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死神でライオン

殺人描写あり。苦手な方はスクロールを止めることを推奨致します。


 私は、お父さんを殺した。

 冷たく重い父の死体。死体から溢れる血の海。複数の強烈な悪臭が混ざり合った、重い腐敗臭。そんな死体が、目の前に倒れている。


 ◇◆◇


 私、藤田(ふじた)兎衣(うい)は普通の高校だ。運動や学力に不得意はないが、得意でもない。友達との人間関係に気を遣っているため、複雑なことはない。だからか、学校では多少疲れるが楽しく過ごせている。家よりマシだ。


「またね、兎衣ちゃん」


「うん。またね」


 そんな定番の挨拶を友達とT字路で交わし、家へと踵を返す。足は重くなるにつれ、速さもだんだん遅くなる。

 家に辿り着くと私は一息吸って、玄関扉の取っ手に手をとる。そして引く。

 家のなかに足を運びリビングを覗くと、食べ物の容器や空き缶などのゴミが散乱していた。本当なら片付けたいところだが、あそこはもうお父さんの部屋。簡単には足を踏み入れてはいけない。

 ソファーに腰をかけ、テーブルに足を乗せるお父さん。片手には酒瓶。その正面には光を放つテレビ。リビングはいつもカーテンは閉まりっぱなし、電気はついていない、と薄暗い。

 私はそんな部屋を後にし、階段を上がって自室へと籠る。


「……疲れたな」


 家に入るだけでも疲労は溜まり続ける。みんなと違う家庭。家族に気を配り続けなければいけない。そっと息を潜めて生きていかなければならない。

 しばらく勉強机で復習をし、お腹がすいたと自覚したところで財布とスマホを手にする。そして大きな音を立てないよう階段を下り、玄関扉へと向かうその時。


「俺の飯も買ってこい」


「……うん」


 久々に聞いたお父さんの声に、心臓が大きく跳ねた。まさか声をかけてくるなんて。

 急いで家を出て、玄関扉に背もたれする。外の空気は呼吸しやすい。心も自然と曇りから晴れになる。けれど、まだ心が鎖で締め付けられている感覚は未だに取れない。


「早く、買いに行かないと」


 外に居られる時間は有限なのに、急いでしまう。居たくても、私にはやらなければいけないことがあるから。

 コンビニでご飯を買っていると、声をかけられた。声のほうへと振り向くとそこには、同じ学校の男の子が商品を持ってこちらを見ていた。


「兎衣だよね。久しぶり」


「ほんと、久しぶり!」


 この男の子は、私の幼馴染であり同い年である。

 ここで出会えるとは思っておらず、ふたりで話しながら店内の商品見回っていた。この時間が嬉しく、楽しくてたまらなかった。だけど、時計をちらりと確認したとき、お父さんの怒りが頭を過った。


「いけない。はやく帰らないと」


「そっか。もっと話したかったな」


「ごめんね」


 急いで会計を済ませる。男の子に手を振って、店内を後にする。この時の私は知らなかった。家に帰った後に、私の人生が終わりかけることを。


 ◇◆◇


 家に帰った後、真っ先に不安だったのは怒声を浴びないかだった。だが意を決して扉を開けても聞こえてこなかった。お父さんにただいまと言っても、無言だった。

 机の上にある物をどけていると、お父さんが机から足を退かし、立ち上がった。トイレにでも行くのだろうか。私は気にせず片付けを続けていた時。肩を掴まれたと同時に、視界がぐらりと傾いた。


「……え?」


「兎衣。俺はもう限界なんだ」


 そう言ってお父さんは私のセーラー服についたスカーフを外した。


「お父さんやめてっ!!」


「暴れんじゃねぇ!!」


 私は抵抗するため、お父さんの手の甲を噛んだ。すると、左頬に痛みが走る。やがてスカートを下げられた。

 嫌だ。嫌だ嫌だ。こんな奴、もうお父さんなんかじゃない。他人でもないけど、家族なんて思いたくない。

 動きを止めるために、私は必死に片手で床を探る。固く冷たいのが指先に触れ、取っ手を握った。そして、それで思いきりお父さんの頭を殴った。

 ——ドン


 鈍い音が部屋に響く。お父さんは動きを止め、私の方へと倒れ込んでくる。お父さんから離れ、スカートを履き直していると、膝下に赤いなにかが広がってきた。お酒かな。酒瓶を見ると、先端には赤いなにかが付着してそばに転がっていた。蓋は閉じてある。赤いなにかをまた見て、我に返る——血液だ。


「ど、どうしよ」


 私は、殺人を犯してしまったのだ。

 どうしよう。だが徐々に広がっていく血液の海を、ただ眺めることしかできなかった。


「そ、そうだ……自首しないと」


 ポケットにしまっていたスマホを手にし、震える指で百十番を打つが、一向にコールボタンが押せなかった。

 コールボタンを躊躇っていると、背後からなにかが開く音がした。私は恐る恐るゆっくり振り返る。そこには窓際に——茶髪に黄色のメッシュが入った男性が、微笑んだ表情でしゃがんでいた。


「あれ、君が殺してくれたの?」


 素直に返事をしようか逡巡していたが、それは杞憂だった。


「大丈夫。ちゃーんと見てたよ」


「え……」


 男性は黒色のパーカーを身に纏い、フードを被っていた。顎は白いマスクで隠れている。到底警察とは思えない服装だった。


「自首するの? 勿体ない」


 窓際から降りて、こちらへと歩み寄ってくる。私は焦って後先の事を考えず、コールボタンを押そうとするも、押す前に男性が私の手を蹴る。スマホが床へと転がった。後ずさるも、彼は私の肩を掴み、口を耳元へと近づけた。


「捕まってもいいの? それとも、俺に殺されたい?」


 背中から、ゾワッと悪寒が走る。

 

「な、何者なの?」


「俺は獅子。殺し屋だよ」


 殺し屋。その言葉が耳に残る。まさか死神でも警察でもなく、殺し屋が私を迎えにくるなんて。

 この状況で死にたいかと聞かれたら、別にそれでもいいかもしれないと考えた。罪のある人間として視線を浴びて生きるなら、私は死んだほうがマシだ。そう思っているのに——


「生きたいんでしょ?」


 私の心を読んだかのように、男性がそう言う。

 生きたい。こんな奴のせいで人生をめちゃくちゃにされてたのに、罪を被って生きていきたくない、と諦めの悪い自分もいた。まだ幸せになっていない。幸せを見つけたい。


「お願いします! 助けてください!」


 そう言うと男性は口角を上げ、頬を赤らめて笑みを浮かべた。


「うん。助けてあげる。でも、条件がある」


 男性は跪き、私の手を掬った。そして、手の甲にキスをひとつ落とした。


「俺の妻となって愛して、兎衣♡」


 私は掬われたほうの手を握り返した。すると、男性はまた嬉しそうに微笑んだ。

 これから始まる人生は、もしかしたら今より危険かもしれない。それでも私は、この命がある限り生きてみせる。


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