三人
舞台は数分前に遡る。
卓が武装攻殻を発現したと同時に、待機していた三人に出動命令が下された。
「ったく! 犯人が武装攻殻ってどういう状況だよッ!」
アクセルを目一杯踏みながら義明は愚痴る。助手席に力、後部座席に百紀を乗せて車は加速する。SATが全滅したとの知らせは、すでに三人の耳に入っており、車内には嫌な空気が満ちている。
後部座席の百紀は目を瞑り、爪を噛みながら貧乏ゆすりをしている。父親が犯人だということに苛立ちを隠せないようだ。その様子をバックミラー越しにチラチラと確認する義明。
『みんな緊……急事……態……だ』
雑音交じりの無線が入る。
「どうした司令?」
力が怪訝な表情で聞き返す。
『和……く……ぼ……そ……こ……ま……では――』
聞き耳を立てる三人だが、やがて無線は完全に雑音に包まれた。
「……まさか……妨害?」
「ちっ! 力さん、俺すげぇ嫌な予感がします……」
「同感だな。無線が通じない以上、我々は独自に動くしかない。みんな気を抜くなよッ!」
「「了解ッ!」」
三人を乗せた車は道路をドリフト気味に左折する。三人の視界の先に警官たちが固まっている姿が映る。
「よし、現場に――なっ!」
現場まで残り二百メートルというところで車内の三人は驚くモノを見た。
報告にあった白い卓の武装攻殻が銀行の入り口から投げ飛ばされたかのように吹き飛び、警官たちを巻き込んで向かいの建物に衝突したのである。衝突した建物の箇所に瓦礫がボロボロと崩れ落ちる。
「くっ!」
義明は急ブレーキを掛けて、横滑りさせながら停車させる。
「今のは……」
三人が固唾を飲んで現場を見つめる。すると次に銀行から黒ずくめの機体が現れた。三人がいつも目にしているモノとは形状がわずかに違う。言葉にするなら獰猛な狂戦士というべきモノであった。
呆然とする三人。
その中で一足早く力が正気に戻る。
「ッ! よし、これより我らは作戦に入るぞ。二人は予定通り射撃で相手を足止め、及び損傷を与えるように。私は上から狙う!」
「……力さん、標的はもちろん犯人ですよね!?」
義明の声に、力は重苦しい答えを返す。
「……状況次第だ」
力はそれだけを言って、黒い筒――発射式捕獲機を手に取って車外に踊り出た。
「くそッ! 百紀ッ!」
「はいッ!」
後ろを振り向くと同時に差し出される黒く重量感ある物体――銃身が長く、二脚と照準器が取り付けられたそれは対物ライフル(アンチマテリアルライフル)。
そうして二人は前方を確認しながら複雑な胸中で射撃準備に入った。
* * *
「現場指揮官はッ!?」
この状況に困惑している警官たちに力は大声で呼び掛ける。すると、一人の男が駆け寄って来た。
「私です!」
「よし、いいか。君たちは負傷した警官及び、銀行内のSAT隊員を救助。その後、すぐにこの場から退却するようにッ!」
「し、しかし……」
「命令だッ! 早くしろッ!」
「ッ! 了解しましたッ!」
切羽詰まった力の言葉に大きく頷き、警官たちは行動を開始した。それを見届けた力はすぐさま辺りを確認し、一つの建物に目を止めてその場所に走った。
* * *
銀行から出て来た狂戦士は周りで動く警官たちに目もくれずに、崩れた建物を見つめて道路の中央で佇んでいる。
その崩れた建物から瓦礫音が聞こえ、白い物体が這い出てくる。
「く、くそ……」
呻き声を上げながら卓が出てきた。その声に先程までの活力はなく、手には武器も無い。
「ど、どうして私がこんな目に――」
震える腕を使って、四つん這いになりながら瓦礫から脱出した卓はすぐに声を失う。視界の先に狂戦士を見たから。
「ああっ…………」
喉からようやく搾り出した声はそれだけであった。
卓を目にした狂戦士は、
「ガアアアアアァァァァーーーーーー」
全身を震わせて、その場一帯に雄叫びを轟かせた。
「ひっ……」
異様なその姿に最早抵抗する気が無い卓だが、狂戦士はそれを許さない。
雄たけびを辺りに響かせた後、一足飛びに卓に飛びかかり頭部を掴む。そして――
「ぐはぁっ!」
地面に思いっきり叩きつけられる。その衝撃によって頭部にヒビが入り中で悶絶する卓。しかし、無慈悲な暴力はそれだけでは止まらない。狂戦士は何度も何度も卓を地面に打ち付ける。
そして、ぐったりした卓に馬乗りになり狂戦士はノイズ混じりの鈍い声を出した。
「マガ……イ……モ……ノ……ガッ!」
幾度も拳を打ち込む。衝撃が卓の機体のあらゆる箇所を破損させていく。それに伴い痙攣するかのようにビクッビクッと揺れる。
繰り返し暴力を振るった狂戦士は馬乗り状態から立ち上がり、卓を大きく蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた卓は向かいの建物にぶつかり落下した。
倒れ込んだ卓から武装攻殻が消え去り、地面には横たわった生身の卓だけが取り残された。
その卓に止めを刺そうとゆっくりと近づく狂戦士。
卓まであと数メートルのところ――その時に轟音が響いた。と同時に狂戦士の体勢が崩れる。
数秒後、またも同じ音が響き、次は狂戦士の身体が軽く吹き飛んだ。
音の発信源は数百メートル離れた車からだった。
「ヨッシー、しばらくお願いッ!」
車から飛び出し、駆け抜けていく百紀。
「おいッ! どこ行くんだ!?」
予定とは違う行動を取る百紀に驚きつつも、義明はスコープから目を離すことが出来ない。彼の眼には平然と立ち上がる狂戦士の姿がはっきりと映っている。
「あの馬鹿! クソッ! ……頼むぜ、和。もう何もしないでくれよ」
引き金に指を掛けたまま、義明は希望的観測を述べた。
* * *
「もうッ、何してんのよ、私はッ!?」
声を荒げ自分を責めながら父の元へとひた走る百紀。
待機中に父が犯人だと知らされた際はそれほど驚くことはなく、ただただ腹立たしかった。何しろ父とは長いこと会ってはおらず、もはや家族の縁が切れているのも同然であった。しかし、実際目の前で父が殺されかける姿を見ると、なぜか勝手に身体が動いてしまった。
父の元に駆け寄り状態を確かめる。意識はない。首元に手を当てる。頚動脈が動いていることは確認出来た。
「もうッ!」
父を肩で担ぎ、すぐにその場を離れようとしたところで、またも発射音が辺りに響く。
「ごめん、和君……」
それだけを呟き、歩みを早めて銀行内に入る。
「こいつが被疑者よ! 連れて行ってッ!」
建物内でSAT隊員を救助している警官たちに叫ぶ。
そうして父を託して急いで外に出た百紀の姿を狂戦士の赤く光る眼が捉えた。
その瞬間、足が地面に縫い付けられたように動くことが出来ない。尋常でない殺気が百紀を襲っていた。
「あっ…………」
動けない百紀に近づく狂戦士。
そこで四度目の射撃音が響く――が、狂戦士は百紀から視線を外すことなく弾を片手で受け止めた。
「か、和君……」
震える身体を必死に押しとどめる。
刹那――今までの射撃音より重厚な発射音が辺りに唸る。
背中から衝撃を受けて両手両膝を地面に突かせる狂戦士。さらにその身体には網が絡みつく。
「早くそこから離れろッ!」
向かいの建物の屋上から叫ぶ力。その言葉に百紀は弾かれたように走る。
「グギギィィ…………ガアアアァァァ!!」
一際大きい咆哮、ブチブチと何かが引きちぎられる音。
そして、突如発生する巨大な破壊音と揺れる大地。
百紀は走りながら後ろを振り返る。
そこには狂戦士が片腕を掲げており、その先には破壊し崩壊する建物。その場所は力がさっきまで立っていた建物だった。
「……り、力……さん」
一瞬で変わってしまった光景に唖然とし、百紀は足を止めてしまう。
狂戦士が掲げていた腕がこちらに向けられた。
掌の中央にある赤い円状、そこに緑の粒子が集まる。
次の瞬間、放射される光の束。網膜を焼くほどの閃光が百紀の横を通り過ぎる。削られる道路と巻き起こる突風に百紀は弾き飛ばされ地面に転がる。そして、後に聞こえてくる破壊音。
「きゃっ! けほっ、けほっ…………がはっ!」
今の衝撃で所々に傷を負い、服もぼろぼろになる。胃の中の空気を吐き出しながら百紀は思い至る。今の狙いは私ではないと。
「ッ! ヨッシー!」
顔を上げて車を見る。そこは車の原型をほとんど留めていない物体が炎上しながら転がっており、粉塵が辺りを覆いつくしていた。
「……そんな……」
呆然と煙をじっと見つめる、そこで人影がかすかに動いた。
「ッ!」
百紀は痛みを堪えながら煙の中に入る。曇る中、人影の元に急ぐと百紀と同じくぼろぼろの義明が倒れていた。
「ヨッシー!!」
「お……おーす」
百紀の声に片手を上げて答える。
「良かったッ! 大丈夫ッ!?」
「な、何とかな……。マジで死ぬかと思った。ゴホッ、ゴホッ!」
遠くから聞こえる雄叫びに煙の中から見えるわずかな光。狂戦士が所かまわずに粒子レーザーを放って周りを破壊しているようだ。
「俺たちは映画の中に迷いこんじまったのか……」
「……そうだと良いんだけどね……和君」
少年の名を口にする百紀。
煙が徐々に晴れて視界がクリアになる。
そうして、舞台はようやく冒頭へと移る。




