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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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星降る王都の特務部隊殲滅戦 13

 星祭の夜に起きた凶行の爪痕は、グラン・ヴァルディア王国の軍事体制に、かつてないほど決定的な変革をもたらしていた。

 王都セプテントリオンの中枢において、次期国王たる統星の命が直接狙われたという事実は、国の安定と維持を最優先する父王に、絶対的な安全策の決断を迫った。結果として統星には、当面の間、自ら前線へ出撃することを禁ずるという厳命が下されたのである。

 それに伴い、統星は王都に留まりながら、後方から全軍を指揮する体制を取ることとなった。王城の奥深く、重厚な装飾が施された執務室が、これからの彼の新たな戦場となるのだ。


 静まり返った王城の石造りの廊下を、規則正しい足音が進んでいく。

 鉄紺の軍服を隙なく着こなし、理知的な黒い瞳を真っ直ぐに向ける側近、ハズラである。彼の足取りには迷いがなく、かつて辺境の地で泥にまみれ、何者かの視線に常に怯えていた奴隷の面影は、もはや微塵も残されていなかった。

 星祭の夜、数万の群衆の中で極限まで魔眼を酷使した代償として、ハズラの脳の奥底にはまだ微かな痛みの余韻がくすぶっている。しかし、老執事から徹底的に叩き込まれた所作は、肉体の疲労を一切表面に滲ませることを許さない。背筋を真っ直ぐに伸ばし、ハズラは統星の待つ執務室の重厚な扉の前に立ち止まった。

 静かに息を吸い込み、扉を開く。かすかな蝶番の擦れる音とともに足を踏み入れた室内は、夜の闇を遠ざけるような暖かな魔石の灯りに照らされていた。


 執務机の奥に腰を下ろしていた統星は、入室してきたハズラへ黄金色の瞳を向けた。その眼差しは、主君としての威厳に満ちていると同時に、確かな信頼の光を宿している。机の上には広大な大陸の地図が広げられ、無数の駒が配置されていた。父王の命令によって王都に縛り付けられようとも、統星の心に燃える世界統一への覇道は、いささかも衰えを見せてはいない。

 ハズラは音もなく机の前まで進み出ると、深い敬意を込めて一礼した。


「父上からの命により、俺は王都から動くことができなくなった」


 静寂に包まれた室内に、統星の硬質でよく通る声が響いた。自らの行動を制限されたことへの不満や焦りは微塵も感じさせず、ただ静謐に盤面を見据える覇者の響きがあった。


「俺が直接前線に出られない以上、軍の動きをこれまで以上に正確に把握し、戦局を支配しなければならない。……ハズラ。お前が俺の目となり、各地の戦線へ赴け」


 その言葉は、ハズラにとって極めて重い意味を持っていた。

 密売組織の屋敷で統星に見出され、言葉を与えられ、観測者としての役割を教え込まれてからというもの、ハズラの世界の中心には常に統星がいた。主君のすぐ傍らで魔眼を振るい、その視界を共有し、彼に直接座標を届けることこそが自分の存在理由だと信じて疑わなかった。しかし、統星のこの命令は、その強固な主従の在り方が新たな段階へ移行することを告げている。


「各地の戦線を巡り、将たちを補佐し、戦場に隠された真実をその眼で暴き出せ。そして、俺に勝機をもたらすための絶対的な座標を届けろ」


 統星の言葉には、ハズラを自らの代わりとして最前線に立たせるという、深遠な信頼が込められていた。それは決して、遠く離れた戦場を監視するための便利な手段として彼を扱っているのではない。共に死線を潜り抜け、星祭の夜には王都の危機を救う決定的な役割を果たしたハズラを、自らと同じ視座を持つ「観測者」として、かけがえのない同志として送り出そうとしているのだ。


「お前の眼はすでに俺の軍になくてはならないものだ。お前が見る真実を、俺は信じる。だからこそ、俺の代わりに戦場へ行き、お前の導き出した最適解で将兵たちを勝利へ導いてくれ」


 ハズラは小さく息を呑んだ。胸の奥から、かつてないほどの熱い感情が込み上げてくる。

 自分はもう、主君の背中に守られて指示を待つだけの無力な存在ではないのだ。統星が玉座から世界を見渡すのであれば、自分は最前線の泥と血に塗れながら、彼のために盤面の真実を切り拓かなければならない。主君に絶対の忠誠を誓い、戦場の共通言語をもって戦局を正確に伝達する。その役割を全うすることこそが、絶望の底から自分を掬い上げてくれた恩人への最大の報いであった。

 ハズラは姿勢を正し、黄金の瞳を真っ直ぐに見返した。ギリッと奥歯を噛み締め、己の内に渦巻く様々な感情を、論理という強固な箱に収めていく。


「わかりました。統星様の目として、いかなる戦場であろうとも、必ずや真実をお届けいたします」


 ハズラの静かな、しかし決して揺るぐことのない受諾の言葉が室内に響き渡った。

 その瞬間、常に歩みを共にしてきた二人の日々に、ひとつの明確な区切りが訪れた。これより先、ハズラは単独で、あるいは他の将たちと共に、血生臭い未知の戦場へと派遣されることになる。主君の傍を離れ、ただ一人で広大な戦局を見極める大軍師への過酷な階梯が、今まさにハズラの足元に示されたのであった。統星は満足そうに小さく頷き、地図の上の一点を指差して、次なる戦いの布石について語り始めた。


 ◇


 重厚な扉を背にし、ハズラは静まり返った王城の廊下を抜けた。張り詰めた緊張から解放されるため、外気を肌で感じられる高台のテラスへと足を運ぶ。

 ヒュッと吹き抜ける冷たい夜風が、火照りきったハズラの頬を静かに撫でていった。眼下に広がる王都セプテントリオンの街並みには、星祭の熱狂はすでに過ぎ去り、ぽつりぽつりと夜の静寂を照らす人々の穏やかな生活の灯りが残るのみである。


 テラスの冷たい石の手すりに両手を預け、ハズラは見上げるような暗夜の空を見つめた。

 これまでは常に統星の傍らに控え、その指示のもとで観測者としての役割を果たしてきた。しかし、唯一の王の血を継ぐ主君が王都に留まることになった今、状況は根本から変わったのだ。統星の掲げる世界統一の意志と覇業を、今度は自分自身が最前線で背負うという重責を、ハズラは夜風の中でじっと噛み締めていた。

 統星の目として単独で戦局を俯瞰し、自らの判断で盤面を操作する。自身が観測し、弾き出す座標が、各軍を率いる将たち、ひいては数万の将兵の命を直接左右することになる。もし自分の計算が狂えば、もし自分の目が真実を見落とせば、無数の命が失われるのだ。


 かつて辺境の地で鎖に繋がれていた少年にとって、それはあまりにも巨大すぎる重圧であった。一人の人間の肩にのしかかるには、国家の命運というものはあまりにも重い。恐怖がないと言えば嘘になる。自分が本当にその大役を果たせるのか、戦場の混沌の中で正確な判断を下し続けられるのか、不安が胸の奥で渦を巻く。

 しかし、ハズラの心の中に逃げ出すという選択肢は存在しなかった。

 彼が今ここに立っているのは、統星が彼を一人の人間として認め、その知性を高く評価してくれたからだ。言葉を持たなかった自分に戦場の共通言語を与え、理知的に世界を捉える術を授けてくれたのは他でもない、グラン・ヴァルディアの軍であり、統星という存在であった。


 ハズラは手すりを強く握り締め、彼方に広がる暗闇へと視線を向けた。

 これから向かう先には、統星が掲げる世界統一の覇道を阻もうとする、かつてない強大な試練が待っている。異なる種族の思惑、国家間の複雑な力学、そして常識すら覆す未知の脅威。盤面はさらに広大かつ複雑になり、一瞬の判断の遅れが万の命を左右する過酷な日々が始まるのだ。

 だが、恐れることはない。自分には魔眼という絶対的な観測の力があり、そして何よりも、事象を論理的に分解し、客観的な座標へと変換する強固な思考回路がある。主観や曖昧な感情に流されることなく、ただ事実のみを切り取り、最短経路で勝利を導き出す。それが自分の役割であり、誰も死なせないための唯一の方法なのだ。


 スバルという巨大な星が玉座から放つ光を、最前線に届けるための道標となる。

 ハズラは夜空の彼方に向かって、真の観測者となるための、そしてやがて全軍を統べる大軍師へと至るための揺るぎない覚悟を胸に、静かに決意を固めた。冷たい夜の空気が、彼の思考を氷のように澄み渡らせていくのを感じていた。

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