2話 いけ好かない男
わたくしのお屋敷は、各国から取り寄せた珍しいお花が咲き乱れている。
遊びに来たお嬢様方も、感嘆のため息をつく。
「素晴らしいわ」「いい香り」「さすがリルイア様のお屋敷ね」
女性たちからの評価は上々。
男性たちも、はじめは関心がなさそうにしていたが、花が各国から取り寄せたものと伝えると、目を変えて花を眺め、嬉々として外交や商売の話をしはじめる。
暖まる場を眺め、ほくそ笑む。
「リルイア様の庭園は本当にすばらしいですなあ」
トッキャ大臣も髭を撫でて、ご満悦の様子だ。
「おほめいただき、光栄ですわ」
「はっはっは。君はまさに才色兼備だな。美しく、それでいて賢い」
彼はわたくしの髪をとく。「葉っぱがついていた」と口にしていたが、わたくしに触りたいだけに違いない。
あとで、しっかりと髪を洗わなくては。
心の中の嫌悪を隠し、わたくしはお礼を口にする。
そのときだった。
「きゃあ!む、虫!」
女性の甲高い声が上がる。驚いて声のした方を見ると、白い女性の手に緑色の芋虫が這っていた。
近くにいた男性が助けようと近寄るも、トッキャ大臣が制す。
「まあまあ、我輩に任せなさい」
トッキャ大臣は虫を払い、踏み潰す。
虫はわずかに震えるが、トッキャ大臣がもう一度踏みつけると、動かなくなる。
トッキャ大臣は満足げに頷くと、女性の手をとる。
「大丈夫だったかい?」
「あ、ありがとうございます」
手はしっかりと握り、挙げ句のはてには揉みはじめる。
彼の女好きは世間にも知られている。
けれど、彼は地位も高く、逆らった者は容赦なく切り捨てる。
文句を言える人はいない。女性本人も引きつった笑みでお辞儀をする。
さっきまでの穏やかな空気はなくなり、場がしらけてしまっている。
騒ぎを聞き付けてか、庭師がかけてきた。
わたくしの完璧な作戦をふいにした罪は重い。
「ちょっと。今日の朝、しっかり庭の手入れをしなさいって命令しましたよね?」
「え、ええ……。まさか、どこか壊れていましたか?」
「違うわ。虫が出たのよ!虫!」
「虫、でございますか……?」
庭師はぽかんと口を開けている。それがどうしたと言いたげだ。
彼の間抜け面に、わたくしの怒りは爆発する。
「あんた、何様のつもりよ!!!誰に口答えしているのよ!」
「も、申し訳ありません」
「あなた、クビよ」
「っ!で、ですが、」
「それだけですむと思わないことね。業務を怠ったと訴えさせていただきます」
「そ、そんな……!」
わたくしの権力があれば、庶民の一人や二人有罪にするなど造作もない。
わたくしに恥をかかせたことを思い知るがいい。
「……ちょっとお待ち下さい」
庭師のせいで生まれた重い沈黙を、一人の男性が破った。
「外ですから、虫がいて当たり前ですよ」
真っ白な鎧や、銀色の勲章から推察するに、彼は首都トハエイを守る警備隊の幹部だ。
肌の色は褐色。トッハ国は白い肌を持つ民族なので、別の国からの移民だろう。
該当するのは、一人しかいない。
ピジン・コルンバ。
庶民上がりの騎士。
実力だけで警備隊副隊長に上り詰めた凄腕。
が、こういう場に出てくるタイプではない。
よく男性たちに「庶民上がりなのに、図々しい」「腕はよくても礼儀がなってないとな」と嫌みを言われている。
目立つ容姿から、女性からの評価はよかったが、わたくしは男性側の意見に賛同したい。
「なんですのあなた。これは我が家の問題ですの。あなたは関係ありませんよね? それとも、あなたがいらっしゃった国では、無礼な発言をしなくてはならないルールでもあるのですか?」
周りの女性たちはくすくすと笑う。
動揺でもすれば面白いが、ピジン副隊長は眉もひそめずに噛みついてくる。
「しかし、あなたのおっしゃっていることは間違って」
立場違いのご指摘は、トッキャ大臣の一喝でかきけされた。
「ピジン!失礼だぞ。後ろに下がれ!」
「ですが、大臣……」
「大臣命令だ。逆らうのか!」
「……」
ピジンは歯を食い縛り、後ろに下がる。
警備隊は内務省の管轄、そしてトッキャ大臣は内務大臣だ。トッキャ大臣の命令には逆らえない。
トッキャ大臣は、甘い声でわたくしに謝る。
「すまないな。我輩の顔に免じて許してくれ」
とんでもなく自信に溢れている。
「……ええ、わかりました」
渋々そう言うが、苛立ちはなくならない。
そのあとはお茶会の予定だったが、問答無用で解散した。
不満そうな顔をした人もいるが、知ったことはない。わたくしの気を損ねた庭師とあの男が悪い。
むしろ、なぜわたくしの機嫌を取り持とうとしないのか、わたくしにはそれが不思議でならない。
トッキャ大臣はさすがにわたくしに気を使ってくれた。
わたくしの容姿を誉め、庭師を貶し、ピジンを叩く。
「あんな男、気にしなくてもいいですよ」
トッキャ大臣は嫌悪をむき出しにする。
「本当はさっさとクビにしたいんだ。しかし、あの男は市民に媚を売っていましてね。そのせいで解任はできない」
トッキャ大臣は嫌らしい笑みを浮かべる。
「どうせ、体でも売っているのでしょう。移民らしいふるまいです。タイミングをみて、解任させようと考えております」
わたくしは静かに言う。
「ならば、わたくしも協力しましょう」
「と、いいますと?」
「わたくしは王族の血を引いております。国王陛下に直談判して、あの男を牢屋に入れましょう」
「ろ、牢屋?」
何を驚いているのか。わたくしにはさっぱりわからない。
「当然ですわ。わたくしをこけにしましたもの」
トッキャ大臣はニヤリと笑うと、「さすがリルイア様」とおどけてみせる。
「当然よ」
わたくしは鼻をならす。
「だって、わたくしはリルイア・ヘロデ・トバラワカですもの」