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せっちん!  作者: 濱野乱
空蝉編
49/97

Vent3

「よんだか?」

カヲリは、舌足らずな声のする方向をしきりに探った。

虎が首をもたげていたので、まずそちらに目をやる。

廊下の白い天井に、絣の着物の少女がいた。ゆる巻き髪を垂らしているものの、彼女の背中、両手両足は隙間なく天井に張り付いていた。

「せっちん!」

カヲリは思わず指弾するような大声を上げていた。

「むやみに、わらわの”な”をよんではならぬ」

「あ、ごめん」

目をこすり、己の天地を確かめるため、立ち上がった。

せっちんは、何故天井に張り付いているのだろう。突然のことで驚きを隠せない。

「ふえを、ふいたであろう。かをり」

意識が朦朧としていたが、一応非常事態は伝わったらしかった。拙速に過ぎたのだが。

「たすけにきたぞ、”みな”でな」

引っかかりのある言い方をしたと思うと、空き教室のドアが開いた。中から出てきたのは、

「せっちん!」

せっちんとうり二つというか、そのまませっちんの容姿をした少女が、一人、だけではなく、

「せっちんが、一匹、二匹、三匹……、あらあれ?」

カヲリはパニックに陥る。まるで悪夢だ。

「でんちゅうでござる!」

廊下は、大量のせっちんに埋め尽くされた。波状攻撃のように向かって来られると、カヲリと虎は廊下の端まで追いこまれ、身動きが取れなくなった。

「なんなのよお!」

たまらず悲鳴を上げる。

天井にいたせっちんは、大願成就にほくそ笑む。

「これぞ、せっちん”あこうぎし”」

辺りのせっちんたちは、黒い羽織りにおもちゃの兜を被っている。目の前の兜に、きちえもんという名前が書かれていた。

「忠臣蔵か……」

カヲリはもみくちゃにされながら、うなだれる。この群衆せっちんは、四十七人いるようだ。数えるのが馬鹿馬鹿しい。

せっちんには、イタズラ好きな一面があるようだ。今は邪魔になるだけだった。

「ふざけてないでよ! 私、大変だったんだから」

「ふむ」

せっちんは廊下に降り立った。地につく前に、赤穂せっちんは一人残らず消えていた。

「まあ、あるきながら、はなそうではないか」

「いいけど」

カヲリは内心で焦る。螺々もそうだったが、せっぱ詰まった時に限って、彼らの動きは鈍いのだ。

「何から話そうかな。とりあえず、襲われた。死にかけた」

「そうか、なんぎであったな。わらわの、たすけがまにあわなかったのは、つうこんのきわみじゃ」

したり顔に腹が立ったので、せっちんの頬をつねり上げた。

「いひゃい」 

「私はもっと怖い目にあったの。それに灰村先輩もね」

せっちんの柔い頬は軽くねじっただけで、まだらに赤くなった。カヲリはばつが悪くなり、足を早めた。

「それから、大変なことがわかったの」

「ほう。きかせてもらおう」

口ごもりそうになりながら、せっちんに訴える。

「支配者は、この学校の中にいる」

せっちんの表情は変わらない。穏やかに、聞く姿勢を崩さない。

「それも女子生徒の中に。ニーナがそいつの制服を着てるって言ったの。嘘かもしれないけど、そんな意味ある? あいつは結構正直者だわ。すぐに手を打たないとヤバい」

「てをうつとは?」

カヲリは足を止めた。

「支配者を捕まえる」

「とらえてどうする?」

「そんなの、知らないわ。でも、無差別に人を襲うなんて、放っておいたら、また犠牲が出るかもしれないし」

カヲリは支配者を遠い存在だと考えていた。しかし、今は違う。こんなにも身近に、しかも自分と年の変わらぬ少女が凶行を下知しているとすれば放置はできない。

「さんどうはできぬ」

「どうして? 女子生徒だけならかなり数が絞られる。片っ端から当たれば……」

その時カヲリはせっちんが、まるで驚いた様子を見せないことに気づいた。

「もしかして、知ってたの? 支配者が、この学校の生徒だって」

「……」

せっちんだけでなく、螺々や、ハクアも、カヲリに内緒にしていたのだ。疎外感に襲われるのは何度目だろう。

「すまぬ。そなたをまきこみたくなかったのでな。できれば、たたかってほしくないとおもうておる」

「今更遅いわ! 私は、足手まといになるつもりはない。それに何にもしないでいるのが、怖いのよ」

カヲリは目を伏せた。

「平気で人を傷つける奴が、目の前で笑ってるかもしれないと思うと、いてもたってもいられない。お願いだから協力させて」

懇願に、せっちんは是非を決めなかった。 尚更歯がゆい思いをした。

有事の際の備えとして、虎を教室の外に待機させる。女子生徒に目移りしているが、躾のかいあってか、飛びかかることはない。

「せっちん、おいで。お昼にしないと」

「う、うむ」

せっちんは、教室の前で二の足を踏んでいる。餌をちらつかせると、ロッカーと壁の僅かな隙間に居を定めた。

カヲリが教室に入る際、陽菜と目が合った。

「カヲリー! どこ行ってたの? 私、寂しかった」

甘えるように胸にすり寄る陽菜の姿に、苦笑する。

「保健室にいたのよ。でも大した怪我じゃなかったから平気」

「カレー食べたちゃったと。おいしく頂きました」

「うわ!? 忘れてた」

調理実習の最中に抜け出していたのを失念していた。もう一時に近い。空腹を如何にしのげば良いのであろう。

「カレーないけど、サンドイッチあるよー、カヲリ」

「え、何で」

陽菜は照れたようにそっぽを向いた。

「腹減ってると思って。ほら、あんたって腹の音うるさいじゃん。ヘリコプターみたいだよ。もはや公害レベルね」

「ひどーい!」

サンドイッチを受け取り、涙ながらに席で食べた。

せっちんが物欲しそうに指をくわえていたが、こればっかりは、譲ることができない。

そのうちに、幸彦が現れた。当然、席につこうとするが、その際、せっちんに異変が起きた。

巣穴に逃げ込む野ウサギのように、カヲリの席の下に逃げ込んでしまったのだ。

「え? どうしたの?」

カヲリは席の下に向かって訊ねた。

「別になんでもないけど」

幸彦が事務的に応える。

「寺田君に訊いてないよ! あっち行ってて」

「ひどいなあ。聞かれたから答えたのに。どこへ行けっていうんだよ」

小声で文句を言いつつ、隣の席についた。

カヲリは、せっちんの奇行を詮索しようとしてやめた。人の目があったし、訊いて欲しくなさそうだったから。

 

 (2~)


「結論から言って、シロですね」

放課後、中庭に集まった面々を前に、ハクアは断言した。

「何が?」

螺々、せっちんはさもありなんと頷くに過ぎなかったが、カヲリだけはくちばしを入れた。

「灰村香澄のことですよ。あいつは、ゲストではありません」

「どうして先輩を疑うのよ。どのキャストが関わったか調べればいいじゃない」

ハクアは小馬鹿にするように、鼻をならした。

「現場にいた人間を疑うのは、セオリーですぅ。あいつがお前を攻撃した可能性をまず疑ってかからなければなりません」

「そんな、身近な人間を疑うなんて……」

カヲリは絶句した。しかし、支配者を探すということは同じ意味を持つのだ。

「やめたくなりましたか?」

全員の視線が重く突き刺さる。カヲリは首を振った。

「では話を続けましょう。螺々の報告によれば、灰村と支配者に接触の気配はありません」

「全校生徒だけではなく、教師も調べたんだぜ。我々の他、支配者の存在を知るものはいない」

螺々の暗躍はようやく報われたようだ。だが、今回の事件の根元にはまだたどり着いていない。

カヲリを襲ったのは何者か。

「ゲストとキャストの暫定的な相関図を作るです」

ハクアは紙を広げて、ペンでキャストとゲストの名前を分けて書いた。


 支配者  ナノ(色欲) ニーナ(怠惰)

 

 螺々   ハクア(嫉妬)


 雪乃   せっちん(傲慢)


 カヲリ  虎(暴食)


 空位    強欲


 ?     憤怒


「でも、これってどう転んでもゲストは六人しかいないわよ。いいの?」

「細かいことはいいだろ、今は」

螺々が強引に、話を変える。

「私や、せっちん、ハクアのように多少の路線変更は許されるらしい。だからこそ支配者に付け入る隙があるのだ」

「杓子定規じゃねえところは嫌いじゃねえですが、これはちっと厄介ですぅ」

ハクアは顔をしかめた。

「どういうこと?」

「学内に残りのゲストがいないとなると、手がかりが全く掴めません」

空位と思われる強欲が、容疑者最有力だが、それもすぐ却下された。螺々は過去、強欲のキャストを所持していたのでその能力を知っている。今回の現象に関係はなさそうだった。

「本当に襲われたですか? カヲリ」

疑いのまなざしに、不当を訴える。

「間違いないわ。死にかけたのよ。本当、寒くって」

まるでカヲリが嘘をついているような雰囲気に、話がまとまりそうだった。

「”げすと”じしんが、しらぬのかもしれぬな」

助け船を出したのは、螺々の背中で眠っていた、せっちんだった。おんぶひもをつけて赤子と変わらない。

「そういや、雪乃とかいうガキも知らないうちに、ゲストになってましたね。無意識の脅威ですか」

ゲストがキャストの存在を知らないという事態もありうる。カヲリも、いつ虎が生まれたのか知らないのだ。

個人が臨機応変に対応するという結論に落ち着いた。つまり、現状維持だ。

「ねえ、どうして支配者をすぐ狙わないの?」

帰り道でカヲリが訊ねると、ハクアはうんざりしたように首を振った。

「感心しませんねえ、カヲリ。お前がそんなこと考える必要ないでしょう」

「あるわ、こっちにも」

「警護に不安があるようでしたら、吾輩も気を配ります。だから……」

「貴女たちが心配だからよ」

カヲリはハクアの目線に合わせる。思えば、彼女らと同じ目線になったことは滅多にない。それが苦しい。

「今回怖かったのは、私の命が危険に晒されたからだけじゃない。私の知り合いが、友達が、そして貴女たちキャストが、いなくなるんじゃないかって、不安になったから。それ、おかしいかな、もう私たち、仲間っていうか……」

カヲリは声を詰まらせた。最初は、ハクアに命を狙われた。それでも今は彼女を失うのが怖い。今、伝えなくてはならないような気がした。

ハクアは帽子を目深に被り、歩きだしていた。

電柱の側に、せっちんが、懐手をして立っている。

「そなたの"たいぎ"わすれたか」

ハクアは足を止めた。口の端を曲げる。

「はあ? 吾輩は目的のためなら手段を選ばぬ女狐ですぅ。昔も、これからも」

「ならばよい」

キャストは本来存在してはならぬもの。彼らは支配者と共に、闇に葬られるべきだと考え始めている。

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