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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
五.眠れる古代都市
59/151

058.兆候



「ねえ、まだ?」

 彼女がそう問うのは5回目だった。

「うだうだ言うなッ! 黙ってついてこい!」

 彼女がそう返すのも、5回目だった。

 青緑の髪を軽やかになびかせるナナクルは不機嫌さを露にしてずんずか先へ進んでいく。

 こうして目の前を、背を向けながら歩く彼女は思っていたよりもずっと背が低い。

 もしかしたらセルピと同じくらいかもしれないとピュラは思う。

「広い遺跡だね~」

 先ほどから小一時間ほど歩きっぱなしのセルピは、興味深そうに辺りを見回している。

「あんた、よく見てて飽きないわね……」

「えー、だっておもしろいよ~。不思議な形がいっぱい」

 風に踊る黒髪を小さな指でかきあげ、何処までも続く石の都市に目を細める。

「それにここにはずっとずっと昔、たくさんの人が住んでたんだよ? すごいよねっ」

「こんな結滞なところに住む昔の人の気が知れないわよ……」

「それは古の遺産をこの地に封印するためだ」

 口をはさんだのはナナクルだった。

 歩みも止めず、振り向くことさえもせずに、前を向いて言葉を紡ぐ。

 まるで独り言を言っているかのようにも見えた。

「行き過ぎた文明はわが身を滅ぼす。そこに残るものはなにもない。……この遺跡はその戒めの象徴だ」

「それって、ミラースがはじまる前のこと?」

 ピュラの問いは……、返されることはなかった。

 ナチャルアの守護者ナナクルは立ち止まって、目の前のものをじっと見据える。

 その瞳に、揺るがぬ意志を持ったまま――。

「……ここだ」

 彼女は、はじめて振り返った。

 長い杖がしゃらん、と涼やかな音を鳴らす。

 その彼女が背にしているのは……。

「洞窟?」

 地下へと続いている暗い階段を見下ろして、ピュラが首を傾げる。

 草原の海の中に、ぽっかりと黒い穴が開いていた。

 その奥に続くのは、静寂と暗闇が全てを支配する無の世界――。

「この中をずっと進んでいくと、ここから少し離れたところにでることになる。無事にでられたら村の者に会わせよう」

「道は一本道なの?」

『いえ、道は多岐にわたっています。しかし、どの道を通っても出口にたどり着くことはできますよ。』

「どの道を選ぶかも、試練の一環ってことね」

『そういうことです』

 ピュラはもう一度だけ中を覗いて軽く屈伸をすると、ぱん、と膝を叩いて視線を他の三人に向けた。

「よし、なら行きましょっか」

「これを一人ずつ持っていけ」

 ナナクルはポケットから小さな笛を4つ取り出して、それぞれに渡す。

 木彫りのそれは細かな装飾がついていて、首から下げられるようになっていた。

「途中で諦めるのだったらそれを鳴らせばいい。そうすれば私が迎えに行く」

『一人でもそれを鳴らせば全員を不合格と見なすことをお忘れなく』

 ナナクルがゆっくりと穴の前を離れれば、ピュラたちの前に試練への道が開かれる。

「どのくらいで出てこれるかしら」

「数時間もかからないだろう」

「わかったわ」

 短く切って、ピュラは暗がりへと足を踏み出した。

『無事を祈っていますよ』

「いってきます~!」

 その後をセルピ、スイ、クリュウと続く。

 暗い通路は4人の姿を全て呑み込んで、後に静寂のみを残していた。

 客人という嵐が通り過ぎれば、その空間は元の幻想的なそれに戻っていく。

 強い風がなぶる、静かな威厳を湛えた都市……。

 彼らが消えた方向を見つめながら、ナナクルは杖を持ち直した。

 そうして、自分と同じように暗がりに視線を向けたままのチャカルに気付く。

「……どうかしましたか?」

 チャカルは、前足でわずかに足元の草をかいた。

 ナナクルの長い三つ編みと同じく、その褐色の毛もまた揺れる。

『いえ、なんでもありませんよ。ただ――』

 僅かな沈黙に、ナナクルは言葉を挟むことなくチャカルの瞳を見据えていた。

 ただ、次の言葉を待っている。

 それがナナクルという、ナチャルアの守人としての姿なのだ。

 チャカルは目を細めて、囁きに似た音を漏らした。

『止まっていた風がそろそろ動き出す……、そんな気がしただけです』

 細くなっていた目を、そのまま閉じる。

 その意味がわかったのかわからなかったのか、ナナクルは深々と頭をさげて、元来た道へと歩き出していった。



 ***



 壁は、煌きを湛えていた。

 いや、壁だけではない。天井や足元の床までが、きらきらと光を放って辺りをほんのりと浮かび上がらせている。

 石造りの中にガラスを埋め込んで太陽の光を中に通しているのだとしばらくして気付いた。

 人の足が3つともなると、かつかつと響く音が不規則に響き散らされる。

「そういえば、中でどんなことがあるのか何も聞いてなかったわね」

「まあ、死ぬってことはないと思うけど……」

 クリュウはガラスの煌きを受けて光を宿す羽根を不安そうに揺らせて奥の暗がりに目をやった。

 どこも光を湛えているとはいえ、暗いことに変わりはない。

 ほどなくして、最初の分岐点に突き当たった。

 といっても、どちらも同じような黒が広がっているだけだ。

 ひんやりとした空気だけが、重苦しく落ちている。

「どっちがいいかしら」

 今まで歩いてきてなにもなかったということは、ここからが本当の試練の始まりなのかもしれない。

 慎重に両方の道を覗き込んで、ピュラは顎に指をやる。

 両方の道とも同じ様子で、差異は見当たらないように思えた。

「どっちにしようかな~」

 セルピもピュラと同じように暗い道を交互に見やる。

 しかし、感じたことはピュラと同じだった。

「どっちも同じに見えるね」

「ええ、一体どっちにいけば」

「急いだ方がいいと思うぞ」

 ピュラの声を遮るスイの低い声に、全員の視線が注目する。

「え?」

 首を傾げたのと、タイミングは同じだった。

 スイの足が、石畳を蹴る。

 たんっ、と甲高いその音が合図となってピュラたちも思わず駆け出した。

 それと同時になにかの違う音を聴覚がとらえる。

 ――ととととととっ

「な、なによこの音……っ、」

 先ほど来た道から聞こえる、――それは包丁がまな板を叩く音を連続させた音の連なりといえば正しいだろうか。そんな音に、なしくずしに右の道へ入ったピュラが走りながら怪訝な顔をした。

 ――とととととととととっっ

「わ……わぁああーーーっっ!!」

 瞬間、最後尾にいたクリュウがその正体に気付いて悲鳴をあげる。

 その声の尋常のなさに、ピュラたちは瞬時に危惧を察知して振り返らずに足の速度を速めた。

 ――とととととととと――――!

 そして、音の正体に気付くのにそう長くはかからなかった。

「って……きっ、きゃーーーー!!!」

「わわわっ、石がおっかけてくるよ~!」

 いや、追いかけてくるわけではなかった。

 実際は、薄い石の壁が連続して上から落ちてきているのだ。

 それは一枚一枚、確実に通路を後ろから狭めていく。

 追いつかれて、下敷きにされたらそれこそ命はないように思えた。

 しかもその足取りは速い。今にもピュラたちに追いつきそうだった。

「ちょっ……なんてところに案内してくれたのよナナクルーーーーッッ!!」

 こんなときでも文句をかかさないピュラが全速力で絶叫する。

 ……絶叫は無情にも遠くまで響くのみであったが。

 音は、相変わらず平坦に連続し、追いかけてくる。

「追いつかれるぞ」

「わかってるわよ!!」

 かといって、ここで魔法を使って石を破壊しようものなら、通路ごと破壊されてそれこそ生き埋めになるのが目に見えている。

 走るしか、道はなかった。

「クリュウ! 足が速くなる魔法とかないのっ!?」

「そんなのあったらとっくに使ってるよー!」

「追い風でもおこせないの!?」

「危ないよ! ここは仮にも地下なんだから、どっかが崩れたら……」

「微妙な力加減でなんとかしなさいよっ!」

「そんな無茶なー!!」

 ピュラは唇を噛んで視線だけ後ろに向けた。

 すぐそこに、石の壁の列が迫ってきていた。

「やっぱり逃げ切るなんて無理よ! クリュウ、うだうだいってないでやりなさいっっ!」

「そんな……っ、」

 無理だ、と言おうとしてクリュウは背後にせまった追跡者を感じた。

 既に、一刻を争う事態になっていた。

「うう……」

 どうやら決意せねばならないところまで来てしまったようだった。

 泣きそうな顔になりながらも、空気の流れを読み取る。

 手を軽く広げて、その力の動きをまさぐった。

 必死で前へと突き進みながらも、詠唱を呟き集中力を高め……、力を収束させた。

「精霊の御名において――」

 しゅぅぅ、と汲み取られたエネルギーが彼の念じる方向へと向けられる。

「いくよ……っ!」

 次の瞬間、ピュラたちは足をすくわれたような感覚に陥った。

 そして、空回りしかけた体の背を、風が叩きつけて前へと送る。

「わっわっわっ」

 転びそうになったセルピがなんとか体勢を保とうと足を前にだした。

「きゃっ……転ぶ転ぶ転ぶっ!」

 思っていた以上の力にピュラも体をよじらせる。

 一気に彼女たちは普段の2倍か、それ以上の速さで前進することができていた。

 ……が、かといって、終わりが何処だか知っているわけでもなかった。

「急いでっ!! 本当に間に合わないよ……!」

 いくら風の力を借りたといっても、持ちこたえるのには限度があるだろう。

 あと数分、もつだろうか――。

 しかし、クリュウの不安は結局杞憂に終わった。

 突然視界が開ける。

 そこまで広くはないが……、一同は突然小さな部屋に突き当たったのだ。

 そして、最後にクリュウがその部屋に飛び込んだ瞬間。

 ―――ととととととと……と。

 恐怖すら覚えていた音が、止まった。

 既にその部屋からのびている先の道へ駆け込みそうになっていたピュラは、突然の静寂に足を止めた。

 石が落ちていく音が止まって数秒もたてば、反響は消え、全てが無音に落ちる。

 暫くの滑稽な沈黙の後、彼らは恐る恐る、振り返った。

 ……石の壁は、さきほどでてきた道のところで止まっていた。

「……し……」

 緊張の糸が、切れる。

「死ぬかと思った……」

 ボロボロになった声が、零れた。

 本当ならその場にへたり込みたい気分だったが、次に何が起こるかもわからないので膝に手をつくまでに留めて、肩で荒く呼吸する。

「こっ、こんなにハードだなんて聞いてないわよ……」

 首からさげてある、降参を示す笛を睨んでもう一度溜め息をついた。

「こんなのがずっと続くなんて先が思いやられるわね」

「……」

 ふい、とスイは首を動かせて暗がりの先を見た。

 ピュラたちがその様子に怪訝な顔をした……直後。

「あっ、」

 クリュウの顔が青ざめた。

 ――ズォォォオオオン……!!

「わわわっ」

 こちらまできた振動にセルピが思わず何歩かよたつく。

「な、なによ今のっ!」

「僕の魔法の二次災害……」

 魂が抜けかけている声がクリュウ口から漏れた。

 恐らく先ほどの風の力がそのままこの先の通路を通ってどこかの壁にぶつかりでもしたのだろう。

「どこか崩れたな」

 スイが淡々と呟く。

「え……さっきの魔法で?」

「どうしよう……」

 クリュウはこめかみに手をやった。

「だ、大丈夫よっ。ほら、どの道でも出口に通じるって言ってたじゃない! きっと外に出られるわ」

「そうじゃなくて」

 口を挟んだスイは軽く目配せをして、続ける。

「古代の遺跡を破壊した、ということだ」

 瞬間、見事なまでに空気が氷結したのは言うまでもない。

「……」

「……」

「……」

「……」

 4人、顔をつき合わせて。

「えぇぇえええええええええ!!!」

 ピュラの絶叫がびりびりと辺りの空気を振るわせた。

「ちょちょちょ、それってとてつもなくやばいんじゃないの!?」

「ピュラがやれっていったんだよ……」

「あんたが力加減できないのがいけないのよっ!」

「ふにゃ~~」

 石にいくつも響き渡る声の大きさにセルピが何歩か後ずさる。

 ……と。

 ――――かちっ

「うにゃ?」

 音がした足元を、見る。

 一つだけ飛び出ていた石を、踏んだらしかった。

 悪いことには悪いことが重なると言ったのは、何処の誰だったろうか。

 既に、逃げ出すには遅すぎた。

 ――ごごごごごご……!!

「……え、」

 ピュラが気付いたときには、既にセルピが転げ落ちていた。

「にゃ~~~!!」

 突然部屋の半分ほどの床が下に折れて、斜めに続く穴に叫びが落ちていく。

 不幸中の幸いというのか、落ちたのはセルピのみのようだ。

「せっ、セルピ!!」

 暗闇の中へ消えていく姿を追おうとするが、みるみるまた石の床はまた元に戻ろうと上昇し始めていて、飛び込む隙間もなかった。

「……っ!!」

 そんなときのピュラは、一瞬で判断を下した。

 目の前にいたクリュウを、ひったくるように右手で掴む。

「なっ……って、ちょ……!!?」

 なにやら言っているが鮮やかに無視して、彼を持った腕を高く振り上げた。

 パニックに陥ったクリュウは手の中でじたばたするが、この際かまってはいられない。

「クリュウ、頼んだわよ」

 ……クリュウは、その短い一言でピュラがすることが何だかわかってしまったのか、体中の色素を失ったように真っ白になる。

 そんなことはおかまいなしに、彼女は大胆かつ完璧なフォームでその手を振り下ろした。

「わっ……わああああああああああああああ!!!」

 慣性の法則にしたがって、クリュウは一直線に残り僅かとなった空間の隙間へと投げこまれた。

 光速もかくやといわんばかりに飛んでいき……丁度、隙間が埋まるぎりぎりのところで中へと滑り込む。

 しかし、よほどピュラの力が強かったのか、中で断末魔のごとき悲鳴が響き渡るのをピュラとスイは聞いていた。

 とりあえず、ねぎらいの言葉くらいはかけてやることにした。

「あとは二人でなんとかしなさーーーいっ!!」

 ピュラのそんな叫びを最後に、床は元に戻った。

 最後にごぅん、と唸りをあげて、完全に止まる。

 巨大な石の運動が終われば、地響きも次第に消えてゆき、また全ては静寂に落ちる。

 部屋に取り残されたのはスイとピュラ、二人。

 そしてその二人はじっと、仲間が消えた石の床の奥を見つめ――。

 ピュラは、おもむろに左手を腰にやって、右手を頬にやった。

「……ちょっと無責任すぎたかしら?」

 顔が、少しばかり引きつっていた。

「そうだな」

 スイが淡々と呟く。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……行きましょ……っか」

「ああ」

 約23秒の沈黙の後、ピュラは少々重く身をひるがえして先の道へと進みだした。

 とりあえず、無事を祈る以外にすべきことはないように思えたからだ。

「何処かで会える」

 ぼそりと呟いたスイに、ピュラは軽く笑った。

「会えなきゃ困るわよ」

「そうだな」

 スイは頷いて、その先に目を向ける。

 そうして、吸い込まれるようにして二人はその先へと向かった。



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