74:最後の関門
皇国軍先遣隊との接触後、しばらく走ると急に森が開け、視界が広がった。
「そのまま直進じゃ」
側車のミルリルが上空警戒中の有翼族から送られた信号を俺たちに伝える。
天気は良く道も簡易舗装で走りやすく左右の見晴らしも良く、本来は気分も良い。……はずなんだけど、ハイマン爺さんの表情は渋い。
そらそうだ。こんな丸見えで見通しが良いフラットな地形では、もう戦車を配置などできない。
それ以前の問題として、こんな呑気にバイクを連ねて走っていたら、すぐ皇国軍に露呈しそうだ。
「この先に敵は?」
「20哩先まで敵影なし、じゃな。……まあ、見ての通りじゃ」
まさかの無警戒か。しかも先遣隊は30km以上突出させてるし。皇国軍は、王国制圧にどんだけ自信があるんだ。もしくはただの馬鹿か?
罠の可能性も……あるのかもしれんけど、わからん。
「森が開けた、というのではないようじゃのう」
「開墾したんだろうな。国境線近くに遮蔽物を置かないために」
ご丁寧に、下草まで刈り込んだ後で砂利かなんかを混ぜたのか、街道の左右10mほどが固めた土しかない。途中にある溝は水捌けのためだろうが、それだけじゃなく馬車の通行ルートを制限する目的もある(もしくはそれが主目的の)ように見える。そんな光景が遥か先の丘陵部まで続く。
「ヤダル、飛ばしていいぞ。もうわしの出る幕はなさそうじゃ」
「おーし、つかまってろよ爺さん!」
うひゃひゃと笑い声を上げてXRが加速してゆく。仲良いな、おい。
小排気量だけあって速度自体はそれほどでもないんだけど、路面がフラットなだけになかなかの加速ぶりだった。ハンドル上に軽く伏せながら突っ走ってくあたりは、古い時代の暴走族っぽい感じで楽しそうだ。ハイマン爺さんもああ見えてスピード狂の気はあるようだしな。
「のう、ヨシュア。侵攻される場合の対処として、視界確保処置はわからんではないが、自分らが侵攻するときのことを考えてはおらんのか?」
「さあな。こんだけのことするなら、いっそ畑にでもすりゃいいのにと思うんだが」
大軍を率いる者から見ると、こんな偏執的な対処を見せられた時点で警戒はするだろう。皇国に侵攻するのを躊躇う、抑止力にはなるのかもしれない。指揮したことないから知らんけど。
戦車を使う予定の俺たちの場合、見晴らしで侵攻を躊躇いこそしないものの、別の意味で迷う。
敵が来るのをどこで待つかだ。
ちなみに、遥か彼方の皇都までこちらから攻め込むのは、主に燃料コスト的な意味で、ない。
視界が開ける前にあった森の端に車体隠蔽をして、やってくる敵を片っ端から戦車砲で狙撃してゆくという方法もあるにはあるんだけど、敵を全滅させるか自分たちが玉砕か、なんて戦法を取るのはアホらしすぎる。
なんせ――質はともかく、数としては――多くのゴーレムが自分たちと無関係な“王国侵攻部隊”なのだ。
20哩(32km)先に敵影、というのは変わらず。上空の有翼族によれば、それは監視哨のようだ。配置された敵兵は4、とのこと。
20kmほど走って街道を外れ、藪が残っているところを移動して、小高い丘を監視する。
たしかに、丘の頂上付近には街道を塞ぐように関所のようなものが設けられている。
20mほどのところまで近付き、敵兵排除に取り掛かる。
「ヨシュア、もっとも奥の1名だけ頼むのじゃ」
「お、おう」
俺はミルリルから離れ、建物の陰に隠れるような位置で立哨中の兵士を狙う。
こちらはスコープ付きのボルトアクションライフルで、ミルリルは簡素なアイアンサイトしかないオープンボルトのサブマシンガン。連射速度に違いがあるのは当然とはいえ、この役割分担はどうなのだろうか。
「行くのじゃ。3、2、1……」
ぱすぱす、ぱすんと呆気なく3名を撃ち倒し、ワクテカ顔で俺の成果を待つミルリルさん。
やめて、そのプレッシャー!?
「制圧完了」
「よし、移動じゃ」
みなは緊張感もなくひょいひょいと藪を抜けて監視硝に近付く。目玉を撃ち抜かれた3つの死体を見ても、誰からもリアクションはない。
ちなみに、俺が撃った兵士はふつうにボディショットである。UZIって、そんなに命中精度が良いのか? そんなわけないよな。
稜線上に出ると、前方にまばらな森が見えてきた。民家や農地が点在する光景が続き、10kmほど先だろうか、夕暮れ迫る森の奥に、巨大な都市のシルエットが浮かんでいる。
収納を使った穴掘り作業に余念がない俺の耳に、ミルリル姉さんの弾んだ声が聞こえた。
「見よ、ヨシュア。あれが皇都の灯りじゃ」
そうや、ワイはアンタの翼やで。




