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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
三.秋の風を聞きながら
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029.白花祭・前



 嵐も夜のうちに何処かへと去ってしまったらしい。

 朝になると眩しいほどの日差しが降り注ぎ、濡れた町を照らしていた。

 さわやかな空気が広がり、空は何処までも澄み渡る。

 そして、町の民――特に若い者は、今日という日の為に朝から鏡に張り付きっぱなしだ。

 緊張で眠れなかったのか、目を真っ赤にさせている者さえいる。

 そう、今日はこのコラソンの町での大切な日。

 誰もが心を躍らせる、誰もが胸を高鳴らす。そんな想いは嵐の去った朝の空気に染み出して、町はどこかいつもと違う雰囲気を湛えていた。

 そんな町のとある家にて、少女は自室に閉じこもったまま深呼吸を繰り返す。

 ――繰り返し過ぎて、むせる。

「ごほっ! けほっけほっ……」

 高鳴りすぎた胸を押さえて、ほうと溜め息をついた。

「はぁ、大丈夫かな……」

 呟いて、机の上に置かれた一輪の白百合を宝物のように手に取り、祈るように目を閉じる。

「どうか、あの人に届きますように」

 言ってから、また宝物を扱うようにそっと百合を机に置いて、カーテンを開いた。

 ――思わず目を細めた。

 日差しが明るく大地を照らし、あちこちの水溜りに煌きを宿している。

 この分だと、昼にはぐんと気温もあがるだろう。

 ――最高の日ね。

 少女は鏡を見て自分の姿を映し、にこりと笑ってみせる。

 鏡の向こうでは、日に照らされた薄い青の髪を肩の辺りで短く切りそろえた少女が、優しい笑顔を湛えていた。

 ――ぱちん、と両頬を叩く。

「よし、頑張ろうっ!」

 少女は名前をレンシアといった。

 今日というこの日を、ずっとずっと待ちわびていた、まだ16歳の少女だった――。



 朝早くに広場に来て、露店の準備をする者がいる。

 また、広場の中央には町の男たちの手によって大きな舞台が設けられ、その周りには真っ白な花々が飾られる。

 まだ朝だというのに、町はざわめきに包まれていた。

 そう、なぜなら今日は――。



 ***



「セルピ、朝よ」

「にゅぅぅ~~~」

 横で寝ていた少女はもぞもぞと身じろぎをするが、目は完全に閉じたままだ。

 それは、娘のこめかみをひきつらせるのに十分な表情で、ある。

「とっととベットから出なさいっ!」

 げしっ!

 セルピは、ベットから蹴り落とされた。

「にゃ~~寒いよ~」

「床は寒いに決まってるでしょ! ほら、とっとと着替えて朝食よ」

 ベットの上からピュラは言い放つと、彼女を放って自分の仕度に取り掛かった。

 洗面台で顔を洗って、横の窓から外を眺める。

「――あら?」

 ぴん、とその瞳がレンズのように引き絞られた。

 すでに嵐も過ぎ去って、目を細めるような青空が広がっている。

 しかし彼女の目を特に引いたのは、まるで祭りでもあるかのように彩られた町並みだ。

 しかも、その飾りのほとんどが白い花。百合からバラ、カスミソウ、白丁花、朝顔、孔雀草にクレマチス―――。

 ありとあらゆる花々が至る場所に飾られて、町は朝から賑わいを見せている。

「今日はお祭りなのかしら?」

 髪にくしをあてながらピュラは呟いて、背伸びをしてみる。

 広場のような場所には、看板のようなものが設置してある。本当に、何かの催し物があるのかもしれない。

 くるりと振り向いて部屋に戻った。

 ――セルピが、ベットに這い上がって寝ていた。

 ――既に、熟睡であった。


 ――その瞬間、天地が、割れた。



 数分後、宿屋の外では、2階の窓から叩き出されてすっかり伸びたセルピの姿があった。

 首謀者――もといピュラは、無言で食堂に向かうのだった。



 ***



 宿屋の食事は文句なしにおいしい。豪華なものではないが、女将が腕をふるって作った料理が食卓に並ぶ。

「運動の後はお腹が減るわねー」

「運動って? そういえばセルピは何処行ったの?」

「奈落に突き落としてきたわ」

「はっ?」

「そうねー、今頃ハエにでも生まれ変わってたりして」

「ほんとは何処にいるの?」

「外で伸びてるわよ、多分」

 クリュウは頭をかかえながら外で倒れていたセルピを救出してやった。

「さっきの轟音はこれだったんだな」

「スイ、そっちのパンとってくれる?」

 スイは数秒の沈黙の後にパンに手を伸ばした。

 ピュラ本人は究極の笑みを浮かべながらパンを貰って首を傾げる。

「みんなどうしたの? こんなさわやかな朝じゃない、楽しく食べましょうよ」

「あのねえ……」

「眠いよ~~……」

「永遠の眠りにつきたくなきゃ起きなさい。ていうかなんであんたはそんなに寝起きが悪いの?」

「にゅぅぅ……」

 セルピは半分閉じた目のまま冷たい牛乳に口をつける。

「あ、そうだわ。船の出港時間を確認しなきゃね。まだ調べてなかったでしょ?」

「いや、昨日調べた」

「は?」

「スイが昨日、主人さんに聞きに行ったんだよ」

「やるじゃない、用意周到ね。それで時間は?」

 すると暫くの沈黙の後、スイは呟いた。


「――船は、ない」


 ……。


 ……。


 からーん、と乾いた音をたててピュラの持っていたフォークが落ちる。

 ピュラの顔から、おもしろいくらいに色が消えた。

「ふにゃ?」

 何もわかっていないセルピが首を傾げるが、ピュラはそれどころではない。

「ね、ねえ……私、耳がおかしくなったかもしれないわ。スイ、もう一度言ってくれる?」

「船はない」

「……」


 朝の宿屋に、絶叫がとどろいた。


 轟音の衝撃でセルピが椅子から転げ落ちたが、誰も気に留めなかった。

「ちょっと待ちなさいっ! ないって一体どういうことなの!?」

「ストップストップ! ピュラ、落ち着いてよ! だから、今日一日だけ船が出ないんだよ」

「……え?」

「今日は白花祭という祭りがあるらしい。だから港も一日休みということだ」

 淡々と言い放ってカップの中のスープに口をつける。

 ピュラの眉間にしわが寄った。

「しらばなさい? なによそれは」

「町の娘が全員、一杯におめかしして、髪に白い花を一輪つけて町に出るんだよ。それで愛する人にその花を渡して告白するのさ」

「ふむふむ、」

「受け取ってくれたら男の方がその花を右胸に飾ってカップル成立。うまくいけば今日は最高の日になるのさ、旅人さん」

「へえ、ものしり」

 ピュラは、止まった。

 ……先ほどから知らない声だと思ったら、ピュラの横で、女将さんがにこにこしながら首を傾げていた。

「き、きゃぁああっっ!!」

 驚いて椅子から転げ落ち、思いっきり落ちたままのセルピの上に尻餅をつく。

「どうかしたかい? ああ、今日は船がないからね、旅人さんたちもお祭りに参加したらどうだい?」

「はっ?」

 女将は人のいい笑顔を浮かべたまま人差し指をぴんとあげる。

「広場には露店もでてるし、店は至るところで大安売り。旅人さんでも十分楽しめると思うけどね?」

「あ……はあ、でも私たちお祭りに着るような服もないし」

「それなら私にまかせなさいっ! 朝食が終わったらすぐに管理室に来るんだよ、待ってるからね」

 それだけ言うと、盆を片手に歩いていってしまった。

「……」

 ピュラは呆然とその場に座り込むのみである。

 クリュウも女将の後姿を引きつった顔で見送っていた。

 スイだけが、黙々と食事を続けている。

「早く食べないと冷めるぞ」

「私の心は冷め切ってるわよ……」

 呆然とピュラは呟いて、こめかみに手をやった。

 女将の有無を言わさぬあの雰囲気には、圧倒されるのみだったからである。

「ピュラ~~、ボクは椅子じゃないよ~」

「ええ、椅子じゃなくて床だと思ってあげてるから安心なさい」

「にゅうう」

「……はあ、しかたないわ。参加するしかなさそうね。まあお祭りだから楽しめるとは思うけど」

 なにか、一抹の不安を隠せないピュラだった。



 ***



「お邪魔しま……きゃっ!!」

「わー、すごーいっ!」

 朝食の後、女将に言われた通り管理室に来てみれば、おもちゃ箱をひっくり返したような惨状が広がっていた。

「えーっと、この箱でもないし……あ、あった! これよこれ!」

 女将は奥の棚から大きな箱を取り出して開いてみせる。

「ああ、来たんだね。ほら、来てみなよ」

「え?」

 ピュラとセルピは目を丸くさせた。

 箱の中には少女が着るような服が綺麗にたたんでしまってあるのだ。

「うちの嫁いだ娘が娘時代に着てた服でねぇ、勿体無くてとっておいたんだ。ほら、これなんか旅人さんたちに似合うだろう?」

 そう言って服の一着を取り出してピュラにあわせてみる。

 異常にお節介な女将は、その後二人を花屋にまで連れて行って一輪ずつ白い花を買ってくれた。


「ちょっと大きくないかしら?」

「そのくらいの方が赤毛に映えて綺麗だよ。うん、美人だねぇ」

 数十分後、ピュラはいつもの厚手の旅衣装から村娘の柔らかな服に着替えていた。

 あでやかな白いバラが一輪、左の髪に飾られてその美しさを引き立てる。

 その服も、決して高価なものではないが、橙色を基調とした涼やかな服で、ピュラもそれなりに満足できた。

 短めのワンピースに軽くなびく肩のショール、普段は長いブーツに守られていた白い足はサンダルに履き替えて。

 ピュラは鏡の前で豊かな赤毛に手を突っ込んで、自分の姿をまじまじと凝視し、にこりと笑う。

「ええ、素敵ね。色々ありがとう」

「楽しんできなさいね」

「セルピ、行くわよ」

「うんっ!」

 セルピは若草色の長いワンピースだった。頭にはティアラのように、カスミソウの小さな花輪がかかっている。

 その姿は、地に降り立った小さな天使のようだ。

 ピュラとセルピは意気揚々と宿屋を出た。


 その後、スイとクリュウもなしくずしに外にでる。

 ……でようと、する。

「あー、ちょっと待ちなさいよ」

「え?」

 クリュウが振り向くと、女将が満面の笑みを浮かべていた。

「そうそう、そっちの可愛いキミ」

 スイとクリュウは顔を見合わせ――、クリュウが飛んで女将の前まで行く。

「な、なんですか?」

「もう、今日は楽しいお祭りだよ? あんたもちゃんとおめかししないとね」

 クリュウの背筋に寒気が走った。


 が、時は既に遅かった。


 クリュウはむんずと女将の手の中に納まり、また管理室へと連れて行かれる。

「わ、わーーっ!! 僕は男だよっ!」

「いーのいーの、恥ずかしがらなくて。きっと可愛くしてあげるからさ」

「だから違うってばさぁ! あっ、スイ! 見捨てないで……!」

 気がつけばスイは背を向けて歩き始めていた。

「わーーっっ! スイーーっっ!」

 空しい断末魔が響き渡る中、少年はいとも簡単に拘束されてしまったのだった。

「よーし、あなたは妖精さんだからね。今から服を作ってあげるよ」

「僕は男だって……」

「心配しないでいいよ。これでも裁縫は得意なんだ。ほら、丈計るからじっとしててよ」

「……」

「あー、嬉しいからって泣かないの。ほら、手をあげて。ウエストとるからね」

 はらはらと涙を流すクリュウに、女将は最強の笑顔を浮かべて接するのだった。



 ***



「ほんとに賑やかねー」

 広場では町中の若い男女がたむろしている。

 すでに白い花を誇らしげに胸に飾る男もいれば、白い花を髪飾りにした少女たちを口説こうとする男も見受けられた。

 町中が賑わい、活気に包まれる。

 純白の花々が町中に飾られ、あちこちで露店が並んでいた。

「わー、犬さんだーっ」

 ……が、大量にいる男どもよりもセルピの目に止まったのは大きな野良犬である。

 温和でどっしりとした雰囲気の犬に、セルピは元気に駆け寄っていく。

「あ、こらっ! こんな場所で離れたら迷子に……」

 ピュラはいとも簡単に人の流れをすりぬけていく少女を追おうとするが、……目の前に男の壁が出来て遮られる。

「お嬢さん、一緒にお茶でもどうですか?」

「見慣れないなあ、どっから来たの?」

「こっちで僕と話そうよ」

「どいてっ! あんたたちに興味はないわ!」

 みるみる男たちが集まってきて、ピュラに声をかける。

 普段露出の少ない足を大胆に太ももまで出し、軽めのあでやかな服装をしたピュラは人並み以上の美貌を兼ね備えているのだが、それも今は本人にとって不幸なことでしかなかった。

 気がつけばセルピの姿は何処にもない。完全に見失ってしまったようだ。

「綺麗なバラだねー。僕にそれをくれないかなぁ」

「うるさいわねっ! どきなさいよ!」

 男たちを押しのけて前へ進もうとするが、それも叶わない。

「……~~~~っ」

 ピュラの頭の中にて、いらいらのボルテージがみるみる高まっていく。

 しかし、相手は軟弱だとしても大量にいる男たち。今日はとりあえずお祭りなのだし、ここで大乱闘になるのは避けたいところだ。

 ピュラは暫く考えた後、ふとある案を思いついて、くるりと背を向けて裏道へと走り出した。

 誰かが呼び止めた気もしたが、無視して走り去る。辺りを見回して、気配を伺って、また走り出す。

 きっと彼は裏道にいる筈だ。いつも人のあまりいないところでぼんやりとしているのだから。


 ……何を考えているのだろう。


「いたっ!」

 ピュラは足を止めて、スイを指差した。

 スイは、壁によりかかったままぼんやりと空を見上げていたが、ピュラの姿を見止めると首を傾げる。

「どうかしたか?」

 クリュウの姿が見えないが、今の彼女にとってそれはどうでもいいことだった。

 ずかずかとスイのすぐ近くまで歩いてきて、じっとスイの顔を見る。

 数秒後、意を決したようにピュラは、ぱんっ、と手を合わせて頭を下げた。

「スイ、お願いっ! 一生のお願い!!」

 その姿をじっと見ているスイに――、


 ピュラは顔をあげると髪を彩る白い花を手にとって、ついと差し出した。



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