エピローグ
ハルが船を操縦し、星海と、それに陽音と母を送って定期船の出る島まで出て来た。星海は最初の約束通りといって、そして陽音と母は交渉決裂だからと同じ便で帰るという。
「空海、せめて一緒に来るか?」
からかうように言う陽音の調子には答えが分かっている響きがあった。それ以外の答えを言われればむしろ陽音の方が鼻白むのだろう。
「ここで待ってるよ、陽音」
二人で顔を見合わせ、そっくりな表情で笑った。
その笑顔が星海の方に向けられる。
「ほんとに帰るんだ」
「いつまでも押しかけ居候してられないからな」
本当は何者なのか、結局空海はその後一度も聞かなかった。それでも、その表情の端々に聞きたいのだという様子が垣間見えることがある。今もそうだった。空海の顔を見ていた目をうかがうようにハルに向けながら星海は口を開く。
「そうだな……」
「え?」
「オレが何者かは今度来た時にゆっくり話すよ」
ハルが頷くのを確認しながら星海は言い終え、にやりと笑った。空海の嬉しそうな顔にほっと安堵する。歓迎されているのだと思うことができるから。そのやりとりを眺めながら双子の母が肩をすくめた。分かっている。空海はどうせ、都会の空気の中で生活できるような子ではない。空気という意味では本当は、陽音もここにいた方が余程いいのだ。
「またゆっくり来るわよ」
ぶっきらぼうに言う母の顔をのぞき込み、空海は苦笑いをする。
「今度は笑おうね、母さん」
言われて初めて、笑顔になっていないことに気づいたようにまじまじと空海の顔を見る。それからその顔に笑みが広がった。なるほど、育ちの良さそうな笑顔だと星海は想いながら、この人はこんなに優しい印象を残せる人だったのかと今頃知る思いだった。
島が離れていく。
蒼い海に白い泡沫の道筋を残して、鮮やかな色と透き通った音の世界が遠のいていく。耳の奥にはまだ、あのくじらの唄が共鳴しているようだった。