時代遅れのワンピース
その日は丁度綺麗な夕焼けの日だった。
真っ赤に染まる町の中で、町の中央から一際大きな影が伸びていた。
何しろ町の中央には空に大きく円を描く観覧車があるからだ。
今はもう二代目の観覧車に新しくなっているが、初代観覧車が立ったのはもう50年も前の事らしい。
だからだろうか。この観覧車が動く事は滅多に見ない。
町の人達の中で観覧車はもう廃れてしまったのだと昔誰かに聞いた事がある。
そんな話を「恋人と別れた!」と叫ぶ友達の愚痴を聞いた帰り、ふと思い出した俺は観覧車の近くを通りかかった。そこには未だに動いていない観覧車。そこまでは良かった。しかしどうだろう。
「・・・京太さん?京太さんよね!」
「は?」
観覧車の乗り場近くにいた女の子に呼びとめられてしまった。パッと見、古風な女の子でショートカットの黒髪が良く似合う。が、しかし俺には何をどう考えても心当たりのない全く知らない女の子だ。オマケに誰かと勘違いしているらしい。俺の名前は京太ではない。ちょっとおしいけど。
「あの。えーっと・・どちら様ですか?」
「あら忘れてしまの?私は千治!」
クスクスと笑う女の子の名前はどうやら千治さんというらしい。
見た目は俺と同い年・・か年下に見える。綺麗、というよりかは可愛い雰囲気だ。真っ黒い髪に、改めてみるとこれまたレトロな赤いワンピース。何処か時代の差を感じるが、彼女はあまり気にしていないらしい。
千治さん、と小さく声に出してみた。けど全く引っかかる物がない。頭をフル活動させてできるだけたくさんの人を思い出してみる。クラスメイト?友達の友達?バイト仲間?どれも違う。この短時間で俺の眉間には皺が寄っている事だろう。名前にすら思い当たりのない俺は、どうすればいいのか分からなくてしどろもどろだ。
「ちょ、っと、え?」
「さぁ行きましょ京太さん!早く乗らなきゃ夕日沈んじゃう」
「は?え?観覧車乗るんですか?」
指差したのは観覧車だった。ニコニコと笑う千治さんは手招きをして観覧車の乗り場に歩いていく。周りを見ても人は誰ひとりいなくて、俺を呼んでいるのはあきらかだった。無視するのも気が引けるし、でも、どうすればいいんだろう。ひたすらそんな事を考えていると千治さんが痺れを切らしたのか大きな声で「京太さん!!」と叫んだ。びっくりして、渋々だけど観覧車乗り場に近づく。千治さんは案外強引な人で、まるで俺が考えている事を全部知っているようだ。
観覧車乗り場の近くに来ると、観覧車の大きさに思わず視線を上げた。
今日は珍しく大きな車輪についたゴンドラがゆっくりと動いている。
「京太さん一緒に乗ってくれるって約束したじゃない」
少し刹那そうに笑う千治さんに、俺は素直に「だから俺は京太さんじゃない」・・なんてさすがに言えなかった。夕日のせいで顔に差す影が、余計哀愁を増し、俺はぐっと口を噤む。本当に、京太さんと観覧車に乗るのを楽しみにしていたのだろう。彼女は俺の目を見てとても綺麗に、嬉しそうに笑うのだ。頬を桜色に染めて柔らかく吹く風に髪を抑えた。
「私すごい楽しみにしてたの」
ほんの少しの、観覧車に乗っている間だけ。俺は千治さんの言う"京太さん"になる事にした。




