冴えた思いつき
「ジェイムス。留学はどうだった?」
第一王子チャールズは、側近候補のジェイムスに問いかけた。
「独特の文化で面白かったですよ。礼節を重んじる気風が心地よかったですね。
そして何より、遊び心があるのです」
ジェイムスは、スコーンにクロテッドクリームとジャムをたっぷり乗せながら笑った。
「遊び心かい? 視察団で我が国に来た人たちは、口数が少なくて、距離を感じたものだが」
チャールズは紅茶にミルクを入れながら、次の言葉を待った。
「そりゃあ、異なる言語をしゃべる人たちの中に入ったら緊張するでしょう。
さすがの僕も、留学して初めの一か月は無口でしたよ。話題についていけないのもありましたが、何を言ったら怒らせるか、そこを把握しないと怖いですから」
さくり。
ジェイムスは、久々のスコーンに舌鼓を打っている。
「ところで、殿下。僕が留学している間に婚約者を決めるはずでしたよね?」
ジェイムスがそう言うと、チャールズは嫌そうに顔を歪めた。
「そのつもりだったよ。一対一でお茶会をしたし、舞踏会でダンスも踊った。
だけど、一長一短でこれという決め手がないんだ」
チャールズは水色の目を閉じ、肩をすくめて手のひらを天に向けた。お手上げとでも言うように。
「……そんなのは言い訳ですよね。まだ、あの男爵令嬢の尻を追っかけているのですか?」
「違う! お前は、野蛮な国に行って礼儀作法を忘れたのか」
チャールズがローテーブルを叩き、ソーサーやジャムに添えられたスプーンがカチャリと音を立てた。
そのとき、扉がノックされた。
「兄上、失礼いたします」
まだ十歳の第五王子が入室してきた。
「ジェイムス。カプセルトイをありがとう。僕は『河童』が出たよ」
第五王子は、丸い玉と小さな人形を両手に持っている。にこにこと満面の笑みで、ジェイムスに見せに来たのだ。
「第五王子殿下。気に入っていただけて光栄です。
一つお勉強ができたら、一回やるという約束は守ってくださいね」
ジェイムスは膝をついて、第五王子と目線を合わせた。
第五王子の後ろに控えている家庭教師が、力強くうなずいている。
「ジェイムス。カプセルトイとは何だ?」
チャールズが質問した。
「あちらで流行っているゲームです。筐体に丸いカプセルがたくさん入っているのです。コインを入れてレバーを回すと、一つだけ玉が出てきます。
カプセルの中に小さなおもちゃが入っていて、何が出るかはわかりません」
「それでは、欲しいものが取れないではないか」
チャールズは色とりどりのジャムが入っている五つの小皿を、スプーンで順に叩いて見せた。
「運を神に任せるという、遊び心ですよ」
ジェイムスは穏やかに解説した。
「ほう。では、婚約者候補たちの名前をそれに入れたら、いいのではないか?」
ニヤニヤと笑うチャールズと、固まるそれ以外の人々。侍従は顔を引きつらせ、護衛は拳をぎゅっと握った。
「今、何とおっしゃいましたか?」
最初に我に返ったのは、ジェイムスだった。
「神が選んだ花嫁。いいではないか」
「考えるのが面倒くさくなっただけでしょう」
「いいから、準備しろ」
「まさか、その中に男爵令嬢の名前を入れるつもりじゃないでしょうね」
ジェイムスの鋭い視線に、チャールズは視線を外した。
「……それも神のご意志だろう。忘れずに入れておけ」
一時間後。
ジェイムスから準備ができたと連絡が来た。
「この部屋に持ってくるんじゃないのか?」
「いえ。ご案内するように申しつかっております」
「はっ。あいつも偉くなったものだな」
第一王子が呼びに来た者についていくと、なぜか国王の執務室へ導かれた。
部屋には、当然国王がいる。
そして、現王妃も……第四王子と第五王子もいる。
ジェイムスの横にあるのが、そのカプセルトイという物なのだろう。
腰より低いくらいの高さで、透明な箱の中に丸いカプセルがたくさん入っている。そのカプセルの中には紙が折りたたんで入れてあった。
チャールズは戸惑った。
さっさと婚約者を決めようと思っただけなのに、父が出てくるのは予想外だ。
「お前が、このカプセルトイで婚約者を決めようとしていると聞いた」
父である国王は執務机に座ったまま、チャールズに話しかけた。
「はい。皆さま魅力的で、決めかねるものですから」
チャールズは姿勢を正し、それらしいことを答えた。
「運に任せるというのも、理解できなくはない」
父親のその言葉に、チャールズはほっとした。
「だが、それで失敗したときの責任を、お前はどう考えているのだ?」
「それは……」
考えていなかった。失敗というと、世継ぎができなかったり、王妃が失言したりした場合ということだろうか。
国王はチャールズが動揺するのを、しっかりと観察していた。
「ならば、私が後継者をこれで選んでもいいわけだな」
「何をおっしゃるのですか!」
「お前がやろうとしていることと、何が違う」
何が違う? 何だろう。第一王子の人生と国の未来を軽く考えすぎだ――ということだろうか。
「……まだ、弟たちは小さいじゃないですか」
「すぐに育つ。責任感のない者より、しっかりと考える者に国を任せたい」
今、責任感がないと言われたのだろうか。そんな反発も頭に浮かんだが、それどころではない。
「お待ちください。すぐに決めます。明日には……」
「もう遅いのです。多くのご令嬢が、候補を辞退しました」
涼しい顔で王妃が答える。
「なんだと?」
チャールズにすごまれて、王妃は顔を扇で隠した。
「まあ、居丈高な」
チャールズは前々王妃の子どもだ。前々王妃は亡くなっていて、前王妃は神経が参ってしまい、現王妃は三人目の妻である。
「期限を過ぎても連絡が来なければ、次の縁談を探すに決まっているじゃないですか」
継母にそう言われて、チャールズは唇を噛んだ。
何よりも優先されるべき第一王子との結婚が、そんなに軽く扱われるとは思わなかった。
大人しく、選ばれるのを待っているべきだろうと怒りが湧く。
「では、お前に選ばせてやろう」
国王は執務机に肘を置き、両手を組んでいる。これは、臣下を詰問するときにする姿勢だ。
「もちろん、今度こそ真面目に選んで……」
チャールズは勢い込んで、挽回に努めようとした。
「違う。レバーを回して良いと言ったのだ」
チャールズは立ち尽くした。
「そんな……」
「そもそも、選ぶ期限を過ぎている。お前が学園で男爵令嬢に入れ込み、幼い頃からの婚約者を侮辱し、勝手に婚約破棄をした。
廃嫡しようとしたら、お前の母方の公爵家が横やりを入れてきたので、一年の猶予を与えた」
国王の額に、深いしわが刻まれる。
「国内最大の金鉱山を担保に、お前にやり直しの機会を与えろと。
すでに、適齢期の令嬢の家に圧力を掛けて、結婚の予定がある者にも一年延期するように根回し済みだった」
国王だとて、そんな恥知らずで強権的なことはできない。
公爵家の権力を見せつけられ、国王は内心、腸が煮えくり返っていたのだ。
「ピンとくる令嬢がいない? 当たり前だ。みんな嫌々、お前の相手をしていたのだからな」
国王は組んだ両手で口元を隠した。睨みつけるような眼光に、足が震えそうになる。
「レバーを回さないなら決断力がないと見なし、即、廃嫡にするぞ」
「や、やります」
チャールズは腰をかがめた。レバーの位置が低いのだ。
ジェイムスからコインを受け取る。
手が震える。
汗で手が滑る。
背筋に嫌な汗が流れた。
ガチャリ。ガチャリ。レバーが回る。
ガッタン。
カプセルが一つ落ちた。




