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せっちん!  作者: 濱野乱
空蝉編
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Vent4


一九九九年十二月十七日 金曜日

保健室の怪異から二日経っても、主だったキャスト襲撃はなかった。

その代わりに気のゆるみかけたカヲリを襲ったのは、全く別の脅威だった。 

「俺と付き合ってください!」

カヲリに向かって真摯に頭を下げたのは、まだ初々しい感じの一年生男子だった。朝、廊下で呼び止められたものの、初対面で彼の名前すら知らない。

「ごめんなさい。気持ちは嬉しいけど……、ほら、まだお互いのことも」

「失礼しました!」

カヲリの返事をろくろく聞かず、少年は走り去った。

告白を受けるのはもちろん喜ばしいが、頻度が密集すれば、感動も薄まる。

この二日間で、三件目だった。

「私……、モテ期かも」

気分よく教室に入り、席につく。

「カヲリ、また告られたらしいね」

陽菜が、面白半分にはやしたてる。

「天狗になんかなってないからね! たまたまよ、きっと」

「そうかな? 翔君と付き合って自信がついたんじゃない。それがにじみ出てるんだよ、ダシみたいに」

陽菜に称揚されて、増長するなというのが無理な話だ。ここ数日の清涼剤には丁度良い。

カヲリの椅子の下には、今日もせっちんが潜んでいたが、不審な動きを見せた。

ガムテープの切れ端を陽菜のすねに貼り、素早くはがしたのだ。

「いっっ!?」

陽菜は飛び上がって驚いた。

「なにー? 痛いなぁ……、静電気かなあ」

少し赤くなったすねをさすり、陽菜は不思議そうにつぶやく。 

カヲリは教室を影のように通り抜けるせっちんの背中を目で追うのに、必死である。イタズラにしては不可解だった。

幸彦が騒ぎに気づいて何があったか訊ねると、陽菜に足を調べるように迫られ、赤面した。

 

  (2~)


丸岡高校の屋上のフェンスに寄りかかり、螺々は目を細めている。

「あー、煙草吸いたい」

口にくわえていた棒付きのキャンディを吐き捨てた。たちまち蟻がむらがる。

「頃合いだと思ってね、待ってたよ」

視線の先に、せっちんが強ばった表情で立ち尽くしていた。手に持ったガムテープの切れ端を、螺々に突きつける。

「重畳♪」

螺々は、感慨深そうに一瞥すると、ガムテープをくしゃくしゃに丸めて飲み込んだ。

目玉を飛び出さんばかりに見開き、青黒い顔色になりつつも、喉を鳴らし、嚥下に成功した。

「まじい。君、飲み込んだことあるかい? ガムテープを」

「あるわけなかろう」

せっちんの手元に、二つ折りの黒いカードが放られた。

「こき使ってすまないね。これをカヲリの机に入れておいてくれないか。くれぐれもバレるなよ」

「なんじゃ、これは」

「招待状、さ」

螺々は厚い唇をなめた。

「少し試してみたい。これで支配者がどう動くかな」

放課後、掃除当番だったカヲリは、同じ班の女子と、アイドルの話で盛り上がっていた。四角いところは丸くはかず、お喋りに半ば夢中になっている。

机を戻そうと持ち上げた際、うっかり中身をぶちまける。自分のもので幸いだった。他人だったら、気が気でない。

「大丈夫? ムシューダさん」

「あちゃー、まあでも大したものは……」

教科書とノートの間に、見覚えのない黒いカードが挟まっている。周りに気づかれないように机の奥に押し込んだ。

掃除を終え廊下で一人になると、鞄からさっそく件のカードを出して検分する。恐らくラブレターの類であろう。頬をゆるませて、二つ折りを開いたが、先入観は悉く裏切られた。

カードの中身の文字は筆跡を悟られまいとしたのか、新聞や、雑誌の切り抜きが不揃いに貼られている。

 

 招待状 

 カヲリ=ムシューダ様

 明晩午前二時 旧校舎大鏡前でお待ちしております。

 一人でこられたし。

 支配者


カヲリは素早くカードを閉じ、廊下の壁に背をぴったりつけた。

校内に支配者がいることは承知していたが、こんなにも早く接触をはかってくるとは予想していなかった。どうするべきか。会ってみたい気はする。彼女(?)がどんな思考を持ち、どんな人間なのか。話し合いの機会が得られたのは、好機だ。同時に多大な危険も伴う。敵の懐に飛び込むことになるからだ。だが、意外と迷いは少ない。会わなくてはいけない。決断は早かった。

「それにしても、旧校舎ってどこにあるのかしら」

考えあぐねていると、背後から両肩を鷲掴みにされた。腰が抜けそうになる。

「カヲリン、どったの?」 

マイがきさくに笑いかけてくる。隣にはアイコもいた。

「あ、さては恋文ですなー、うらやましーよ」

「い、いや……、はは」

カードを懐にじっと抱え込む。二人を巻き込むわけにはいかない。

「ねえ、カヲリン、旧校舎がどうかしたの?」

「えっと」

悪気のないマイに訊ねられ、言葉に詰まる。独り言を聞かれていたのだろう。

「あれー、この学校に旧い校舎なんてあったっけ、アイコちゃん」

「あたし、聞いたことあるかも」

アイコが請け合う。いけないと思いつつカヲリは身を乗り出していた。

「本当?」

「うろ覚えなんだけどね、今の校舎を建てる時、一部に旧い校舎を流用したって話を聞いたことがあるよ。ほら、あそこ」

窓辺に広がる向かいの校舎を、アイコは指さした。

そこは東北。鬼門に位置していた。

 

 (3~)

 

カヲリは、日が沈むまで虎の檻の前でしゃがみこんでいた。

それより以前に、アイコたちに別れを告げてから、教えてもらった校舎を一人で下見に訪れていた。

丸岡高校一号館とされていたそこは、校門から最も遠くに位置しており、火の消えたように静かである。三階立ての建物に年数の経過はあまり感じられない。

一階正面玄関近くに高校の事務室、校長室があった。事務室で旧校舎のことを訊ねると、確かに旧い校舎の間取りを踏襲していると教えてもらえた。

二階に上がる。二階のほとんどが空き教室で長いこと使われていない様子だった。三階は郷土資料室、難関校を目指す特進クラスなど、総括すれば、人の出入りはあまり多くない。

指定された大鏡は、二階と三階の途中にあった。正確には鏡は取り外され、木枠だけが残されていた。数年前、生徒が割ってしまったらしい。学校の卒業生で、有名芸術家が枠を制作したそうで、そのままの状態で保存されている。

数時間後、ここに支配者が現れる。

カヲリは緊張から腹痛を催し、木枠に手をついた。桐の枠には、蔓草が彫られていて巧みな意匠が目を引いている。 

「君、どうかしましたか」

背後から、若い男性教師が階段を上がってきた。確か、伊藤という名前だった。木枠から手を離す。

「すみません、ちょっと体調が」

「それはいけない」

伊藤はカヲリの前髪を払い、不躾に手を置いた。

厄介な相手に捕まってしまった。

カヲリはこの男が苦手である。観察していると女子とのスキンシップが多いし、なれなれしい。伊達男なのは認めるが、気取った仕草が鼻につく。

「あの、先生。もう平気ですから」

ほほえみかけながら、髪を撫でられた。鳥肌が立った。早く逃げたい。

「君、こんなところで何をしているんですか? 確か普通科の子ですよね」

詰問ではなく、ちょっとした興味から訊いたようだった。

「えええっと、進路のことで事務に」

「そうでしたか。大切な時期ですから、悔いは残さないようにね」

「は、はい」

話してみれば思ったより、好印象を受けた。偏見で目が曇っていたのは事実だったため、少し反省する。

「先生こそ、こんなところで何を?」

「僕は画材を取りに来ました。物置代わりに使わせてもらっているものですから」

陽菜に絵を教授しているのもこの男だ。それに関連して、妙なことを思い出した。

「先生、この間の夜、ファーストフード店に陽菜と……」

伊藤はとぼけるように口笛を吹いた。

「あれですよね、陽菜が一人で夜遊んでたから迎えに行ったとかですよね。先生が、生徒と外で会う理由なんてそれくらいですもんね」

カヲリは冷や汗をかきながら、まるで自分を弁護するように喋り続けていた。

「もし、僕と西野さんが、君の考えているような不適切な関係だったら、どうしますか?」

伊藤は冷たく澄んだ目で、カヲリを射る。

カヲリは怯んで一歩下がり、階段を踏み外しそうになった。

「え? え? 嘘……ですよね」

伊藤は声を押し殺すように笑っていた。

「冗談です。ですが、光栄ですね、彼女と恋仲を疑われるとは」 

「や、やだー、先生ったら」

カヲリは伊藤の引き締まった二の腕を叩いた。それくらいでは嫌忌は拭えない。むしろ以前より強まってしまった。

「僕なんかではもったいない。彼女は、天使ですよ」

やっぱ苦手だわ、この人。

カヲリは適当な口実を作って、その場を逃亡した。

それから、虎のいる空き地にやってきて、猫じゃらしを無意味に振っていた。虎はとっくに興味を失い、檻にうずくまっている。

校舎からの明かりが弱くなると、風の息吹が肌を凪ぐのを堪能した。

草が倒される音に、耳をそばだてる。

「こんなとこに居たですか」

煙たそうに言いながら、ハクアはスカートについた草を払う。

カヲリは、振り向きざまにとっておきの笑顔を作る。贈答品のようなよそゆきの顔だ。

「帰ろうか。お腹空いたね」

「全く、お前は色気も食い気も一人前ですぅ」

 言葉がなくとも、通じ合う何かがあった。

 自宅で母と、ハクア、せっちんと、卓を囲む。母に二人の姿は映らないが、大勢で食事をすると、時間を忘れられた。 

銭湯に行き、ハクアに体を茶化される。せっちんたちも湯に浸かってふやけていた。

宿題を消化し、就寝時間を守って床につく。

 

 午前零時四十八分

 カヲリは物音を立てないように、ベッドから下り、隠して置いた着替えに袖を通した。ニット帽、黒のウインドブレーカーとデニム、眼鏡は忘れない。リュックには、懐中電灯と、果物ナイフ。

眠っている母の枕元で、深く頭を下げた。

「十七年間、お世話になりました」

後ろ手でドアを閉め、奈落のような静けさの戸外に躍り出る。

「さよなら、私を取り巻く全てのもの」

終電は過ぎている。早めに出たのはそのためだ。

ジョギングするように一定の速度を守り、夜の街を駆ける。

雪乃と遊んだ公園も、せっちんたちと行った銭湯も、目に焼き付けた。悔いはない。

建設途中だったマンションが完成間近だ。ハクアと初めて出会ったのもこの場所だった。

駅を過ぎると、ペースを急激に上げる。顔に光るのは、汗だけではなかった。

一時間もせずに丸岡高校の校門前に、たどり着く。

当然のことながら、門は閉じられている。飛び越えるのはわけない。助走の準備に入ろうとした時、植え込みからの気配を察知する。

カヲリが視線を据え置くと、相手は一人、暗がりから、おもむろに身をさらす。

「そんなに急いでどこに行くです? カヲリ=ムシューダ」

渋い顔で腕組みするハクアが、門前に立ちふさがる。

カヲリは拳を固め、気持ちを奮い立たせた。 

 

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