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魔族王子に拾われた奴隷少年、魔眼で戦場を支配し世界統一の軍師になる  作者: 久能のの


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閉ざされた森の外交戦 04

 幾重にも重なっていた弦の弾ける小気味良い音と、空気を鋭く切り裂く矢の飛翔音が完全に鳴り止んだ。


「うん、片付いたね」


 ひどく間延びした、いつもと変わらない飄々とした声が車内に響いた。

 ハズラがハッと視線を向けると、古騎族の将ジェベは先ほどの猛禽類のような鋭い眼差しをすっかり潜め、再び眠たげな半眼に戻っていた。彼は自らの身長ほどもある精巧な複合弓を無造作に座席の横へと置き、小さく伸びをする。何事もなかったかのように馬車の扉を開け、ジェベは軽やかな足取りで外の硬い岩肌へと降り立った。統星もまた、表情一つ変えることなく、王者の風格を纏ったまま静かにその後に続く。ハズラはこわばった足を必死に動かし、慌てて二人の背中を追った。


 車外に出たハズラの目に飛び込んできたのは、圧倒的な静寂に包まれた死の光景だった。

 鬱蒼と生い茂る木々の合間や、馬車からは死角となるはずの切り立った岩陰。そこに、風景と同化するような迷彩を施したゲリラ部隊の骸が、不自然な姿勢で幾つも転がっていた。彼らの眉間や首筋には、例外なく一本の矢が深々と突き刺さっている。苦悶の表情を浮かべる暇すらなく、己の死を自覚する前に命を刈り取られた痕跡だ。物理的な視界が完全に遮られた状況下で、風の揺らぎだけを頼りにこれほどの精密射撃をやってのけたジェベの神技に、ハズラは改めて背筋が凍るような畏怖を覚えた。自身の魔眼が壁の向こうを視る力であるならば、ジェベの力は自然そのものと一体化し、空間すべてを支配する力である。


 ジェベは、鼻をつく血と臓物の匂いが混じる冷たい大気の中で、微塵の感情も交えずに死体へと歩み寄った。彼の足取りには、自らが奪った命に対する感慨も、勝利に対する昂揚も一切ない。ただ、道端に転がっている石ころを確かめるような淡々とした手つきで、倒れた襲撃者たちの遺留品を検分し始めた。衣服の作り、隠し持っていた小道具、そして彼らが握りしめていた武器。ジェベはそれらを一つ一つ無造作に手に取っては、ためつすがめつ観察し、次々と地面に放り投げていく。ハズラはその異様なまでに静かな作業を、統星の斜め後ろで息を呑んで見守っていた。


 やがて、一体の骸の腰元を漁っていたジェベの手がピタリと止まった。


「おや……」


 風の音に掻き消されそうなほどの、小さな呟き。ジェベは、死体が身につけていた鞘から、一振りの剣をゆっくりと引き抜いた。シャンと澄んだ金属音が周囲の木々に吸い込まれていく。刃渡りや反りの具合、そして柄に施された独特の意匠。それは、山岳地帯に潜むゲリラ部隊が好んで使うような、粗製乱造の野盗の武器とは明らかに異なっていた。軍の規格として厳密に統一され、鍛え上げられた業物だ。

 ジェベはその剣を目の高さまで持ち上げ、薄暗い森の光に透かすようにして刃の文様を確認した。その黄金色の瞳の奥で、確信の光が微かに瞬く。彼は振り向き、手にした剣を統星とハズラの方へと無造作に差し出した。


「統星くん、見てよこれ」


 ジェベはひどく平坦な声で、しかしその場にいる全員に明確に聞こえるように告げた。


「この柄の装飾と、特徴的な刃の鍛え方……間違いない。これは、東の大国の正規軍に支給されている剣だよ」


 その報告は、ただの野盗の襲撃だと思われていたこの事態の裏に、巨大な国家の影が潜んでいることを如実に示していた。静まり返った古代樹の森に、ジェベの言葉だけが冷たい波紋のように広がっていった。


「この剣が物語っているのは、彼らがただの野盗や流れ者のゲリラではないということだ」


 ジェベの声は、血の匂いが漂う凄惨な現場にあっても、日常の天気を語るかのように滑らかだった。しかし、その言葉の裏には、緻密なまでの論理の組み立てがあった。彼は馬車の中で広げていた大陸の地図を脳裏に描き直すように、視線を虚空へと向ける。


「彼らの正体は、東の大国が意図的に送り込んだ工作部隊だ。僕たちグラン・ヴァルディア王国と、この森の主であるユグドラフのエルフたちが、今回の式典を機に強固な同盟関係を結ぶことを、東の大国は極端に恐れている」


 ジェベは手元の剣をまるで芝居の小道具のように掲げ、彼が構築した筋書きを語り続ける。


「だからこそ、彼らはこの不可侵の領域内に侵入し、我々を暗殺しようとした。あるいは、エルフの領土内で僕たちが襲撃されるという事実を作り出すことで、両国の間に疑心暗鬼を生じさせ、関係を決定的に悪化させようと狙ったのだろう。この剣こそが、その陰謀の揺るぎない証拠となる」


 彼が提示した推論は、発見された一本の剣と現在の複雑な政治状況を見事に結びつける、極めて論理的で説得力のあるものだった。単なる命を狙った野盗の襲撃という事実が、ジェベの言葉によって、国家間の勢力図を塗り替えようとする巨大な陰謀の一部へと鮮やかに書き換えられていく。統星は静かに頷き、その剣を証拠としてエルフ王に突きつけることを決断した。

 ハズラは、ただの遺留品からたちどころに背後の国家の思惑と巨大な筋書きを構築してみせたジェベの思考力に、圧倒されるような思いを抱いていた。馬車の中で教えられた背後を脅かされる恐怖と国家間の力学が、まさに今、この一本の剣を起点として現実のものとして立ち上がっている。局地的な戦局を読み解く己の能力とは全く異なる、世界という盤面そのものを俯瞰する知性。統星が自分に求めている側近としての真の役割が、ハズラの胸の奥で確かな輪郭を持ち始めていた。


 襲撃のあった凄惨な山岳地帯を後にし、一行の馬車はさらに東へと進路を進めた。そこから式典の行われるエルフの都までは、さらに数日の道程を要した。

 その数日間、ハズラの胸の奥には絶えず心地よい緊張感と、未知の領域に踏み込む重圧が交錯していた。窓の外の景色は日を追うごとにその密度を増し、陽の光すら容易には届かない深い緑の海へと変わっていく。木々のざわめきや、どこからともなく聞こえる獣の鳴き声すらもが、他種族を拒絶する森の警告のように思えた。

 ハズラは自身の魔眼が捉える局地的な情報だけでなく、ジェベから教えられた国家間の複雑な力学を何度も反芻していた。これから足を踏み入れる式典の場がいかに張り詰めた政治の戦場であるか、そしてあの一本の剣がどのような役割を果たすのか。それを深く噛み締めながら、ハズラは側近として主君の思考の邪魔にならぬよう、周囲の警戒を怠らずに数日間の旅程を耐え抜いた。夜営のたびに、ジェベは相変わらず飄々として夜風を楽しんでいたが、統星は沈黙を守り、ただ静かに燃える炎を見つめながら次なる布石を脳内で練り上げているようだった。


 鬱蒼とした古代樹の森を抜け、強力な古代魔法が編み上げられた不可視の結界を通り過ぎると、そこには外界とは隔絶された全く別の時間が流れていた。

 人跡未踏の深い原生林の最奥に位置する、エルフ族の選民国家ユグドラフ。天を衝くほどに巨大な樹々の幹や枝葉を縫うようにして築かれた樹上都市は、息を呑むほどに静謐で、神秘的な美しさを湛えていた。木漏れ日が淡い緑色の光のカーテンとなって降り注ぎ、清謐な魔力が大気そのものを発光させているかのような錯覚を覚える。グラン・ヴァルディア王国の国王の名代として招かれた王子・統星を乗せた一行は、ついにその中心部へと足を踏み入れた。


 数千年にわたり他種族との交流を拒絶し、永世中立を貫いてきた誇り高きエルフたち。彼らの視線は氷のように冷たく、そして鋭い警戒の色を帯びて一行に注がれていた。美しい顔立ちに張り付いた排他的な感情が、肌を刺すような圧力となって押し寄せてくる。

 しかし、先頭を歩く統星の足取りには微塵の躊躇いもなく、その背中には世界を統べる王者の威厳が満ちていた。彼の背後には、己の未熟さを痛感しながらも必死に広い視野を学ぼうとするハズラと、山岳地帯での惨劇の余韻など一切感じさせず、相変わらず飄々とした様子で周囲の風を読んでいるジェベが付き従っている。


 やがて一行は、大樹の内部をくり抜いて造られた壮麗な広間へと案内された。そこは、今回の式典の場であり、エルフたちを統べる王が座す謁見の間であった。どこまでも静寂が支配する空間で、統星は堂々たる歩みを進め、エルフ王の御前で立ち止まった。

 形式的な挨拶の言葉が交わされるかと思われたその時、統星はプラチナブロンドの髪を揺らし、黄金色の瞳に鋭い理知の光を宿した。彼は背後に控えるジェベへと視線で合図を送る。ジェベは無言のまま、布に包まれた長く重たいものを差し出した。統星はそれを受け取ると、エルフ王、そして周囲を取り囲むエルフの長老たちの前で、覆っていた布をバサリと勢いよく払い除けた。


 シャンと金属がこすれる鈍い音が響き、冷ややかな空気に晒されたのは、あの一本の剣だった。それはグラン・ヴァルディアの武具でも、エルフの繊細な細工が施されたものでもない。無骨で実用性を重んじ、柄の意匠には明確に東の大国の正規軍であることを示す紋章が刻み込まれていた。


「エルフの王よ。式典の喜びに水を差す無礼を承知で、お耳に入れたい儀がある」


 統星の硬質でよく通る声が、広間に反響した。ハズラは息を呑み、主君の言葉の行方を注視していた。ジェベが提示した推論が、現実の盤面に叩きつけられる瞬間である。


「我々は貴国へ至る道中、何者かの襲撃を受けた。そして、返り討ちにした賊が所持していたのが、この剣だ」


 統星は、ジェベが山岳地帯で見つけ出した証拠を、玉座に続く階段の前に進み出たエルフの従者の手へと厳かに預けた。従者によって恭しく掲げられたその剣に、エルフたちの視線が一斉に集中する。


「見ての通り、これは東の大国の正規軍の装備に他ならない。彼らは、我々グラン・ヴァルディア王国と、貴国ユグドラフがこの式典を通じてより深い友好関係を築くことを妬み、恐れているのだ。ゆえに、この神聖なる領域の境界で我々を暗殺し、両国の間に癒えぬ亀裂を生じさせるための妨害工作を企てた」


 統星が圧倒的な説得力と静かな怒りを帯びた声で告げると、一行に同行していたエルフの案内役が青ざめた顔で進み出た。


「王よ、統星殿の言葉は真実です。我々は道中、間違いなくこの剣を持つ者たちの奇襲を受けました。神聖なる森を血で穢す、許しがたい暴挙です」


 その案内役の直接の口添えにより、事態の深刻さと統星の言葉の信憑性は決定的なものとなった。


 玉座に座るエルフ王と、その周囲に控える長老たちの間に、重く張り詰めた沈黙が落ちた。彼らは森全体を強力な古代魔法の結界で閉ざし、他種族との関わりを断つことで、悠久の歴史の中で永世中立を保ち続けてきた。その絶対の聖域であるはずの領土内に、あろうことか東の大国の息がかかった武装組織が侵入し、グラン・ヴァルディアの使節団を襲撃したという事実は、彼らの誇り高き精神に対するこの上ない冒涜であった。


「……我らが不可侵の森を、薄汚い権力争いの舞台にしようというのか」


 エルフ王の薄い唇から零れた声は、決して声を荒らげるものではなかった。しかし、その静かな響きの底には、数千年の平穏を踏みにじられたことに対する、深い怒りが渦巻いていた。

 周囲に控えるエルフたちも同様だった。普段は感情の起伏を見せない彼らの美しい顔立ちが、侮辱に対する怒りで微かに歪み、謁見の間の大気がビリビリと震えるほどの魔力の高まりを見せている。彼らにとって、外界の国々がどのような覇権争いを繰り広げようと知ったことではない。だが、自らの領土の平穏を脅かし、友好の使者を謀殺することで両国の関係を意図的に悪化させようとする東の大国の底意地の悪さは、決して看過できるものではなかった。


「グラン・ヴァルディアの若き王子よ。貴殿らがこの地に至るまでに受けた不当な仕打ち、我が国への重大な侵略行為として、深く刻み込もう」


 エルフ王は玉座から立ち上がり、従者が恭しく掲げ持つ剣を一瞥した後、統星の黄金色の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 その宣言は、東の大国を単なる外界の国家から、森の結界を脅かす明確な潜在的脅威へと格下げし、敵対を認定した瞬間であった。意地でも自らの領土を穢す者を許さないエルフの苛烈な性質が、東の大国という共通の敵の存在によって、グラン・ヴァルディアとの間に強固な防壁を築き上げたのだ。


「彼らの浅ましい陰謀を打ち砕き、こうして無事に森の奥底まで辿り着いた貴殿らの武勇に敬意を表する。我がユグドラフは、この卑劣な企てに決して屈することはない。グラン・ヴァルディアとの盟約は、この一件をもって、より不可侵で強固なものとなったと知るがよい」


 エルフ王の力強い言葉に、居並ぶ長老たちも深く頷く。共通の敵の存在が、閉鎖的だった彼らの心を一つにまとめ上げ、統星たちとの間に確かな結束をもたらしていた。

 ハズラは統星の少し斜め後ろに控えながら、その一部始終を息を呑んで見守っていた。山岳地帯での奇襲から始まり、数日の旅路を経て行われた証拠の提示、そして今、目の前で永世中立国が仮想敵国に対する明確な怒りを固め、自国との結束を強めるに至るまでの鮮やかな流れ。

 ハズラは張り詰めた外交の場において、主君が確かな国益と強固な背後の安全を勝ち取ったという事実に、静かに胸を撫で下ろした。

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