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第五十話、わたくし、愛のサキュバス、『転生者』が百合的に大好物ですの♡

「──おおい、おまえら、あまり無茶なことをやるなよ。相手は一応かの聖レーン転生教団の、『教宣ティチャー司祭・シスター』様なんだから」


「「「──合点承知の助でえーす(ヤー)!!! 我々はむしろ、シスターのほうから、むちゃくちゃしていただくのを、望んでおりますので!!!」」」


 一人湯船の外の洗い場に身を置き、まるで他人事みたいに一応形式的に注意を喚起する、アーデルハイド=ガランド隊長に対して、打てば響くように一斉に答えを返してくる、二十名ほどのホワンロン空軍ジェット戦闘機部隊、第44中隊の隊員たち。


 ──湯船の中央にたたずんでいる、私こと、聖レーン転生教団『教宣ティチャー司祭・シスター』テレサ=テレーズを、取り囲むかのようにして。


 広大な浴槽の縁に一定の間隔をとってずらりと並び、そのすねから下をお湯に浸して、せっかくの美少女ぶりを猫背の前屈みなって台無しにしている姿は、某超有名アニメの旧劇場版の『量産機』を彷彿とさせた。

 するとこの私が、『弐号機』の役所といったところか。


 ……何でこんなことに、なってしまったのだろう。


 確かに先に策を弄したのは私のほうであったが、いくら自分の身体をエサにして、第44中隊全体を支配下に置くつもりであったと言っても、それはあくまでも『一対一』でじっくりと進めようと思っていたのであり、こんな『総当たり戦』なんて、予想だにしていなかったのだ。

 ……いや何だよ、『総当たり戦』って。こいつら脳筋過ぎて、『百合』を格闘技かなんかと、勘違いしているんじゃないのか?

 百合ってものは、やはり『女の園』というか『秘密の花園』というか、もっとこう、『情緒』というものが必要じゃないの⁉

 しかし周囲の体育会系残念美少女どもは、戸惑うばかりの私に、打開策を講じる余裕なぞ与えてはくれなかった。


「──それでは、姐さん(シスター)、お願いいたしやす!」

「こちらは全員、準備万端整っております!」

「誰からでも構いませんので、お好みのやつからお選びください!」

「もちろん、最後のほうに『本命オタノシミ』をとっておくのも、アリです!」

「我々のほうは、順番なんか、どうでも構いません!」

「プロの()()者であられる姐さん(シスター)に、天国ヘブンに連れて()ていただければ、それでいいのです!」

「「「──ヨロシク、オネシャス、姐さん(シスター)!!!」」」


 四方八方から文字通りサラウンドで鳴り響いてくる嘆願の言葉とともに、一斉に最敬礼して頭を下げる全裸の美少女たち。

 ……こ、この、脳筋どもが。

 何だよ、『姐さん』って、普通『シスター』ってルビ振るなら、『お姉様』にしろよ⁉

 あと、『せいしょくしゃ』のニュアンスが、なんかおかしかったぞ?


 ……とはいえ、私にこれ以上躊躇する余裕がないのも、事実であった。


 そもそもが自分から誘ったことでもあるし、それに何より『なろう教』に入信する意思を示した彼女たちを拒むことなぞ、『なろうの女神』様の教えを広めることこそを最大の使命としている『教宣ティチャー司祭・シスター』としては、けして赦されないのだ。

 むしろ現在の状況は、私にとっては、この上もなく好都合とも言えた。


 ──だがしかし、実は先程から心の中で、けして無視することなぞできそうもない、『警報』がけたたましく鳴り続けていたのだ。


 ……『ゲンダイニッポン』の蜘蛛を憑依転生させて以来、『同性愛』や『性行為』そのものに忌避感はなくなっているはずなのに、何だろう、何か重要なことを忘れているような気がする。


 ──このまま、この流れに乗っていては、まずいと。




『──だったら、()()()が、代わってあげましょうか?』




 その時唐突に、()()()()響き渡る、女の声。

 ──それは間違いなく、私自身の声音であった。


「……誰?」


『「蜘蛛」と名乗るべきかしら? ──それとも、「本当のあなた」のほうが、良くって?』


「蜘蛛って、つまりは今私に宿っている、『ゲンダイニッポン』からの転生体なわけ⁉」


『何を今更。異世界転生なんて、実際に肉体や精神が転移してくるわけではなく、集合的無意識を介して「ゲンダイニッポン」から「記憶と知識(データ)」のみを参照インストールしているだけだと、知っているくせに。むしろワタシはこれまでずっとあなたの中に秘められていた、「もう一人のあなた」みたいなものなのよ』


「そ、そういえば、そうだったわよね。──それで、『もう一人の私』が、一体何の用なの?」


『だから、今まさにあなたが躊躇している、周りの美少女たちに対する総当たり(コンプリート)を、代わってあげましょうって、言っているのよ』


「なっ⁉」


『何しろワタシって、「ゲンダイニッポンの蜘蛛」の原始的な欲望に触れることによって目覚めた、何よりも「欲望に正直な私」なのですからね。これから繰り広げられるであろう、ガチの集団ユリユリ展開は、むしろ望むところなのよ♡』


「……た、確かに」


『さあ、わかったのなら、ワタシに身も心も明け渡しなさい、悪いようにはしないから』


「で、でも、さっきから何だか、頭の中で『警鐘』が鳴っているの。このまま欲望に流されていては、何かまずいことが起こるんじゃないかって」


『はあ? 何よ、それ? 一体何を言っているのよ? あなた教団のシスターとして、そもそもこうなることを、自分で仕組んできたんでしょうが?』


「……ええ、それは、そうなんだけど」


『しっかりしなさい、これはチャンスなのよ? あなたが本当に、()()()()()()()()ための!』


「──っ」


 ──そうだ。


 ──一体自分は、何をためらっていたのだろう。


 ──あれだけ、以前の自分のことを、嫌っていたくせに。


 ──引っ込み思案で、何事にも自信を持てない、情けない女のことを、蔑んでいたくせに。


 ──今度こそ本当に生まれ変わることができるというのに、何をぐだぐだ悩んでいたのだろう。




『……どうやらわかったようね。さあ、すべてを私に委ねなさい。そして、周りの小娘たちに──そして世界そのものに、「新しい私」を思い知らせてあげましょう!』




 ──その瞬間、全身が、カッと熱く、燃え上がった。




 ──ああ、感じる。


 ──『ゲンダイニッポンの蜘蛛』と、真に一体化することで、


 ──私のすべてが、解き放たれていくことを。


 ──これまで凝り固まっていた、固定観念や諦念や劣等感などといった、ネガティブな感情がすべて消え去っていき、


 ──ただ純粋に、『欲望』だけに、収束していくことを。


 ──ああ、何という、全能感。


 ──もはやこの世界には、私と、私の糧食エサしか、存在していないようだわ。


 ──ううん、世界そのものすらも、今や、私の糧食エサでしかないわ。




 ──さあ、後はすべて、喰らい尽くすのみよ!




「……うん?」

姐さん(シスター)ってば、何をしておられるんだ?」

「急に蜘蛛かなんかみたいに、お湯の中で四つん這いになったりして」

「あれじゃ旧劇場版の『弐号機』と言うよりは、テレビシリーズの『初号機』みたいじゃないか?」


 中隊員コヒツジどもが、何か言っているが無視!



 ──さあ、楽しい楽しいディナーショウの、始まり始まり♡



「うわっ!」


 唐突に大ジャンプして、まず最初の獲物を、湯船に沈める。


「……ぶくぶくぶくぶく♡」


 お湯の中で、アンナことやコンナことをして、たやすく撃沈させる。


「……まず一匹目(エーステ)


 自分だけ湯の中からゆっくりと立ち上がりながら、高らかに宣言する。


「──くっ、やはり『弐号機』か⁉」

「いかん、これって、我々の惨殺パターンだぞ?」

「でも『量産機』って、後から甦るんだっけ?」

「──おい、私たち『永久《S2》機関』を、持っていないぞ」


 相変わらず戯言ばかりほざいている隊員どもをいちいち相手にせずに、とにかく出し惜しみを一切せずに、あらゆるテクニックを次々に繰り出していき、瞬く間に堕と(オト)していく。

 それはあたかも、蜘蛛の巣に捕らえられた愚かな昆虫どもをもてあそぶかのような、拍子抜けするほどにたやすいことでしかなかった。


「──あん♡」

「いやん♡」

「そ、そんな♡」

「ま、まさか、こんなとこまで♡」

「ああっ、天国の門が、見えるう♡」

「さ、さすがは、シスター♡」



「「「もはや堪りませんわ、()()マシタワー!!!」」」



 一気に全員、文字通り『昇天』させて、今や湯船の中に立っているのは、私一人となってしまった。


 ──そう。湯船の中、は。


 おもむろに洗い場のほうへと振り向けば、いつものふざけきった笑みを拭い去り、これまでになく真摯な表情をした、中隊長殿が睨みつけていた。

「──これで残るは、あなたお一人。お覚悟はできてまして?」

 そのように最後通牒を突き付けるや、ことさらゆっくりと洗い場に向かって歩き始める。


「……その前に、一つだけ訂正させてくれ。──あなたはもはや、敬虔なる転生教団の信徒なんかじゃない、まったく()()に成り果ててしまった」


 ………………………………は?

 唐突に、目の前の『単なる獲物』から言い放たれた思わぬ言葉に、我を忘れてまくし立てる。

「──な、何を、馬鹿なことを⁉ 『憑依転生』と言ったところで、ただ単に『ゲンダイニッポンの記憶や知識』を参照するだけで、自分自身が変わることなんてないのは、あなただって十分ご承知でしょうが? 私は間違いなく、聖レーン転生教団の『教宣ティチャー司祭・シスター』である、テレサ=テレーズよ!」


「──シスターだって? だったら信仰心はどうした? 神のしもべたる者が、そのようなことを、平気でできるとでも言うのか?」


 まさしく死屍累々の有り様で湯船の中に浮かんでいる、己の部下たちを指し示しながら弾劾していくる、中隊長殿。


 ……ああ、そうだ、その通りだ。


 敬虔なる教団の司祭が、厚き信仰心を持ちながら、こんなことをしでかしたりするはずがあるものか。

 ──そうか、これこそが、心のどこかで鳴り続けていた、『警鐘』の正体だったのだ。

 何が、自分自身を維持したままの、『憑依転生』の実現だ。

 蜘蛛の欲望に身を任せてしまって、神への信仰心を護ることなぞ、できるわけがないじゃないか!

「……私は……いったい……何てことを……」

「ようやく気がついたみたいだが、もう遅い」

「そんな、もう私には、『救済すくい』が無いと言うのですか⁉」

「……あるとしたら、『喰われる』ことくらい、だろうな」

「はあ?」

 何を言っているのだ、この脳筋中隊長は。

 むしろ、すべての獲物エモノを──世界そのものを『喰らう』のは、私のほうだろうが?

 私が性懲りも無く、己の矜持にすがりついていた、

 ──まさに、その時であった。



「……私の餌場を荒らす悪い子は、だあれ?」



「──ひっ」

 いきなり何の前触れもなく、肩口から腕を回されて、後ろから何者かに抱きすくめられる。

「……ミルク、元帥?」

「はあい、牛乳ミルク絞りと、ですの〜と作成が得意な、あなたのミルクちゃんで〜す♡」

 視線だけをどうにか後ろへと向ければ、そこにいたのは間違いなく、年の頃は二十代後半ほどの、ストロベリーブロンドのウエーブヘアに縁取られた艶麗なる小顔をした、自称『サキュバス』にして、ホワンロン空軍次官の、エアハルト=ミルク元帥閣下であった。

 とすると、今まさに私の背中に押しつけられている、巨大な柔らかい二つのマシュマロみたいなものって……。

「──いやいや、そんな馬鹿な⁉ あなたさっきまで、どこにもおられなかったじゃありませんか!」

「うふふ、実はここは現実の大浴場であるとともに、あらゆる世界が交差している『夢や妄想』のふきだまりのようなものでもあって、だからこそ『夢魔サキュバス』である私は、たとえ別の場所にいようと、同時にここにも存在することができるの」

 何よそれって、何かどこかで聞いた、『ナントカの猫』みたいじゃないの?

「……ここがあなたの、餌場と言うのは?」

「ここに存在するものは、実体であると同時に、すべて夢や妄想の産物でもあるのであって、『夢を喰らう者(サキュバス)』である私にとっては、『御馳走』でしかないの。──それなのにあなたってば、勝手に人の餌場を荒らしてくれちゃったから、こうして『お仕置き』にまかり越したってわけ」

「そ、そんな、勝手なことを言われても、私はただ単に、隊員たちの要望に応えただけであって──」


「でも、あなただってそのままじゃ、辛いんじゃないの?」


 え。

「辛くて辛くてしかないんでしょう? もうこれ以上、自分には荷が重い、『蜘蛛の欲望』を抱え込んでいるのが」

「──っ」

「言ったでしょう? 『夢を喰らう者(サキュバス)』である私だったら、実のところは『夢や妄想』に過ぎない『転生体』なんて、綺麗さっぱり喰らい尽くすことができるって」

「で、でも、これは教団の教皇聖下御自ら憑けてくだされたもので、勝手に消し去ることなんてできないわ。──それに今これを奪われたら、せっかく『新しい私』になれたというのに、元の木阿弥に戻ってしまうじゃない!」

「だーめ、これはあくまでも、『お仕置き』なの。あなたに拒否権は無いわ」

 そう言い放つとともに、彼女の長い髪の毛が、あたかも意思を持った蛇であるかのように、一斉に私へと絡みついてくる。

「──い、嫌、放して!」

「楽にしなさい、ただ単に、『以前のあなた』に戻るだけでしょうが?」

「そ、それが嫌だから、言っているんじゃない! やめて! 私から転生体を──『希望』を奪わないで!」

「……まったく、異世界の蜘蛛なんかを希望だなんて言っていること自体が、間違っていることに、どうして気がつかないのかしら。ほんと怖いわねえ、『信仰』って」


「──嫌あああっ、お願い、やめてえええええっ!」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 ──それから、数日後。

 私はあれ以来、宿舎の自室の中に、すっかりひきこもってしまっていた。


 ──そして毎日のように、荒っぽく叩かれる、外界と室内とを隔てた扉。


「ひっ⁉」


「──姐さん(シスター)姐さん(シスター)、おられるんでしょう?」

「今日こそ、お部屋から引っ張り出しますからねえ!」

「またこの前のように、『ユリユリ総当たり戦』を行いましょう♡」

「今度こそ、負けませんよお!」


 口々に異常極まりないことを、さも当たり前のようにして言ってくる、変態脳筋中隊員たち。

 ──しかもこれが毎日のことだから、心底たまったものではなかった。


「お願い! 私のことは、放っておいて! もう私は、『以前の私』じゃないんだから!」


 しかしそんな私の心からの叫びなぞ、脳筋たちには通じなかった。

「なあに、厨二臭いこと、言っているんですかあ?」

「そんなとこにひきこもっているから、気鬱になってしまうんですよ」

「さあ、とっとと出て来て、我々とユリユリに身体を酷使しましょう!」

姐さん(シスター)を倒すために、必殺の寝技を編み出したんですからねえ♡」


 ──嫌あっ!


 ──何なのよ、もう、言葉が全然通じないなんて。


 ──まるで宇宙人とでも、話しているみたいじゃない。


 ──助けて!


 ──誰でもいい!


 ──もはや私のことを見捨てた神様なんて、当てにはできない!


 ──どうかこの哀れな子羊のことを、助けて頂戴!




 そのように心の中で、必死に叫び続ける私であったが、


 ──当然のごとく、もはや『己の運命』と戦うことを放棄して、『悪役令嬢』になり損なってしまった私には、世界のどこにも『救い』なぞ、一切存在しなかったのだ。

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