19.自然的アーティファクト
コンクール前日の休み。
光太郎は、ドラムレッスンの教室へ赴いた。
そこに居たのは、メイプル。
心を動かされる大地。
心を知らされる素流。
そして、
心を揺らされる央駆。
教室には、知らない男がいた。
「お兄さん誰?」
怪しそうにして訊ねる。
「私か?私は、」
「メイプルだ。」
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午前11時に起きた。
ちょっと遅いや。
「啓太くん。」
光太郎だ。目の下に少しクマができた?
「光太郎くん、」
「明日、頑張るね!」
その握った右手が少しだけ憎い。
「練習はどうなの」
「昨日千ちゃんが合わない箇所があるって言ってくれたおかげで希人くんが色々教えてくれてね、今までで1番綺麗な演奏ができたかも!」
そう、続けてる。
「でも今日は練習ないんだ、前日にしっかり休もうって」
「じゃあなんでこの教室に」
「ソラ兄ちゃんいるかなあって。」
「会ってどうするの」
「元気貰う」
「そう」
央駆が大地を連れてやって来た。
「ここがドラム教室だ。」
「あいつ、ここまで…」
「あ!おじさん!!」
光太郎が央駆に駆け寄る。
「おじさ…どうしたんだい、あれからどうだ?」
光太郎は過去、アイソトープの手によりイットリウムのバケモノにされたところをクラックに救われた。
「何も無いよ!ありがとう!あ、そうだ」
光太郎はポスターを広げる。
「打楽器コンクールにでるんだ!」
「おお、凄いなあ光太郎君!」
央駆が光太郎の頭を撫でると、啓太は嫉妬の目を光太郎の頭に向ける。
「で、時間は?」
「ここ!お昼かな、Walhallaってやつを演奏するんだ。」
『Walhalla』
流れる2人の会話のうち、その曲名だけが大地の頭を貫いた。大地は覚えている。
「難しかったなあ。」
境遇にそぐわぬ余りに自然な言葉の流れに央駆は驚く。
「え?」
「ああ、いや。俺も昔その曲やってさ。」
「え!お兄さんもやったんだ!」
「うん、ティンパニ。」
「わあ!千ちゃんと一緒!」
「そういえばソラ兄ちゃんもやったって言ってたなあ」
「同じ高校でね。引退直前の大会で宇宙と演奏したんだ、あいつはドラムセットだった。」
「やっぱ凄いや!今もティンパニやってるの。」
大地はその質問を受け止めてしまった。
「…今はもう、やってない。」
啓太は少しだけ顔を上げて大地を見た。
「大きい事故にあっちゃってね。」
大地は少しだけ俯いた。
「へえー、でも生きててよかった。」
「ソラ兄ちゃんは元気なの」
啓太がむすっとした表情で大地に問う。
「最近会ってないんだ。」
啓太はドラムのレッスンを辞めてしまっていた。
「宇宙はね、」
俺が撃った。
そんな事は言えない。
心臓をもぎ取り、他人に渡した。
そんな事は言えるはずがない。
「…そうだ、ちょっと虫が多いから中で話さないか」
央駆は大地に気を遣ってしまった。
扉を開けた。
そこには、央駆にとって見覚えのある背中があった。
「お兄さん誰?」
「私か?私は、」
「メイプルだ。」
大地は走る。
「メイプルさん!!!!!」
肩に触れる、足に触れる、頭に触れる。
胸に触れる。動いている。
「…生きてる。」
「ああ、生きているよ。大地くん。」
メイプルの復活に喜ぶ大地は、名前を覚えられている事も身に染みていた。
「メイプル?」
「少年たち、向こうに練習室がある。ちょっと先生が来るまであっちに行ってくれないか。」
「え、でも今日レッスンは」
「あっちに行ってくれないか。」
「…は、はい。」
ドアの閉まる音で切り出される話。
「メイプル。」
「そうだった、死んだら呼び捨てにしてくれって話だったなあ。私は先輩呼びがどうも慣れなくてね。」
「なぜ…」
「白衣の男に、心臓を移植された。」
「本当に…。」
「あの時の感謝を伝えたくて…。僕が今生きているのは、メイプルさんのお陰です。ありがとうございます!」
メイプルは、大地の首を絞めた。
「なぜ生かした。」
「え?それは、恩返しで」
強く絞める。
「この心臓…大地くんがやったのか。」
「は、はい…」
強く。
「だったら、今すぐにでも死にたいものだね。」
手を離す。
「な、なんで…僕は、頑張ったのに。」
「確かに私の死は突然のものだった。後悔だらけだ、まだまだやりたいこともあった。だが私が何の為に君のドナーになったと思っている。」
メイプルの鋭い目は、大地を突き刺した。
「…これが私の運命だったからだ。」
「私はあの時、メメントとして戦う事が出来なかった。私にはその資格が無かった。そして元素プレイヤーに…リム・ストローク博士に拒絶されて死んだ。」
リム・ストローク博士。元素プレイヤーの開発者だ。
「が、」
メイプルは語り続ける。
「認められてしまった。認められてしまったんだ。私は、認められてしまったんだ。」
急に何を言うかと思うと、メイプルはキセノンのスティックを取り出した。
「何!?まだ持っていたのか」
足音。
ドアが開くと、見覚えのある影。
「水上……」
水上 素流が不機嫌な顔でこちらを見ている。
素流はクリプトンのスティックを元素プレイヤーにセットする。
『キセノン!クリプトン!象徴化!』
『メメント・二重奏!』
溶けたカスタネットを柔らかく踏み込む。
「メメント…!テノールの言う通りだったか、なんだその姿。」
「どうなっている…?メイプルと同体になるだと」
赤青のメメントは喋る。
「認められてしまった。これは私ではない、私で有ってはならない。」
メイプルの声だ。
「くそ…!メイプルさん!!!」
大地は裏切られた気がした。
期待をしたからである。
メメントが、攻撃をした。
「うおおおおおおお!」
大地は"La"のスティックを構え、ティンパニを叩く。
『象徴化!』
『モメント・ランタノイド!!』
設置されたシリーズインジケーターが【L】を指す。
戦闘準備体制に入った途端、
「う……っ!!」
頭痛がメメントを襲う。
「君の心臓を使っているからね…、ぐはっ!」
素流は理解ができなかった。
自分が、水上宇宙の生まれ変わりである事を。
また、───────
爆音。
メメントはその身を解いた。
クラックはすぐさまキセノンとクリプトンのスティックを回収し前を向くと、水上とメイプルが倒れている。
「メイプルさん!」
よく見ると、耳から血が出ているではないか。
「その血っ、」
彼の蘇生は、そう長くは無いようだった。
央駆に次いで、大地が走る。
「メイプルさん…!!」
メイプルは央駆の膝に横たわる。
メイプルは大地に指をさす。
大地は死に直しかけのメイプルを見て、自分の費やし時間への後悔とともに侘しい気持ちになる。
「君のやっていることは間違っている。」
「生は生、死は死、人が多様な筈であれば、善悪なんてある筈がない。」
「君には必ず忘れないで欲しいことがある。」
「え、?」
「死ぬ事だ。何も誰かを害する蘇生などはあってはならない。」
「決して死ぬ事を忘れるな。」
メイプルは再び、空を駆けた。
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練習室2
慣れた沈黙を断ち切ったのは、啓太。
「頑張ってね。」
「あ、ありがとう。」
何度目かの沈黙。
「なんで」
「なんでドラムをやめたの。」
わかっていた。
「…向いてなかった。」
光太郎は啓太の口から、聞くことが分かっていた聞きたくない言葉を聞いた。
「そんな事ないよ」
「ううん、あるよ」
啓太は目をつむった。
「8ビートはドラムの基本だ。5分あれば覚わるって教えて貰った。それが出来なかったんだ、いつまでも。」
光太郎は許せなくなった。
「光太郎君は余裕だった。ソラ兄ちゃんも光太郎君を」
「何回言うんだよ」
「だって実際出来な」
「出来なかったで済ますなよ」
光太郎は目をつぶった。
「そんなだったら応援しないで。」
光太郎は啓太を突き放した。
爆音。
扉のガラス越しに水上の倒れる姿を見る。
「ソラ兄ちゃん?」
光太郎は扉を開けると、殺伐とした空気が喉を通る様を感じられた。
「あっ」
央駆が小さな影に気づいた頃には、メイプルの胴体は腐敗していた。
央駆はその人と言いきれそうにない、しかしながら確かに人であるその型を光太郎に見られないように隠蔽した。
「何でもない」
その時、自分は一体何をしているのだろうという確立された動揺が心を葬った。
「そ、そう。」
「ソラ兄ちゃん、」
素流はボロボロなまま眠っていた。
「また戦ってたんだね。」
「絶対に最高のWalhallaを届けるね。」
光太郎は教室を出た。
その音を察知した啓太は、練習室に篭っていた。
「メイプルさん」
大地は久しく声を出していなかった為か、少し声が細い。
『決して死ぬ事を忘れるな。』
それは生きている生命を守る事。
消えゆくものを消えゆくものとして愛する事。
決して念を尊厳の前に置かない事。
与えられた運命を全うする事。
その言葉をしかと受け止めた青年は、変わろうとしていた。
央駆は、何も分からなくなっていた。
【所持スティック】
〈クラック〉
謎のチューニングキー(テルビウム)、水素、炭素、酸素、ガリウム、フッ素、ネオン、リン、アルゴン、カルシウム、スカンジウム、セレン、クリプトン、イットリウム、ニオブ、モリブデン、ロジウム、アンチモン、キセノン、タンタル、タングステン、オスミウム、水銀、鉛、コペルニシウム、ホルミウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、ジスプロシウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム、アクチニウム、トリウム、ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメリシウム、キュリウム、バークリウム、カリホルニウム、アインスタイニウム、フェルミウム、メンデレビウム、ノーベリウム、ローレンシウム
〈水上 素流〉
ダイナミックタム
〈アイソトープ〉
ヨウ素 (ヨウ)
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