22 ジャンと芳子ちゃん
シャンゼリゼ通りからジョルジュサンク通りへと皆で歩く。日本でも有名な店が軒を連ねている。20時に到着、予約時間丁度である。13人が一テーブルに着く。店が用意してくれたのか? それとも常時あるのか?
アラカルトで注文する者やコースで注文する者、各自自由にフランス語か英語でギャルソンに注文。最後のデザートだけは、注文を聞かなかった。デザートのみ再度、注文を聞きに来るシステムらしい。
店内の内装はアールデコ調で、建物の一部がパリ市から文化財の指定を受けているんだと。
ヌーベル・キュィジンだけあって、日本料理の影響を受け、味付けは淡泊になっている。ヘルシー志向にも合いますね。食事も進み、会話もアルコールで更に進む。
学生の会話をまとめてみると、好子ちゃんがジャミールと何となく出来ている雰囲気で、芳子ちゃんはジャンが何となく気になり、美智ちゃんがフローリアンにアタックする予定。鵜飼君はガエルと仲良くなりたいと。陳君はディアナと付き合いたいと。パスカルが良いと言う学生も何人かいたし、この頃になると男女で話す機会も増えて来たので、それぞれが好みのタイプを言い合って、「誰それと付き合いたい」だとか「誰と結婚したい」とか迄話している。
この食事会で誰が誰を好きで、誰が誰にアタックするのかも聞けたので、それとなく応援するとかの話しではないが、外国人に聞いてみようと思った。一応、学生の生活に関しては指導監督が含まれているので、そう思った次第です。
一人大体60ユーロ位だったと思う。コースを頼む者が少なかったからだと思うんだけど、コース料理を頼んだ者はそれ以上掛かったんだろうな。尚、アルコールは別料金です。
23時に店を出て、シャイヨー宮迄散歩。ジョルジュサンク通りを南下、セーヌ川沿いに西進、エッフェル塔の丁度真向い、正面入り口迄約1500mの夜の散歩。建造物のライトアップがあったので、迷子にならずに済んだ。中庭からの夜景は見事であった。そして人出の多い事。ラ・ニュイ・デテは眠らない。
1時、タクシーが少なくなって来たので帰る事にする。4台のタクシーを捕まえるのに結構な時間を費やした。何せ、運転手が助手席に乗せる事を嫌がるので、こちらも苦労した。前にも理由は聞いたが、それだけで、助手席に乗せないのは些か不自然である。乗車の調整をしているんじゃないか、と勘繰りたくもなる。
夜の1時過ぎ、夜の銀座通り、新宿通りと同じく渋滞の連続。30分も掛かって宿舎に着いた。30ユーロ程のタクシー代になった。就寝は2時。
16日目
講義の前に大学に定期連絡を入れる。学生の体調、生活態度などを報告する。学習練度は一寸盛って伝える。
午前の講義にアレクセイが参加しなかった。オルガに尋ねると、大丈夫との事。近未来小説“2050年、オードセーヌ県は最早応えない”を読む。マダム・アリジーがアレクセイの欠席についてオルガに尋ねたが、大丈夫と応えていた。テストがあるので心配したらしい。
昼食時、ナディータ(建築、室内コーディネート専攻大学生)からパーティーに招待された。午後は学生達の帰り便のリコンファームをしなければならないので、パリの事務所に向かう事になっている。10人分だったので、電話での確認ではなく、事務所で直接確認しろとの事だった。メンドい。
ジャンに食後、駅迄送ってくれと頼んだら、パリの事務所迄、連れて行ってくれると。ありがとう、君は俺の親友だ。お礼と言っては何だけど、昨日仕入れた情報を彼に伝えよう。決して悪い気はしないだろうし、芳子ちゃんも喜ぶだろうから。
宿舎を出て、直ぐに俺は彼に伝えた。
「ジャン、聞いてくれるか?」
「何の事だい」
「山本芳子って女の子知っているかい?」
「あゝ、知っているよ。初めは皆同じ顔に見えて、誰が誰なのか分からなかったけど、パーティー等で親しく話してからは、全員の顔と名前を覚えたよ。彼女、とても可愛い女性だね。目元が綺麗だし、やさしい人だし」
「全員の顔と名前を覚えたのか?」
「勿論、名前だけだけど。フルネイムは流石に無理だから。日本人の名前は難しいよ。発音もし辛いし」
「それは俺達も同じだよ。俺達にとって、お前達の名前の発音は普段使わない音韻もあるから、難しいね」
「それは俺も同じだ。アルの名前だって『ハ、ルオ』だろ。発音出来ないよ」
「アル、で良いさ。それより、その芳子ちゃんの事なんだけど。彼女お前と付き合いたい雰囲気なんだ」
「俺と付き合いたいのか?」
「そこ迄はっきりとは確認しなかったんだけど。一度、君から誘ってくれないか。彼女、中々話し辛そうで、シャイなんだよ」
「何だ? 気持ちがないのに失礼だろ」
「いや、違うんだ。何と言えば良いかな。好きになる前段階と思ってくれ。それをお前に伝えるのが、恥ずかしいと思っているんだ」
「良く分からないけど」
「その辺の気持ちは微妙なんだよ、日本女性は」
「良く分からないけど、一度食事に誘ってみるよ」
「ありがとう」
「そろそろシャンゼリゼ通りだぜ。何処なんだ、事務所は?」
ジャンに指摘され、辺りを探すも?
「あそこに自転車に跨った警察官がいるだろ。彼に聞いてみろ」
言われたまゝ、警察官に尋ねると持っていた地図を見て、「何処其処だ」と教えてくれた。教えてもらった事務所前で降ろしてもらい、「少し待ってくれ」と頼むと、「こゝは駐車禁止だから、先程の警察官に尋ねた処で待っているから」と言われた。
了解して車を降り、航空会社の事務所で全員の帰り便のリコンファームの確認をした。帰りの車内で、ジャンにお礼の食事を申し出たが、「男二人で、レストランで食事をする趣味はない」と断られた。それよりも、「今日の晩餐に芳子ちゃんを誘うから、自宅に帰って準備をしたい」と、逆に急かされた。
そんな訳で、宿舎にとんぼ返りとなりました。
宿舎に戻り、午後の講義に出る。先週話していた全員参加する、生徒同士で話し合う授業について、ボブとフローリアン、それに芳子ちゃんが全員に伝えていた。勿論、マダム・アリジーの了解を取って。
18時、講義が終り、ホールで全員寛いでいた処、ジャンがやって来て、芳子ちゃんを自宅の晩餐に招待すると伝えた。それを聞いた彼女、ビックリして暫し考えたのか、「一人は恥ずかしいから、理恵ちゃんと行きたい」と応えた。ジャンは即答でOKを出した。
俺の方を彼が見るので、俺は目を逸らした。話しが違う、とでも言いたげな視線を感じたから。俺の傍にやって来て、軽く肩を叩きながら、彼は引き上げた。
その後、ホール内では女の子が非常に盛り上がった。キャッキャ、キャッキャ、あゝでもない、こうでもない。何で、一人で行かないのか? 私も行きたい、着る物はあるのか? 何を土産に持って行くのか? いやあ、話しは自然と盛り上がっていきますね。色々交わされる会話から、芳子ちゃんと理恵ちゃんが席を立って出て行く。手土産を買いに行ったらしい。残された女の子は未だ喧々囂々と。俺はそれを静かに聞いている。特段非難めいた会話が聞こえた訳ではないので、一安心。
20時、芳子ちゃんと理恵ちゃんは綺麗に着飾り、手土産を持って待っている。そして迎えに来たジャンの車に乗って行った。残された俺達は食堂で夕食を頂く。
食事の話題はジャンと芳子ちゃんの事で一杯。何時に帰って来るのか、帰って来ないのか。彼は送って来るのか、来ないのか。話題は尽きない。これも彼等、彼女等の青春の一コマと言ってしまえばそれ迄だが、中々に経験出来ないイベントだな。俺も誰かゝら誘われたいと思いながらも、学生の破廉恥な行動には目を光らせないと。
一応、親御さんには知らせない迄も、帰ったら、二人に晩餐の内容を聞いてみよう。勿論、プライベートな事は除外して、聞かねば。これは決して俺、個人の興味から聞くのではなく、彼女達を管理指導する者としての責務と考えている。無事に学生を日本の親御さんの許に返す義務があるんだ、俺には。
話し忘れていた。ナディータからパーティーに招待されていたんだが、梨の礫だ。どうなっているのだろう。
夕食後は久々に、ゆっくりとした時間を過ごす事が出来た。連日2時頃に寝て、7時過ぎに起きる、を繰り返していたから、睡眠不足であったのは間違いない。今日は早く寝るかと思ったが、そうする訳にもいかず。俺の可愛い女子学生が二人、フランス人宅に招待されて、未だ帰って来ていない。彼女達が帰って来る迄ね。寝る事は出来ない。そう思って2時が過ぎた。流石に身体が持たない。申し訳ないが寝る事にする。芳子ちゃん、理恵ちゃん。明日の朝、君達の報告は聞くから、お休みなさい。ボン・ニュイ。