表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
六.あぶれたものたち
77/151

076.少女、ふたり



 会場は、水をうったように静まり返っていた。


 誰もがそろって、一点を見つめていた。


 まず印象に残るのは、葡萄酒よりも深い赤、炎よりも燃え上がる赤。

 そんな豊かな髪は、大胆にも肩の辺りで切られて揺れていた。

 怖じを知らない堂々とした出で立ちにまとうのは、裾の広がる緋色のドレス。

 一見シンプルにできた服だったが、細かいところに加えられた装飾が彼女の原色の強さをますます引き立てているようにも見える。

 そして紅に染まった中で鮮烈に輝くのはなめらかな腕の白。自然に服と触れ合うだけで、お互いにその美しさを強調する。

 裾から覗くのは細くしなやかな足。それを包む橙のヒールはあでやかな光沢を放つ。

 そうして一番目につくのは、そんな紅の服、緋色の髪、その中間にすらりと伸びた細いうなじと、その上に乗った気高い顔だった。

 耳元には磨きなおした大粒のガーネットピアスがまばゆいばかりの光を宿しているが、それ以上の強さを橙色の瞳が放っている。

 まるでその中では絶えず何かがはじけているような……、そんな彼女の心の深さを空気で感じる。

 まぶしくも思える赤と白のコントラスト。

 作られた美しさではない。まるでしなやかな野生の獣のような凛とした出で立ち。

 そこにいる誰もが、その閉じられた唇からはどんな声が紡がれるのだろうと考えたことだろう。


「…………」

 ピュラは黙ってその視線を一人、受けていた。

 ……が、実は内心、かなり焦っていた。

 一瞬、正体がばれたのかと思ったのだ。

 しかしそれにしては騒ぐ者もいないし、辺りは相変わらずしんと静まり返っている。

 そこにいる女性は数十人、どの人も思い思いの服で自分を飾り立てていたのだが。

 ピュラ自身、まさか自分の美しさに他が圧倒されているなど、考えもしないのであった。

「これってやばい状況かしら?」

 誰にも聞こえないように、ぽそっと横の妖精に呟いてみる。

「敵意はないみたいだけど……?」

 クリュウはなんとなく全員がピュラに見入っているということを察知していた。

 しかしそれでもあまり良いこととは思えない。

 密偵というのは目立たないようにするのが基本なのだ。

 いや、これはこれで相手の深くまでもぐりこむことができるのかもしれないのだが……。

 危険が高まったのは、否定できなかった。


 しばらくすると、あの見たこともない美しい少女は一体何処の家の誰なのだろうと、辺りがざわめきを漏らす。

 ピュラは少々顔をひきつらせながらも、ひとまずはあまり目立たない所へ逃げようと足を向けた。

 そっと辺りの様子を探ると、一番奥に座っている中年の女性が見える。このダブリス家の家長なのだろう。身につける宝石の量は少し度を過ぎている気がするが。

 辺りには様々な馳走が並び、様々な色調を持って煌いていた。

 天井から吊るされるのは豪華なシャンデリア。きらきらと煌きを放ちながら辺りを照らしている。

 そんな中を急ぎ足で歩こうとする――、

 しかしピュラたちが物陰に隠れる前に、一気に娘たちが集まってきてしまうのだった。

「見慣れないお顔ですね。どこのお家なのかしら?」

「是非ともご家族にお会いしてみたいですわ」

「はじめまして、わたくしはエルモント家の――」

 5秒で嫌気がさした。

 彼女にとっては悪臭でしかない香水のまじった匂いに鼻がもげそうになりながら、どうしていいかわからず佇む。

 横でクリュウが、ここに男がいなくてよかった、もしいたら言い寄ってくる大軍でどうなっていたか、とこっそり思ったのは言うまでもない。

「あ、あの、ちょっとどいてくれるかしら……?」

 笑顔を最大限にひきつらせながらピュラは呟く。

 しかしそんな声で娘たちがひきさがるわけがない。

 このままだとさらわれそうな勢いだった。

「クリュ……じゃなかった、クルミ、逃げるわよ」

「そ、そうしたほうがいいと思う……」

 お互いに小さな声で言い合うと、ピュラは無理矢理群がってきた者たちの中を抜け出して、駆け足で通路まで走る。

 どさくさに紛れていたのでほとんど気付く者はいなかった。気付いても人ごみの中に消えてしまって何処にいったのかわからなくなってしまうのである。

 身軽な動作でピュラはひとまず人気のない場所へ移動した。

 大広間から伸びている通路の一つへ飛び込む。

 そこまできて、ピュラとクリュウは大きく溜め息をついた。中々情報収集というものも大変なものである。

「帰りたくなってきたわ……」

「僕も……」

 まだ屋敷に入ってから5分も経っていない。船を出てからは20分程度だろうか。

 広間から見えないように通路の影に立ってピュラは腕を組む。

「まずは位の高い人の傍に行かなきゃいけないわよね。ほとぼり冷めたらどさくさに紛れて行くしかないかしら」

「そうだね……」

 ピュラは改めて通路を眺めた。

 真っ赤な絨毯がしきつめられ、規則正しく大きな窓が並んでいる道だ。

 窓の間の壁にはロウソクが揺れ、よくよく見れば天井も驚くほどに高い。

「こんなところに住んでたらぐっすり眠れなさそうねー」

 ふとそんなことを口にした瞬間、彼女の目は見開かれた。

 袖を掴むクリュウの手が、みるみる強くなる。

「あ……」

 10メートルほど離れた曲がり角。そこから明らかに貴族とわかるピュラと同年齢程の少女が顔をだしたのだ。

 思い切り、両者の視線がかち合う。

 ピュラの首筋を嫌な汗が一滴、流れ落ちていった。

「ど、どうも……」

 口元をぴくぴくひきつらせながらもそう言うと、少女はこちらに向かってつかつかと歩いてくる。

 紫色のカールさせた長い髪をなびかせた、気の強そうな少女だ。

 その娘はピュラの目の前まで来ると、頭のてっぺんから足の先までじろじろと見回して、いかにも怪しげな視線を送ってきた。

「見ない顔ね。あなた、名前は?」

「シェ、シェリナよ。シェリナディア・サン・マンシェリド」

「ふぅん? あたしはリリカよ。リリカルア・テア・ダブリス」

 見るからに豪勢な服をまとった少女だ。声にもまるで遠慮がないし、じゃらじゃらと腕や足に装飾品をつける姿はあまり良い趣味とはいえない。

 リリカはもう一度ピュラをなめまわすように眺めてから、不可解そうに尋ねてきた。

「あなたなんでこんなところにいるの?」

「あ……ちょっと人ごみに酔っちゃって」

 容赦ない問いにあはは、と笑みを引きつらせながらも、ピュラはこのままこの少女を殴り飛ばし窓ガラスを突き破って逃げればどんなに楽かと思う。

 するとリリカのアイシャドウがかかったきつい目線が、クリュウに突き刺さった。

 クリュウは思わずびくりと肩を飛び上がらせてピュラの影に半分隠れる。

「妖精じゃない。いいわね、いくらで買ったの?」

「はあ?」

 ピュラは思わず聞き返す。

「あたしもお父様にねだるんだけどね、滅多に妖精なんて取引されないじゃない? あなた運がいいのね」

「僕たちは貴族の中で時々観賞用として出回ってるんだよ……」

 クリュウが耳元でこっそり教えてくれる。

 ピュラはいいようもない不快感に見舞われた。まるで妖精をペットのように見なす視線。しかしこれは彼女が悪いのではない。貴族たちの常識がいつのまにか生んでしまった思考なのだ。

 クリュウがそのことを知っているということは、きっと彼も旅途中で貴族たちに追い回されたりしたのだろう。

 そう思うと心の奥底に虫唾が走る。

「買ったんじゃないわ」

 ぼそっと呟いたピュラにリリカは首をかしげた。

 まるで見たことのない娘だ。今まで見てきた他の子とは違う、その胸に野心ではない、もっと熱いものを秘めた人……。

「クリュ、クルミは私の仲間よ」

 油断すれば圧倒されるような強い視線。

「ふぅん……」

 リリカはこの緋色の娘に興味を持ち始めていた。

 最近退屈することばかりだったから、欲求不満なのだ。

 こんな普段見かけないような人と話すのも、偶には悪くないかもしれない。

 だからおもしろ半分に、リリカは長い髪を後ろにかきあげて言っていた。

「ねえあなた、暇よね?」

「え?」

「今ね、あたし今日の服が決まらなくて悩んでたの。この服もなんだかあわないし……ね、一緒に考えて!」

 リリカはそう言うなり、くるりと背を向けて元来た道を歩き出した。

「ちょっ……」

「早く来るのっ!」

 強引な口調で促してくる。

 冗談じゃない、とピュラは言いかけて……止まった。この娘は確か、ダブリスの家を名乗ったはずだ。それにこれから服を変えに部屋に行くのだろうから、やはり本家の娘なのだろう。そうでなくてはこの家に部屋などないはずだ。

 もしかしたらこの娘から色々と情報を聞きだせるかもしれない。しかも部屋に二人きりだろうから、いざとなったら気絶でもさせることができる。

 これをチャンスと踏んだピュラは、横にいるクリュウに軽く視線を投げかけてから、リリカの後を追った。

 入り組んだ道を、帰りに迷わないように覚えながら歩いていく。

「あなた、本家の子なの?」

 不意に問うたピュラに、リリカは目を丸くしてみせた。

「あたしのこと、知らないの?」

 ピュラは思わずぎくりとする。そんなもの一般庶民には知ったことではない。

「リリカルア・テア・ダブリス、今のダブリス家の家長はあたしのお婆さまよ」

「へ、へえ……」

 これはこちらが驚いた、まさか家長の孫とは。これは結構様々な情報が期待できるかもしれないし、家長の傍にいくチャンスもできるかもしれない。

「ほんとに知らなかったの?」

「あ、まあね……」

 語尾を濁すピュラをリリカはじっと見つめた後に、心底おもしろそうに笑って見せた。

「あははっ、はじめて見たわ、あたしのこと知らない人。本当にあなたおもしろいわね」

 普段ならこんなことを言われれば皮肉の一つや二つ言ってやるのだが、今はそうもいかない。

 それよりも、色々と聞き出すには、まずこの娘と仲良くならねばならないだろう。

 しかし、そう思うだけでげんなりとする。こんな甘やかされて育ったような娘に付き合わなければならないのかと思うと、自分の運命を呪いたくなった。

 そうこうしている内についたのは、最上階の一部屋。

 部屋の前には侍女が一人立っていて、こちらに気付いたのか、少々目を見開く。

「まあリリカ様、どうなさいました?」

「ちょっと外して。あたし、この子と話があるの」

「かしこまりました」

 まるで人形のようにぺこりと頭を下げて侍女は歩いていってしまった。

「さ、入って」

 リリカは言いながら、ぶっきらぼうな動作で美しい装飾がなされた扉を開け放った。

 すると飛び込んでくるのは、きらびやかな内装の広い部屋。

 絶対にこんな部屋じゃ眠れないとピュラは暗に思う。

 しかも床には服や宝石が散乱し、先ほどまで彼女が散々ああでもないこうでもないと棚をひっかきまわしたのを伺わせていた。

「どうも今日はいい服が見つからないのよね」

 その中の一つを無造作に掴みあげて自分の体に合わせ、鏡に映して……リリカは顔をしかめてまた捨てる。

「どうせ女しかいないんだから、見てくれなんてどうでもいいじゃない」

 瞬間、リリカの眉間にしわがよった。

「……シェリナ、本気で言ってる?」

「え?」

 まるで信じられない、と言っている瞳。

「だって今日のパーティーには有名な貴族も来てるのよ? 見初められればもっと上の階級の人と結婚できるかもしれないじゃない」

「へえ、大変なのね」

「他人事みたいにいうわね、あなた」

「別に私はそういうのに興味ないし」

 その言い草にリリカは軽く肩をすくめてみせた。彼女の家の名前は聞いたこともない、恐らくは成金貴族なのだろう。

 そんな彼らのプライドは妙に高く、いつだって自分たちだけでのし上がろうとすると聞く。きっと彼女もそう考える人種に違いない――。

 なぜなら、今だって彼女は何の断りもなく椅子に座っている。普通一言二言言うはずなのに、その態度は成金としか思えない。

 しかしなんとなくこのシェリナという娘に嫌らしさは感じられなかった。なんというか、礼儀知らずというよりも礼儀など彼女にとっては何の価値も示さないような……。

 そんな自由奔放さが漂う少女だった。

 いくつかの服を拾い上げて、やはり全て自分には似合わないと思ったリリカは不機嫌そうに溜め息をついて、ベットにその身を投げ出した。 カールがかった長い髪が少々乱れるが、この際どうでもよかった。

「はあー……。でもね、私も時々こんな生活が退屈になるのよね」

 ちらっとピュラはリリカの方に視線を向けた。

「一度でいいからさ、自由に色んな町に行って、好きなもの食べて、楽しいことたくさんして」

「現実はそんなに甘くないわよ」

 遮るような声。

 不意にリリカが視線を天井からピュラに移せば、その橙色の瞳が静かな強さを湛えてこちらを見ているのがよく分かった。

 そう、一瞬冷めているように見せかけて、奥では燃え上がるような熱を放って――。

「なによ。別に夢くらいみたっていいじゃない」

「夢は夢よ」

「あなたとことん現実主義者ね」

「よく言われるわ」

 ますますリリカはこの娘に好奇心をくすぐられるのを感じた。

 物珍しい妖精を従えて、これでもダブリス本家の娘である自分に全く物怖じもしない様子。

 まるで一線を引いて、そこからは決して近付かせないような――。

 そう思えば思うほどその中に近付いてみたくなる。それがリリカの性格だった。

 まだ人生における壁にぶつかったことがないのだ。だから怖いものなどない。

 もう少し探りをいれてみたくなって、話しかける。

「最近そっちの暮らし向きはどう? うちはさ、エスペシア家があんな感じでしょ、もうバタバタ慌しくって」

「別に普通よ」

「家は何処なの?」

「……ここからちょっと南」

「あら、なら結構大変なんじゃない? 最近あそこの辺りにウッドカーツ家の人が視察に来てるらしいじゃない」

「……そうね」

 ピュラはふっと頭の中に黒い液体が流れ込むのを感じた。

 ウッドカーツ家、全ての貴族を統べる者。

 その家に属する者は、誰もが魔術により瞳を血のような赤に染められるという――。

「ウッドカーツ家の誰が来てたかしら。確か……」

「ジルム・ウッドカーツ様よ、あなた物覚えが悪いわね」

「そうかもしれないわ」

「それにしても怖いわ、ウッドカーツ家は最近とてつもない兵器を手に入れたっていうじゃない」

「……ええ、恐ろしいことね。どんな兵器なのかしら。あなた知ってる?」

 なんとか会話を誘導させる。

「さあ、あたしに聞かないでよ。……でもね、ここだけの話よ?」

 リリカは言うなりベットから起き上がって、そっと小声で囁いた。

「その兵器ってね、……『人間兵器』らしいのよ」

「にんげん……?」

 ピュラは首を傾げる。そんな名前の兵器、聞いたこともない。

「そ。あたしも小耳に挟んだ程度なんだけど、人間の能力がそのまま兵器として使われてるみたいなのよ。あのウッドカーツ家だから、人体改造でもしてるんじゃないかしら」

「そう……」

 適当に返しておいて、ピュラは時計を確認した。地下の突入が始まるまで、あと30分……。

 そんな様子をリリカはピュラがパーティーを気にしているのだと思った。

「あー、そうね。服も見当たらないことだし、やっぱり下に戻りましょ? あたしの友達を紹介してあげる」

「……ええ」

 ピュラは頷いて立ち上がった。やはりこのような年齢の少女では知っていることに限りがある。

 少女二人と妖精一人は連れ添って部屋を後にした。

 そこからの帰り道、リリカは他愛もないことをピュラに話し続ける。

 どの貴族の誰が嫌味の天才で、どの人が優しくて、いつかこんなことがあった、自分はこんな悪戯をしかけてやった――。

 しかし、彼女が語る世界は狭く、拙く、ピュラの目からは滑稽にしか見えない。

 やはり自分は貴族の世界と相容れないのだと、ピュラはそんな思考にたどり着いたときに、口元に小さな笑みを浮かべていた。

 それは誰にも見られない、少しだけ、諦めが混じった微笑みだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ