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せっちん!  作者: 濱野乱
空蝉編
35/97

cold play(後編)


わたしは瞬間湯沸かし器 貴女のために祈ります


氷土のように生気なく 玲瓏たる鉄の処女


人を呪わば穴二つ 仏も頂けば面汚し


愛折り 呪を織り 貴女のために参ります


 


cold play(後編)


「カヲリ! そのガキから離れるですっ!」

ハクアの怒気をはらんだ鋭い声に、カヲリはたじろいだ。

夜道に三人の他、人気はない。ハクアがいかに騒ごうが近隣に迷惑はかからないが、彼女の常軌を逸したさまは、カヲリの心を乱すのに十分過ぎた。

カヲリと手をつないでいた雪乃が、ふいに吹き出した。

「おい、外人、何ビビってるんだ? あ、さては、夜道を歩くのが怖いんだろ、しゃーねぇのう、私が手を・・・・・・・」

「何勝手に口を開いているんです」

ハクアは黒い拳銃、ベレッタの銃口を、雪乃の額に向けた。

「いいかげんにしなさい、ハクア! 冗談じゃすまされないわよ」

息を飲む雪乃を背に隠し、カヲリが叫ぶ。

それくらいで怯むハクアではない。粛粛と命令してくる。

「カヲリ、こっちに来るです」

「そうしたらこの子を撃つんでしょ。どうしてこんなことするの、さっきは打ち解けてたじゃない」

「そいつがただのガキじゃないからです」

重そうな銃を両手で構えながら、ハクアはカヲリたちににじり近寄ってくる。

来るなら来いと、カヲリは両手を広げて進路を阻もうとするが、戦い慣れたハクアが取った行動は予想外だった。

銃を、カヲリの顔面に向かって投げつけてきたのだ。意表をつかれ手の甲で防御したが、ハクアはその隙に背後に回り込む。

雪乃をたい落としで地面に沈めると、サバイバルナイフを首筋に突きつけた。

「や、やだっ! 何だよ、何で、こんなこと・・・・・・、ぐっ・・・・・・いた、いたい」

涙声で雪乃が苦痛を訴えるが、ハクアは斟酌せず結束バンドで、両手を拘束した。眼鏡の奥の表情は読めない。

「雪乃ちゃんから離れなさい!」

カヲリは銃を拾い、ハクアに狙いをつけた。重さは見た目ほどではなかった。モデルガンのようだが、違法な改造はしていると思われる。

「カヲリ。このガキ、おかしいと思いませんか?」

「おかしいのは、ハクアでしょう? 離れて、出ないと・・・・・・」

カヲリの手は震え、まともに狙いをつけられていない。

ハクアの疲れたような吐息が、カヲリの思慮のなさをなじるように聞かれた。

「どうしてこのガキは、吾輩の姿が視えているんです?」

ようやくカヲリは、ハクアの切迫した様子がが理解できた。

キャストはゲストにしか視えない。雪乃がハクアと普通に会話できるはずがなかった。

「この雪乃ってガキは、初めから吾輩の姿が視えていました。つまり、ゲストか、キャストってことです。それに」

ハクアは、雪乃の背中を靴裏で踏みにじった。雪乃が弱々しく呻く。

「アパートに入った途端、せっちんが消えました。気配を探りましたが、どこにもいません。こいつが何らかの方法で、危害を加えたと考えるのが自然でしょう」

普段から、気配が薄いせっちんがいなくなっていたことに、カヲリは今になってようやく気づいた。考えれば、不自然な状況に置かれているようだ。

「でも、雪乃ちゃんは普通の子供だわ。敵は別にいるんじゃないの」

「それをこれから調べるです。おい、ガキ」

不吉な刃を首筋に当てられ、雪乃は恐慌を起こし、しゃくりあげる。目からは涙の粒がとめどなく溢れた。

「お前はキャストですか? それともゲストですか? 十数えるうちに答えなさい」

「し、知らねぇって、何だ、キャストって」

「十、九・・・・・・」

ナイフを振りあげる真似をすると、雪乃は目をつむり、歯を食いしばって耐えている。

カヲリは飛び出そうとタイミングを計るが、今のハクアは、どんな荒っぽい行動も辞さないだろう。まるで初めて会ったあの夜のようだ。

「答えないなら構わないですぅ。体に聞きますから・・・・・・、八、七」

無慈悲なカウントと共に、刃が食い込みを見せる。

「おい、嘘だろ、やめろ、やめて、おっぱ・・・・・・、カヲリ、助けて!」

雪乃の助けを呼ぶ声に、カヲリの体は弾かれたように動いた。普段の鈍重な彼女からは想像もつかないような風のような身のこなしで間合いに入る。

距離を魔法のように詰められたハクアは、雪乃から突発的に離れ、十メートル離れたアスファルトに着地した。こめかみに一筋の汗が伝う。

「ちっ・・・・・・、油断ならない女ですぅ。何故邪魔をするですか?」

堰を切ったように泣きじゃくる雪乃を懐で慰めながら、カヲリはハクアをにらみすえた。

「貴女が雪乃ちゃんを傷つけようとしたから。理由はそれだけで十分だわ」

重苦しく張りつめた空気が、場を覆う。

カヲリは動けない。雪乃を抱えているし、ハクアは常人以上の身体能力を持ち、凶器まで持参している。つい五分ほど前には、こんな修羅場になるとは思わなかった。寝食を共にし、ハクアに気を許しすぎていた。

「最後通牒です。そいつから離れるです、カヲリ」

「どうかしているわ、絶対に嫌よ」

カヲリは一歩も引かない。彼女は誰かを守ろうとする時に最も強い力を発揮できるのだ。

ハクアもそれを感じ取り、迂闊に踏み込んだりはしなかった。

互いの手を読み合う膠着は、唐突に終わりを迎えた。

不気味な白い靄が、三人を取り囲むように噴出する。靄は、まるで地の底から沸き上がるように縦横無尽にみるみる拡散した。

「な、何これ!?」

「ぼーっとしてんじゃねえですっ!」

ハクアが動揺するカヲリの手を掴み、後方に飛び上がった。カヲリは雪乃を離さないように必死だった。

ハクアが着地と同時にカヲリの手を離したため、雪乃と共に、アスファルトに無様に転がる。

靄の範囲外、二十メートル離れた場所に三人は着地した。

「ようやく本命のおでましですか」

興奮を抑えきれない体で、ハクアが口を開いた。

収束した靄の中心に、黒い影が見え隠れする。大きさは人間とは思えないほど小さいが、何か物体があることだけは確かである。 

「まさか・・・・・・、敵」

「ほら、吾輩の言った通りじゃありませんか。そのガキはゲストだったんです」

雪乃はぐったりと俯いて、我を失っている。関係があるとは思えない。

「戦うなら、雪乃ちゃんじゃなくて、あの靄の中にいる奴にして」

「言われるまでもねーです。カヲリ、そのガキを見張っておいてください」

ハクアが靄の中心に慎重に近づいていく。

雪乃が目を開け、唇をわずかに動かす。カヲリは耳を近づけた。

「ど、土偶だ・・・・・・」

「えっ?」

「靄の中に土偶がいたんだ。あの外人が壊したから、怒ってるのかもしれない」

雪乃の言葉をハクアに伝える前に、嘘のように靄が晴れる。

靄の晴れた道路の中心に、土偶が確かに屹立していた。

さきほどアパートで見かけたものとは、比べものにならない大きさだ。高さ約一メートル、幅五十センチほど。地面から数センチほど宙に浮いている。怪異であることは疑いようがない。

「ふうん、お前が”憤怒”ですか?」

土偶の巨大な頭部が、人語を発することはなかった。

ハクアもコミュニュケーションができると期待していなかったようで、無遠慮に側まで歩いていく。

「初めまして、吾輩は”嫉妬”のハクア。別に喋る必要はありません。どうせ、お前が壊れる予定に変わりはないのですから!」

小走りで助走をしながら、ハクアはピンを外し、小型の手榴弾を投擲した。土偶の足下で炸裂。

二拍置いて、地に一瞬にして華炎が咲く。爆炎がはぜ、轟音が響きわたる。カヲリは雪乃の頭を抱え、地面に伏せた。

手榴弾による白煙が晴れると、土偶は何事もなかったようにたたずんでいる。元の位置から微動だにしていない。

「無傷ですか・・・・・・」

ハクアは、土偶から十メートルの位置で立ち止まり、無念そうにつぶやく。

どんな能力を持っているか不明のため、これ以上迂闊に近寄れない。

「おい、ガキ! あの土偶がどんな能力を持ってるか教えるです!」

目線を前に据えたまま、ハクアは後方の雪乃に訊ねた。

「し、しらねーよ、そんな化け物。私はなんにも知らないからな!」

雪乃は気丈に振る舞っている。疑いはまだ晴れていないため、ハクアの警戒は解けない。

この土偶に物理攻撃が効かないのだとしたら、違う手を考えるべきだろう。

せっちんが警戒していた以上、やっかいな能力を持っていることは間違いない。一人で戦うには不安が残る。

「って・・・・・・、別にせっちんがいないから戦えないわけじゃねえです」

頭を振り、弱気を払う。能力には能力で対するに限る。

ハクアの右手には、分厚い辞典のような書物が握られていた。

罪業の書、彼女の伝家の宝刀だ。

能力を使おうとして、ふと思いとどまる。カヲリや、雪乃に切り札を見せることになるのはいかがなものか。カヲリは利害が一致する間だけの刹那的な関係だし、雪乃は依然、敵かもしれない。

だが、この土偶は言いしれない威圧感を醸し出していた。能力を使わなければ命が危ういという直感がある。アパートで無意識に土偶を壊したが、どこかで未知のものに対する恐れが顕れていたのかもしれない。

短い逡巡に、土偶はつけ込んできた。こぎざみに振動し始めると、糸のような亀裂が土偶の全体に走り、蜘蛛の巣状に広がる。薬缶が沸騰するような音を立てて、亀裂から白い煙が漏れだした。

「・・・・・・、こういう手合いにろくな奴はいねえです」

生唾を飲み込み、苦い体験を反芻する。

迷わず背を向け、脱兎の勢いでカヲリたちのいる方向に駆けだした。

「カヲリ! 死にたくなかったら逃げるです」

「えっ!」

カヲリはとっさの判断が身に付いていない。雪乃と共に地面にへたりこんでいる。

土偶の体から沸き出た煙が、ハクアの背に追いすがってきた。まるで意志を持つかのように、魔手を着々と伸ばしてくる。

カヲリは何とか腰を上げ、逃げる算段がついたようだったが、雪乃は疲弊しているのか動かない。

走り込んできたハクアは舌打ちし、ジャケットを脱いで雪乃の頭に被せると、煙から庇うように抱きついた。 

カヲリは辛くも逃げ延びたものの、雪乃を置いてきてしまったことに気づき、愕然とする。

「ゆ、雪乃ちゃん・・・・・・、ハクア」

二人の安否は不明だった。白い煙のような靄は一分ほど経って、空気と同化したように見えなくなった。

道路に二人の小さな姿を認めるが、ハクアはうつ伏せで地に伏し、雪乃がそれを介抱しようとしている。

「カヲリ! 来てくれ! 外人が動かない」

雪乃は結束バンドで縛られ、手が動かせないのだ。それでも声を聞く限り、負傷はなさそうだ。

カヲリは吹っ飛んでいって、ハクアを抱き起こした。

「あ、熱いです・・・・・・」

ハクアは茹で蛸のような赤い顔でうわごとをつぶやいたが、何とか意識を取り戻し、立つことができるまでに回復した。

「あー、生きた心地がしなかったですぅ」

ハクアは曇った眼鏡を拭いて、飛んでしまった帽子を生け垣から見つけだしてきた。

「だ、大丈夫なの? 一体何が」

「多分あの煙は、水蒸気じゃろ」

雪乃が湿ったアスファルトをつま先でつつき、答えた。

「すげー熱風が来たんだ。サウナみてえな奴。外人が守ってくれなかったら、火傷してたかもしんない」

ハクアは雪乃の結束バンドを外した。疑いは晴れたらしい。雪乃がゲストなら彼女を巻き込むような攻撃をするはずがないからだ。

「どんな危険なキャストかと思えば、水蒸気を噴出するだけのザコじゃねえですか」

攻撃を加えてきた土偶はというと、粉々の土くれとなって横たわっている。ハクアの言うとおり、肩すかしの敵だった。

念のため、ハクアはリトマス試験紙で地面を調べたが、中性であることが判明した。戦いは終わったのだ。

「ま、天才の吾輩に土をつけることは叶いませんでしたね。宣言通り壊してやったです」

ハクアはVサインで勝利宣言をするが、カヲリに力強い平手打ちを食らう。勝利の余韻が一気に奪われた。

「雪乃ちゃんに謝りなさい、ハクア」

カヲリは低い声で反省を促した。

「はあ? 何で吾輩が謝るですぅ?」

頬に人差し指を当て、猫なで声でとぼける。

「さっきのやり方は見過ごせないわ。今度やったら、貴女を許せないかもしれない」

素人が。ハクアは内心で毒づいた。雪乃が敵だったら、今頃こうして生きていられるかも怪しいのだ。感謝されるならともかく謝罪を要求される筋合いはない。

「貴女はさっきの奴や、ニーナとは違うはずよね? もうあんなことはしないって約束して」

カヲリは不安に駆られたように、顔をひしゃげさせる。

ハクアは嘲笑を堪えきれず、口元を押さえた。

「臍で茶が湧かせそうですぅ。お前、何か勘違いしてませんか? そんな約束、なんの効力もありませんよ。敵のゲストだって、人間なんですから」

カヲリは落胆を隠せなかった。ハクアも本質的には、人とは異なる種なのだろうか。わかりあえるのは幻想なのかもしれない。

「おい、お前ら、いいかげんにしろ」

勇ましく割って入ったのは、雪乃だった。

「私はもうそんなに気にしてないぞ。さっきは助けられたしな。それでチャラにしてやるよ」

雪乃が手を差し出す。ハクアは手を握り返さず、帽子を深く被って壊れた土偶を調べに行った。

「本当、天の邪鬼ね・・・・・・、雪乃ちゃんごめんね、変なことに巻き込んで」

突如、雪乃の体が不安定にゆらゆらと、傾いだ。

「もう一人の私が・・・・・・、還ってくる」

雪乃はそれだけ言って、気を失ってしまった。

カヲリが抱きとめ頬を叩くと、すぐ目を開けたが、意識を失う直前に口走ったことは、覚えていなかった。

キャストのこともゲストのことも、雪乃からは何も聞き出せずに終わった。ハクアは不服そうだったが、結局あきらめた。

「本当に一人で帰れる?」

駅前で、雪乃を送り出す。カヲリはマンションまでついていきたかったが、断られた。

「お前、母ちゃんを悲しませるな」 

「どうしたの、急に」

「お前の母ちゃん寂しがってたぞ、早く帰れ」

唖然とするカヲリ。雪乃の成長を感じ、頼もしくも寂しく受け取る。

「貴女に言われちゃ従うしかないね。うん、気をつけて」

最後に、雪乃はハクアと顔をつき合わせた。

「お前、さっき私を倒した時、手加減したじゃろ」

ハクアは口笛を吹いて、よそを向いた。

「悪ぶってるとな、友達もいなくなるんじゃ。気をつけろ」

悪童らしい(?)アドバイスをして雪乃は駅の中に消えた。

カヲリはハクアの帽子に手を置いた。わかりあうのは難しくても、わかろうと努力することはできる。

帰途は無言の状態が続いた。

思い切りハクアの頬を張ってしまったことを、カヲリは今更ながら悔いた。

ハクアにしてみれば、生きるか死ぬかの瀬戸際だったわけだし、事実、煙がただの水蒸気ではなかったら、命は危うかっただろう。

「ハクア、せっちんは・・・・・・」

「予断は禁物です。あいつのことですから、またひょっこり戻ってくるかもしれません」

アパート付近に着くと、カヲリが指先を震わせ、ある一点を指した。

せっちんがアパートの階段上に座り、船を漕いでいたのである。

「ふん・・・・・・、生きてやがりましたか」

満更でもなさそうに、ハクアがつぶやくのをカヲリは嬉しく聞いた。

「んあ・・・・・・、そなたら、もどったか。おそかったの」

目をこすり、ぼけたように言うせっちんにハクアの怒りが噴出する。

「寝ぼけてる場合ですか! 吾輩たち大変な目に合ったのです」

部屋に入って、ハクアが詳細を説明するが、せっちんはカヲリの膝の上でまどろんでいた。

「あれはキャストなの?」

カヲリが訊ねると、せっちんははっきりと断定する。

「まちがいない。”ふんぬ”のとくちょうといっちするの」

ハクアはせっちんの着物の襟を掴み、畳に転がす。

「あー! もう限界ですっ! どうしてこいつは大事な情報を教えないのです」

カヲリも同感だ。あの土偶が危険なものだと知っていれば、雪乃を危険に晒すこともなかった。

「はなしたくても、はなせぬのじゃ」

ハクアは、はっとして、せっちんの前に屈みこんだ。

「まさか、支配者権限が関係しているのですか?」

「何それ」

「支配者権限とは、支配者が定めたルールです。吾輩たちはそれに従わねばなりません」

ルールを破ると、ニーナ、ナノが襲いかかってくる。しかも、どんな内容なのかキャストも知らされていないのだ。

「他のキャストの情報を口に出せないのですね」

「うむ」

だとしても、一人だけ逃げるなんて卑怯ではないか。カヲリはせっちんを無言でなじる。

「それにわらわは、”こばやしゆきの”と、かおを、あわせることができぬ」

「どうして?」

そういえば、雪乃とせっちんはうり二つだ。何か関係があるのだろうか。カヲリはそれがずっと気にかかっていた。

「吾輩もそれは気になるです」

カヲリとハクアはしつこく迫ると、せっちんがようやく秘密を打ち明けてくれた。

「わらわと、ゆきのは、このせかいに、どうじにそんざいしておる」

キャスト一体につき、ゲストは通常一人だ。ところが、せっちんも、ハクアもこの世界に来た時に、本来のゲストとのペアリングが切れてしまった。せっちんたちが存在するには、新しいゲストが必要となるのだ。

「それじゃあ、せっちんのゲストは雪乃ちゃんなのね」

ちなみにハクアのゲストは、現在、螺々となっている。

雪乃の場合、知らずにせっちんに利用されたようだ。

「ひっかかる言い方しますね、同時に存在しているって。まるで、どちらか一方しか存在できないみたいです」

せっちんは、両手のひらを広げ、重ね合わせた。

「わらわとは、ゆきの”は、みぎてと、ひだりてのようなものじゃ。どういりつ”がたかすぎるゆえ」

同位体に近いせっちんと、雪乃が同じ時間軸に存在していることで矛盾が生じているらしい。顔を合わせないことで、限りなくグレーにして誤魔化しているのだ。

「まるでドッペルゲンガーね、もう一人の自分か。私にもいるのかな、そういう存在」

カヲリは未知なる自分に思いを馳せる。今より成長した自分はどんな大人になっているのだろう。

「まあ、一応納得したような気はしますけど、モヤモヤするですぅ」

ハクアは疑問が氷解したようで、そうでもないことに苛立つ。

せっちんは、眠りこけ、微かな寝息を立てていた。

カヲリは空腹を覚え、台所に向かった。ともあれ、敵を一体始末したことは事実なのだ。カヲリはまだ楽観的でいられた。

「あと、何回」

ハクアは帽子を手に乗せ、くるくると回した。

「あと何回、吾輩たちは同じ夢を見るのでしょう。夢幻をたゆたう夢は、夢と呼ぶのでしょうか」

そっと囁くハクアの脇で、せっちんが寝返りを打った。

「吾輩、最近眠るのが恐くなります。眠っている間も吾輩たちの意識は、存在するのでしょうか。嘉一郎さまと睦みあったあの時間は、本当なのでしょうか。真実があるのなら、それが知りたいです」

ハクアは膝を抱え、うめく。答える者はいなかった。



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