなく、自分とベルベット夫人の結婚式にするような人だもんなぁ。
自分のことしか考えていなかったとしても、不思議じゃない。
「……馬鹿はお前だ。自分の息子が令嬢に怪我をさせた謝罪も言えないのか」
レフィトのお父さんは、淡々と抑揚のない声で話す。
「私なら息子の腕を切り落として、二度と過ちを繰り返させない」
………………え?
信じられない言葉が聞こえた気がする。
「親父、そもそもオレはそんな馬鹿じゃないよぉ。それに腕を斬り落とすのは、さすがにまずいって。折るくらいにしておかないとさぁ」
「再発防止には、斬る方が適切だ」
「それは一瞬で終わるじゃん。何度も折れば、その回数だけ恐怖を植え付けられるんだし、有効性は高いってぇ」
へらりとレフィトは笑うと、ログロスの腕を見る。
「折るか?」
レフィトのお父さんもまた、ログロスの腕に視線を向ける。
「折らないよぉ。カミレが自分のせいかもって気にしちゃうでしょぉ?」
その答えに、レフィトのお父さんは小さく頷く。
「で、ラルトルス辺境伯は、今回の落とし前はどうつける?」
「あと、王子も家臣の不始末、どう責任取るのかなぁ?」
突然飛んできた火の粉に、レオンハルト王子は小さく肩を揺らした。
「ログロスをこのまま手元に置くの? それとも、側近候補から外すのかなぁ?」
どちらを答えても、王子にとっては痛手だろう。
手元に置けば、側近候補は何をしても許されると周囲は認識するだろうし、外せば何かあった時にすぐに切り捨てる人物だと印象づける。
「俺は……」
言い淀んだ王子は、マリアンをチラリと見る。
マリアンは不安げに王子に寄り添うけれど、何かを言うことはなかった。




