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悪徳令嬢、ドバトになる  作者: カメメ
3章 楽しい副隊長との暮らし
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2話 あなたの嫌いな、『わたくし』

 今日のピジン副隊長は、コーヒーを片手に、新聞を読んでいる。


 ピリピリとした緊張感はない。


 今日は非番らしい。


 ピジン副隊長はインドアタイプらしく、休みの日は新聞や本を読み、わたくしと遊んで過ごす。


 今日はどうやら違うらしい。部屋着から私服に着替えている。


「どっかいっちゃうの?わたくしを置いて?」


 ピジン副隊長はわたくしを信頼してくれていて、彼がいるときは自由にさせてくれる。


 だから、やろうと思えば、今ここでピジン副隊長をつつける。


 わたくしは狙いを定めていると、ピジン副隊長は楽しそうに微笑む。


「大丈夫、大丈夫。ハートフルレンジャーを置いていかないよ」


 ピジン副隊長は、笑うと目が細くなる。細くなりすぎて、なくなっているようにみえる。


 そんな笑顔をみると、わたくしの心は暖かくなる。


 ヘンテコな名付けは、やめてほしいが。


「今日はな、ハートフルレンジャー。デートしようか!」

「……へ!?」


 混乱するわたくしの前で、ピジン副隊長は自慢げに鳥かごを抱えた。


 ○○○


「……それで、鳩娘を連れてきた訳か」

「おう」

「……俺と模擬試合してくれるんんじゃなかったのか」

「ハートフルレンジャーと遊ぶついでに、お前と試合する」

「俺の用事、ついで!?」


 バスさんは頭を抱える。


 わたくしが同じことをされたら速攻絶交だが、バスさんは諦め、項垂れていた。


 若干かわいそうに思いながらも、自分のことを優先してくれたのが嬉しくて、ちょっとニヤケてしまう。


「おっ!ほら、見てみな、ハートフルレンジャー」


 ピジン副隊長はハイテンションで遠くの景色を指差す。


「霧山だ!今日はいい感じに霧がかかっているな!運がいい!」


 バスはちらっと山をみる。


「お前、ポポ山好きだよな」


 ポポ山には、常に霧がかかっている。ひとたび迷ったら、二度と元の道には戻れないといわれている。


 トハエイの昔話では、霧の向こう側は神の世界であり、人々に恵みと罰を与えるといわれ、人々に恐れ敬われている。


 軍事上でも重要な拠点であり、他国の侵略を幾度も防いでいる。


 ポポ山は霧に包まれてはいるが、気候条件が合えば、昼の一時間だけ、頂上のみ霧が晴れて光が指す。


 その美しさは人々を感動させ、名のある他国の作家は「天使の道」と称したほどだ。


 国は、観光資源として、また防衛拠点として使うため、頂上に国営の施設を建てている。


 施設には格式高いレストランと大広場があり、貴族たちの社交場や迎賓館、さらには結婚式の要素まで兼ね備えている。


「ピジンも、将来はポポ山で結婚式でも開くか?」

「俺の身分だと無理だろ」

「相手の身分が高ければなんとかなる。お前ならいい人見つかるぞ」

「はいはい」


 どうやら、ピジン副隊長に恋人はいないようだ。


 ……その事実に、わたくしはほっとした。


「……え?」


 ほっと、した?


 自分の気持ちに困惑していると、ピジン副隊長が鳥かごを覗きこむ。


「ハートフルレンジャー、どうした?元気無さそうだね」

「い、いや。なんでもない、です」


 そっぽを向くと、ピジン副隊長はくすりと笑う。


「ハートフルレンジャーは嘘が下手だね」


 わたくしは息をのんだ。


「え!?い、いや、その……」

「分かっているって」


 彼はかごの上から優しく撫でる。


「寂しいんだろ?あとでいーっぱい抱き締めてあげるよ」

「……そ、そんなこと思ってないわ!わ、わたくしを何だと思っているの!?」

「はいはい、怒らない怒らない」


 ピジン副隊長がわたくしをからかっていると、誰かがこちらにかけてきた。


 気づけば、ピジン副隊長とバスさんは町の中心部にいた。


 駆け寄ってきたのは、所々穴の空いた服を着ていた、貧相な子供達だった。


 顔をしかめたくなる服装だが、子供たちの表情は明るい。


「ピジンさん!」「こんにちは!」「今日はお仕事じゃないの?」


 ピジン副隊長は眉も潜めず、振り払うこともせず、ポンポンと頭を叩く。


「おう、今日は休みだ。ごはん食べているか?」

「ピジンはいつもそういう!」「食べているよ」「今日はパンの耳たくさん食べた!」


 子供達のあとをおって、大人たちが駆けてくる。


 子供の手を引き、母親らしきひとが頭を下げる。


「すみません、副隊長様。無礼な真似を……」


 ピジン副隊長は軽く首を横に振る。


「いえ、気にしないでください。皆さんが元気でいてくださることが、我々の幸せですから」


 彼は微笑む。


 わたくしに見せる、緩みきった顔ではない。


 民を愛し、民のためにいきる、トハエイの警備隊副隊長の顔だった。


 その表情も、素敵で、


 わたくしは、


「……」


 わたくしは、彼のことが……。


「おい、ピジン」


 バスさんではない、甲高い声がした。


「ピジン!ピジン副隊長!バス隊員!こっちにきなさい」


 バスさんは露骨に嫌そうな顔をする。


「げえ、隊長……。休み中になんだよ」


 ピジン副隊長は無表情で敬礼する。


「隊長、いかがしましたか」


 隊長は、逃げていく子供達を軽蔑の目で見送り、メガネをくいっとあげる。


「緊急指令です。至急、出動なさい」

「承知しました」


 淡々と答えるピジン副隊長だが、バスさんは隊長をぎろりと睨む。


「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」

「バス君。尋ねる前に動け。それが警備隊の仕事だろ?」

「……そうですが……」

「全く……」


 渋々ながら、隊長は答える。


「リルイア・ヘロデ・トバラワカ様が失踪された」

「っ!」


 わたくしのことだ。


 バスさんも真面目な表情になる。


「犯罪でしょうか。それとも、」

「現状では誘拐と考えている。即刻探し出せ」


 言うだけ言うと、隊長はさっさと立ち去る。


 彼のいく方向は、警備隊とは真逆だ。


「人に命令するんだったら、まず自分が率先しろや」

「まあまあ」


 二人は警備隊の方へと走り出す。


 結構なスピードだが、ピジン副隊長はわたくしに負担がかからないよう、鳥かごは水平に持ってくれている。


 走りながら、バスさんは考え込む。


「なんつーか、ミドルネームがヘロデってことは、王族だよな。敵対的な国が誘拐したとか?」

「今は近隣諸国との関係は良好だ。違うだろ」

「なら金目的?」

「だったら、あの家が処理している」


 ピジン副隊長は、冷たく言う。


「どうせ家出だ。あの娘はわがままだからな」


 ……わたくしは、心が凍りついた。

 

「ピジン、知っているのか?」

「お前も聞いたことあるだろ。我が儘お姫様の噂」

「あー、自己中の?」

「どうせ、自分の思い通りにならないから、家を出て、周りを騒がしているんだ」


 バスさんはニヤリと笑う。


「お前にしては珍しく嫌っているな。それだけで、どんだけやばい奴なのかひしひしと伝わるぜ」

「ふん」


 ……ピジン副隊長は、わたくしを、人間であるわたくしを、


 嫌って、いる。


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