想像したこともない結末
第一王子チャールズは、国王の執務室で床に座り込んだ。
「父上、心を入れ替えます。お許しください。最後のチャンスを……」
執務室には白けた空気が漂う。
「この期に及んでメアリーアン嬢への謝罪も出てこないか」
「あ、そうだ。メアリーアン……。彼女ともう一度婚約したら……そうしたらいいんですよね?」
チャールズは一縷の望みを見いだし、パッと顔を上げた。
「人前で侮辱し、もう一年も経っているのに今さらか?
侯爵からは近日中に新たな婚約を申請すると言われている。ジェイムスは何か聞いていないのかな?」
「……留学していたもので、聞いておりません。侯爵のお眼鏡に適う方がようやく見つかったのですね」
心なしか、ジェイムスの声が固く聞こえた。
「よく見ておきなさい。あなたたちは、こうなっては駄目よ」
王妃は優しげに、第四王子と第五王子に語りかける。
特にまだ幼い第五王子が、大人たちの会話を静かに聞いているのは見事だと言えよう。ただ、ちらちらとカプセルトイの筐体に視線を走らせているが……。
「お前たちが、私を嵌めたのか?」
チャールズは王妃たちを睨みつけた。公爵令嬢だった自分の母に比べ、伯爵令嬢という爵位の低い女だ。
「いいえ。あなたが自滅しただけです」
王妃はさっと扇を広げて、口元を隠した。
「さて、それで臣籍降下する際の爵位、与える所領はどうなさいます?
このままで、息子たちを害されたら大変ですもの。
いっそご執心の男爵令嬢に婿入りというのも面白いでしょうね」
「これ、人の人生で遊ぶものではない」
国王も王妃も軽口を叩いている。
「失礼いたしました。これで安心して暮らせると思うと、つい……」
ほほほと王妃は上品に笑った。
「第二王子や第三王子と同じように、離れた王領で静養させて差し上げるのはいかかです?」
二番目の王妃と、その子どもたちは、公爵に追い詰められた。
二番目の王妃は亡くなった。王子たちは精神を病んだり、大きな怪我をさせられて、もう表舞台には戻れない。王女は修道院へ追放されている。
すべては、第一王子の障害となりそうな者を排除するために、公爵が手を回していた。
国王は自分の無力さを嘆いたが、立ち止まらずに少しずつ味方を増やしていった。
現王妃の実家は、領地に港を持っていた。公爵に対抗できる手札として、末娘を王家に迎えた。
要領のいい末っ子は、時にか弱く甘え、時に強かに、国王をよく支えている。
「公爵家の財政は厳しくなり、適齢期の令嬢がいる家を敵に回し、今までのように好き勝手にすることはできないでしょう。後継となる嫡男は、そこまで強引な性格ではないようですし。
けれど、息の根を止めたわけではありません」
王妃は頬に手を当て、心配で堪らないという雰囲気を出した。
「引退した元公爵が気を取り直して、十年後に手を組んで復活してきたらどうします? 実のところ、臣籍降下も反対したいくらいです」
「……そうだな。親子の温情も、ここまでとするか。
この先は王家の話だ。ジェイムス、そのカプセルトイを元に戻したら、下がって良いぞ」
「国王陛下、我々もここで下がらせていただきますわね。あなた、納得がいく結論になると、信じておりますわ」
王妃は自分の息子たちを連れて、出ていった。
ジェイムスは、執務室の隣の宰相の部屋に案内された。
カプセルトイが運び込まれ、テーブルの上には抜き出したおもちゃが並べられている。
そこでカプセルから紙を抜き、おもちゃを詰め直した。
紙には第四王子と第五王子の名前しか書いていない。
宰相の補佐官が、その紙を暖炉に投げ入れていった。
「これから、第一王子を引きずり落とす作戦を実行するはずだったのに。一年掛けて練った計画を一つも実行せず、終わってしまいましたね」
ジェイムスのつぶやきに、宰相の補佐官は苦笑いを返した。
***
ジェイムスは、婚約破棄された元婚約者メアリーアンの義兄だ。
公爵が下位貴族の令嬢を襲い、生まれたのがジェイムスだ。
母は自ら命を断ち、実家で疎まれていたジェイムスを公爵が引き取った。だが、同じ境遇の者が何人もいた。
待っていたのは、正妻からの嫌がらせや異母兄弟姉妹たちの蹴落とし合い。
そんな中で勝ち抜き、侯爵家へ養子に出されたのは人生最大の幸運だった。
公爵は自分の息子だと思って油断し、ジェイムスを自分の手駒だと考えていた。
――そんなわけあるか。
憎んで、憎んで、この手で滅ぼしてやりたいと思っていた。
最初の王妃は、公爵の妹だった。ジェイムスにとっては叔母にあたる。
その子どものチャールズとは、一応血縁関係にあったのだ。
王子がそれを知っていたかは、わからない。
だが彼の側近候補になり、スパイをすることに、罪悪感など欠片もなかった。
義妹メアリーアンを裏から支え、表ではチャールズを褒めて調子に乗らせる。
気持ちが引き裂かれそうな日々。
それも、もう終わった。
公爵が外国進出への拠点にしようとしていた事業も、留学のついでに揺さぶりをかけてきた。
留学の名目は、第一王子の暴走を止められなかったために、反省して学び直してくるというもの。
実際は、公爵の勢力を削ぐための根回しだ。
公爵が立て直しをしようと外国に一時避難しても、もう思ったようにいかない。もがいている間に、取り返しがつかなくなるはずだ。
「俺を選んだのが運の尽きだ。ふっ。公爵も息子ガチャで外れを引いたんだな」
それは、公爵が現役で反撃に出ようとしたときの対策だったのだが。大人しく隠居するなら、無駄骨になるかもしれない。
はは、俺の人生は何をやっても無駄だな。
ジェイムスはライトブラウンの髪をかき上げた。
留学先から持って帰ってきた荷物は、そのまま荷ほどきせずに置いてある。
昨日帰国した際に、メイドにも荷ほどきは必要ないと命じた。怪訝な顔をされたが、引き下がってくれた。侯爵家の使用人は、よく躾けられている。
トランク一つで、いつでも身軽に出ていける。
後は養父母に、第一王子の失脚を報告するだけ……。
ジェイムスは馬車の中で物憂げに足を組んでいた。
もう、自分の役割は終わった。
実子のメアリーアンが婿を取って、侯爵家を継ぐのだ。
静かに去ろう。
ここまで育ててもらった恩を、返せたかわからないけれど。
ジェイムスは知らない。
養父が、娘と婚約させるための書類を用意していることを。
養母が、ジェイムスの好物ばかりで、晩餐の用意をしていることを。
可愛い義妹が、既成事実……初夜の下着ガチャをやらせるために、カプセルに布面積の少ない下着をぎゅうぎゅうに詰めていることを――
最後の最後で、すみません(汗)




