第四十八話、わたくし、『脳筋GL』という新分野を開拓しようと思いますの。
「──貴様ら、『百合』に必要なものとは、まず何であるか⁉」
「「「──JA、まずは何より、舞台が男子禁制の秘密の園、『女学園』であることです!!!」」」
「──それは絶対に、『女学園』でなければならないのか⁉」
「「「──NEUN、主な構成員が思春期の少女であり、寄宿舎等が備わっていれば、空軍兵や戦車兵や艦娘等の養成所でも、OKであります!!!」」」
「──最後に何か変なのが混じっていたが、要するに我々のように、空軍の寄宿舎でも構わないんだな? ──よし! 後それ以外には、何がある⁉」
「「「──JA、次は何と言っても、学園や宿舎内の二股の分かれ道には、『純白のマリア様の像』が必要であります!!!」」」
「──毎朝そこを通る時、学生や訓練生が、マリア様に向かってお願い事をするのだな? ──よし! 他には⁉」
「「「──JA、もちろん学園や宿舎内においても、修道女のお姉様方がおられて、迷える子羊である我々を常に見守り、時には優しく時には厳しくご指導してくださることも、必須事項であります!!!」」」
「──このガチレズ糞虫どもが! 同年代同士のユリユリ状態では、満足できぬとほざくつもりか⁉」
「「「──JA、清廉潔白で純真無垢なる尼僧のお姉様方を、エロエロガチエロな百合地獄に堕としてこそ、我ら『JV44百合部隊』であります!!!」」」
「──よく言った、このド変態の編隊撃墜王どもめ! そんな貴様らガチレズ糞虫どものために、中将である本官が空軍本部にわざわざ直訴して、特別に聖レーン転生教団から『教宣司祭』をお一人、急遽派遣していただくことになり、何と本日晴れて着任なされたぞ!」
「「「──ひゃっふー! ハイル、中隊長! ハイル、修道女のお姉様! 待ってましたわ、キマシタワー!!!」」」
その途端、文字通り狂喜乱舞そのままの図となる、ホワンロン王国空軍兵士訓練用グラウンド。
その場でバンザイをしたり飛び跳ねたりしている、全員十代半ばから後半の、金髪碧眼に彫りが深く端整な小顔と、ラフな訓練服に包み込まれた細身ながらもすでに女らしさにあふれる凹凸の豊かな肢体といった、三十名前後の絶世の美少女たち。
まさに彼女たちこそ、ホワンロン王国が誇るジェット戦闘機部隊において、最も高名なる第44戦闘中隊、通称『ガランド』所属のエース中のエース、『エクスペルテンの乙女』たちであった。
「……一体、何ですか、これって」
いつまでもただひたすらランニングをしながら、先頭を走るガランド中隊長(なぜか現役の中将)の問いかけに、まるであらかじめ打ち合わせでもしていたみたいに、文字通り打てば響くように異口同音に答えを返してくる、中隊員の少女たちの尋常ならざる姿を、グラウンドの外側にたたずんで目の当たりにして、私こと聖レーン転生教団司祭テレサ=テレーズは、隣に並んで立っている、ジェット戦闘機部隊の最高責任者である十代半ばの少女に向かって、泡を食ってまくし立てた。
「何って、いつもの練習風景ですけど?」
最高責任者と言っても、その身に秘める類い稀なる強大な魔導力と、全大陸の空軍においても並び立つ者のいない抜群の『実戦成績』によって選ばれたらしく、全体的に年若い少女エースたちの中にあっても最年少の年頃で、実際に王立量子魔術学院高等部にも在籍しているらしいその少女大隊長殿は、グラウンドのほうを見たまま、いかにもぶっきらぼうにそう言った。
ボーイッシュな短めの黒髪に縁取られた中性的に整った小顔に、女性用にスタイリッシュかつ可憐にアレンジされたタイトミニのホワンロン空軍士官服に包み込まれた、小柄でスリムながらもどこか健康な色香をも感じさせる肢体。
ホワンロン空軍きってのエクスペルテン、アイカ=エロイーズ男爵令嬢──通称、『紅のバロネス』
……おやおや、教団の諜報部の資料によれば、『ゲンダイニッポン』で言うところの『乙女ゲーム』的でもあるこの世界において、『正統派ヒロイン』の代表格と目されているという話だったけど、古き懐かし旧世紀の少女小説の主人公さながらの『元気娘』の雰囲気は微塵もなく、どこかアンニュイにため息をついてばかりじゃないの。
まあそれも、無理ないか。
本来だったら同年代の少年少女ばかりの学院において、本物の王子様や上級貴族のご令息からなる『攻略対象』に囲まれて、まさしく『乙女ゲー』そのままの華やかなラブコメ絵巻を演じていたはずなのに、何の因果か、確かに外見は『麗しき乙女』だが、内面はまさしく『飢えた獣』といった、荒くれ空軍士官どものまとめ役なんか任されてしまって、さぞや自分の不幸な身の上を呪わずにはいられないでしょうよ。
ふふっ、可愛らしいこと。
──それでこそ、付け入る隙もあるというものよ。
さあ、まず最初は、この『正統派ヒロイン』さんを、『攻略対象』にさせていただきましょうか♡
そんなことを胸中で企みながら、いかにもさりげなく彼女との距離を詰めていたところ、いまだ幼き花の蕾の唇からこぼれ落ちる、無意識の一言。
「……あ〜あ、こんなむさ苦しい脳筋女どもなんて、もううんざりだよ。早く見目麗しき王子たちのいる、学院に帰りたいなあ〜」
うんうん、その気持ち、よくわかるわあ。
でもね、『女の園』も、そんなに捨てたものじゃないのよお?
今からお姉さんが、じっくりねっとりと、教えてあげますからねえ♡
そして今まさに、私の手が彼女の肩に置かれようとした、その瞬間──
「はあ〜、また学院内でルイ王子とイアン先輩の生絡みを見て、『びーえる』成分を補充したいなあ。このままじゃ、『ドージンシ』の創作意欲が枯れ果ててしまうよ。せっかく『ジミオ』先生の作品に触発されて、『TS美少年版アルちゃん』の総受け作品のアイディアが浮かんだところだったのになあ」
接触直前でピタリと止まる、私の指先。
そしてささっとさりげなく、元の位置へと逃げるように戻り、一定の距離を置く。
あ、危ねえー。
……そ、そういえばこの子ってば、諜報部の報告書には、『えろいか』というペンネームで、『びーえるドージンシ』の創作活動を精力的に行っている『腐女子』でもあるって、明記されていたっけ。
いや別に、超有名サークル『子○屋』さんや『サリー○ーデンズ』さんの例もあるから、けして『百合』と『びーえる』は相反するものというわけではないが、ここは無難に少々様子見に徹しましょう。
「──あ、あの、明日からの公務に備えて、そろそろ荷物の整理なんかもしたいので、寄宿舎の場所をお伺いしたいのですが?」
「ああ、庶務課に行って入舎手続きをすれば、その際に教えてもらえるよ。一応個室とはいえ、隊員たちと同じ宿舎になるけど、構わないかな? 何せ空軍で転生教団の尼さんを受け入れることになるなんて、異例中の異例だからね」
「え、ええ、別に構いませんが」
むしろそのほうが、隊員たちを確固攻略していくのに、好都合ですからね♡
「……それにしても、本当に、よろしいのですか?」
「よろしいって、何がです?」
「こう言っては何ですが、『異世界転生』至上主義の我々教団とホワンロン王国とは、いわゆる『犬猿の仲』だというのに、こうして教団のシスターである私を、王国の最重要戦力であるジェット戦闘機部隊に『教宣司祭』として受け入れていただき、あまつさえ空軍指折りのエクスペルテンの皆様と同じ宿舎に入れてもらえたりして………………そ、その、機密保持的な意味合いにおいて、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「えっ、そんなことを、お気になされていたのですか?」
「そ、そんなことって……」
戸惑う私に向かって、その少女大隊長殿は、ここで初めて可憐な小顔に、にかっと微笑みを浮かべた。
それはまるで真夏の太陽そのままの、見ているこっちがまぶしくなるような、満面の笑みであった。
……くっ、これで腐ってなければ、いの一番に攻略していたのに。
「さっきお聞きになられていたように、今回あなたをお招きしたのは、あくまでもうちの隊員たちのわがままによるものであり、教団様に無理を押しつけたのはこちらのほうなのであって、司祭さんが気にする必要なんて、何も無いんですよ。──それに機密って、あいつらを見られたところで、何が困ると言うのです? 露見したってせいぜいのところ、空軍の名声の失墜くらいのものでしょう」
「えっ、あ、いや、その……」
──ううっ、激しく同意だが、まさか外部の人間が口にするわけには、いかないじゃないか。
「で、では、私はそろそろ、庶務課のほうへ伺わせていただきますね?」
だからその時私にできたのは、そそくさとその場を離れることだけであった。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──さすがにジェット戦闘機部隊自体が新設されたばかりであったので、宿舎のほうも真新しく設備も十分整っているようであった。
「……これで個室を与えてくれるって言うんだから、文字通り『王様待遇』よね」
隊員宿舎の廊下を指定された『自室』へと一人歩を進めながら、私はいかにも思わずといったふうに独り言ちる。
おそらくは、現在の教団とホワンロン王国との微妙な関係を鑑みて、『教宣司祭』である私のことをどう扱っていいかがわからず、一応隊員たちと生活を共にさせてしっかりと監視するとともに、一定以上の好待遇をして面目を施しておこうという腹か。
まったく、相変わらず、異端者どもときたら、姑息なことで。
まあ、別に構わないけどね。
私の『任務』は、ホワンロン空軍の要であるジェット戦闘機パイロットたちを、一人一人色仕掛けで堕としていき、『なろう教』に転向させて内通者等に仕立て上げていくことだから、むしろ好都合と言えよう。
……しかしこうして実際に内部に潜入してみてわかったのだが、噂のホワンロンジェット機部隊も、酷いもんだねえ。
歴戦の戦士たちが実戦出動がない時に、何をしているかと思えば、一日中グラウンドで走り続けているという、救いがたき『脳筋』仕様な有り様。
いや、体力作りのつもりかも知れないけど、あんたらのジェット機操縦のキモって、いかに『魔導力』を効率よく、機体の操作系統に注入できるかどうかでしょうが?
例えば『ゲンダイニッポン』最新のコンピュータによる絶妙な機体制御や、彼の地においてもいまだ開発が難航している超高速ラムジェットエンジンを、遙かに科学技術の発展が遅れているこの剣と魔法の世界で実現するために、魔導技術を補助的に使っているのであって、いかに軍人とはいえジェット機乗りには、体力作りはあまり意味は無いのだ。
「──まあ、あんな『脳筋』どもが相手なら、私の『正体』がばれることもないだろうから、もっけの幸いでもあるんだけどね」
ふふふ、捨て駒の一般信徒ならまだしも、正式な教団司祭であるこの私に、まさか『ゲンダイニッポン』の蜘蛛が憑依転生しているとは思うまい。
何せ身も心も乗っ取られてしまう『完全転生』ではなく、ただ単に蜘蛛の『記憶と知識』を参照しているだけのような状態だから、よほどの術者でもなければ、単なる『脳筋』どもでは疑問に思うこともないだろう。
そのように、私が自信満々に、ほくそ笑んでいたら──
「あら、あなた、なかなか『面白いモノ』を、憑けているじゃない?」
唐突に背後からかけられた、どこか婀娜っぽい声。
思わず振り向けばそこには、まさしく声のイメージ通りの人物が、いかにも思わせぶりな笑みをたたえながらたたずんでいた。
年の頃は二十代後半くらいであろうか、ストロベリーブロンドのウエーブヘアに縁取られた艶麗なる小顔に、昼間だというのにスケスケのネグリジェのみをまとって惜しげもなくさらされている、すでに熟れきった肢体。
中でも特に目を惹き付けられたのは、その立派すぎる二つの『胸部装甲』であった。
「──でけえっ⁉」
「ふふふ、初見の方は、みんなそうおっしゃるわ♡」
「……あなたは、一体」
「私はミルク、このホワンロン空軍の次官で元帥よ」
「あ、あなたが? ──お噂は、かねがね!」
「まあ、どういった噂かしら?」
『──ホワンロン空軍には、見上げるほどの巨大な山が二つある!』、とか何とかいうやつですよ。
「ところで、先程の、私が『面白いモノを憑けている』、というのは?」
「ああ、ソレは確かに、あなたの隠された魅力を引き出してくれるでしょうが、あくまでも本来のあなたとは著しく異なるものでしかないの。あまり度が過ぎると無理がたたって、廃人にもなりかねないわよ?」
「なっ⁉」
「何か問題が起こったら遠慮なく、私に相談しにきなさい。私ならソレを、跡形もなく『食べる』ことができるから」
「た、食べるって、あなた、何者なんですか⁉」
「──私は、サキュバス、『夢を喰らう者』よ。『転生憑依体』なんて、異世界人であろうが蜘蛛であろうが、しょせんは人の夢や妄想の産物。私にとっては、単なる『御馳走』に過ぎないわ」
そのように言い放つや、あっさりと踵を返して、この場を立ち去っていく、自称サキュバスの美女。
後に一人残された私は、呆然と立ちつくしながらも、内心では混乱の極みにあった。
──まさか、こうも早くも、正体がばれてしまうなんて⁉
どうやら彼女には、事を荒立てるつもりはなさそうだけど、もちろん看過してはおれないわ。
一刻も早く『作戦』を実行して、この宿舎全体を、私の──『蜘蛛女』の魔力の、支配下に置かなくては。
そのように改めて意を決した私は、逸る心を抑えつつ足早に、まだ見ぬ自室へと歩き始めたのであった。




