第六十三話 製紙工場の伝手
第六十三話 製紙工場の伝手
「一晩経って冷静に考えたのですが、もしかして僕ってとんでもない物を作ったのでは?」
「認識が遅い」
翌日の放課後、喫茶店『アルフ』にて発した自分の言葉に、璃子先輩が真顔で答える。
隣に座る美由さんも、視界の端で頷いていた。
「しょうがないじゃないですか。昨日は凄いインパクトの物が出て来たので……」
「あーしとしては、君のもそれに劣らない衝撃だったんだけどね」
「同意します」
「いやー……」
そうもハッキリ言われると、流石に照れる。
「もしかしなくとも、あれって特許が取れたら左うちわな生活が待っている感じですかね?」
「そうだね。異能関連について、特許は未だないけど」
「何なら100年後もありませんでしたね、特許」
「美由っち。たぶん君の世界に関しては、制度が追い付いているかは別だと思う」
「うん」
「そうですか……?」
不思議そうな美由さんだが、そもそも彼女のいた世界って人類滅亡寸前だから……。
何でも良いから対応策を、という状況で特許申請とか言っていられなかったのだろう。ただ、魔物側に知られない様に研究成果ごと研究者は監禁、もとい保護されていただろうが。
「何なら、異能に関する品の売買すら未だに日本じゃ認められていないからねー。左うちわとか、今んところはムリムリカタツムリだよオタク君」
「ですよねー……」
分かってはいた。
金になるか否かというのは、やはり重要である。流石に、アレらを無償でばら撒く気にはなれない。せいぜい、クラン内で仲間に渡す程度だ。
他の生産系の異能持ちも、同じ様に所属クランの内側でのみやり取りをしていると聞く。あるいは、反社な人達経由で裏社会に流しているという噂も……。
もっとも。自分の作った物の場合、最重要なのは材料の方だ。『変若水』なしでは、この手法で生産するのは不可能と言って良い。
降ってわいた力のおかげの産物だ。欲を張り過ぎない方が身の為だろう。
……と、言ってもいられないか。
「無償で配布するのは嫌ですが、このまま抱え込んでも『明るい未来』には繋がりませんよね」
「はい。現状、私の世界よりも良くなった部分はロッソさんの件のみです」
「……その良くなった存在についてなんだけど」
自分達3人の視線が、璃子先輩の隣。窓枠に頭を預けて夕陽を浴びている、ダンピールに向けられる。
「ふ……ふふ……吾輩……吾輩はね。ここに……ここにいるよ……」
「分かっていますが」
美由さん。たぶん彼女はそういう意味で言ってはいないと思う。
何か、滅茶苦茶落ち込んでいた。いや、拗ねている?
「どうしたんだよロッソ~ん。元気ないぞ~?」
窓枠にもたれかかる彼女の肩に、璃子先輩が頭を乗せる。
2人とも、見た目は良いので絵になる光景だ。見た目は良いので。
「……無理に吾輩へ話しかけなくとも良い……吾輩を抜きにして、3人で楽しくお喋りすれば良いではないか……ううっ」
「拗ねんなよ~。昨日は偶々ロッソんがいない日だっただけじゃ~ん」
「そうですよ、ロッソさん。あの日は、『ケニング』の事で偶然璃子先輩が美由さんの家に来ていただけですから」
「うう……そうか?そうなのか?」
「はい。ただロッソさんにわざわざ電話する必要性が浮かばなかっただけです」
「……ぐすん」
「!?」
「美由さん……」
「美由っちぃ」
「!!??」
涙目になるロッソさんに、美由さんが動揺した様子で首を自分達の間でぶんぶんと動かす。
流石に今の言い方はないって。
「い、いえ。私はロッソさんを蔑ろにはしていません。本当です」
「そうなのか……?信じて良いのか……?」
涙目かつ上目遣いで美由さんを窺う、ロッソさんこと本名石山岩子さん25歳独身自称魔界貴族。
……どうしよう。咄嗟に彼女のプロフィール的なものが頭に浮かんだが、わりと大事故だな。
まあ『アルフ』では良くある事か。
「はい。私は、貴女を頼りにしています」
「美由……!」
「今後も一緒に戦いましょう」
「ふ……ふふふふふ!我が力を求めるか、未来からの戦士よ。よかろう!この『ロッソ・ヴェンデッタ』が、汝にこの手を差し伸べてやろうではないか!フーハッハッハッハ!」
璃子先輩をそっとどけた後、ロッソさんが勢いよく立ち上がって高笑いをする。
その際、ゴスロリ衣装で分かり辛いが確かに大きなお胸が『たゆん』と揺れた。
内心で両手を合わせて拝んでいると、マスターがお盆にコーヒーを乗せて持って来てくれる。
「皆、お待たせー。何の話をしていたのかな?」
「ふっ……やはり吾輩は偉大であり、こやつらにとって欠かせない存在であると再認識していた所ですぞ。マスター」
「そうなんだ。私も、石山ちゃんがうちに来てくれて嬉しいよ」
「やはり、そうでしょうな。吾輩ってば人気者……あと、ロッソです。ロッソ・ヴェンデッタ」
「ああ、ごめんね?どうしてもその……二つ名?に慣れなくって」
「ふっ。構いませぬ。定命の者には、馴染のない文化でしょうからな。どうぞ、ゆるりと慣れてくだされ。魔界貴族である吾輩には、時間など有り余っている……」
バッ、バッ!と。無駄に切れのある動きで眼帯をつけている目を手で覆いながら、ポーズをとるロッソさん。
定命と言っても、マスターもエルフなのだが。というか、この中で純粋な人間って美由さんだけ?
『回帰の日』から2年。エルフやドワーフの寿命が具体的にどうなっているのかは、未だに謎である。
「はい、召し上がれー」
「あ、どうも」
「ありがとうございます」
「センキュー」
「感謝する、マスター」
マイペースにロッソさんの言葉を受け流したマスターが、それぞれの前にコーヒーを置いてくれる。
ここに所属するまであまりコーヒーは飲まなかったが、今では結構嵌ってしまった。
砂糖とミルクを少し多めに入れ、スプーンで掻き混ぜる。隣では、美由さんが自分以上に砂糖を突っ込んでいた。
「ふっ……お子ちゃまにはまだ分からん様だな。この味が……」
そんな自分達を、ロッソさんが何やらドヤ顔で見てくる。
彼女はブラックのまま鼻の近くへカップを近づけると、ゆっくり息を吸った。
「くく……ダンピールである吾輩すらも魅了する香り。何より、夜の闇を彷彿とさせる黒さが気に入った」
「はあ」
「くく……」
「……飲まないんですか?」
「……ちょっと待って。今心の準備しているから」
いやブラック飲めないのなら普通に砂糖とミルク使えよ。
指摘はしないけども。自分も、ちょっと前まで『ブラックを飲めるのが大人』って思っていたし。
……それで良いのか、石山岩子さん25歳……!
「あ、そうそう」
銀色のお盆を脇に挟んだマスターが、ぽん、と手を叩く。
「紙の工場の件なんだけどね?もしかしたら、お願い出来る所があるかもしれないよ」
「え、本当ですか?」
「うん」
マスターの言葉に、思わず腰を浮かす。
現在例の『異能者が関わらずとも作れる魔力の籠った紙』が、レシピさえあれば幾らでも作れるか確認中だ。美由さんや璃子先輩にも同じ手順でやってもらい、自分以外でも再現できるか実験している。
乾燥中で結果はまだ出ていないが、もしもあのレシピで大丈夫な場合、工場での生産が可能になるはずだ。
え?実験対象がお前含め異能者しかいねぇじゃねぇかって?
……非異能者でこういうの頼めるの、ロッソさんのお母さんぐらいしかいないし。あの人も裁判やら何やらで忙しいから……。
「ただ、私が直接知っているわけじゃなくってね」
「それは、マスターのお知り合いが、紙の工場に伝手を持っているという事ですか?」
「私の知り合いでもあるし、君達の仲間でもあるかな」
「……えっ」
あ、何か嫌な予感がしてきた。
「『竜宮ちゃん』の実家の方に、伝手があるかもしれないんだって」
あの変人のかー……。
脳裏に、着ぐるみを着たたつみんさんが浮かぶ。
自分とマスター以外一癖も二癖もある『アルフ』のメンバーの中でも、特に異彩を放つ人物であった。
なんせ、ずっと着ぐるみを着ているので。歓迎会で会ったが、自分は結局彼女の顔を見ていない。
「あー、たつみんの実家って事は、結構遠いねー」
「行った事があるんですか?」
頬杖をつく璃子先輩に尋ねれば、彼女は苦笑を浮かべた。
「何回かはねー。ロッソんがいた街とは逆方向の、又隣にある市なんだけど。そこの山が多い辺りなんだよ」
「へー……」
正直、そっち側にはあまり行った事がないので、いまいち想像できない。
というか、そんな遠い所からあの格好でわざわざ来ているのか。電車とか、どうしているのだろう……。
「たつみん、地元を守る為にその近辺のダンジョンで間引きをしているからね。あーしも、一緒に探索した事があるよ」
「それはまた……」
どうやら、自分が知らなかっただけでたつみんさんは意外と良い人らしい。
「ただね。竜宮ちゃんその事もあって忙しいから、紹介しようにも時間がないらしいんだ。普段は、犬吠埼ちゃんや璃子が手伝っているんだけど」
頬に手を当てて、マスターが眉を『八』の字にする。
なるほど。話が見えて来た。
「では、僕らがダンジョンの間引きを手伝えば、工場を紹介してくれるかもしれませんね」
「大変だとは思うけど……」
「霊格も上げたかったので、ちょうど良いです」
未来の事とか、詳しい事情を告げずに紹介してもらうのだ。探索へ向かうダンジョンの指定ぐらい、受け入れて当然である。
ただ、それは自分だけの場合だが。
「えっと……璃子先輩達も、良いですか?」
正直に言って、普段あんまり関わらない人の所に1人で行きたくないのだが。何となく気まずいし。
ちょっと不安になりながら問いかけると、3人とも頷いてくれた。
「もちのろんだぜオタク君。あーしらは……ズッ友だろ!」
「ふっ。吾輩の力を求める者がまた1人……これも、強者の務めか」
「問題ありません。同行します」
良かった。もしもたつみんさんと2人きりになった場合、何を話せば良いのか分からなかったので……。
自分達の答えに、マスターは笑顔で頷いた。
「分かった。竜宮ちゃんには私から伝えておくね!」
「はい。よろしくお願いします」
「ただ、1つだけ注意してほしい事があるんだけど……」
「はい?」
少し心配そうな顔をするマスターに、首を傾げる。
ロッソさんや美由さんも不思議そうにしていたが、璃子先輩だけは何かを悟った様に遠い目をしていた。
「竜宮ちゃんの地元、13個のダンジョンが密集しているから。無理とかしない様にね?」
「なんて?」
多すぎでは?呪われてんのか、たつみんさんの地元。
そりゃあ忙しいわと、納得せざるを得ない数だった。
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