011.夜の騒動
「ええーーーーーー!!?」
夜が落ち、灯りの灯る町並みに、絶叫が響き渡る。
近くを歩いていた人々の誰もがその声に振り向いた。
叫んだのは、短く切った緋色の髪が印象に残る旅人の娘。
「本当に!? 一室も!?」
「ええ、すみませんねぇ、予約で一杯で」
申し訳なさそうに店員が頭をさげる。
ピュラは意識が遠のくのを感じた。
――宿屋が、何処も満員だったのだ。
前の町を出てからたった二日だったとはいえ、森を歩いて野宿して、やっと着いた町で、宿は満杯。
涙が零れそうだった。
「野宿、だね……」
クリュウも気抜けした顔で呟く。
「とりあえず街の明かりがある場所だな」
スイが辺りを見回して歩き出そうと――。
「待ちなさい」
三人は、振り向いた。
ピュラが、一人、立ち止まっている。
どす黒いオーラをまとった彼女に、クリュウは思わず冷や汗をかいた。
ただ、バックに炎がめらめらと燃え上がっているところが彼女らしいか。
ピュラは不敵な笑みを浮かべて言った。
「屋根があって、魔物に襲われなくて、街に近い場所、……この三つが揃えばいいのよね」
「でも、宿は満員だし他に泊まる場所なんて……」
「一つ、案があるわ。この三つの条件を満たした場所よ」
「何処だ?」
「いいわ、私についてきなさいっ! あなたたちを光溢れる約束の地に連れて行くわ!」
「にゅー、光が溢れてたら眩しくて寝れないよう」
「いいから黙ってついてきなさいっ!」
セルピの首根っこを掴むと、ピュラは大股でずかずかと歩き始めた。
***
誰もが、黙っていた。
黙ってついてきて、……そのまま言葉を失ってしまって、いた。
ピュラだけが腕をくんだまま、さもこれから出陣といわんばかりに堂々と立っている。
「ね、ねえ……」
クリュウが、沈黙を破った。
顔が、石像のようにひきつっていた。
「ここ……」
「何よ」
「ここって……」
きっ、とピュラは振り向いた。
「見ればわかるでしょっ! 教会よ!!」
ピュラたちの目の前には、町から少し離れた丘にある教会が、暗闇に影を落としていた。
口を半開きにしたまま固まるクリュウに、ピュラは怪訝そうな顔をする。
「なによあなた、教会も知らないの? ここはね、この世界を造ったっていう精霊神が祭られている――」
「そ、そのくらいわかるよーっ! ていうか、教会に泊まるっていうの!?」
「神様もこんな迷える子羊を救う為なら教会の一つや二つ提供してくれるわよっ!」
「バチが当たりそうだな」
「そうやってウジウジしてるからいけないのよ! 人生は経験をつんでナンボってもんよ!!」
「あれ、明日、週に一回の礼拝の日じゃなかったっけ?」
「だから人が来る前に出れば誰にもバレないじゃないっ!」
――無茶苦茶だった。
スイが腕を組む。
「それで、どうやって侵入するんだ?」
「クリュウ、いってらっしゃい」
「待ってよなんで僕が!?」
「ネズミが入る穴くらいならあるでしょ。そこから中に入って鍵あけてらっしゃい」
ピュラはそう無下に言い放った。
「そんな無茶な……」
「問答無用。四人の一晩がかかってるんだから、とっととしなさい」
「~~……」
クリュウはぶちぶちと文句を言いながら飛び上がり、教会の裏へと姿を消していった。
暫く、沈黙が落ちる。
――かたっ。
ぴくり、と顔をあげた。 すると5メートル程上の窓が開かれ、クリュウがそこから出てくる。
「入り口は合鍵がないと開かないようになってたよ。上の窓は開けられたけど……」
クリュウは言葉を濁す。……が、ピュラの表情に変わりはなかった。
「クリュウ、それはつまり上の窓からじゃないと入れないってことね?」
「そ、そうだけど」
「クリュウ、あなた空中浮遊の魔法、使える?」
さあ、とクリュウの顔が暗がりでも分かるくらいに青ざめた。
「その顔は使えるってことね。じゃ、私たちを中に運ぶことも楽々よねぇ?」
天使の微笑みを浮かべ、クリュウを手で締めながら問いかける。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「つ か え る の よ ね ?」
「づがえる……ぷはっ、使えるけどっ! でも人三人なんて無理――」
「無理と思ってるから無理なのよ。出来ると思えば何でも出来るものよ」
「嘘でしょ……」
「私の目が嘘を言っている目に見える?」
「すごく見えるよ」
きっぱり言うと、流石のピュラもがくりと頭を落とした。
「とにかくねっ! やるだけやってみなさいよ」
「もう……」
クリュウは気落ちした体を抱えてすい、と少し高いところまで上ると、手を差し出してゆっくりと詠唱に入る。
きん、と煌きが灯り、――風がわずかにざわめいた。
途端に力の流れが操られ、クリュウの意のままに形を変える。
次の瞬間、ふわりと三人の体が浮いた。
「わー、すごーい!」
対してクリュウはかなりきつそうだ。彼としても人を三人も浮かび上がらせることなど初めてなのだろう。
ふわふわと宙を登っていき、窓に近付いていく。
「づっ、や、やばい……もう持たな……」
「こらクリュウ! あとちょっとだから頑張りなさいよっ!」
「だって……かなり重い……」
「悪かったわねっ!」
そして、三人が窓に辿り付いた、時。
「もう……ダメ……っ」
「え」
「あ」
「にゃ」
どんがらがっしゃーんっっ!!
地面が、揺れた。
三人が一気に教会の内部に落ちたのだ、当たり前だろう。
最後にべふっ、とクリュウが落ちてくる。
「あだだだだ……ってか暗いわね、ここどの辺り?」
「わー暗いよぉ、ピュラ~~~!!」
「だーセルピ! 一々泣かないの!」
「でででででっ!! 羽根引っ張らないでー!!」
「あーもう暗いからいけないのよっ! クリュウ、とっとと灯り!」
「あ、うん……!」
――ぱあっ!!
突如として明確になった視界に浮き出たのは、ピュラの怒りの顔。
「バカーーーーーーーッッ!!!」
「は、はあ?」
「ちょっとこんな大きな灯りつけたら街から見えるでしょ! 考えて行動しなさいよっ!」
「あ、ごめん! 今切り替えるっ」
――しゅうっ……!
灯りが一気にしぼみ、やっとお互いの顔が見える程度になる。
ピュラは息をついてへたりこんだ。
「――はあ、なんとかなったわね」
「これだけ騒いで誰もでてこないとなると、誰もいないみたいだな」
スイがもっともらしいことを言う。
「でも本当にこんなことしていいの……?」
「野宿よりはマシでしょ」
「そ、そりゃそうだけど……」
そこに割って入ってきたのはセルピだ。
楽しくて仕方ない、という風に目を輝かせている。
「でもでもっ! ボク、礼拝以外の時に教会入ったのって始めて!」
「へえ、あんた礼拝に行ってたんだ」
「え……あ、うん」
「それにしても、明日は早く出ないとね。見つかったら大変だわ」
天井は高いが、教会は小さく、20名程度しか入れない大きさだ。
ぼんやりと祭壇の方に浮かび上がるのは精霊神の像だろうか。
「じゃ、明日も早いし今日はとっとと寝ましょうか」
「うんっ」
祭壇から離れた教会の片隅で、椅子や壁にもたれて毛布をかぶる。
街から少し離れた場所にある教会は、人のざわめきも聞こえぬ静寂に包まれていた。
彼らが眠りにつく頃には、すっかり音が全て消えていて。
静かに夜は更けてゆく、旅人の眠りと共に。
そして夢は誘う、旅人たちを記憶の世界へ――。




