2話 『愛されている』わたくし
空から探しても、魔法使いの姿はなかった。一生懸命探していたが、疲れてしまい、わたくしは地面に降りる。
「どうしましょう……」
誰かに助けを求められるなら、まだ方法はある。
けれど、わたくしの言葉は届かない。
どうやっても。
「……あっ、けど、文字なら伝えられる?」
地面をつっついて文字を書いてみる。時間こそかかったが、「こんにちは」と文字を書けた。
「やった!」
ちょうどこのタイミングで、誰かが通る。隠れてみると、通行人がわたくしの字を指差す。
「こんにちは、だって!」「誰が書いたんだろうねー」
言葉は届かないが、書いた文字は伝わるようだ。
希望の光がさしてきた。
「あとは、誰かに伝えればいいわね!!」
へとへとだったが、力がわいてきた。
いいことは続くもので、通行人の後ろに、今日のお茶会にも来てくれた同性の友人たちが歩いていた。
あの女性たちは、自分磨きと、どうでもいい噂話ばかりに関心がある、頭の悪い女性だ。血筋だけはいいので、仲良くしてあげている。
わたくしは彼女たちの前に出る。
「どう書けばいいかしら。あの子たちは間抜けだから、簡潔に書かないと」
文字を書こうとするが、彼女たちはわたくしに目もくれず、さっさと先に行ってしまった。
「ま、待ちなさいっ!」
慌てて追いかけていると、彼女たちの口から、わたくしの名前が出る。
「リルイア様って、本当に生意気よね」
周りの女性たちは、否定しない。むしろ同調する。
「偉ぶってて、私きらーい」
「もう、あの人のこと好きな人なんていないでしょ」
「それもそうね」
彼女たちはキャッキャと笑いあう。
わたくしは、呆然と立ち尽くす。
「な、何を言っているの?」
彼女たちは、わたくしに美しいと、羨ましいと言っていたではないか。
困惑するわたくしに気づかず、彼女たちはわたくしの悪口で盛り上がる。
「自分だけが愛されているって思っていてね」
「私たちのことを見下している」
「今日だって、雰囲気悪くしてね」
「ほんと、いかなきゃよかった」
「あんなんだから、トッキャ大臣にしか好かれてないのよ」
「トッキャ大臣も、王族の血を引いているから可愛がっているだけでしょ? そうでもなければ、あんな女、一緒にいて損しかないわ」
「ほんとほんと!!」
……。
わたくしは、隠れる。
心臓が、バクバクと鳴る。
彼女たちがいなくなるまで、わたくしは、
……その場から、動けなかった。
○○○
雨が、降り始めた。
冷たい、冷たい雨。
体が、冷たい。
「……どこか、休める場所に、いかないと」
わたくしはよろよろと歩く。
見慣れた道にたどり着く。
気が付いたら、わたくしは自宅に帰っていた。
トッキャ大臣に蹴られかけた記憶がフラッシュバックする。
大臣の馬車はなかったので、もう帰ってくれたはずだが、身体が震えて、震えて、仕方ない。
わたくしは、泥棒のようにこそこそと、裏口から屋敷に入る。
裏口は使用人しか使わない。いつもなら怒鳴り散らす相手である使用人だが、今のわたくしは近くを通るだけで恐怖を覚える。
使用人たちは楽しげにお喋りする。
「今日のお嬢様も理不尽だったわよ」
「甘えて育てられたら、ああなるわよね。怒りを通り越して可愛そう」
「庭師がクビになったらしいわよ」
「むしろ、庭師はありがたいんじゃない? あたしも、こんな職場と早くおさらばしたいわ」
……。
わたくしは、見つからない様に草の中を進む。濡れた土はぬかるんでいた。
細いピンク色の足に、灰色の身体に、汚ならしい土が付着する。
雨で濡れた羽根をどうにか動かし、わたくしは自室のベランダにたどり着く。
窓は閉まっていた。
開いていたとしても、入る勇気はなかった。
部屋の中の豪華な調度品が、いつもよりもキラキラと輝いて見えて、いつもよりも造り物じみて見えた。
パタン、と扉が荒々しく開く音がした。お義父様とお義母様がわたくしの自室に入ってきたのだ。
わたくしの暗く沈んだ心に、光がさす。
二人は部屋の隅々までチェックして、顔を見合わせる。
「リルイア様、どこに行ってしまったのかしら」
「用事もなく、外出するなんて、あの子らしくない」
わたくしのことを、心配してくれている。
「……そうよね、だって、わたくしは二人の娘ですもの」
愛されて当然だ。
二人に、わたくしが鳩になったと伝えなくては。
窓のそばまでいく。
ガラスをつついた方が良いか、それとも体当たりすれば良いのかと悩んでいると、お義父様はため息をつき、こう言った。
「我が儘で皆を振り回しておいて、家出とは、いったい何に不満を持っているんだか」
わたくしの頭は、真っ白になる。
聞き間違いだと、思いたかった。
けれど、お義母様はしきりに何度も頷く。
「ええ。もっと性格が良い子を養子にもらえばよかったわ。あの子のそばにいると、ストレスたまる一方よ」
「だが、もうしばらくの我慢だ。あの女は王族の血が流れているからな。位の高い貴族様と結婚できるだろう。そうすれば、俺らも遊んで暮らせるさ」
「もちろん、我慢するわよ」
二人は軽くキスをする。
二人を見ていたわたくしは、
わたくしは、
わたくしは。
……わたくし、は……。