2話 あなたの嫌いな、『わたくし』
今日のピジン副隊長は、コーヒーを片手に、新聞を読んでいる。
ピリピリとした緊張感はない。
今日は非番らしい。
ピジン副隊長はインドアタイプらしく、休みの日は新聞や本を読み、わたくしと遊んで過ごす。
今日はどうやら違うらしい。部屋着から私服に着替えている。
「どっかいっちゃうの?わたくしを置いて?」
ピジン副隊長はわたくしを信頼してくれていて、彼がいるときは自由にさせてくれる。
だから、やろうと思えば、今ここでピジン副隊長をつつける。
わたくしは狙いを定めていると、ピジン副隊長は楽しそうに微笑む。
「大丈夫、大丈夫。ハートフルレンジャーを置いていかないよ」
ピジン副隊長は、笑うと目が細くなる。細くなりすぎて、なくなっているようにみえる。
そんな笑顔をみると、わたくしの心は暖かくなる。
ヘンテコな名付けは、やめてほしいが。
「今日はな、ハートフルレンジャー。デートしようか!」
「……へ!?」
混乱するわたくしの前で、ピジン副隊長は自慢げに鳥かごを抱えた。
○○○
「……それで、鳩娘を連れてきた訳か」
「おう」
「……俺と模擬試合してくれるんんじゃなかったのか」
「ハートフルレンジャーと遊ぶついでに、お前と試合する」
「俺の用事、ついで!?」
バスさんは頭を抱える。
わたくしが同じことをされたら速攻絶交だが、バスさんは諦め、項垂れていた。
若干かわいそうに思いながらも、自分のことを優先してくれたのが嬉しくて、ちょっとニヤケてしまう。
「おっ!ほら、見てみな、ハートフルレンジャー」
ピジン副隊長はハイテンションで遠くの景色を指差す。
「霧山だ!今日はいい感じに霧がかかっているな!運がいい!」
バスはちらっと山をみる。
「お前、ポポ山好きだよな」
ポポ山には、常に霧がかかっている。ひとたび迷ったら、二度と元の道には戻れないといわれている。
トハエイの昔話では、霧の向こう側は神の世界であり、人々に恵みと罰を与えるといわれ、人々に恐れ敬われている。
軍事上でも重要な拠点であり、他国の侵略を幾度も防いでいる。
ポポ山は霧に包まれてはいるが、気候条件が合えば、昼の一時間だけ、頂上のみ霧が晴れて光が指す。
その美しさは人々を感動させ、名のある他国の作家は「天使の道」と称したほどだ。
国は、観光資源として、また防衛拠点として使うため、頂上に国営の施設を建てている。
施設には格式高いレストランと大広場があり、貴族たちの社交場や迎賓館、さらには結婚式の要素まで兼ね備えている。
「ピジンも、将来はポポ山で結婚式でも開くか?」
「俺の身分だと無理だろ」
「相手の身分が高ければなんとかなる。お前ならいい人見つかるぞ」
「はいはい」
どうやら、ピジン副隊長に恋人はいないようだ。
……その事実に、わたくしはほっとした。
「……え?」
ほっと、した?
自分の気持ちに困惑していると、ピジン副隊長が鳥かごを覗きこむ。
「ハートフルレンジャー、どうした?元気無さそうだね」
「い、いや。なんでもない、です」
そっぽを向くと、ピジン副隊長はくすりと笑う。
「ハートフルレンジャーは嘘が下手だね」
わたくしは息をのんだ。
「え!?い、いや、その……」
「分かっているって」
彼はかごの上から優しく撫でる。
「寂しいんだろ?あとでいーっぱい抱き締めてあげるよ」
「……そ、そんなこと思ってないわ!わ、わたくしを何だと思っているの!?」
「はいはい、怒らない怒らない」
ピジン副隊長がわたくしをからかっていると、誰かがこちらにかけてきた。
気づけば、ピジン副隊長とバスさんは町の中心部にいた。
駆け寄ってきたのは、所々穴の空いた服を着ていた、貧相な子供達だった。
顔をしかめたくなる服装だが、子供たちの表情は明るい。
「ピジンさん!」「こんにちは!」「今日はお仕事じゃないの?」
ピジン副隊長は眉も潜めず、振り払うこともせず、ポンポンと頭を叩く。
「おう、今日は休みだ。ごはん食べているか?」
「ピジンはいつもそういう!」「食べているよ」「今日はパンの耳たくさん食べた!」
子供達のあとをおって、大人たちが駆けてくる。
子供の手を引き、母親らしきひとが頭を下げる。
「すみません、副隊長様。無礼な真似を……」
ピジン副隊長は軽く首を横に振る。
「いえ、気にしないでください。皆さんが元気でいてくださることが、我々の幸せですから」
彼は微笑む。
わたくしに見せる、緩みきった顔ではない。
民を愛し、民のためにいきる、トハエイの警備隊副隊長の顔だった。
その表情も、素敵で、
わたくしは、
「……」
わたくしは、彼のことが……。
「おい、ピジン」
バスさんではない、甲高い声がした。
「ピジン!ピジン副隊長!バス隊員!こっちにきなさい」
バスさんは露骨に嫌そうな顔をする。
「げえ、隊長……。休み中になんだよ」
ピジン副隊長は無表情で敬礼する。
「隊長、いかがしましたか」
隊長は、逃げていく子供達を軽蔑の目で見送り、メガネをくいっとあげる。
「緊急指令です。至急、出動なさい」
「承知しました」
淡々と答えるピジン副隊長だが、バスさんは隊長をぎろりと睨む。
「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」
「バス君。尋ねる前に動け。それが警備隊の仕事だろ?」
「……そうですが……」
「全く……」
渋々ながら、隊長は答える。
「リルイア・ヘロデ・トバラワカ様が失踪された」
「っ!」
わたくしのことだ。
バスさんも真面目な表情になる。
「犯罪でしょうか。それとも、」
「現状では誘拐と考えている。即刻探し出せ」
言うだけ言うと、隊長はさっさと立ち去る。
彼のいく方向は、警備隊とは真逆だ。
「人に命令するんだったら、まず自分が率先しろや」
「まあまあ」
二人は警備隊の方へと走り出す。
結構なスピードだが、ピジン副隊長はわたくしに負担がかからないよう、鳥かごは水平に持ってくれている。
走りながら、バスさんは考え込む。
「なんつーか、ミドルネームがヘロデってことは、王族だよな。敵対的な国が誘拐したとか?」
「今は近隣諸国との関係は良好だ。違うだろ」
「なら金目的?」
「だったら、あの家が処理している」
ピジン副隊長は、冷たく言う。
「どうせ家出だ。あの娘はわがままだからな」
……わたくしは、心が凍りついた。
「ピジン、知っているのか?」
「お前も聞いたことあるだろ。我が儘お姫様の噂」
「あー、自己中の?」
「どうせ、自分の思い通りにならないから、家を出て、周りを騒がしているんだ」
バスさんはニヤリと笑う。
「お前にしては珍しく嫌っているな。それだけで、どんだけやばい奴なのかひしひしと伝わるぜ」
「ふん」
……ピジン副隊長は、わたくしを、人間であるわたくしを、
嫌って、いる。