表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/67

星降る王都の特務部隊殲滅戦 04

 王城の最も高い場所に位置する監視塔のバルコニーに降り立ったハズラは、冷たい夜風に吹かれながら眼下の光景を見下ろした。茜色に染まっていた空はすでに端から深い藍色へと沈みかけており、夜の帳が王都セプテントリオンを分厚い毛布のように覆い尽くそうとしている。しかし、眼下に広がる街並みは、夜の訪れを力強く拒絶するかのように眩い光を放ち始めていた。

 王城から真っ直ぐに伸びる大通りから、網の目のように広がる路地の隅々に至るまで、無数のランタンや篝火がともされ、街全体がオレンジ色の温かな海に沈んでいるかのようだ。立ち並ぶ露店からは肉を焼く香ばしい脂の匂いや、甘い焼き菓子の香り、そして遠方から持ち込まれたであろう刺激的な香辛料の香りが立ち昇り、冷たい風に乗って王城の高台にまで届いてくる。見渡す限りの広場を埋め尽くす群衆の数は数万に及び、彼らが発するすさまじい熱気は、肌を刺すような夜の冷気を完全に押し返していた。

 人々のざわめき、底抜けに明るい笑い声、遠くから聞こえてくる吟遊詩人の軽快なリュートの音色。それらが渾然一体となって、ひとつの巨大な生命体が発する産声のように空へと立ち昇っていく。一年に一度、王国で最も神聖とされる祭典、星祭。最初の魔王が闇に覆われた世界に星を落とし、希望の光をもたらしたという建国神話を再現するこの奇跡の夜に向け、王都の民は抑えきれない高揚感を爆発させていた。


 やがて、王城の正面バルコニーから、祭りの開会を高らかに宣言する荘厳な声が響き渡った。

 その瞬間、地鳴りのような歓声が広場から湧き起こり、ハズラの足元にある頑強な石造りの塔すらも微かに震えた。熱狂が最高潮に達しようとする中、暗くなり始めた上空を切り裂くように、開会を祝う色鮮やかな花火が次々と打ち上げられた。

 ドーンという腹の底に響くような爆音とともに、赤、青、黄金の眩い火花が夜空に大輪の花を咲かせる。強烈な光の瞬きが、王都の重厚な石造りの街並みや、群衆の歓喜に満ちた顔を刹那ごとに鮮烈に浮かび上がらせる。鼓膜を震わせる連続した爆音が群衆の歓声と複雑に混ざり合い、華やかな喧騒となって街全体を包み込んだ。誰もが天を仰ぎ、祭りの幕開けに酔いしれている。


 だが、ハズラはその圧倒的な光と音の奔流に気を取られることはなかった。

 彼の意識は、すでに自らに課せられた重大な任務へと深く潜り込んでいる。統星の描く世界統一の覇道を守るため、今まさにこの熱狂の裏で進行している同時多発テロの企みを完全に粉砕しなければならない。ハズラは深く息を吸い込み、冷たい夜風を肺の奥まで送り込んだ。そして、先ほど司令部でジェベが持ち帰った通信機から読み取った、あの凍てつくような魔力の残滓、コルデア特務暗殺部隊特有の波長を、己の魂の深奥から意識の表面へと引き上げた。


 それを鍵として、ハズラは己の異能を解放する。

 普段は光のない濁った黒色をしている彼の瞳が、ドプリと深く濁った。次の瞬間、瞳の奥が内側から発光するかのように赤黒く充血し、ジリジリとした強い熱を帯び始める。魔眼の完全なる発動である。

 ハズラの世界は、劇的な変貌を遂げた。

 眼下に広がっていた煌びやかな祭りの色彩が、急速に抜け落ちていく。温かなランタンのオレンジ色も、人々の色鮮やかな衣装も、夜空を彩る花火の極彩色も、すべてがあっという間に色褪せ、音のないモノクロームの濃淡だけで構成された静寂の空間へと塗り替えられた。轟音を立てていたはずの花火の爆音も、群衆の割れんばかりの歓声も、分厚い水の底から聞くように遠く、曖昧なものへと変わる。


 灰色の透き通った世界の中で、ハズラは記憶した波長のリンクを辿る。

 やがて、そのモノクロームの視界のあちこちに、不気味な光が点り始めた。広場の中に点在する彼らの胸の奥底で、赤からオレンジ色に燃え盛る「魂の火」がポツリ、ポツリと浮かび上がったのだ。

 その光は、まるで薄暗い洞窟に灯されたランタンのように、彼らの肉体を内側から赤裸々に照らし出している。透明化した暗殺者たちの輪郭、身に纏う殺意の揺らぎ、魔力を練り上げるための微細な指先の動きまでもが、暗闇の中で明滅する炎明かりとしてハズラの網膜に鮮明に焼き付けられていく。

 何万という罪なき人々の海に潜み、致命的な毒牙を剥こうとしているコルデアの特務暗殺部隊。物理的な視界や巧妙な偽装を一切無視するハズラの前では、彼らの隠蔽など何の意味も持たなかった。


 ハズラは高台から広場全体を俯瞰し、視界に浮かび上がる無数の魂の火の中から、最初の排除標的を選定していく。

 彼らが狙うのは、街の灯りが完全に消える数分間を利用した広域魔法の同時発動だ。ならば、その詠唱に最も適した配置を取っている者から先に沈めなければならない。ハズラは、群衆の波に邪魔されにくく、かつ広範囲を見渡すことができる広場の外縁部や、建物の屋根や時計塔の影といった高所に陣取っている敵を、第一の脅威として弾き出した。

 しかし、数万という群衆の波長が無数に行き交う中で、特定の敵の微弱な繋がりを同時に処理し、識別し続けることは、ハズラの脳髄に容赦のない負荷をかけていた。こめかみを鋭い錐で抉られるような痛みが走り、熱を帯びた瞳の奥が火傷をするように熱い。脳内の血管が悲鳴を上げ、視界の端が明滅する。

 それでもハズラは奥歯を強く噛み締め、その痛みを意識の底へと強制的に押し込めた。恐怖も、焦燥も、そして肉体的な苦痛すらも排除し、自らをただ事実のみを告げる無機質な観測者へと作り変える。かつて奴隷として泥にまみれていた自分を拾い上げ、確かな役割と居場所を与えてくれた統星への忠誠心が、ハズラの精神を鋼のように支えていた。


 ハズラは小さく息を吐き出すと、通信用の魔導具を口元に寄せた。かつて老執事から徹底的に叩き込まれた、戦場の共通言語である。


「方位二時、距離三百歩、高度十六分」


 極限の集中の中で紡がれたその正確な座標数値は、広場の喧騒の中に身を潜め、指示を待つジェベへと的確に伝達されていった。


 王都セプテントリオンの広場を包み込む凄まじい熱気と喧騒。その中心に近い、色鮮やかなタペストリーが風に大きく揺れる建物の暗がりに、ジェベは自らの気配を完全に溶け込ませていた。

 眼下を行き交う数万の群衆は、頭上の死角に古騎族の将が身を潜めていることなど露ほども知らない。ジェベの手には、彼が己の半身のように慈しむ精巧な複合弓が静かに握り締められていた。弦を引き絞るための筋肉に一切の力みはなく、彼の存在はただ自然のままに大気と同化している。

 ジェベの耳に装着された小型の魔導具から、ハズラの無機質で絶対的な座標情報が届く。それはジェベの脳内に、対象となる敵の正確な位置をピンポイントで浮かび上がらせた。ジェベは己の物理的な視界に頼ることなく、その数値を完璧な道標として受け入れる。


 ジェベは短く息を吐き出すと、指先をわずかに舐め、それを夜の空気に掲げた。華やかな祭りの喧騒を切り裂くように、微小な大気の揺らぎが彼の指先を撫でていく。

 何万もの人々の熱狂が生み出す熱上昇気流、建物の隙間を複雑に吹き抜ける冷たいビル風、そして上空を流れる夜の気流。ジェベの研ぎ澄まされた感覚は、それらすべての風向きと大気の層を完全に読み切った。彼にとって風は障害ではなく、矢を運ぶための見えない道筋そのものである。

 空を見上げた彼の半眼が、猛禽類のように鋭く見開かれた。黄金色の瞳に、狂気じみた狩人の光が宿る。


 ドーン、と夜空にひときわ大きな花火が打ち上がり、巨大な爆音が王都の石畳を震わせた。

 群衆の割れんばかりの歓声がそれに重なったまさにその瞬間、ジェベは一切の躊躇なく弦を弾いた。

 バツン、という弦の鳴る音は、花火の爆音に完全に掻き消される。

 放たれた矢は、ジェベの計算通りに夜風に乗った。追い風に背中を押されて恐るべき速度へと加速し、建物の陰となる死角では横風の力を利用して滑らかに軌道を変える。それは力任せの直線的な狙撃ではなく、風という大自然の理を完全に味方につけた、芸術的なまでの精密射撃であった。


 矢は音もなく目標へと到達する。

 広場の外縁部、屋台の裏手に潜んでいた暗殺者は、群衆の意識が上空の花火に向いている隙を突き、極低温の爆縮魔法を編み上げるための詠唱準備に入っていた。その指先が微かに青白い魔力を帯びた瞬間、暗がりから飛来した矢が、彼の首筋を正確に貫いた。

 断末魔の悲鳴を上げる間も与えられない。魔法を編み上げていた指先から力が抜け、暗殺者は誰にも気づかれることなく、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。死に顔には、致命の一撃がどこから、どのように飛来したのかすら理解できていない驚愕だけが張り付いている。


「方位十時、距離百五十歩、高度十八分」


 休む間もなく、ハズラからの次なる座標が届く。ジェベは静かに弓を引き絞り、再び風を読む。打ち上がる花火の光に紛れ、矢は次々と放たれていった。

 時計塔の屋根の上で魔力を高めていた者、バルコニーの陰で息を潜めていた者。広場の外縁部や高所に陣取っていた特務部隊の精鋭たちは、ハズラの完璧な観測とジェベの神技の前に、抗う術もなく次々と命を刈り取られていく。


 空では幾重にも重なる花火が咲き誇り、広場からは地響きのような歓声が沸き起こり続けている。光と音の奔流に満ちた華やかな祭りの裏側で、ジェベの放つ静かなる死の矢は、数万の群衆の誰の目にも留まることはなかった。

 今まさに自分たちが焦土と化す危機に晒されていたこと、そしてその脅威が人知れず排除されていることに気づく者は、広場にはただの一人もいない。王都の平和は、見えない死闘によって薄氷の上に保たれていた。


 やがて、ハズラの視界から外縁部と高所に配置されていた魂の火が完全に消え去った。遠距離狙撃が有効な位置にいた敵は、ジェベの手によってすべて処理されたのだ。

 残るは、密集する群衆の只中に紛れ込んでいる者たちのみ。そこはジェベの矢であっても、無関係な民衆を巻き込む危険性が高すぎる領域だった。ここからの排除は、遊撃を担当する刹那の役割となる。


 第一段階の目標を完遂したことを確認したハズラは、大きく息を吐き出し、一度瞳を閉じて魔眼の発動を停止させた。赤黒い充血が引き、視界が元の色彩と喧騒を緩やかに取り戻していく。脳を締め付けていた激痛がわずかに和らいだが、決して休んでいる暇はない。催しが白熱し、群衆の密度がさらに増していく中で、次なる観測を再開するための短い休息に過ぎなかった。

 王都の空は、絶え間なく打ち上がる花火によって真昼のように明るく照らし出されている。ハズラは乱れた呼吸を整えながら、眼下の巨大な熱狂の渦を静かに見据え続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ