73:無益な死
「なんだ貴さ、まッ」
ぱっすんとマチェットが風を切る音がして、歩哨の首が飛ぶ。視認できないほどの速度で踊り込んだヤダルは、あっという間に皇国軍兵士の10人ほどを斬り殺す。
戦闘音で銃声は掻き消されているが、後方でもミルリルが暴れ回っているのだろう。応援がこちらに出てくる様子はない。
「ヨシュア!」
ヤダルに頷き、俺はAKMを構えた。
馬の陰に身を隠しながら跨って駆け出そうとした騎兵を、慎重に狙って単射で仕留める。さすがに革鎧程度では何の守りにもならず、7.62ミリ弾を背中に食らった兵士は馬から転げ落ちて動かなくなった。残りの馬を確認するが、他の騎兵が出てくる様子はない。
「伝令制圧完了!」
「前衛制圧完了!」
「後方も制圧完了じゃ。皆、ちょっと来てくれんか?」
ミルリルの声に近付くと、予想通りの光景が広がっていた。
地べたに折り重なる、目玉を撃ち抜かれた死体。その奥に魔術短杖が転がっていて、肘を撃ち抜かれた男がもがいていた。魔導師と思われるその中年男は、仁王立ちで見下ろしているドワーフ娘に怒りと憎しみを込めた目を向ける。
「くッ、殺せ!」
うん、この場では、そういうよね。オッサンの口から聞いても全然ワクワクしないからやめてほしい。
「たっての要望とあらば、そうするがのう。皇国軍本隊の通過はいつじゃ? 王国に入る戦力のなかで、ケースマイアンに向かうのは、どの程度の規模なのじゃ?」
「そんな情報を漏らすとでも思っているのか! 薄汚い半獣どもが!」
俺たちは必死に放たれた侮辱を聞き流し、冷淡な目で男を見る。
ミルリルは手にした男の階級章やら書類やらを地面に落としながら溜息を吐いて首を振った。
「いいたくなければ、それでもよい。わらわたちは、どのみち貴様らの本陣までゴーレムを見物に行くところじゃ。なぜ知ったかを訊かれたら、“ますてぃふから聞いた”と答えてやろう」
「……ふざ、っけるな! わたしは、口を割ってなど」
「貴様の上官は、そんなことは知らんわ。ひとは信じたいものを信じるんじゃ。そうなれば、皇都に残った貴様の家族や係累が辛い目に遭うんじゃろうな?」
「なぜ、それを」
「魔導師であるからには、皇国貴族であろう? このような僻地に配置されるのだから、下級貴族じゃな。そんな者たちが、軍の中枢に信用があるわけもない。保護という名目で家族を人質を取るのが皇国軍の常道だと聞いておる」
その情報源は、ミーニャかメレルさんか。
なんにしろ当たりだったようで、魔導師マスティフはガックリと首を落とす。
「通過は3日後だ。騎乗ゴーレム部隊の主力は、この先で西に分かれ、魔族を殲滅後に王都で合流することになっている」
主力ってどのくらいだよ、と思う前に他の3人は別の方に気が向いたらしい。
「「「……魔族?」」」
「とぼけたところで無駄だ。ケースマイアンで魔王が立ったとの報せは皇都にまで届いている」
「それは当たらずとも遠からずじゃが……どうせ、あの阿呆な王子辺りがホザいておったのであろう」
たしかに俺は魔王になるって決めたけど、なんだろうなあ、このモヤモヤする感じ。なんかこう、住人不在の他人んちで応接間に座らされてるような。というか、まさにそんな状態ではあるんだけどさ。ホントの魔王が別にいたりしたら俺は僭称者にならんのか。
うむ、こういうところがジャパニーズサラリーマン。上座に座り慣れていない小心者の小市民である。
「既に王国軍の被害は甚大と聞いている。無能な王の失態によるとはいえ、ここで潰さねば禍根を残すというのが皇帝陛下の判断だ」
「なるほど、それで阿呆ほどゴーレムを引き出してきたわけじゃな。放っておけば内乱で崩壊するような老害国を制圧するだけだというのにのう?」
「主力を向かわすということは、むしろ本命はケースマイアンということじゃな」
……もしかして今回も、大規模戦闘が発生する原因は、俺かい。いい加減、うんざりするな。
「王がなんぼ無能だからといって、最大最強の国を自称する王国の軍3万が全滅する事態となれば、なんかおかしいとは思わんのかのう?」
「思わんだろ。あたしでも信じねえよ。良くて話半分、いや、せいぜい2~3百も撃退された話に尾鰭が付いたんだろと思うくらいだ」
「それも有り得ん話ではないのう。被害甚大とはいうが、しょせんは伝聞でしかない情報じゃ、それも誰がどう伝えたのかは不明じゃしのう」
ミルリルさんたちはぽそぽそと囁き合っているが、ここでなにをいおうと皇国軍の決定が覆るわけでもないし、なにかの結論が出るわけではない。
のじゃロリの溢した“こやつらも阿呆じゃのう”、のひと言で尋問は終了となった。
「そうか。わかった。貴様は、どこへでも行って良いぞ」
「……!?」
呆然として座り込んだままのマスティフを置き去りにして、バイクを引き出した俺たちは皇国に向けて移動を開始する。ヤダルのバイクを先行させ、側車のなかで振り返ったミルリルが呆れたように首を振った。
「わらわも、いつぞやのヨシュアの気持ちがわかった気がするのう」
「なんの話だよ」
「戦闘終了後に気持ちが醒めて、“こやつまで殺さんでもよかろう”と思う気持ちと……」
UZIから45口径弾が単射で撃ち出され、直後に後方の森で小さな爆炎が上がる。
「……それが無益に終った虚しさじゃ」
魔導師の矜持なのか最期の悪足掻きなのか、マスティフは俺たちの背中を攻撃魔法で射抜こうとして、仲間と同じく目玉を撃たれたようだ。
「そんなもんだ」
「ああ、まさしく“そんなんもん”、じゃな」




