20:軍靴の音
ええい、また前倒しじゃ!
「王国軍が動き出した」
ケースマイアン解放軍のエルフから、俺たちにも情報がもたらされた。
さすがに軍議には呼ばれなかったものの、こちらに気遣ってはくれているようだ。もしかしたら、戦力としての期待かもしれないが。
「やっぱり、戦争が始まるのじゃな」
戦争と呼べるほどのものになるかは、王国軍の戦力次第だけどな。こっちの頭数とメンツを見る限り、せいぜいが局地紛争、下手すると単なる虐殺で終わりそうだ。
当然ながら、それを口にはしない。代わりに、出来るだけ平静を装って尋ねる。
「兵数は」
「王都に潜入した斥候によれば、総兵力は3万弱。歩兵2万2千、騎兵3千、弓兵が千と魔導師が2百、輜重が2千に馬車が8百台だそうだ」
「……ずいぶん、多いな」
多いどころではない。100の蛮族相手に3万、て。頭おかしいレベルだろ。なに考えてんだ。輜重(補給部隊)だけでも俺たち皆殺しに出来るわ。
俺とミルリルは廃墟になったケースマイアンの一角に空き家を借り、今後のことを話し合おうとしていたのだが、当座その必要はなくなった。
今後など、ないのかもしれないからだ。というか、さっきまで描いていた未来予想図はまず間違いなく、ないな。
俺の胸に、どんよりしたものが広がる。
王国軍からすると、これは単なる討伐。反乱の芽を摘むための掃討戦だ。過剰な動員兵力が示すものは明らかだった。併合・吸収した他の領有地と同様、叛意を抱えた者たちへの見せしめ。降伏しようと投降は許されない。女子供もお構いなく、手当たりしだいの派手な虐殺が繰り広げられることは間違いない。
「それとな。気になる噂がある。魔の森から溢れた忌まわしき者どもを討つ、などと称して全軍の先陣に立つのが……異界から召喚した勇者と、その仲間たちだそうだ」
――おふ、おいマジか。
俺は顔が強張らないように平静を装う。ミルリルの視線が俺に向いたのはわかったが、目を合わせないようにして怪訝そうに首を傾げた。
これ、もしかして俺の存在が過剰な戦力を呼んでしまってたりするのか?
「へえ、勇者か。また御大層なやつが出張ってくるもんだな。……それで、こっちの戦力は?」
「戦えるのは100ほどだ。正面戦力として前線に投入できるのは、多く見積もってもその半分だな」
ですよねー。知ってた。亜人の国の解放軍、などと称したところで実態は山賊紛いの烏合の衆だ。正規軍が相手だと勝負にもならない。
甲冑を着て剣を持ち、おそらく盾も装備した正規兵相手に、革鎧がせいぜいの亜人部隊は無力だ。エルフの長弓がどれだけ強力でも、盾を貫くほどのものではない。もしそれだけの力があったとしても、エルフ弓兵は多くて20名。万の敵には、対抗出来ない。もう数だけの問題ではないのだ。数だけでも十分以上に大問題だけどね。
「……つまり、正面戦力だけで、50対2万5千。もしくは、それ以上か」
「ぷわははははは! ここまで来ると、いっそ笑えてくるのう?」
ちょッ、わかるけどミルリルさん、ちょっと空気読もうね。エルフさん呆れ顔で血の気が引いて埴輪みたいな顔になってるよ。
「ええい、辛気臭い顔をするでないわ! わらわはともかく、こやつが誰だと思うておる!」
「え、誰って、ミルリ……」
「こやつの名は、異形で非道の魔導師、テケヒュヨシュア。勇者と同じく異界から渡ってきた怪物じゃ。サリアントの愚王には、既に面と向かって宣戦布告をしておる。王国に挑むことなど、とっくの昔に想定済みよ!」
――ミルリル姉さん、それ盛り過ぎ!
ここ来るまでに話した気がするところも話してない気がするところもあるけど、それ以前に俺像が実情と掛け離れた100%フィクションになってるよね、それ!?
しかも、ちゃっかり自分は関係ないですみたいなポジションをキープしてるし!
「そ、それは……心強い、な」
作り笑いか愛想笑いかわからないけど、エルフの唇がわずかに弧を描く。
実際、縋れるものなら幻想にだって縋りたいところなのだろう。そうでないと、開戦以前に気持ちが潰れてしまう。
北に広がるのは、魔獣が徘徊する密林。逃げ延びてきた他国に、また逃れるというのもありえない。元々どこの国でも亜人たちは虐げられてきたのだ。そんな国のどこが最大最強の国を敵に回してまで、彼らを保護しようなどと思うのか。
どこにも逃げ場はない。彼らは敗けたら、ここで死ぬ。それは当然、俺たちもだ。
「ところで……その斥候は、台車に乗った、おかしなデカい弓を見なかったかのう?」
さりげなさを装ったミルリルの言葉に、エルフの目がすっと細められた。
「なぜ、それを」
「見たのじゃな。数は?」
「……4基だ。それと、兵が持つ小型のものが10ほど」
ミルリルは、一瞬だけ絶望的な表情で俺を見る。ここの人たちが機械弓で殺されたら――そんなもので射掛けられたら、まず確実に殺されるだろう――それは自分のせいだと、その目が訴えている。
俺は笑顔で、首を振った。そんなことにはならない。ミルリルが生み出した技術を仲間殺しの道具になんて、絶対にしない。
俺は、ドワーフ娘の小さな背中を平手で叩く。バシンと小気味良い音がして、彼女はキャンと女の子っぽい悲鳴を上げて反り返った。涙目で振り返った“のじゃロリ”の頭をクシャクシャに掻き混ぜ、俺はニヤリと不敵に笑う。
「おいおいーい、辛気臭ぇ顔してんじゃねぇよ、ミルリルちゃーん?」
「……ちゃ、ちゃん?」
「お前がいったんだぞ、俺を誰だと思ってんだよ。異形で、非道の、怪物魔導師、だろ!?」
てめえでムチャ振りしたんなら最後まで乗って来いと目で訴える。ちょっと根に持ってる感じに聞こえるかもしれんが、その通りです。わたくし器小さいです。つうか、テケヒュヨシュアて誰やねん。
「そ、そうじゃな。同じく異界からの渡来者、勇者程度は倒せるのであろう?」
「バァーカじゃねえの、あんなん、ワンパンよ?」
やべえ、この子ムチャ振りをさらに被せてきた。もうやめて、これ以上ハードル上げたらそのフリ拾えないから……ッ。
俺とドワーフ娘は悪い笑顔を見合わせる。心は通じ合ってる。良くも悪くも。
エルフも“ワンパン”が通じてないけど、楽勝な感じの意味だけは拾っているようだ。
「……信じても、……良いのか」
「はッ、当ったりめぇよ! なあミル!」
「おう、当然じゃ!」
空元気も元気のうち。ハッタリも実力のうち。それが、ジャパニーズ・サラリーマンよ。
ド底辺で這いつくばって、生き延びてきた社畜の生き様、見とけや!
「そこで、ひとつ提案がある。……というより、頼みがな」
俺の言葉に、エルフは少しだけ身構える。その目に不信感はない。頼れるものなら何でも、という心境に変わりはないのだろう。彼は頷いて先を促す。
「その3万のうち、1万は俺が殺す。残り2万を殺す手段も用意する。その代わり、アンタたちにも手を貸して欲しい。約束してくれるか、最後まで、一緒に戦うと」
エルフは、一瞬だけ顔をくしゃっと歪める。そして、ようやく作り笑いではない本気の、満面の笑みを浮かべた。初めて見たエルフのガチ笑顔は、案外と子供っぽく無邪気なものだった。
「無論だとも、我らの命に代えてもな!」
ありがとうございます。次回は本日2000更新予定です。……予定です。




