19:逃げ延びた者たち
前倒し1200更新、マーチ!
城門の前にマイクロバスを停めると、城壁内から10名ほどの出迎えが現れた。
手に手に雑多な武器を持っているが、さほど屈強そうな者はいない。おそらく、俺たちが乗せてきた獣人とエルフの部隊が現状の最精鋭戦力なのだろう。
……というか、革命軍だか解放軍だかに身を置いているのは止むを得ない状況だからであって、獣人たちの本業は農民や狩人といった感じなのだろう。
「なんだこれ」
「馬車か? 馬がいないが」
「前についてるの、クマの顔だな。暗黒の森で見たことある」
「クマは、あんな可愛くないだろ」
ちょっと待ってろ、なんつってしばらく待たされた後で城門が開き、俺たちが迎え入れられる。子供たちが後部座席に座ったまま降りないので、マイクロバスのまま城内に入る。
……ああ、これは、あれだね。映画の“ガントレット”。バスが警官隊に両側から撃たれて蜂の巣になっちゃうやつ。いまのところ刺さるのは視線だけだけど。
ケースマイアンの住人は、目に留まっただけでも40~50人。女性や子供は少ない。逃れてこられなかったのか、どこか安全な場所にいるのか。パトロールと警戒監視にも人を割いているような話をしていたので、俺はとりあえず総勢で100人前後と予想する。
教会のような建物の前庭、広くなった場所で車を停め、収納するので降りるよう子供たちに伝える。不満を訴えるが、知らん。これはお前らの玩具でも秘密基地でもない。
「もっと乗っていたかったのじゃ。このまま置いておくわけにはいかんのか?」
ミルリルさん、アンタもですか。
置いとくのは別に良いんだけど、これエンジンキーなくて直結だから、例えば誰かが弄ってるうちに走り出しちゃう可能性がある。事故を防ぐためにも、やっぱ収納しよう。
「正気か、人間を街に入れるなんて。何をしでかすか、わからんぞ」
「信用しろとはいわん。危害を加えるな」
「こっちに危害を加えない保証は」
前庭では、マイクロバスで一緒に来たクマ男が、集まっていた人たちに事情を説明しているところだった。時折こちらを振り返り、なにやら難しい顔で首を振っているのを見ると、ミルリルはともかく俺の受け入れは反対の声が大きいようだ。
議論の間も、離れて立つ俺に警戒と怒りと侮蔑、いくつか殺意の視線が突き刺さる。人間相手に戦争しようって状況なら、まあ、そうなるだろうな。
全員で反対、即刻追い出せ、というものではなく議論の余地はあるようなのが救いだ。
ミルリルは俺の前に立って、すべての悪意を引き受けようとしてくれている。ありがたいけど、それで獣人やエルフやドワーフたちが、彼女に対しても不信感を抱くきっかけになったとしたら申し訳ないな。
「ミルリル、俺のことは良いから、お前もあっちで話に加わった方が……」
「断るのじゃ」
「でもさ……」
「断るといったら、断るのじゃ! あやつらの言葉を繋ぎ合わせて聞いた限り、長年の苦難の末にここまで落ち延びたのであろう。人間への根強い不信感があるのはわかる。警戒するのも理解する。しかし、あのような見下した目でヨシュアを見られるのは、このわらわが、我慢出来んのじゃ!」
のじゃロリ、アンタええ子や……。
ただ、ちょっと気になることがある。先ほどから漏れ聞こえる話を総合すると、どうもミルリルが俺の奴隷にされているのではないかと思われているようなのだ。
ミルリルを無理やり引き留めようとしたときの言葉から勘違いされたのだろう。
つまり、まあ俺が悪い。
「待て、何を誤解しておる! わらわはヨシュアの奴隷ではないし、そもそもこやつは奴隷など持っておらん!」
「どうしてそれが断言できる!? 明確な証拠になるような事実があればいってみろ。証明なんて出来ないだろうが!」
売り言葉に買い言葉、というかガキのケンカみたいになってるのが気になるが、ドワーフらしい小柄な男性がミルリルに痛ましげな目を向ける。
どういう想像でそんな顔してるのか知らないけど、俺はなんもしてないからね。
「ああ、だったら教えてやるよ。まず俺は、カネがない」
「……え?」
なんとか助け舟を出したつもりの俺の言葉に、最も呆れた顔をしたのはミルリルだった。
なんだよ、俺はこう見えて目的のためには手段を選ばない男よ?
「奴隷を買おうにも、金貨や銀貨どころか銅貨すら持ってない。無理やり捕まえるとしても、たぶん体力はそこの子供……ヘルマだっけ? 彼女以下だ。当然ながら、獣人より足も遅い」
なんか、ザワザワしだした。俺のコメントに、特に獣人たちが食いつく。
たぶん、俺の目的とは違う方向で。
「おい、ウソだろ? 足はともかく、体力は……なあ、そんなわけ……ない、よな?」
「ううん、ホント。あたしが突き飛ばしたら、吹っ飛んで動けなくなった」
そうね。あれ不意打ちだったけど、けっこう効いちゃってたもんね。
正直すぎるヘルマの言葉を聞いて、亜人やら獣人やらのみなさんは、態度を改めた。敵意や悪意が鳴りを潜め、むしろ可哀想なものを見るような目になった。ヤバい、ちょっと泣きそう。
エルフの男性が首を傾げながら俺を見る。鑑定でも掛けているのか、身体のあちこちに軽くくすぐったいような感覚があった。
「……う~ん、魔力も、並みだな。人間にしては高いのかもしれんが、魔導師というにはお粗末だ」
ダメ押しされて俺はガックリと膝をつく。
なんとなくわかってたけど、俺そんなにダメな子だったんだ……。
「でもね、奴隷の首輪を外してくれたよ。魔法で」
「なに!? 奴隷の首輪って、あれ外せるのか? どうやっても切れなかったんだけど」
「ああ。ほら」
収納から取り出した奴隷の首輪を、まとめて近くに放り出す。
「取れないで困ってるひとがいるんなら、後で連れてきてくれ」
「ほう、これは……切ったわけじゃないのか。本当に、魔法で外したんだな」
「そうだよ。それに、王国の魔導師と騎兵を殺してくれたし、俺たちを守ろうとして亡くなった大人たちも、ここまで運んできてくれたって。ご飯もくれたし、毛布もくれたよ」
ここまで乗せてきた獣人の子供たちが、俺のために大人を説得しようとしてくれた。
遅すぎるフォローだけど――そして毛布は、あげたつもりじゃなかったけど――それで獣人の方々は少しだけ態度が軟化した、ように見える。
「なあ、あんた。遺体を運んでくれたって、本当かい?」
そうそう、忘れてたわ。
地面に毛布を敷いてもらい、“ケースマイアン解放軍”の3名の遺体を収納から出して、引き渡す。
受け取ったのは、遺族なのか年配の男女が4名と若い女性がひとり。みな泣きそうな顔をしてはいるが、頷きながら愛おしそうに遺体を撫でる。
「子供たちを守ろうとして、勇敢に戦ったようだ。俺たちが着いたときには、もう亡くなっていたが……助けることが出来なくて、申し訳ない」
「いいんですよ。兄たちは、いつもいってましたから。奪われた仲間を取り戻し、守ることが自分たちの役目だって」
「彼らが戦う魔力光で危険を察知しなかったら、わらわたちも無防備なまま近付いて、あやつらに殺されていたのじゃ。そういう意味では、彼らは子供らだけたでなく、わらわたちふたりにとっても、命の恩人じゃ」
「……そういって、もらえて、兄も……」
後は言葉にならない。泣き崩れた獣人の娘さんを、周囲の遺族たちが優しく慰めていた。
「……まあ、いいか。滞在は許可する。ヘルマたちは、そいつが変なことしないように見張っておけ」
毒気を抜かれたような顔で、俺たちを責めていた住人たちは解散し、それぞれの家や仕事に戻って行った。残された獣人の子供たちが顔を見合わせ、シッポを揃ってヘニョリと垂らす。
「えええ……面倒臭い……」
「でも、ぼくはこのひと美味しい食べ物持ってるから、嫌いじゃないよ?」
「そうだな、またくれるんなら見張りしてもいいや」
……おい待て、見張られる側が見張りのコストを支払うのかよ。
つうか、このチビッ子獣人ボーイズ&ガールズには、過度の正直は美徳じゃないってことを教えなくてはいけないかもな。うん。
とりあえず収納の荷物整理でもしようかと振り返ったところで、俺は生暖かい目をしたミルリルと向き合う。
「……ヨシュア、おぬしは少し、言葉を選んだ方がいいと思うのじゃ」
「あっハイ」
「まあ、結果的には、上手くいったから良いがの」
思わず素で返した俺に、彼女は首を振る。いやいやいや、そんなアホな子を見るお母さんみたいな顔されるとリアクションに困るんですが。それも、自分の半分の年齢しかないチビッ子ガールにさ。
「わらわの見たところ、おぬしは自分の値打ちを低く見過ぎる癖があるようじゃ。どんな理由でそうなったのかは知らんがの。だからこれは、わらわの我儘じゃ」
真面目な顔をしたミルリルが、俺を正面から見る。
「覚えておけ。わらわの大事な人間を、疎かに扱うのは許さんのじゃ」
ありがとうございます。次回の更新は本日1900予定です。




