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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
七.想いはちぎれて
92/151

091.月に照らされて



 決して、背を守りあうことはなかったと思う。

 お互いに、それをする必要がないほど強かったのだから。


 ――ひかりの一線。横に凪がれる。

 呼吸のひとつも乱さずに、ハルリオは再び剣を振り下ろした。

 胸の内は静まり返っている。まるでわずかな揺らぎもない。

 それはある意味、現実感を喪失しているのと同じことなのかもしれなかった。

 最上階へと続く階段はたったひとつ、二つの通路が合わさる場所にある。ハルリオはそんな一角にいた。

 窓の外からのぞく天使星。ハルリオは暗がりに身を隠しながら、星の位置を確認する。

 日中の太陽は生命の力を溢れんばかりに放出するように光り輝いているが……、いまは天使星が肉眼で観察できるほどほのかに煌いている。

 どこかの学者が、それは天使星が太陽の光を反射しているからだとか学説をたてているのは聞いたことがあったが、それが実際正しいのかは彼の知るところではない。

 ただ、天使星の位置は夜の道標になる。自分の位置を知り、……そうして、時間を知ことができる。

 現在時刻を確認すると、ハルリオは辺りを静かに見渡して気配を伺った。

 ぴんと張り詰めた空気に、研ぎ澄まされた神経を巡らせる。

 しかしそこには一点の空気の揺らぎもない――。

(――やれやれ)

 ふっ、と僅かに呆れたような溜め息。

 既にスイと落ち合うべき時間は過ぎてしまっている。なのに彼が反対側から現れる様子は一向にない。

 やはり彼に一人で戦わせるには少々重荷が過ぎたか……。

(一人で行くしかないようですね)

 そう思えば、行動は早かった。猫のように無駄ない動作で最後の階段を駆け上がる。

 思い上がっているわけではないが、戦闘能力には自信があった。人一倍自分を可愛がってくれた父親に良い教師をつけてもらったからだ。

 ただ、そう思うごとに思い出すのが、孤高の銀髪鬼クォーツ・クイールの剣技であった。

 流れるような動き。まるで剣を金属の塊とも思っていないような軽やかな使い方。確実に相手を仕留めていくその鮮やかさ。

 どれをとっても、きっと自分に勝てるものではなかったと思う。

 そして彼は、なにもかも割り切ってしまった自分とは違って。

 ――誰よりも命の重みを知っていたから。

 だからあの町が燃えた夜、彼は炎の中に飛び込んでいったのだろう。

 今でも覚えている。最後に見た、彼の眼差し。

 からっぽの自分に何故だか深く刻み込まれた、言葉と……。

 ――ハルリオは歯止めなく前進を続ける。邪魔するものに容赦はしない。剣の一線には情けの欠片も見当たらない。

 彼はとても穏やかな心境で、詠唱を紡ぎながらその部屋の扉を開いた。



 ――ぶちまけられる閃光。

 思わずディムロード領主、ディリルド・テス・ディムロードは腕で目を覆った。

「な、何事だ……っ、」

 部屋に飛び込んできた光の嵐。よろよろと後ずさって、部屋の隅に設けられた寝台に足が当たったのを感覚だけで確認する。

 そうしてやっと光のスパークが終わった瞬間、彼は文字通り目を剥くことになった。

「おやおや、もう逃げられてしまったかと思いました」

 大剣を携えた麗人、ひとり。

 天使とも見紛う微笑みをこちらに向けている。

 彼の口元から零れるのは囁きのような調べ。

 視界が真っ白になる。ありえない出来事。知らない者がこの部屋に入ってくるはずが……ないのだ。

「随分と悠長にお部屋でくつろいでいらっしゃったんですね、あれだけの兵の数があれば、何が起ころうと無事だとでも思いましたか?」

 ――思っていた。だから既に寝間着に着替えて葡萄酒を楽しんでいたのだ。

 麗人との間には無残にグラスが割れて赤紫の液体が四散している。先ほどの魔法が投げ込まれたときに思わず落としてしまったのだ。

 ディムロード領主は思わず下唇を噛む。一体、この部屋の前にいた者たちはどうしたというのだ。そもそもこの屋敷の人数からして、こんなたった一人の男に突破されるはずが……。

 やっとその背筋に、ぞっと冷たいものが走り抜ける。

 既に年齢は50をも越しているというのに、歯がかちかちと鳴った。心臓から流れ出す血液すら凍る。かろうじて乾ききった口から人の言葉が漏れる。

「お……お前は一体」

 麗人は、口の端を確かに吊り上げた。

 そうして、ゆっくりと。

「人殺しです」

 領主が腰を抜かしてその場にへたり込むのと、金髪の男がその切っ先をぴたりと心臓の位置に当てるのはほぼ同時であった。

「いっ……ゆ、許してくれっ! なな、なにが欲しいんだ、誰の差し金だ……っ欲しいものだったらなんでもやる……っ、いい命だけは――!」

「いいえ、欲しいものはなにもありません」

 降りかかってきた声は、教会で聞く牧師の諭す声によく似ている。

 涙すら浮かべる領主を、彼は静かに見下ろしていた。

「わ、私が悪かったんだ! わかった、麻薬も武具も横流しをやめると約束しよう。君の望むままに――ひっ!!」

 悲鳴じみた声。しかし剣の先がほんの少し動くだけで恐怖のあまり喉をひきつらせる。

「ええ、そうですよ」

 ふっと、彼の微笑みが……消えた。

 それを一番わかりやすく例えるのなら――よく出来たアンティークドールだろうか。こちらを見ているようでどこも見ていない瞳、透明な表情を際立てる美しい顔立ちだけが逆光に陰を湛えて……。

「悪いのは全ての人間です。この世界を作り上げた全ての人間。私も、あなたも」

 覗き込んでくる。声がでない。冗談のように手が震えているのが自分でわかる。

「自分などの小さな存在、なにもしていないなどという無責任な言い訳は通用しませんよ。全ての人間には、殺される理由が――平等にあります」

「何を、何を、言っているんだ……っ!」

「つまり」

 空色の瞳が、蔭る。

 剣の肌は、残酷なまでに美しく。

「この世を『こんなこと』にした一人であるあなたを、殺すということです。とある知人の依頼で」

「ひっ……!」

 なにも……なにも、感じることのない瞳。

「助けてくれぇ……っ!! こ、殺さないで……、こ、ころ」

「なにか言い残すことは」

 穏やかな声。

 呼吸が、止まる。

「うっ、―――――」

 瞬間、全てがブラックアウトした。



 ***



 ――きっと自分は自分の意思でこの道を選んだのだろうけれど。

 それを自分は胸を張って信じることができるもだろうけれど。

 しかし、もしも世界が今のシステムとは違ったのなら。

 それなら多分きっと、自分は違う人生を歩んでいたのだろう。

 言い換えればそれは、世界がこうあるから、自分もこうなってしまったのだと。


 ある意味それも無責任な考えかと思い少し笑って。


「世界を300年止めた代償は」

 やはりなにも感じることのできない自分を、ほんの少しだけ悲しく思って。

「私たちが払わなくてはいけないのですよ」

 無残な亡骸への独白を終えると、ハルリオは剣の血を拭って鞘に収めた。

 ――その代償は、きっと高くつくことになるだろうけれど――。

 そんな言葉を胸の奥にしまって……。


 油の入った小瓶を取り出すと辺りに撒いて、小さく口の中で詠唱を唱えた。

「――精霊の御名において」

 ぽっ、と形のいい指の先から落ちた炎の欠片が油に引火して、部屋はたちまち炎一色に染まる。

 煙があがらないうちにハルリオは部屋を後にした。

 これで今日のするべきことは完了した。あとは外にうまく逃げるだけだ。

 既に屋敷の兵の生き残りは少ない。幾人か、完全に我を忘れてぽかんと突っ立ている者も見かけたが、気にせず最上階の回廊を突き抜けた。

 急ぎ足で階段を下る。無論、気を抜くことはない。

 最後の段を経て、ついにその足が3階の床を捉えた。

 ――そのとき。

 ハルリオの瞳は、ひとつの陰を見据えていた。

 自然と足が止まる。急速にその場から現実感が欠けていく……。

 彼は、ほぼ喉の奥だけで呟くように、言っていた。

「――スイ」



 息が、切れている。

 自分が自分の体ではないように、重い。

 眩暈を通り越して、頭痛さえ覚えた。

 だがスイは幾分か狭くなったように思えるその視界の中に、見慣れた陰を見出していた。

 名前を呼ばれて、足を止める。

 月明かりの中、目の前の淡い金髪が現実感もなく浮かび上がっている。

 周りには倒れたままのひと、ひと、……ひと。

 普段はやわらかな空色の瞳は、今は月のひかりすら吸い込んで。

 ……まるで、物語かなにかの情景のようだった。

 そうして、その次の言葉が、静かに紡がれる。


「遅いですよ」


 凍りつくほどに冷え切った表情。

 ぴくり、とわずかにたじろいだ。

 ハルリオの瞳が冷たくこちらを見据えている。

 一体そのどこに濁りや乱れがあるだろうか。

「約束の時間に遅れましたね」

 あまりにも真っ直ぐな言葉。

 事実だけを述べる言葉。

 奥まで見透かされるような錯覚に陥る。

「まだ慣れないから、では済まされません」

 糾弾するわけでもない。

 なのに……胸を、的確に突き刺す。

 張り詰めた空気は、無言で肌を蝕んでいく。

「あなたの覚悟は、その程度だったということですか」

 音もなく胸が焦げるのを感じていた。

 すい、と目の前にある彼の瞳が細くなる。

「それとも、あなたの力量がその程度、――ということですか?」

 体中から欠乏していく体温が、どこか遠くで感じられた。

 月のような瞳に射られたまま、もうぴくりとも動けない。

「スイ」

 視線は、離れない。

 冷ややかな、……おそらくは何の感情もこもっていない目線。

 冴えきった月の色に照らされて……。

「甘えないでください」

 彼はきっぱりと、そう言った。

 なにひとつとして言い返せる言葉を見つけられずに。

 スイはただ無言でその場に佇んでいた。

 闇に溶けるような深い瞳と。

 固く結ばれた唇をそのままに……。

 ハルリオは何の感慨も浮かべず、くるりと背を見せた。

「退却ルートは別々です。私は先に行きますので」

 そう言ったと思った瞬間には走り出している。

 みるみる遠ざかる影。暗い回廊。月明かり。

 暫くスイはその場にぴくりとも動かずに立っているだけだった。

 しかし――それも永遠の時間ではない。

 誰もいなくなった回廊で、ゆっくりと彼は踵を返す。

 喉が張り付いていて、呼吸もままならない。

 先ほどの戦いでの痺れが残っているからか、感覚すら薄れていた。

 だが、それでも……立ち止まってはいられない。

 じきにここにも火がまわるだろうし、生き残りの兵士たちがまた襲い掛かってくるとも限らない。

 疲れきった足でまた、走り出す。

 ハルリオの行った方とは反対へ、来たときと同じ道を。

 まるで重たい心を引きずるようにして。

 胸をつんざく吐き気を呑み込むようにして――。

 淡々と、足を前に進めていく。

 最上階に放たれた炎による煙の匂いが、次第に鼻につきはじめた。

 屋敷全体に火がまわるのに大して時間はかからないだろう。

 なにかが焼ける嫌な臭い。あの夜を思い出す。

 しかしそんな思考も一瞬で消え去ったのは、スイが別の場所からも炎の臭いを感じ取ったからであった。


「な、なにを……っ! もし屋敷に引火したりしたら――!」

「屋敷のひとつやふたつ、燃えてもどうだっていいじゃない。それとも代わりに――暗闇で戦って君が僕の流れ弾に当たってもいいって言ってくれる?」

「そ、それは……」

 声。

 ひとの、声。

 先ほど暗がりの中で聞いた声だ。

「ん、おや。誰か来たよ、ほら」

 声。

 違和感。

 聞いたことの、ある……?

 3階の、広間。

 明るい。

 燃えている。

 油をたっぷりと染み込ませた布で作った、巨大な照明が煌々と。

 換気の為に開け放たれた外から微風が吹き込む。

「暗殺者さんの登場、だね。うん、おもしろい」

 広間を通らねば、外に出ることは出来ない。

 窓から外に身を投げようとも、ここは3階だ。

 すぐさまもう一度踵を返して別ルートからの脱出を試みた。

 しかし――火の回りは速く、既に4階に放たれた火が邪魔してハルリオが去った方への道が断たれてしまっている。

 一度ついた火は一気に屋敷中を覆うだろう。炎の進みの速さは――既に体験済みだ。

 やむを得ず広間の近くに戻ると、広間にいる影たちもなにか会話をしているようだった。

「逃げましょう! 上にも火がついているようです、ここも危ないです!」

「やだよ」

「何故ですか!」

「逃げたきゃ君だけ逃げればいいじゃないか? 僕はね、会ってみたいのさ」

 無邪気な声。少年の声。

 スイは背筋が凍るのを感じた。

 聞き覚えのある、ひとりの……。

「さあ、出てきなよ。僕の客人さん」

「そんな――」

 そうして、従者らしき男が続けた言葉が、スイを完全に凍りつかせることになる。

「イオリルド様――!」


 ――僕のことはイオって呼んでくれればいいよ


「くっ……」

 従者はついに痺れを切らせたらしく、少年を置いて走り去っていった。

「あらら、根性ないな」

 その瞬間、スイは確かに彼の姿をその目にした。

 頼りなげな肩、華奢な手足。昼間被っていた帽子は脱ぎ捨てて、そこには深い金色の髪が見える。

 そして禍々しく黒い塊を手にしたその姿は――明らかに、あのときのイオと名乗る少年であった。

 遠くから見たから性格な年齢はわからない。ただ、やはり、まだどうみても十代だ。

 しかし、どうして彼がここにいるのだろうか。

 その身にまとっているのは昼間の服とは打って変わった高級なものだ。

 つまり、彼も貴族だったということだろう。

 思った瞬間、スイは体を壁に伏せる。撃鉄がはじける音と共に、鉛弾が数十センチ離れたところを通り過ぎて石の壁にはじかれる。

「うふふ、ほらほら。早くでてこないとこっちからいっちゃうよ?」

 炎に照らされた影がゆらゆらと揺らめく。

 こつこつと広間の石畳を踏んで近寄ってくる音。

 スイは両手で剣を握り締める。自分がこの剣を振り上げたときには、きっと彼は引き金をひいているだろう。戦力の差は、歴然だ。

 どうして彼が、ここに。

 どうすれば。

 頭がぐるぐるとまわる。

 しかし、こんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。

 こんなところで――こんなところで、死ぬわけにはいかない。

 近寄ってくる。向こうから、その手に黒き天使の刃を構えて。

 不意にその銃口から放たれる二発目。耳が痛くなるような音をたてて、また石の壁に当たる。すさまじい音だ、鼓膜がびりびりと痺れた。

 それでもスイは静かに体を動かす。彼との距離は――10メートル。こちらの正確な位置は煙に遮られて気取られていない。

 スイの足が――振りあがった。


 ――ガッシャァァンッッッ!!


「――!」

 ――ダンダンダンダンッッ!!

 続けざまに物音の方目掛けて弾が放出される。むわっとその場に火薬の臭いが広がった。

「……あれ、死んじゃったかな」

 イオが真っ暗な通路に向けてかすかに首を傾げた――その刹那の出来事である。

 風が切り裂かれ、暗がりから青い影が飛び出した。

 スイの剣は迷いもなく少年の方へと向けられる。彼の狙いはただ、『弾切れ』を起こさせることだったのだ。日中、彼は拳銃は6発連続といっていた。つまり――6発かわせばこちらにチャンスが生まれるということだ。

 だから、目の前にあった装飾品の鎧を蹴飛ばして物音を作り、弾が4発繰り出された瞬間に飛び出したのだ。

「おっ…………っと」

 ――ギィィンッッ!!

 鋭い鉄の音。咄嗟にイオが身を拳銃の本体で守ったのだ。

 だが無論、手に収まるほどの鉄の塊で剣を防ぎきれるわけがない。瞬時に銃は破壊され、鉄の塊となって砕け散った。

 すかさずスイは次の攻撃を繰り出そうと、剣を振る――。


 ――かちゃん。


 しかしそれは、彼に届くすれすれのところで止まっていた。

 イオの右手には壊れた拳銃の破片。

 そうして左手には――。

 ――もうひとつの拳銃が、握られていたのだ。

 その銃口が、スイの額にあてがわれている。

 鉄の冷たい感触に、ぞっと体を氷の槍に突き刺されたような寒気が走るのを感じた。

「おや、誰かと思ったら」

 しかしイオはスイの頭に拳銃と突きつけたまま、目を丸くしてみせる。

 そうして――その顔は、無邪気な笑顔をつくりだした。

「因果だな! あのときのお兄さんじゃないか。なんだ、早く言ってくれればいいのに」

 深い金髪に淡い青の瞳。垢抜けて整った顔立ちは――確かに貴族のものだ。

 既に動くことすら出来ないスイは、その瞳に目をやるだけだ。

 イオの折れてしまいそうなくらい細い指はもう引き金にかかっている。彼がほんの少し手に力を込めるだけで、スイの頭は消し飛ぶことだろう。

 しかしイオは――。


 拳銃を、離した。


 無論、スイに銃口を向けた形ではあったが。

 一歩二歩下がって、まじまじとスイを観察する。暖炉の灯火のような炎の照明にあたった顔はオレンジ色だ。

 そうして……その軽薄な口元が悪寒を覚えるほどに吊りあがって、言葉を紡いだ。

「あの父親、殺してくれた?」

「――?」

 怪訝そうな顔をするスイに、笑顔が返る。

「ああ、自己紹介が遅れたね。僕はイオリルド・デム・ディムロード。上にいたタヌキ親父の息子だよ」

 よろしく、といわんばかりに右手を胸にあててみせた。

「うん、でもここまで戻ってきたってことは殺してきたってことだよね。感謝するよ、あんな父親を亡き者にしてくれて」

「――お前」

 スイが僅かに動こうとすると、拳銃も動いた。つまりはじっとしていろ、ということなのだろう。

 するとイオはまるで世間話でもしているかのように、笑って首を傾げてみせた。

「僕、殴られた記憶しかないから。あんな愚かで愚かで仕方のない父親、僕のとっての価値はないに等しかったよ」

 年齢はピュラと同じくらいだろう。だが、その表情は人間離れした冷酷さと無垢さを浮かべている。

 イオはそんな表情のまま、不意に話題を変えてきた。

「ね、お兄さん。お兄さん、もしかして……」

 スイの瞳にふっと暗いものが映る。――少年の、瞳だ。淡い色だというのに、とんでもない闇を抱えたような……。


「スイ・クイール……って名前のひと?」

 どんっ、と心臓を握りつぶされたかのような。

 とてつもなく嫌な感触。

 スイは黙ったままイオの瞳を見据える。

 イオは、その沈黙を肯定と受け取ったようだった。

「へえ、やっぱり。会ったときから気になってたんだよね。青い髪、蒼い目、高い背、妙な大きさの剣、どれをとっても噂にぴったりだったし」

 子供のようにほころぶ顔。答えをみつけられたことが嬉しくて仕方ないようだ。

「じゃあさ、僕の質問に答えてよ」

 黒き天使の刃をその手に秘めた少年は、無邪気に尋ねた。

「お兄さんは孤高の銀髪鬼の弟なんでしょ?」

 不思議と透明な声。

 ただ、何ひとつとして動かないスイに向けて――。

 イオは、満面の笑みで訊いていた。


「お兄さん、あの夜に一体何人殺したの?」



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