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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
一.フローリエムの旅
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017.無事生還



 潮風の匂い、波が白浜を打つ音――。

 懐かしい、それを聞き感じるのが始めてであっても、本能が懐かしいとそう思う、母なる海の唄を聴きながら――。

「……ん……~~~……?」

 口の中でもごもごと言いながら、ピュラはゆっくりと体を起こした。

 今いる場所は……砂浜。濡れた体の至るところに白い砂がついていて、まだ少し遠い思考で、これを落とすのは面倒だな、と思う。

 そしてそれから数秒後、そんなことを考えている場合ではなかったことに、気付いた。

「えっ?」

 やっとまわってきた頭で今の状況を考える。

 大きな海が目の前にあって、今いる場所は岩場の合間に開けた小さな砂浜で――、他の3人が、まだ砂浜に横たわったままだった。

 こうしてもう一度大地が踏めたことの喜びよりも、全身で陽の光を受けられたことの感動よりも――。

 セルピもスイもクリュウも、動かないところを見ていると――。

「まさか私だけ生き残った……!?」

 とてつもない勘違いをしながら、ピュラはがばりと立ち上がった。

「そんな……まってよ! クリュウがいないんじゃあ私の呪いどうするの!? 私、次の新月に死んじゃうじゃないっ! どうしてくれるのよー!!」

「勝手に殺すな」

「あら?」

 ふと目を移せば、スイがむくりと起き上がる。

 ピュラの目が、丸くなった。

「……お化け?」

「足はあるぞ」

「でもこんなご時世、足のあるお化けがいてもいいんじゃない?」

「そこまでして俺を殺したいか?」

「ホントに生きてるの?」

「そうみたいだな」

 ぱっとピュラは辺りを見回して、眉を潜める。

 確か、あの時、全員が海に落ちて、意識が消えて――。

 なのに、4人は同じ場所に打ち上げられている。

 どんなに運が良かろうと、同じ場所に全員が打ち上げられるなどあるわけがない。

「なんで私たち、一緒の場所に打ち上げられてるのよ」

「さあな」

 スイも肩をすくめてみせる。

「う、うにゅー……」

 どうやらやっと目覚めたらしい、ぐしぐしと目を拭って、セルピが起き上がる。

 ぼんやりと辺りを見回して、まだ半分寝ている顔で首をかしげた。

「あれー、ここ天国?」

 ピュラはがくりと首を垂れた。

「セルピ、ちょっとこっち来なさい」

「あれー……ピュラがいる……どうしてー?」

 まだ半分夢の中のようだった。よてよてとおぼつかない足取りでピュラの近くまでやってくる。

 ピュラは、何も言わず何の表情も浮かべず、セルピの頭の上まで手をあげて――。


 ――べちんっ!


 いい音を鳴らせながら、小さな額に平手打ちが飛んだ。

「いたいっ!」

「良かったわね、生きてる証拠よ」

「にゃ~……あれ、ここ何処ー?」

「こっちが聞きたいわよ。さて、次は昆虫採集にても行きましょうか」

 ピュラは指をぱきぱき鳴らせながら立ち上がり、スイの横でまだ動かないクリュウに近寄る。

「あら~、こりゃ貴重な虫さんがいること。さて、捕獲といきますか」

 そう言ってこっそり持ってきたものに手をかけると――殺気を感じたのか、クリュウがもぞもぞと動き始める。

「覚悟!!」

「……へ……なっ!?」


 ――ばちんっっ!!!


 白浜の砂が、舞った。

「ちっ、逃げ足が速いわね」

「なななな、いきなりなにするのー!!」

 ピュラが叩きつけようとしたのは、――正真正銘、何の変哲もないハエタタキだった。

 だらだらとクリュウは冷や汗を流しながらスイのマントの影に隠れる。

「大丈夫よ、これ網だし、ちょっとしか痛くないから」

「そういう問題じゃなくて! どっから出したの!?」

「それは神のみぞ知るってやつよ」

 くるくるとハエタタキを回してちゃき、とピュラはまた構えなおす。これがハエタタキでなかったら、もっとさまになっていただろうに、とクリュウは心の隅で思う。

「それにしてもねー、誰かが助けてくれたのかしら」

「あれ……僕たち、そういえば水路から海に落ちて……?」

「全員、何故かここに打ち上げられたのよ」

 しゅんしゅんとハエタタキを揺らせて空気を鳴らせながら、ピュラは潮風の吹く大海原に視線をやった。

 しかしそこには、ただの水平線が続いているだけだ。空には雲の一つも無く、潮風も柔らかく吹き揺れている。

 彼女はその様子に重々しく頷き、ゆっくりと振り向いて宣言した。

「ま、特に体の異変もないことだし、気にしないでとっとと出発しましょうか」

「え、ええ!? そんなにあっさりと……」

「そんなこといったって、ここにいても答えが分かる筈がないでしょ。大体私は細かいことは気にしない主義なの」

「細かくないと思うが」

 スイの顔にハエタタキが飛んだ。

 スイはそのまま後ろに倒れ、ピュラは勝ち誇った顔で髪をかきあげた。

「わーっ! スイ~っ!」

「私にたてつくとこういうことになるのよ」

「独裁者じゃないんだから……」

「とーにかくっ! まずは人里に行かなきゃいけないでしょ! ここにいたって何も始まらないわ!」

 びし、とピュラは草原の方を指差した。

「出発あるのみよっ! セルピっ、いつまで寝てるのよ!」

 いまだぼんやり呆けた顔をしている彼女を立たせ、ピュラはぱんぱん、と砂をはたいて歩き出す。

 ほとんど体は乾いていた。夏の暑い気温と強い日差し、そしておそらくはここに打ち上げられてから結構な時間が経っていたからだろう。

「まずはここが何処なのか調べなきゃね。ほらスイもいつまでくたばってるつもりよっ!」

 海辺から草原に出れば、なだらかな山が連なったのどかな光景が広がっている。

 とりあえず、街を探さなければ。

 ピュラたちは、進路を南にとって進み始めた。



 ***



 途中にあった小さな山小屋の宿舎で、現在の位置を聞いた。

 どうやら、前にいたアモーテの町から、次に行く筈だったペルダスの町の中間地点だったらしい。

 もちろんそこからはペルダスへの道をとった。ペルダスから更に南下すれば、フローリエム大陸南端の町につく。

 それにしても、フローリエムはいい大陸だと思う。

 森は少なく、草原が何処までも広がり、風も柔らかく空気も心地良い。

 ウッドカーツ家が世界を勝ち取ってから、この大陸に聖都を作ったのも頷ける。ここは、全てが見渡せるような大陸なのだから――。

「住むとしたらやっぱりこの大陸かしらねー」

 ぼそりとピュラは呟いた。

 もちろん、彼女自身定住しようなどとは考えたこともないのだが――。

 すると横にいたセルピもはしゃいだような声をあげた。

「うん、ボクもこの大陸大好きっ!」

「あとは……そうねぇ、キヨツィナ大陸北部もまあ結構良かったわね」

 キヨツィナ大陸、ここから遥か東北の大陸だ。

 南部は砂漠が広がっているものの、北部は文明が進み、住みやすい土地として有名だった。

 ピュラの孤児院があったキマージも、そんな場所にあったものだった。

「あとね、イザナンフィ大陸もいいって聞いたことあるよ! カラノアって港町がすごくいいんだって!」

 つくづく、セルピは博識だと思う。聞いていれば、その町の特色から歴史まで、何でもその小さな口からでてくる。

「あんた、よくそんなに地理覚えてられるわね」

「にゅ~、地図見るの好きだったから……」

 猫のように腕にからまってくるセルピは、まるで妹のようだ。

 ――実際、こんな妹がいても悪くないかと思う。

「いじめがいもあるしね」

「にゃっ?」

「気にしないで、こっちの話よ。それにしてもあとどのくらいでペルダスにつくの?」

「おそらく2日くらいだな」

「はー良かった……、本当に一時はどうなるかと思ったわよ」

「モヤシにならなくてよかったねっ」

「気分はモヤシだったわよ」

「食べるのー?」

「勝手になさい」

「にゅー?」

「ところでさ、ペルダスにはどのくらいいるの?」

 クリュウが聞くと、ピュラが口元に手を当てて考え込む。

「そうねー……、アモーテの町ではそこまで休めなかったから、十分休息が欲しいわね」

「ああ、十分態勢を整えないと、やばいぞ」

「は?」

 横から声が入ってピュラが首を傾げると、スイが軽く目配せしながら呟く。

「ペルダスの町から更に南の町に行くまでの道は、一度通ったことがあるが、はっきりいって――、」

「な、なによ……」


「かなりキツい」


 ――ばぎゃす。


 スイの顔に、堅いブーツがめり込んだ。

「なーッ!! スイ、しっかり~~!!」

 羽根をぱたぱたと動かしながらクリュウが青ざめる。

 逆にピュラは血気盛んにご立腹の様子だった。

「あのねっ!! 旅するにあたっては何処もキツいのは一緒よ!! どういう風にキツいのか言いなさいよねーッッ!!」

 怒りに燃えるピュラを横目に、スイは顔を抑えながらゆっくりと立ち上がる。

「……まあ、見ればわかる」

「なら見るわよっ! とっとと行きましょ!」


 ――そして丸々2日後、彼女は本当に腰を抜かすことになるのだった。



 ***



「わーっ、きれいー!」

 セルピの瞳の色が深まり、その笑みが一層輝く。

「わー、きれいねぇ……」

 逆にピュラの瞳は虚ろで、その笑みは見事にひきつっていた。

「こういうことだ」

 横で、スイがにべもなく言い放つ。

 ピュラには、奈落の底に突き落とす死神の声にも聞こえた。

 ペルダスの町についたのは、夕刻。

 そしてスイの言う通りに、次に足を踏み出す出口へと足を運んでみると、

「次の町は何処よ……」

 僅かな希望を託して言った言葉も、

「あの地平線の向こうだ」

 ピュラは、思わず眩暈を覚えた。

 目の前に広大と広がるのは、ただの荒野。

 何も無い、山も谷も、本当に何も無い――荒れた野。

 そしてその果てにあるものは、――地平線、だった。

「あ、あの彼方まで行くんだ……」

 情けない顔になりつつもクリュウが呟くと、ピュラもまた肩を落とす。

「そうだったわ、思い出した……、ここ、この大陸の名所、大草原リ・ルーだったのよね……」

 地平線の彼方に夕日は落ち、全てを橙色に染めていた。

 荒れた野の果てにまで夕日は届き、地平線は炎の線のように燃えながらわずかに揺らめく。


 どこまでも、どこまでも――、全ては橙色だった。


-Bitter Orange, in the Blaze-



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