1話 醜く汚いハトになった、わたくし
そしてわたくしは、鳩になっていた。
「そ、そんな……!どうしてわたくしが、こんな醜い動物に!!」
魔法使いを探して歩き回るが、彼女はどこにもいなかった。
「……ど、どうしましょう……」
ぺたりと地面に座り込む。無理に探し回ったせいで、足が痛んでしまった。もう動けそうにない。
「おや、こんなところにハトがいるぞ」
聞き覚えのある男性の声に、はっと顔をあげる。
トッキャ大臣だ。
「大臣!わたくしです。リルイア・ヘロデ・トバラワカです!屋敷のものたちを全員集めてください。黒のローブをまとった女魔法使いを探すのです!」
しかし、トッキャ大臣は眉をひそめて、嫌悪感をむき出しにする。
「汚らしいハトめ。どこかへいけ」
トッキャ大臣は、なんと、わたくしを蹴ってきた。
「なっ!」
わたくしはあわてて後ろに飛び退く。
「お、王家の血を引くわたくしに向かって、なんたることを!あなたといえども許せません。この国から追放しますわ!」
力のあるトッキャ大臣を追放するのは骨がおれるが、わたくしの力をフルで使えば出来ないことはない。
しかし、トッキャ大臣は再度わたくしを蹴ってくる。
「お、おやめなさい!」
わたくしはハッとする。
「もしかして、わたくしの声が聞こえていないの?」
トッキャ大臣は小さくため息をつく。
「全く。吾輩は鳥は嫌いなんだ。ハトはもっと嫌いだ。さっさと飛べ。でなければ、殺すぞ!」
トッキャ大臣の目が、動きが、確実にわたくしの息の根をとめようとしていた。
「っ!」
わたくしは無我夢中で羽を動かす。
ふわりと、宙に浮く。
「ひっ!」
生まれてはじめて経験する感覚に、わたくしは恐怖を覚える。
けれど、飛ばなくては、わたくしはトッキャ大臣に蹴られて死んでしまう。
わたくしはぎゅっと目をつぶり、必死に羽を動かし、空へと飛び立った。
○○○
まだ義理の両親に引き取られる前、わたくしは実の両親から厳しい教育を受けていた。
嫌気がさしたわたくしは、青空を気持ち良さそうに飛ぶ鳥をみて、こう思った。
空を飛んで、自由になりたい、と。
そして、鳥になってしまったわたくしは、こう思う。
早く人間に戻りたい、と。
空を飛ぶのは、思ったより楽しくなかった。
そう、例えるなら、激しいリズムのダンスを十回連続で踊るようなものだった。
地上のダンスなら、一休憩もいれやすいが、空で休憩をしたら、すぐに下に落ちてしまう。
わたくしは荒い息をたてて、翼を上下に動かす。
「つ、疲れた……。どこかで、どこかで休まないと……」
目の前に、展望台が見えた。
わたくしはそこに降りることとした。
トッキャ大臣から逃げられた安心感と、はじめての飛行に、わたくしはげっそりする。
「もう、どうしてわたくしがこんな目に……!」
あの魔法使いを見つけたら、絶対に処刑してやる。
そう意気込んでいられたのも、ほんの一瞬だけだった。
展望台には、先客がいた。
物音がして振り返り、わたくしは固まった。
五羽ものカラスが、目を爛々と輝かせて、こちらを見つめていたのだ。
「ひ、ひいっ!」
飛んで逃げると、カラスは追いかけてくる。
カラスたちは、私を食おうとしているのだ。
飛行能力も、数の上でも、向こうの方が上だった。
わたくしが上に逃げようとしたら、一羽のカラスが先回りしている。
左に逃げると、そちらにもカラスがいる。
下にも、待ち受けている。
迫るカラスから逃げようと、わたくしはカラスがいない方向に逃げる。
「こっちこないで!わたくしは人間よ!」
こちらの声が聞こえているのかいないのかは分からないが、カラスは楽しそうな鳴き声をあげる。
「こんなところで、死にたくない……!」
どこかに隠れなくては、と辺りを見渡し、
わたくしは、気がついた。
真っ正面には、巨大な建物が建っていた。
このまま飛ぶと、激突してしまう。
避けようとするも、周りはカラスが飛んでいて、身動きができない。
気づかないうちに、カラスに追い込まれていたのだ。
壁に激突するか、カラスの餌食になるか。
唐突な選択に、わたくしはパニックに陥る。
どちらがいいか、どちらの方が生き残るか、なんて、考えられなかった。
ただがむしゃらに飛んで、飛んで、飛んで、
わずかにあいていた建物の隙間に滑り込んだ。
カラスは、入ってこない。
何かが身体を撫でる。風だと分かっていても、身体が震える。
カラスは、入ってこない。
カラスは、入ってこない。
……カラスは、入ってこない。
わたくしは恐る恐る顔をだす。カラスは諦めたのか、遠くの空に消えていった。
ほっとした私は、その場にしゃがみこむ。
「……元の姿に、戻れるのかな……」
魔法使いは、何と言っていたか。
愛がどうのこうのと口にしていたような気がする。
魔法使いに言われなくても、わたくしは愛を知っている。だって、わたくしは愛されていたのだから。
「あの魔法使いを、探さないと」
どんな手を使ってでも、わたくしを元に戻してもらわねばならない。
もう一度空を見渡す。カラスの姿はみえない。それどころか、空を飛ぶ生物もいない。
原因は、空を漂う雲のせいに違いない。雲の色は黒く、重々しい。暫くすると雨が降ってくるに違いない。
野生の動物なんて興味はなかったのでよく知らないが、雨の中空を飛ぶと、低体温になって衰弱してしまうかもしれない。
雨が降る前に、あの魔法使いを探さねばならない。
「……」
わたくしは恐怖を押し殺して、空へと飛び出した。




