7話
「おーい。起きろ」
魔法で怪我を治し、アルコールを分解してやると、クリスは目を覚ました。
「うっ……ぐ。てめえ、こんな事してただで済むと思ってんのか? 俺が誰だかわかんねえようだな?」
「ハイネル家の長男だろ? そっくりそのままお返しするよ。俺の顔を忘れたか?」
「っ……お前、アレンか?」
そこで漸く気がついたらしい。
「そうだよ。お前の可愛い可愛い弟が帰ってきたぞ」
「……お前の話は聞いてるぞ? 英雄だなんだと持て囃されてるみたいだが、どうせ汚い手でも使ったんだろ? じゃなきゃお前みたいな出来損ないが、今も生きてるわけがねえ」
「おかしな事を言うな? 汚い手を使うのはいい事だろ? 人間ってのは思ってるよりも根っこは誠実だからな。汚い手ってのはよく刺さるもんだ」
「……へっ。復讐のつもりか?」
「まあそうだな。昔っからよく殴られたし蹴られた。それに、攻撃魔法の実験台にもされたろ? あれは痛かったな」
「は、そんな大昔の事を引っ張りだして、ねちっこい野郎だな。女々しいんだよクソが。いいか? お前が俺に手を出したらハイネル家が黙ってないぞ? 俺は長男なんだからよ」
「はっはっは。みんな同じ事を言うんだな? 既にハイネル家当主は足の風通りをよくしてやったし、その奥方には身体が焼かれる苦しみを味合わせてやった」
俺の言葉にクリスは目を剥いてブルブルと唇を震わせる。
「──さて、お前はどうしようかな?」
「おい! 俺を助けろ騎士ども!」
クリスの叫びに呼応してか、騎士たちが左右を取り囲む様にやってくる。
「あ、さっきのおっさんじゃないか。どうだ? 賭け事には勝てたか?」
皮肉も込めて言ってやると、騎士のおっさんは表情を歪める。
「捕らえろ!」
騎士達が接近してくる。剣は賭場に預けてあるため、俺は今丸腰だ。
「おっと。近づくな」
だから俺はクリスの口の中に手を突き入れて、騎士達を牽制する。
「んーっ!」
「それ以上近づいたら、クリスの胃が口から出るのを見せてやる。冗談じゃないぞ?」
魔法は口が塞がっていたら使えないから、いいこと尽くしだ。手にクリスの唾液がつくのは気分が悪いが。
「お前ら。剣を下げろ……」
「ですが……」
「あの目、本気だ。少しでも刺激すればクリス様が死ぬ」
騎士は一斉に剣を下げる。
「そう。それでいいんだよ。なあクリス? どう思う?」
「んん!!」
「お前を殺して、騎士達も殺して逃げてもいいんだが迷っているんだ。俺は平和主義だからさ。お前が俺の靴を舐めて許しを乞うって言うなら、正直ここで手打ちにしてもいいかなって思ってる」
「ん!」
敵意の籠った視線を向けてくるクリス。
「あ」
「んんっ!?」
むかつく目をしたから、手元が狂って舌を捩じ切ってしまった。
声にならない声をあげながら悶絶するクリスを横目に、俺は手の中にある肉を投げ捨てる。
「あーあ。もうこれで靴舐められなくなっちまったな?」
「やめ──」
騎士の静止の声を無視して、俺はクリスの顔面を蹴り付ける。何度も何度も蹴ると、次第にクリスは痙攣したまま気絶した。
「ふう。すっきりした」
「お、おやめくださいアレン様」
騎士の懇願するような目に、俺は血で汚れた足をクリスの服で拭きながら応える。
「心配しなくてもこれで終わりだ。ちゃんと元通りに修理してやるから安心しろよ」
よし、靴の汚れは取れた。
「……っ」
戦慄する様な騎士達の視線を浴びながら、俺は目も向けずに回復魔法を使う。クリスは眩い光に包まれ、静かな寝息を立て始めた。
「なあ? お前らってこれから追っ手になるのか?」
「……」
「できれば追ってきてくれよ。旅行にもスパイスは必要だろうしな。ただ、こんな街中じゃなく、誰もいない野っ原やら森で会ったら、俺は躊躇なく殺すからよ」
「……当主様に、そうお伝えいたします」
「あんたらも大変だな。まあ、また会おうぜ」
俺はひらひらと手を振りながら、賭場の中へと入る。
「終わりましたか?」
裏口から中に入ると、そこには店主が待っていた。上質な布に包まれた剣を恭しく手に持っていて、俺は思いがけず口角が上がった。
「わざわざ持ってきてくれたのか? ありがとうよ」
剣を受け取り、腰に備え付ける。
「ご遊戯されていかれますか?」
「いんや。賭け事は趣味じゃないんだ。戦争で十分やったからな。あ、グラスやらテーブルやら悪いな」
「構いません。金貨一枚でお釣りがきます」
「そりゃよかった。最後に俺の噂話とかを勝手に流してる奴らがいるみたいだけど、それとなく注意しておいてくれるか? うざったくて仕方がないんだ」
「仰せのままに」
「じゃ、俺は忙しいからもう行くよ。もう二度と会わないだろうが、いい接客だった」
手を振りながら賭場を出る俺を、店主は冷や汗を垂らしながら見ていた。
別に店主自身には何もしてないのに、納得できなかった。




