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せっちん!  作者: 濱野乱
空蝉編
53/97

Vent7

虫の知らせというものがある。

カヲリは漠とした不安を感じ、足を止めた。

蝋燭の火が、安全を担保するように燃え盛る。

科学的根拠のない迷信と言われれば、反論の余地もない。

迷信とはいえ、人は窮すれば信じる。そこに事実は用をなさない。アドラー曰く、物事の動機は自分が見つけるものらしい。

カヲリには、ハクアの危急が手に取るように感じられた。

自分が駆けつけたところで、足手まといになる。あのキャストは人間の手に負える代物ではない。

「……、違う」

適当な理由を見繕っていたが、あの土偶が恐ろしいのが本音だ。ハクアを見捨てて逃げたに過ぎない。

戦術でも、気遣いでもない。自分の身が可愛かっただけ。

戻らなければ。でないと、後悔する。

「いってはならぬ」

囁きが確と、こだまする。

「私だって、楯くらいにならなれるわ」

口を開いてから、自分は誰と会話したのかしらと、思った。他に話し相手はいなかったはずだ。

「にげろ。こうしゃのそとに」

今度は先ほどより間近で聞こえた。

「誰なの!」

首を必死に巡らし、叫ぶ。

「さわぐな」

よくよく聞いていれば、ごく間近で発声されている。まるで、耳元に音声を直接そそぎ込まれているようだ。

カヲリはふと、目を落とした。

右手からはらりと、何かが落ちた。帯状の薄い何かだ。

「ひっ……」

異常事態になれっことはいえ、多感な少女である。芸のない絶叫をしかけた。

指から落ちたのは、包帯ではなく、自身の皮膚だった。野菜の皮を包丁で剥くように切れ目なく床に落ちていく

このまま全身の皮を剥かれてしまうのではないかと気が気でなかったが、それは杞憂に終わってくれた。

皮が向けたのは、親指と人差し指のみ。しかも剥け終わってもカヲリの指は変化しておらず、血色もよかった。

こんもりと、皮の帯が積もった。

またキャストの能力らしいと推察される。

少し落ち着いてきたとみえ、カヲリは、皮を足先でつついてみた。

皮の山から、動態反応がある。

「じゅわっ!」

二人の幼女が勢いよくカヲリの眼前に飛び出してきた。

度肝を抜かれ、その名前を呼ぶ。

「せっちん! せっちんじゃないの」

皮から生まれた(?)のは、せっちんだった。髪をカールさせ、絣の着物を着ている子供を見間違えるはずもあろうか。二人いるのは、細胞を分割して作った分身だからであろう。残った皮は薬品で溶かしたように穴が開いて消えていった。

しかし、どうしてカヲリの指から誕生したのか疑問が残る。

「おい、おまえ、せつめいせい!」

鼻息荒く、片方がもう片方を肘でどついた。どつかれた方は伏し目がちで、所在なさそうにしている。

「わ、わらわ、せつめいにがてじゃ」

クローンでも、性格は千差万別なようだ。横柄な方を、一号、引っ込み思案を二号と、カヲリは名付けた。

「しかたないのう、では、かしこいわらわが、さるでもわかるせつめいをしてやろう」

偉そうに腕を組んで、一号がカヲリに経緯の説明を始める。この一号、根拠のない自信を滲ませるあたりどことなく雪乃に似ている。

せっちんは、ある実験を行っていた。

それは虎の能力を応用した、ある種のタイムリープ。

虎が存在と時間を奪うことは周知の通りであるが、奪う範囲を限定することは可能かという推論から端を発している。

螺々は、不可能だと答えた。虎の鳴き声を聞いたものは残らず消えたし、可能ならナノが体を光子に変換して能力を回避できただろう。 

それでも科学の徒としての、好奇心にあらがえなかったのか、螺々はせっちんに裁量を任せた。

そしてせっちんは、自身を実験台に日夜研究し、ついにその限定方法を発見した。

鳴き声というからには、聴覚を媒介しなければ発動しないかと錯覚しがちだがそうではいと判明した。

被験体として、聴力のないクローンを作成して数十回試したが、クローンはオリジナルと同じように消えた。

では一体、虎の能力の定義は何なのだろう。

能力の本質が虎の声帯ではなく、舌であると気づいたのは、せっちんが、こんにゃくを地面に落とした時だった。 

虎が無心で、こんにゃくに舌を這わせていた。なめた部分のこんにゃくは、消しゴムで消したようにいずこに消えた。

どうやら、声帯はあくまで広範囲に能力を飛ばすための、拳銃のようなもので、舌の振動が重要な弾丸の役というわけらしい。

そこで狭い範囲の時間の収奪という応用が可能になったわけだが、そこでせっちんは止まらない。

奪った時間と時間をトンネルのように結べないかと考えた。

今回のカヲリの例をあげてみよう。

カヲリの指を虎に舐めさせ、指の時間を奪う。手心を加えれば、指はなくならない。指は十七年間そこにあるから大量の時間を内包している。

さらにクローン一号、二号の時間を奪う。

二人は時の袋小路をさまよい、カヲリの指の時間に巻き込まれる。

と、抽象的な概念にたどり着いたわけだが、虎の能力はまだ謎が多い。今回はたまたまうまくいったに過ぎないのである。

「わかったような……、わからないような」

クローンせっちんたちは、あまり説明が巧くないので、話は半分も伝わらなかった。二人はカヲリの理解が足りないのに苛立ってきて喧嘩を始める始末だ。

「とにかく、せっちんが勝手をしたおかげで助かったわけね」

クローンはつかみ合いを一端止め、カヲリを見上げた。瞳はほの暗い中でも意気軒昴な光を保っている。猫の手も借りたいこの状況で、いないよりはましだと思えた。

ちなみに、カヲリの指の力が奪われていたおかげで、校門でハクアを昏倒させずにすんだ。全開であれば、ハクアの防御は確実に失敗していた。カヲリの腕力はそこまで発達していたのである。

状況の整理が済んだところで、カヲリは改めて二人を見据えた。

「ハクアを助けたいんだけど」

「むーり」

「むーり」

憎たらしい双子のように口を揃えるクローン。

「ふざけないで。怒るわよ」

「むりがとおれば、どうりがひっこむ。わらわたちのにんむは、そなたをまもることだけじゃ。あの”しょうわるめがね”が、どうなろうとしったことではない」

一号の言うことも一理ある。それでも可能性は捨てきれない。

「じゃあいいわ、私一人で行くから。あなたたちは、螺々さんと、せっちん本人を連れてきて」

二号が、カヲリのデニムを掴んだ。

「ほんとうに、あいつは、あぶないんじゃ。しんでしまう」

痛切な訴えに、覚悟も揺らぎそうになる。

「そうじゃぞ。あいつがまんいち、そとにでたら、たいへんなひがいが」

一号は自分の口を手で覆った。まばたきの回数が増える。

「それ、どういうこと?」

クローンたちは、目を見交わし、口裏を合わせようとしていたが、すぐに見抜かれる。

カヲリは胸を張って自分を大きく見せた。

「実は、私、時間を奪う能力を持ってるの」

「それは”とら”のじゃろ、おまえのじゃない。うそつくな」

「ううん。できるわ、それ!」

指をくわえて眺めていた二号の鼻先で、火花が飛び散る。

「ひゃあ! わーん」

二号は座り込んで泣きじゃくる。 

「うそじゃうそじゃ、わらわはだまされん」

威勢のいい一号だが、膝が笑ってしまっている。 

「言うこと聞かないと、あなたたちの時間をとっちゃうぞ!」

「う、うう……」

クローンたちは、弱気になり孤児のように身を寄せ合う。これは叶わないと悟り、服従を誓ったのだ。

種明かしすると、溶けて小さくなっていた蝋燭を手に隠して振ったに過ぎなかったのだが、クローンたちは知る由もない。

「”はくあ”をすくうのは、さんせいじゃが、たたかうのは、なしじゃからな」

「うんうん、お願い」

一号はやる方なさそうに、カヲリの頼みを聞いた。

二人は、バールのようなものに紐をつけて肩から提げている。それが唯一の武装らしい。

「しゅつじんじゃ!」

犬のように床を這って蝋燭を吹き消しながら、二人は闇の中に消えた。この行動の意味は後ほど明らかになる。

カヲリは懐中電灯をしっかり胸の前で握りしめ、二人を見送った。

 

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