0.碧い記憶(序章)
第二部本格始動です~!前回から思い切りの続きものになってしまいました汗
また最終回までの筋書きも完成しましたので、突っ走りたいと思います~!
昔から、自分の経験にない記憶が頭に住み着いていた。
その記憶はいつだって戦場の土煙と怒号と鮮血に彩られ、現代では無いことは幼い少年にも容易に理解できた。
――これは過去の記憶。
手には御旗と剣と。率いるはその旗を持つ繊手よりも太くて厳つい、数多の骨ばった鎧騎士。自分は時にそれを背後から、時には自分自身が彼女となって世界を俯瞰する。
碧い髪の、美しい戦場の聖処女。
女性は恐れない。自身が率いる人数よりも遥かに多い敵軍を前にしても、臆することなく家臣達を奮い立たせる。
その怒号に、自分自身の恐れを隠しているようにも、観測者であり当事者でもある少年には見て取れた。
彼女の快進撃はわずか2年で驚くほどの功績をあげたが、しかしついに敵に捕縛され終止符を打たれる。
長い獄中の異端審問の末、下った決断は。――大衆の目前での、火刑。
それは言ってしまえば彼女の尊厳と人権を踏みにじる、悪魔の所業。美しかった碧の髪は乱れ、繊手も先から焼けただれる。
――痛い。
――熱い。
――苦しい。
それでも気丈に、彼女は悔いることなく十字架を掲げて笑う。自分の行いは、人生は。間違ってはいないのだと。
その表情を見て、家臣の彼は何を思ったのか。天に横たわる蒼穹に迎えられるはずの彼女の魂は、しかしその男の妄執によって大地に繋ぎ止められた。
苦しい――。
熱い――。
痛い――。
――これは呪い。
何世紀と魂に刻まれた、執念と妄執と。そんな人間の醜さが産んだ悲劇。
幼い少年にも短すぎると思う彼女の19年の、土煙と怒号と清算の人生。
――そうしていつも、自分という概念が消えそうな瞬間を、私はあと何回繰り返すのだろう。
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「大丈夫。あなたは何としても助けてみせるわ」
そう言って、今日も夜更けに悲鳴とともに飛び起きたオリバーに向けて、彼よりも10は年上の女性は優しくあやす。
自分と同じロングヴィルの、同じ両親を持つ1番上の姉。
大きすぎる部屋にそのまま1人で居られる勇気はなくて、誰もが寝静まった夜更けに出た、今は日が照っていないからその彩りは見えない、見事な庭のその縁。
1人で泣きながらとぼとぼと歩いていたオリバーは、真冬の深夜の寒冷の中で見た。
――夢で見た戦女神と同じように、凛と踊る姉の姿を。
訓練用の衣装に身を包み、片手にはその姿には不釣り合いなはずの紫黒の剣はしかし、違和感なくその場所に居座る。
そうして見惚れている間に気配に気づいて、姉は訓練を中断して歩み寄って。どうしてこんな夜更けにという問いに答えた後の返答。
「・・・・・・本当?」
「えぇ。あなたのそんな運命は、私が許さないわ」
幼いオリバーを怖がらせないように。泣いている弟を励ますように、姉はそう言って強気に笑う。自分よりも深度の薄いブルームーンの長髪。
代を重ねるごとに濃くなっているのだという、継承者の濃いマリンブルーの頭髪ごと姉は掬って。お互いの額をやさしくあわせて。
「私、迷宮区へ行くわ」
「でもあそこは怖い所だって、」
人もたくさん死んでるよ、と言おうとしてオリバーは口をつぐむ。それを聡い彼女が知らないはずはないし、それを知っての上での言葉だろうと悟ったから。
そんな聡い弟を、かの聖女のように慈しみに満ちた笑みで包み込んで。
「あそこなら、今まで解明できなかったこの因果を、この呪縛を。解くことが出来る答えがあるかもしれない。それに今日正式に通達があったわ」
それだけで、幼いオリバーにもその意味を理解する。この家に生まれたからには付いて回る、己の役目を。
――それは本当は、自分が負うべき役目だということも。
負い目を感じて伏せられた紫の双眸を、姉は苦笑して覗き込んで。
「あなたがそんな顔をする必要はないの。これは私が望んでやっていることだもの。だから、」
だからどうか。自分をそんなに責めないで。
「そうしたらもう、夜更けに起きることもなくなるし、怖がる必要はないわ」
「……本当?」
本当に、そんな術があるのか。
本当に、もう毎晩のような悪夢に泣かなくて済むのか。
様々な感情や心象が入り混じった短い言葉に、姉は微笑んで優しく抱き寄せて。
「大丈夫。――全部お姉ちゃんに任せておいて」
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それが、一人まだ見ぬ迷宮区へ旅立った、生きた姉を見た最後。
数か月後。帰ってきたのは迷宮区で悪夢に苛まれたかのように狂い死んだらしい姉の最期と、姉の愛用していた家宝の薄紫と忌々しい紫黒の美しい剣。
同じ貴族の、それも大貴族のアンダーソン家の長兄から直々に、仰々しくも御自らの手渡しで受け取って、オリバーはその時に固く誓った。
麗しい姉と、夢の聖女と同じように髪を伸ばして。
兄姉の誰よりも剣術に長けた姉に、夢の聖女に負けないように一層鍛錬に打ち込んで。
美しかった姉と、夢の聖女と同じように一人称も変えた。
やがて来る、彼女の再臨の時に備えて。
もう、何も期待しない。
もう、高望みはしない。
生まれた時から定められた運命を自分は受け入れるだけの、虚ろなただの器の人生。
――俺はもう、誰にも頼らない。




