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おしゃべりとアイツ

知らない女の子と、"京太さん"に成り代わり観覧車に乗るという奇妙な体験をした後家に帰ると母がキッチンで心地いいリズムを刻みながら夕食を作っていた。



「ねぇ母さん。母さんさ、京太さんって人知ってる?」

「京太?それおじいちゃんの名前よ」

「は?」

「何ぼけっとした顔してんのよ。あんたが言ったんでしょ」



なんとなく、なんとなく聞いてみただけだったのに。帰ってきたのは想像もしない答えだった。

なんと京太さんは俺の祖父だった・・・らしい。あまり開かない家族写真のアルバムを捲ってみると、一枚だけだが京太さんらしき赤毛の人が映っている写真があった。モノクロ写真に時代を感じるが、よくよくその写真を見てみれば、俺にそっくり・・いや、この場合は俺がそっくりなのか。とても似ていた。母さんに言わせてみれば瓜二つらしいが。鏡の前で写真を並べて顔をぺたぺたと触ってみる。だから千治さんは髪の事もあって俺と間違えたのかな。




* *




『もしもーし。こちら悪友コールセンターでーす』

「はいはいもしもし。待ち合わせの場所何処だっけ」

『観覧車前!俺少し遅れてるからちょっと待ってて』

「了解ー」



電話を切って自転車にまたがる。向かうのは町の中心部にある観覧車だ。あの出会いから一週間が立っていた。そういえばどうしてるかなぁ、なんてぼんやりと思いながらペダルをこぐ。時計の針はもうすぐ5時になろうとしていた。悪友との待ち合わせも5時だったが、遅れてくるんだからゆっくりでもいいだろう。ひたすらマイペースに自転車をこぐ事少々。


見なれた観覧車の前にやってくると一週間前のあの日と同じように町は赤く。そして黒髪の彼女が着ている時代遅れのレトロなワンピースも、また夕日のように赤かった。もう1回あの時をやり直しているような、そんな感覚に陥った。前と違うのは俺が自転車に乗っている事くらいだ。観覧車の前に立つ千治さんを見て、冷静にそんなことを考えていた。するとふいに千治さんがこちらを向いた。



「京太さん!」

「あー、えっと、こんにちは。今日はー・・観覧車に?」

「京太さんは?」

「友達と待ち合わせです」



と、いっても遅刻してくるらしいんですけど。そう付け足すと千治さんは少し驚いたような顔をした。



「じゃあ私と少しおしゃべりしよ?京太さんがよければだけど」

「え、でも千治さん用があったり」

「私は京太さんとおしゃべりしたいなー」



言葉を遮られてしまうと何も言えない。俺は大人しく千治さんの言葉に甘える事にした。何せ今日待ち合わせしているアイツはいつもかなり遅く来る時間にはものすっっっごくルーズな奴なのだ。そうちょっと愚痴をこぼすと千治さんはニコニコと相槌を打ってくれる。俺の身の回りには話をしてくる奴はいても聞いてくれる人がいなくて、相槌を打たれるとすごく色々な事を喋ってしまう。くだらない事ばかりだけど。でも千治さんに「退屈じゃありません?」と聞くと必ず「楽しいわ。とても」と答える。俺が一方的に喋ってばかりでなんだか調子が狂う。



「あら私は楽しいのに」

「やっぱりいっぱい喋るのは性に合わないみたいです」

「みたいね」



思わず乾いた笑いが漏れる。苦手なものは苦手なのだ。しばらくすると今まで黙っていた携帯から軽やかな音楽が流れ出した。千治さんに軽く断りを入れてからピッと通話ボタンを押して耳に押しあてる。遅刻魔のアイツからだ。



「もしもしー」

『あ、もしもし?観覧車ついたけどー何処にいる?』

「マジで?あ、いたいた。おーい」



ぼんやりとだが携帯を片手にキョロキョロと周りを見渡す人影を見つけた。

軽く手を振ってみるがまだアイツは気がつかないようだ。



「お友達来たかしら」

「あ、はい。お話付き合ってくれてありがとうございました」

『いた!見つけたー今からそっち行くわ』

「了解」



電話からそんな声が聞こえた。目線をそちらにやると、どうやら俺に気付いたらしい。手を振ると振り返してくれる。もう遅刻しているからか、急いでいる様子はなくゆっくり歩いてこちらに近づいてくる。俺は電話を切って、ふと千治さんのいる観覧車の方に振り返った。けれどそこに千治さんはいなかった。



もしかしてもう帰っちゃったのかも。

なんだか悪い事をしてしまった。今度会ったら最初に謝ろ・・。



『おー、遅れて悪ぃ』

「お前、20分も遅刻するなよ。千治さんがいなきゃ暇でしょうがなかった」

『千治さん?何お前彼女いたの』

「は!?違ぇーよ!さっきまで女の人がココにいたの見えただろ」

「・・・お前幻覚見えてんじゃね?



お前ずっと一人だったじゃん」



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