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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
一.フローリエムの旅
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015.鎮魂歌



 ピュラは首を傾げた。

「ナチャルアの守人?」

『ディスリエ大陸の古代都市ナチャルアに住まわれ、ナチャルアを守るお方です。その方に、どうか――』

 頭をさげているのか、光の塊がわずかに揺らめく。

 ピュラは少し考えると、小さく頷いて見せた。

「いいわ。奇遇ね、私たちナチャルアに行く途中だったのよ。ついでに伝えてきてあげる」

『ありがとうございます。でも、ナチャルアに行く――のですよね?』

「ええ、そうだけど?」

 光は不思議そうな声で、言った。

『なら、何故こんな場所にいるんですか?』

 ――空気が、凍った。

 まさか、教会に無断で泊まった上におかしな地下通路を見つけ、寝坊して隠れようと降りたら死体の山で逃げて迷ったなんて、――口が裂けようが言えたものではない。

「……世の中には知らないほうがいいこともあるのよ」

 いささか遠い目になりつつピュラが言い、クリュウは笑みをひきつらせながら頬をかいた。

『そ、そうですか……。あ、僕はネルナド・ナチャルアと申します』

「ナチャルア?」

 ピュラがまた首を傾げる。

『僕はナチャルア族という、ナチャルアの近くに集落を作る民族の者です。故あって忍としてこの地までやってきました――』

 遥か遠い語り口調で、ゆっくりとネルナドは続けていった。



 ナチャルア族では、代々一人の女性が守人としてナチャルアに遣わされ、他は近くの集落に住むことになっている。

 ネルナドもそんな中に育った村人の一人だった。

 そしてある日、今から半年程前の事、一つの不穏な噂が外から入ってきたのだ。

 貴族たちがナチャルアの財宝を狙っている、と。

 古代の秘術が宿るナチャルアの財宝が流れ出してしまえば、どんな災厄が降りかかるかわからない。

 事を重く見たナチャルア族は会議を行い、そして誰か一人を貴族の動向を探る為に送り込むことが決定したという。

 ――その誰か一人というのが、ネルナドだった。

 彼は単身で海を渡り、最もナチャルアを執念深く狙っていると思われるエスペシア家を中心に数々の貴族を調べ上げた。

 すると、確かにエスペシア家がナチャルアを狙っているということが明らかになった。さらに詳しいことを調べようと貴族へ近寄ったが――。

 そこで家の者に捕まってしまい、厳しい拷問を受け、この地に捨てられたという。



『あなた方の声が聞こえたので、必死で声をだそうと思ったのですが……、正解でしたね。あなた方に会えて本当に良かった』

「そっか、ここはよく声も通るしね。見つけやすいわ」

『ええ、しりとりがよく聞こえました』

 ピュラは思わず押し黙った。

「で、僕たちにそのことを伝えてほしいってこと?」

『ええ、でも一番伝えて欲しいのは、貴族たちの裏にはウッドカーツ家がついている可能性があるということです』

「ウッドカーツ家……」

 ピュラが口の中で呟いて、また光を見据える。

 セルピは先ほどから神妙な顔つきで俯いている。

『僕が最後に掴んだ情報です。エスペシアとウッドカーツ。両家は深い結びつきがありますから……、どう手を組んでくるか分かりません。だからナナクル様に、どうか気をつけるよう』

「分かったわ。あなたの言葉をきっと伝えるから安心して」

『ありがとうございます――。それでは、僕のかけている首飾りを持っていって下さい。それを見せればきっとナナクル様にも信じて頂けます』

 ピュラはしっかりと頷いて、抱きかかえていた男の胸元から首飾りを外した。

 木製の、緑の色調で飾られた独特の雰囲気を持つ首飾りだ。きっとナチャルア族が作るものなのだろう。

 ふわり、と光が大きく揺らいだ。魂の召喚時間は短い。消えてゆく時が近いのだ。

『良かった、最後に人に会うことが出来て……』

「そうね――、」

 ピュラは僅かに瞳を細めて頷いた。

『そろそろお別れです。僕はもういかなくては』

 静かに光が弱まり、消えていく。

「きっと、伝えるからね。安心していきなさいよ」

『ええ、よろしくお願いします。あと――、最後に一つ気になったんですが、』

 優しく光は揺らめいて、染み入るような声が深く響く。

『あなたがたは何故ナチャルアに行くのですか?』

 すう、と消えていく光。何処かで鈴の鳴るような音がした。

 ピュラは、にこりと笑ってその緋色の髪を僅かに揺らす。

 不思議と力強い、そんな彼女の微笑みを――。

 再生と幸福の象徴、ガーネットピアスが耳元で優しく煌いた。

「私が生きるためよ」

 ふっと、光の雰囲気がやわらかくなる。

『あなたがたに精霊の加護があらんことを――』

 それは光の囁きで、表情など見えぬのに、彼が笑っているのが何故だか分かった。

 光は最後に小さな揺らめきを残し、きん、と鈴のような音を辺りに響かせて、消えた。

 残るのは、事切れた男の、安らかな死に顔。

 静かにピュラは目を閉じた。



 ***



「……セルピ?」

 クリュウがただならぬセルピの雰囲気を察知したのか、おずおずと見上げる。

「どうかしたの?」

 ネルナドの遺体は、そっと手を組ませて水路の脇に壁にもたれるようにして座らせた。

 土がない以上、ここには埋められないし、持って行くわけにもいかない。

 だから、それが彼らにできる最善の供養だったのだ。

 セルピはネルナドが消えてから、一言たりとも喋らなかった。

 何かを考えているかのように、険しい顔で下を向いている。

 そうして今も、ネルナドの遺体の前で座り込んだまま、全く動かない。

「セルピ、どうしたのよ」

「……くし……は……」

「くしわ?」

 聞き返すと、セルピはゆっくりと顔をあげて、ピュラを見上げた。

 曇りのない真っ直ぐな目だ。思わずピュラはその瞳に吸い込まれる――。

「ボクっ、ボクもナチャルアに行くよ! 行かなきゃっ」

「えぇ?」

 突如の宣言にピュラの思考が追いつかず、彼女は素っ頓狂な声をあげた。

「だってボクもネルナドさんの遺言預かったから……ボクも一緒に行きたい……」

「え、別にいいけど……?」

「ほんとっ!? ありがとうっ!」

 瞬時にして変わる表情の速さは世界で一番かもしれない。

 ぱあっと顔が明るくなって、にこりと笑う。

 しかし彼女の瞳の奥底に秘められたものを、ピュラたちは知らない――。

 その決意の強さ、そして彼女の心の中で固く交わされた誓い……。

「じゃ、行こうっ」

 そう言うが早く、立ち上がって道を走り出す。

 瞬間、ピュラの瞳が見開き言葉が弾かれた。

「セルピ、待った!」

 少女はぴたりと止まって振り向く。

「え、やっぱりダメ……?」

「そっち、行き先とは反対方向よ」

「あっ」

 ピュラは盛大な溜め息を漏らした。

「やれやれ……」

 クリュウもスイの肩に腰掛けながら苦笑している。

「全く……、あんたトロいのに一人にしたらいつ迷子でのたれ死ぬか心配で夜も眠れないわよ。着いてきてくれた方がこっちも安心だわ」

「褒めてるの~?」

「多分そうよ」

「全然褒めてないよ……」

「確かに」

「男二人は黙秘権を行使するようになさい」

「随分無茶だと思うんだが」

「あーうっさい! もう行くわよっ。ナチャルアに行く前にここで死んじゃったら元も子もないでしょっ! セルピっ、とっとと来なさいっ」

「はーい!」

 ぽてぽてとセルピは走り出した。……そして最後に、亡骸の前でゆっくりと微笑む。

 ――教えてくれて、ありがとう――。

 心の中でそう呟いて、最後の別れを言うと、セルピは男から背を向けた。

 漠然としていた行き先が、今一点に絞られる。

 いつまでも背を向けていてはいけないのだ。だから、きちんと立ち向かわなければならない――。

「よし、再出発ね」

「うんっ!」

 自分の足で、自分の意思で、少女は再び歩き出した。

 それは、彼女の本当の旅の目的の為に、――遥か彼方の影を断ち切る為に。


 幼い少女の賭けは、人生を賭けた賭けは、まだ始まったばかり――。



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