4-1.残響の明けに(終)
コンコン、と。目の前の重厚な扉を軽く叩かれる音に、アルベルトは銀の薄いフレーム越しの翡翠を向ける。
昨晩の『夜会』は盛況に終わったらしく、先程監督生であるムラトからも報告書や決算書などの書類をダンゾウ経由で貰って、今はデスクに積まれている。
アルベルトも主催であったから1度は顔をのぞかせたが、しかし積み重なっている業務のためにその場にいられたのはごくわずかだ。
その間、ハヤトとヴァイスの恥ずかしすぎる一幕もきっちりかっきり目撃している。というか正直言うとそれが本命。
『聖戦』から約ひと月、アルベルトと付き人(と言うよりも移動手段)に指名したルークは世界中を駆け巡って、『聖戦』のことは元より魔法や聖遺物、迷宮生物や大元である迷宮区『サンクチュアリ』の説明に明け暮れた。なので、迷宮区での対応は今ようやく手に付けられているところだ。
外向的な部分がおおよそ済んだ以上、次は内面に集中したい。そんな気持ちから入学式からこっち、アルベルトは出張はもとより外からの来客の約束も入れていない。
だから予定にないそのノックに、アルベルトは訝しげに瞳を眇める。
それでなくても今日は暦の上では日曜日。学生はもちろん、ここに務める教師も休日のはずで、だからこそさらに顔をしかめて。
「入りたまえ」
「――失礼致します」
アルベルトの応答に、尋ね人は澱みなく答え入室を果たす。
休日なのにわざわざ着替えたのであろう、詰襟を1番上まで閉めて。マリンブルーの長髪は後頭部で一つに束ねられて背中を流れる。その下の、落ち着き払った紫の双眸。
「お前が訪れるのは珍しい。何かあったかね、オリバー・ブルームフィールド」
学生――オリバーはアルベルトが座る豪奢な席の前まで歩を進めると、少し前で立ち止まる。凛とした佇まいの、自分よりもはるかに格式のある貴族の立ち姿。
「休暇中でも業務ですか」
「外回りで後に回してしまっていたからね。取り急ぎは迷宮区の入口保全と凶暴化した迷宮生物の排除、だね」
1番大きな束をごっそり持って、1枚とってペラペラと仰ぐ。一応は計画的なものを考えて、『タキオン』所属の団員を総動員して対応に当たるつもりだが、いい期待だからと学生たちにもやらせてみようと画策していたり。もちろん、最表層のみではあるが。
この時代、このタイミングでの死者は出来るだけ出したくない。外向的にも、内部的にも。
しかし一介の生徒に過ぎないオリバーに伝える情報でもないのでこれは言わずに、アルベルトはぽいと紙を投げて。
「『夜会』には参加したかね?楽しんでくれただろうか」
「ええ。いい見世物もありましたし」
思い出したのか、オリバーの口元には薄く笑みが浮かぶ。きっとアルベルトと同じように2人の少年の姿を思い返しているのだろう。
「とても、穏やかな時間を頂けました」
そういう紫の双眸はどこか遠くを見据えていて。目の前のアルベルトではなく、それよりも遠くを見ているようで、アルベルトは小さく笑う。
自分には、そんな顔をして語れる学院生活などないのだから。子供たちが楽し気に学院生活を送れているのなら、それは理事長冥利に尽きる。
「上流貴族のお前からすれば、ほんの児戯のような場であっただろうが」
「学生という身分からすれば、些か以上に凝ったものだと思いますよ」
もとより本格的な社交界の場となったら逆にシラケます、とひょいと肩を竦める動作で、アルベルトは気づく。彼の手に持った紙に。
「それで。今日はどういった件だろうか。なんのアポもなく来たということは、『代行者』絡みでは無いのだろう?」
オリバーがフランスの大公の権威を体現する『代行者』なのは、アルベルトは最初から知っている。そう事前にロングヴィル家からの親書もあったし、なによりその程度はアルベルト個人でも調べがつく。
迷宮区という無法地帯の秩序足らんとその手を血に染める、自分と同じ使命を負った少年。
正直。何も思わないことも無い。
その使命の辛さも過酷さも、アルベルトは身をもって経験していて。だからこそハヤトとヴァイス程とは言えないまでも、少しくらいは気にかけていて。
しかしこの少年は、1度だって自分を頼ったことは無い。
『代行者』としての協力や情報の共有は行うものの、それだけだ。彼個人の悩みや助力は、ついぞ申し入れられたことは無い。
……まぁ。自分は理事長で総団長で。彼ははためから見ればただの貴族のいち学生。そんな共通点のない2人が話していたらすぐに目をつけられて、裏を探られてしまうだろうけど。
アルベルトの言葉にオリバーは短く肯定して、手にしていた書類を差し出して。
その書類の表題を見て、厳しく眇められる翡翠の瞳。
「……これは?」
「書いてある通りです、理事長」
『総団長』でもなく『執行人』でもなく、『理事長』。数ある肩書で、確かに今差し出された書類を受け取るにはそれがふさわしい。
わずかに揺れるアルベルトに決を下す裁判官のように無慈悲に。決定事項をただオリバーは淡々と告げる。
「本日を持ちまして、聖グリエルモ学院を退学させていただきたい」
そういう紫眼はどこまでも空虚で。自身の最期を悟ったかつての預言者と同じ静謐に沈んでいた。
ライト回もとい第四話、今回の更新分で終了と相成ります!
そして今までにない不穏な引きを残しつつ、次回からはまた通常運転に戻りますので、近々更新できればと思います!




