068.思惑を辿って
――時は、満ちた。
――あまりにも唐突に、溢れた。
――突如として開けた視界。
――眼下に広がる、もう痛んでしまった懐かしい景色。
――遠い夕日。手を伸ばしても届かない。
――橙に染まる石畳の道。
――あまりに鮮烈だった、若草色。
――全てが、堰をきったようにあらゆる方向へ飛び散る。
――時は、満ちた。
――今こそ、全ての目覚めのとき。
――彼が、またその世界へと還っていく、とき。
――橙色のあの世界へと、その一歩を――。
Bitter Orange, in the Blaze.
六.あぶれたものたち
***
静かな、朝だった。
それはとても穏やかで、日差しが心地良い朝だった。
しかし、彼は口を閉ざしたまま。
ディリィは眼を伏せた。
「驚いたわ。……あの孤高の銀髪鬼に『弟』がいただなんて」
「血が繋がってるわけじゃない」
半分かすれた声が、零れる。
「拾われただけだ」
「ええ、聞いてるわ」
クリュウは口を挟むこともできずに、ただディリィとスイの顔を交互に見つめていた。
スイの顔にはなにが浮かぶこともなく――、ただ、淡々と言葉を紡ぐ。
「……なにがしたいんだ」
「ヘイズルがあなたを呼んでいるのよ。詳しい話は彼に聞かないといけないわ。私が話して誤解を招いたら困るもの」
「やつはどこにいるんだ?」
「――あなたの故郷に」
……。
スイはまた、沈黙した。
「探すのに苦労したっていってたわ。もう会うのは3年ぶりになるんじゃないの?」
「あ、えっと、スイの故郷って、もう……、」
クリュウがいいにくそうに問うと、ディリィは僅かに微笑む。
「ええ、廃墟よ」
「……」
クリュウは不安そうに羽根を揺らめかしながら、スイを肩口から見上げた。
朝の清々しい風が吹き通っていって、彼のマントを揺らす。
スイは、ゆっくりと俯いていた顔をあげた。
口が、開く。
「わかった、行く」
「スイ……」
スイはじっとディリィの瞳を凝視した。
ディリィもまた片時も逸らさずに彼を見つめ、続ける。
「ピュラちゃんたちは連れて行く?」
「いや、いい」
「そう……」
彼女はすいと瞳を細めて小さく頷いた。
スイには分かっているのだろう、これから彼に降りかかることを。
それに彼女たちを巻き込むわけにもいかないし、――ここで迎えを断れば、それこそ彼女たちに災厄が降りかかりかねない。
だから彼は、一人を選ぶ……。
「いますぐ、行く?」
「ああ」
ディリィはくるりと背を向けて歩き出す。
ふとマントを掴む小さな手に気付くと、クリュウが不安に押しつぶされそうな瞳でこちらを見ていた。
「……スイ、」
「別に残ってもいい、他に行ってもいい」
「そんなこと、僕がすると思う……?」
「……」
「僕はついていく。けど、ピュラたちは……」
じっとスイの瞳を見上げる。
スイはその海の色をかすかに揺らめかせ、そして眼をそらした。
「……いいんだ」
足が動く。一歩一歩、大地を踏みしめて……、
そうしてディリィの背中へと歩いていくごとに、ゆっくりと今までいた世界が遠のいていくような気がした。
新しい世界――否、懐かしい世界がまた網膜に焼き付いていく。
「ピュラたちには何も言わないでくれるか」
「わかったわ、ただ……」
ディリィはスイと肩を並べたまま歩いていく。
「あの子があなたをどう思うか、なにをするか、その責任はもてないわ」
「それでいい」
それ以後、会話はぱったりとなくなっていた。
ただ、それぞれの足音だけを耳にしながら進んでいく。
朝一番の鳥が鮮やかにその美しい音色で歌っていた。
まるで真っ白なキャンバスのように、清浄で静かな光景はひたすらに眩しい。
遠いかと思われた桟橋までの道のりは短く、すぐに海のさざなみの音が聞こえてきた。
どこまでも広がる海。向こう側に見えるのは広大な大陸。
朝日を体いっぱいに浴びた海は煌きを宿してまばゆいほどに煌いている。
「向こう岸に一人、あなたを待ってるわ。その子と一緒に行ってね。私はほとぼりが冷めてから行くから」
「ああ」
スイはディリィと視線を合わせずに桟橋に向けて歩いていった。
恐らくその内心は迷いと恐れだらけなのだろう。しかしゆっくりと確実に、足は前へと。
このドトラは朝の早い時間から渡し舟を使うことができる。
しばらくディリィが待っていると、舟が向こう岸を目指して発っていくのが見えた。
「……ごめんなさいね」
ほとんど吐息に近い声で、彼女は呟く。
ひっそりと静かに過ごしていた彼を、自分は紛れもなく戦いの地へと追いやったのだ。
それにいかなる理由があろうとも――。
きり、と胸に痛みが走ってディリィは胸の上に手をやった。
その先に夢想するのは、これからおこるであろう出来事。
もうきっと誰にも止めることはできない、世界の流れ。
繋がれた世界は、解き放たれる。
それには、彼の存在が必要なのだと、――そう友人は言っていた。
「さて、と」
ディリィは眼を一度閉じてから、またいっそう光を宿した瞳で開いた。
そうだ、更に胸が痛くなるのはこれからなのだ。
おそらくそろそろ起きだす頃であろうか、何も知らない少女がふたり……。
胸に灰色の想いを溜めたまま、彼女は元来た道を戻りはじめた。
***
「うにゅ~~眠いよ~……」
「ほんっと、昨日あの時に起きてるんじゃなかったわね……」
既に食卓にディリィ一家が揃っている状態で、ピュラとセルピがそれぞれあくびまじりに入ってくる。
「おはよう、ピュラちゃん、セルピちゃん」
「おはようございます~」
セルピはまだ半分夢の中、といった感じでぽてんと椅子に座る。
ピュラもまた椅子に腰掛けて、大きなあくびを一つ漏らした。
そうして、ぐるりと辺りを見回して気付く。
いつもいるはずの二人が、いるべき場所にいないことに。
「……あら、スイとクリュウはまだ寝てるの?」
「そういえば。スイ君もクリュウ君も見てないわね……」
ミスラが辺りをきょろきょろと見回す。
ディリィはひそかに溜め息を漏らすと、ゆっくりと口を開いた。
「二人とも、出て行ったわ」
…………。
「……え?」
ピュラとセルピの声が、はもる。
「……二人して夢遊病にでもなったの?」
「ううん、本当に出ていっちゃったのよ」
「え……?」
彼女の眉間にしわがよる。
「どういうこと?」
ようやく事態がつかめてきたらしく、その顔が少し険しくなった。
「分からないわ。ただ、朝早くに旅支度を整えて何も言わずに行っちゃったのよ」
「スイ……?」
セルピもこの状況には目が覚めたのだろう、不安げにピュラに視線を移す。
ディリィはもう何もいうまいと思って口を閉ざしていた。
そう、あとは彼女に任せるだけなのだ。
ピュラは暫くテーブルの上に視線をおいたまま、黙って思考をめぐらせていた。
それぞれもまた沈黙に落ち、朝の気配は突如として静寂に変わる。
そして、彼女の唇からぼそりと呟きが漏れた。
「まあ、確かにもう呪いは解けたんだし、一緒にいる理由はないわよね……」
そのセリフにセルピの顔が泣きそうになる。
「え、でも……」
――がたんっっ!!
セルピの肩が、飛び上がった。
ガヤマとミスラが目を丸くさせ、そしてディリィはそんな彼女の姿をじっと見つめる。
ピュラが、朝食の乗った机に手をついて立ち上がっていた。
机の上のカップに入っていた茶が盛大に波打つ。
「セルピ、行くわよ」
「ふぇ?」
ピュラは、その瞳を鋭いそれに変えて、走り出していた。
「あのスイが別れも言わないのはおかしいわ! 絶対になにかあったに決まってるじゃないっ!」
一気に家の中を駆け抜けて、荷物をひったくるように掴むなり、くるりとターンする。
また先ほどの部屋に戻ってくるのに十数秒とかからなかった。
「ほらセルピっ! あんたの荷物!」
「え、あぅ……うんっ!」
「どんな理由があるにせよ、私に礼儀知らずな行動をとったからには殴ってやらなきゃ気がすまないわ……!」
「ピュラちゃん、行くのかい?」
「ええ、世話になったわ、また今度ねっ!」
「いつでも大歓迎よ、いってらっしゃい!」
いつのまにか自分でも再来を告げていることすらピュラは気付かず、セルピの腕を掴んで走り出した。
あっという間にその影は角を曲がって消えてしまう。
そうすれば、後に残るのは静けさのみだった。
「嵐みたいだったわねえ」
ミスラがそんな後姿を見送ってから、かすかに笑った。
「ディリィ、あなた知ってるんでしょう? スイ君が出て行った理由」
「ええ」
ディリィは何の迷いもなく、スープをすすりながら返事を返す。
「やっぱりな」
ガヤマも納得したように頷いて、椅子の背にもたれかかった。
「なら、ピュラちゃんとセルピちゃん……行かせていいの?」
「あの子たちがそれを選んだなら、多分それでいいのよ」
まるで諦めにも似た笑みを漏らす。
「そこになにがあろうと、……きっとあの子たちは生きていけるだろうから」
「そうねえ、ピュラちゃんならきっと……ね」
ミスラは小さく微笑んで、居住まいを正した。
彼らがいなくなった家の中は急に静けさを取り戻し、普段と変わりない穏やかな朝へと戻っていく。
「それで、あなたはいつ出て行くの?」
「あら、ばれてた?」
「親の目を甘くみるもんじゃない」
してやったりという風にガヤマが片目を瞑ってみせた。
ディリィはそんな父親に苦笑しながら、肩にかかった髪を後ろにやる。
「そうね、昼ごろには発つわ。やらなきゃいけないことがたーくさんあるし」
「無理しないようにね」
「分かってるわ」
ディリィはくすぐったそうに笑って朝食を済ませると、新たな旅の仕度にとりかかりはじめた。
「これから忙しくなるわね」
今日も空は、驚くほどの快晴。
秋は深まり、冬の足音がそろそろ聞こえてくる――。
***
――時間を少々戻すことになる。
早朝の静かな海を背にして待っていたのは、見慣れた顔であった。
「よぉ、久しぶりだなー。元気そうでなによりだ」
「あっ……」
クリュウが小さく声をあげる。
小さな海辺にぽつんと立った人影。
「まあつまりだな、俺がお前たちをずっと監視してたわけだ」
そう言ってにこやかに小首を傾げる。
優しい日差しに照らされて、紫の髪がきらきらと煌いていた。
しかしスイは、黙ってその状況を見つめるだけ……。
そう、彼がこの場で一番の主役だというのに、彼はまるで傍観者のようだった。
人影――、フェイズ・イスタルカはそんなことも気にせず、続けていた。
「わざわざ古傷かきむしる場所に呼んじまって悪いなー。文句はヘイズルのオッサンに言ってくれ」
言い終わるなり、すぐに歩き始める。
海辺特有の潮風に、服のすそがふわりと舞った。
「……スイ」
心配そうに見上げてくるクリュウに頷いてみせた後、スイはその後を追っていく。
行き先は迷うことない、彼の故郷。
嫌というほどその位置を知っている場所。
しかしそこまで行く間に自分を監視するためにつけられたのが彼なのだろう。
「あ、そうだ」
フェイズはふと立ち止まって、右足を軸にしてくるりと180度旋回した。
やわらかな海辺の砂だから、それだけで深い跡がつく。
「……ピュラたちはどーしたんだ?」
後ろ向きで歩きながらスイに問うた。
「……」
スイは視線をドトラの方に向ける。
つい先ほどまでいたあの島は、今は遠く遠く――。
「……巻き込むわけにはいかない」
「俺だったら巻き込むけどなあ」
顎に手をあてながら、フェイズは身体を戻して先へと進む。
丁度そこから森へ続く道に入った。
しばらくは密林を越えなくてはならない。スイの故郷――、レムゾンジーナまではざっと2週間かかるだろうか。
少々怪訝な顔をしたスイには、フェイズの笑顔は見ることができなかった。
「分かるだろ? これから世界で何が起こるか。そして俺たちはもしかしたら、その中心に立つのかもしれない」
スイに見えるのは、はためく淡い緑の服の裾のみ……。
フェイズは深い森の緑を仰いで目を細めた。
その口調には何の迷いも見えない。
「だが何も知らない奴らはどうだ? ただ時代に翻弄されて何もできねーし、第一、状況を正しく把握することすらできねーな」
まるで独り言を言っているようにも思えた。
クリュウは、スイの肩の辺りで、表情を曇らせたままその言葉を聴いている。
「そんなところに、かつての仲間を置いておくか? それよりは『危険』があろうとも、全てを知らせて傍においとくのが一番『安全』じゃねーかと思うぜ」
ちらりと振り向けば紫色の瞳が静かなひかりを湛えて笑う。
「ま、それをするにゃ自分の力と成功を信じ、かつ向こうの力も信じてらやなきゃいけないけどなー。アンタにそれができるかい?」
そうしてその笑みをいっそう深めると……、ポケットに手を突っ込んで、視線を前に戻した。
「俺は信じてるさ。だから、俺だったら巻き込んで連れて行く。どんなことを言われようと、大切な相手、ならな……」
「……」
スイは最後まで何を言うこともなかった。
ただ、じっと前を見つめて。
それしか見つめるものがないかのように――。
フェイズは何故だかいつになくゆっくりと、その足取りを進めていた。
***
ピュラたちが舟に乗ったのは、スイを乗せていた船が向こうから返ってきたばかりのころだった。
トンボ返りのように舟こぎの男に頼んで乗せてもらい、ピュラとセルピは転がるようにして舟から飛び出していった。
「ぴゅ、ピュラっ、どっちに行ったんだかわからないよ……」
案の定、その場所から幾本にも伸びた道に、セルピが四苦八苦して泣き言をいう。
「一々泣かないのっ! 歩いていった痕跡とかあるかもしれないじゃない!」
かというピュラも、何も情報なしに飛び出してきた自分を少々呪っていた。
もちろん、この分もまとめてスイとクリュウに八つ当たりしてやろうとも決意していたのだが。
とりあえずそれらしき痕跡がないか、一つ一つ道を確かめていく。
海辺を歩いていく道、山へと続く道、草原へ入る道、そして――、
「あら、これ……」
北の森へと続く道の前に、足跡にも似た靴の穴を見つけた。
見た目からして新しい。まるでかかとをねじ込んだような、目につく穴……。
「この先ね、きっと」
他の道を探したが、これ以上の手がかりとなるものはなかった。
――彼女たちに残されたのは、この足跡を辿っていくことだけだ。
ただ、この場所で何故こんな跡をつけたのかだけが気になる。
一体どのような動作をすればこのような跡がつくのだろうか……、
しかし構ってもいられなかった。セルピを連れて森へと走り出す。
道の進路は、北。
「急ぐわよ、まだ遠くにはいってないはずだわ」
「うんっ!」
「朝食も食べさせずにこんなことさせるなんて……、会ったらタコ殴り決定ね」
そんなピュラと一緒に走りながら、セルピは思った。
ピュラは見かけによらず礼儀にこだわるところがある。
人と会ったときには目を見て話す、なにかをしてもらったら礼を忘れない、そして別れのときは面と向かってきちんと別れを告げる。
こういうところは、もしかしたら無意識のうちにディリィの影響をうけたのかもしれない。
そして、ピュラはそれがなっていないということに一番、怒る。
それが身近な人であればあるほど、……だ。
しかしそれよりも不可解なのは、スイとクリュウが出て行った理由だ。
昨日までは、普通にしていたというのに。
なにか――、なにかが、あずかり知らぬところで起こっているのだろうか。予感に、胸がざわめいた。
樹海は深く、朝一番でいななく鳥や獣の鳴き声が遠くで響く。
苔がびっしりと生えた岩でつまづかないようにしながら、その道を急いだ。
***
「……んで、どーするんだ?」
フェイズは振り返って首を傾げる。
恐らくは緊急事態ともよべる状況なのだが、全くその顔に焦りは見えなかった。
まるで全てをはじめから知っていたような――?
「……」
スイは黙って背後に視線をやる。
人が走る気配。ピュラと、セルピのものだ。
ここまで早く追いついてくるとは予想外だった、否、追いかけてくることさえ考えてはいなかった。
そうだ、考えていなかった――。
「別れるんなら、ちゃんと目の前で言ってやった方がいいんじゃねーの?」
「スイ……」
確実に近付いてくる。この道を一直線に。
深い森の中に風が吹き込むことはない。
ただ、ただ、空気はよどみ、その場に留まり、決して動くこともしない。
「じゃ、俺はその辺にいるな。俺がいると面倒だろ」
フェイズは最後ににかっと満面の笑みを浮かべてスイに背を向けた。
スイは気配のする方を、ただじっと見つめて――。
「……」
クリュウが言うべき言葉を見失ったまま、不安げに肩口にとまっている。
まるで時がとまったかのように、その場に動く者はいない……。
そうしてまた、誰かに操られた運命がその場に、はじけた。
「スイ!!」
森の中によく通る声。
見慣れた顔、姿。
セルピの方はすっかり息があがってしまったのだろう、へたりこむ寸前でぜえぜえと肩で呼吸する。
変わって、もう一人の娘は――。
先ほどまでの疾走もものともせず、ずんずんと近付いてきて……、
――ぱぁぁんっっ!!
間発いれずにスイの頬に平手を打ちつけた。
「ふざけんじゃないわよ!!」
頬に熱く鋭い痛み。しかしそれよりも刺すような鋭い視線が、彼の心にひどく響く。
「勝手に一人で出て行くなんて! 一緒にいる理由がないからハイさよならでいいと思ってるの!? 別れるんなら面と向かって言いなさいよっ! それだけの度胸もないわけ!?」
違うんだ。
多分、別れが言えなかったのは。
ただ……、
彼女に追いかけてきてほしいと思っていた自分が、どこかにいたからだ……。
「あんたが別れたいっていうなら、別にいいわよ! 私だって一人旅に戻るわ。でもね、後味が悪いのだけはやめてって言ってるの!!」
「…………すまない」
それ以外に言葉が思いつかなくて、スイは目を伏せて呟く。
あまりにも真っ直ぐな視線。燃えるような橙色。その強さは、今の彼に見ることができない……。
「で、でもピュラ、スイは……」
たまらなくなって言いかけたクリュウをそっとスイが遮る。
「……悪かった」
「私の目を見て言って」
ふっと伏せられた瞳に光が宿る。
印象と違って背は低く、しかしそこに氷よりも固く炎よりも熱いものを秘めた、少女が目の前に、ひとり……。
――俺だったら巻き込むけどな。
――ま、それをするにゃ自分の力と成功を信じ、かつ向こうの力も信じてらやなきゃいけないけどなー。
――アンタにそれができるかい?
「あんたはいつもそうやって目を逸らすでしょ」
決して怒気が入った言葉ではないのだろう。
しかしその真っ直ぐとした声はきつく、胸に突き刺さる。
「大体、昨日まで普通にしててなんで突然出て行ったの? なんかあったの?」
「……それは」
スイが口を開きかけた、そのときだった。
「そりゃな、こいつの名前がスイ・クイールだからだよ」
すっと、なにかが体の中を滑り落ちていく。
あまりにも静かな声が、響いた。
「……え、」
どこからしたかも分からない声に、そしてその内容に、ピュラとセルピの瞳が丸くなる。
そしてクリュウが、スイのマントを握り締めながら震えていた……。
「知ってるだろ? 孤高の銀髪鬼クイール、本名はクォーツ・クイール。そしてそのたった一人の家族であり、たった一人の義理の弟の名が、スイ・クイール」
黒よりも深い海の色をした瞳が、波紋を生んで揺らいだ。
しかし彼にはなにも止めることができない、どうする勇気も、ない。
ただふつふつと湧き上がるのは自分の弱さと、それへの怒り……。
「血は繋がっていなくとも、兄から習った剣術は尋常じゃない強さだったらしいな。普段は隠してるんだろうが……」
橙色の夕日。
まばゆい銀色の髪。
血に濡れた剣を持った人の影。
「だからな、こんなご時世に革命を起こそうとしているやつらに呼ばれたんだよ」
熱い、熱い、炎のイメージ。
「――他になにか質問があるかい、ピュラ」
――ざっ……。
一歩、足が踏み出された。
樹の陰から、冷めた瞳でこちらを見つめる紫色。
ピュラは立ち尽くしたまま、彼を見つめていた。
「フェイズ……!?」




