72:偵察部隊北へ
「のう、ヨシュア」
相変わらずミルリルさんは愛用のUZIを革帯で右肩に掛け、左肩にはM1911コピーの入ったホルスターという定番のスタイル。
今日はそれに加えて、俺とお揃いのゴーグル付きお椀型ヘルメットをかぶっている。
うん、かわええ。
「よく考えたら軍用トラックも側車付き単車も“うらる”なのじゃな。呼び分けはないのか?」
「ああ、トラックはウラル4320、バイクは……忘れた。用途が違うし、別に困らんだろ」
「そんなもんかのう……」
「おーい、お待たせ―」
後ろからぺぺぺと軽い排気音がして、ヤダルの乗るホンダXRが現れた。
虎娘はノーヘルに普段着だが、背中からマチェットの柄が見えている。今回は偵察なので2本しか持ってないようだ。この前、気前良くバンバン折り砕いて使い捨てたのがバレてドワーフのハイマン爺さんにえらい怒られ、強化付与やらいう魔法的な処理を掛けてもらったそうだが、詳しいことは知らん。
「ついでに爺さんも積んできたぞー」
「ついでにとはなんじゃー! わしが目視すんのが偵察の主目的じゃい!」
偵察部隊はウラル(バイクの方)に乗った俺と護衛のミルリル。それに、T-55戦車1号車の戦車長にしてケースマイアン機甲部隊(2両しかないけど)の指揮官であるハイマン爺さんも、実際の運用を想定してもらうためヤダルのタンデムシートで同行してもらうことにした。
ミーニャはケースマイアンで防衛陣地の構築に加わるので留守番。有刺鉄線や馬防柵の再配置と動線の修正だ。今回は味方が布陣するので手作り爆弾は撤去され、敵の殲滅位置も渓谷から遠い場所に設定している。
置いてかれてごねるかと思えば、平野部の防衛に“わたしのハンヴィー”が重要な役目を担うと聞いて目を輝かせていた。
「あまり飛ばすでないぞヤダル。地形と路面状況を確認しながら行くのでな」
「わかってるって。爺さん、落ちないようにつかまってなよ」
ケースマイアンから出ると、王都に向かう街道をわずかに南下。途中で東に折れて細めの連絡路に入る。そのまま進んで、以前、戦闘を行った分岐点で左折。
そこからは、皇国と王都を繋ぐ街道を北上するだけだ。
比較的整備された街道とはいえ、基本的には土を固めただけなので、先日の雨でいまだに所々ぬかるんでいる。避けて通れるところは避けて、無理なところは慎重に通過してゆく。
2輪駆動とはいえサイドカー付きのバイクだと、さほどの走破性はない。オフロードバイクに乗ったヤダルは路面などさして気にする風もなく、ひょいひょいと抜けてゆく。ちょっと楽しそうだ。
う~ん、ホンダXRにしとけばよかったか……? 上空監視との連絡やUZIの射線を取るのに、ミルリルをサイドカーに座らせた方が良いかと思ったんだけどな。
「よーしヨシュア、そのままじゃ! うぉッ、水が跳ねよるぞ!? やっぱり左じゃ!」
……のじゃロリさんは楽しそうだから、いいか。
「雨が上がってしばらく経つのに、ずいぶん水たまりが多いな」
「暗黒の森は、奥に湿地やら水源があるのでな。森そのものの保水力が高い。周辺部にも細かい水場が点在して、常に湿っている場所が多いんじゃ」
なるほど。周辺の土壌も、あまり水捌けが良くないと。あんまり詳しくないが、もしかしたら農業には向いてるのかもな。とはいえ重量のある乗り物を運用するには不向きだ。
「戦車を出すときは移動ルートを考えた方がいいな。あんなもんスタックしたら……ん?」
「収納して、また出せばよかろう?」
「そうね。俺も、いま気付いた。戦闘中じゃなければ、どうにかなるか」
ハイマン爺さんは戦車を移動し配置するのに適した位置を考えながら移動しているらしく、何度かバイクを止めさせ、徒歩で地形や状況を確認している。
ここぞという場所はまだ見つかっていないようだが、場合によっては戦車もケースマイアンの南側平野の防衛陣地で一緒に待ち伏せというのもアリだ。
というか基本的には防衛戦なので、戦車を先に出すだけのメリットは、それほどない。鉱石質ゴーレムを事前に潰して防衛陣地の被害を減らすくらいか。
「爺さん、いま外堀ってどのくらい進んでる?」
「6割といったところじゃな。雨で予定が延びたが、もう木枠は組んである。石材での補強も大方は入っておるし、後は“こんくりいと”を打つタイミング次第じゃな」
縦横数kmある平野の外延部には、幅と深さがそれぞれ4mほどの外堀が完成しつつある。
かなりの大規模工事で資材コストも時間も掛かったが、重機の導入とドワーフの手腕で早くもあらかた完成に近づいているようだ。
堀の底には尖った石や鉄片を植えてあり、平野側は手掛かりもない垂直の壁になっている。こちらで掛けた金属製の橋を外せば、敵は容易に侵入できないはずだ。
「ゴーレムを止めるには心許ないな」
「そりゃそうじゃ。城塞を組むのは兵を防ぐためじゃ、歩く災厄を想定しても仕方なかろう」
人間相手なら、かなりの効果が期待できる。堀の完成後は暗黒の森から水を引くこともできるようだし、ウソかホントか、その水には高確率で“人食い魚”が混じっているだろうというような話も聞いている。
人食い、とはいってもサメみたいな大型の魚類ではなく、どうも30cmほどの魚(一説に魔物)で、水に入った動物の肉を戯れに食い千切るらしい。最悪や。
「……ていうか、そんなんいたら水遊びできないじゃん」
「ヨシュア、なにをブツブツいうておる」
独り言が漏れて、ミルリルから怪訝そうな顔で見られた。
夏になったら“のじゃロリ”さんとイチャイチャ水着回、みたいなのを少し期待した俺は緊張感がなさすぎるのかもしれない。いまは戦争前の偵察中なのだ。うむ。
「いや、やっぱり問題はゴーレムだな。どの程度の機動力と破壊力なのかわかれば、対処法は見つかると思うんだけど……」
「ヨシュア、この先10哩に皇国軍の関があるらしいぞ」
妄想をごまかすために必死の働いてるアピールをしたのだが、完全にスルーされた。いいけど。
敵の動向については側車のミルリルが上空警戒中の有翼族と手旗信号で連絡を取ることになっている。いまのところ危険はないようだが、早めに対処した方がいい。
「ここからふたつ目の曲がり角を抜ければ視認される」
「よし、停車!」
後続のヤダルにバイクを停車させ、車両を収納する。そこからは徒歩で移動しながら街道を外れ、森を回り込む。前衛がUZIを持ったミルリル、殿がマチェットを持ったヤダルだ。
「ミルリル、MAC10は要るか?」
「上空から見る限り、敵兵は30を超えておらんようじゃ。それなら“うーじ”で無力化可能じゃな」
目的の敵陣は、すぐに見つかった。少し密生した樹木の陰で、俺たちは皇国先遣隊の橋頭保を確認する。
革鎧程度を身に着けた歩兵が20前後と馬車が2、騎兵が6だ。武器は手槍と短剣、短弓。枝や倒木で偽装されているが、陣地の前後には馬車を利用した遮蔽が置かれ、馬防柵まで組まれている。
「……奥に魔導師がおるな。ヤダル」
「おう。前に出て陽動だな?」
「頼む。わらわは後ろで魔導師を拘束するので、ヨシュアは伝令に出る騎兵を止めてくれ」
俺はうなずいてAKMを出す。
暫定魔王なのに、戦闘指揮能力はあんまないな、俺。今後も大事なとこではミルリル参謀に任せよう。
「ハイマン爺さん、武器は?」
「自分の身を守るだけなら、心配は要らんぞ」
腰から引き抜いたのは、愛用の物らしい年季の入った手斧。研ぎ上げられた刃が赤黒く濁った色に光ってるのが怖いんですけど。何人殺してんの、それ。
「さて、行動開始じゃ」




