第六話 初めてのダンジョン探索 下
第六話 初めてのダンジョン探索 下
『ヴヴァァッ!』
コボルトが雄叫びを上げ、自分目掛けて走ってくる。
その速度は、スケルトンの比ではない。プロのスポーツ選手もかくやという速さで、こちらへ突っ込んできた。
胴体をしっかりと盾で隠し、右手の剣を振りかぶっている。その姿に、自分の喉が引きつるのがわかった。
しかし、照準は既に定めている。気圧されながらも、人差し指がどうにか動いた。
トリガーが引かれ、内部のスクロールへと接続。同時に魔力が流し込まれ、装填された魔法が発動する。
『スクロール:風弾』
放たれた不可視の一撃が、宙を舞う塵を巻き込んで僅かに輪郭を表した。
しかしそれは、文字通り瞬きの間のみ。高速で射出された風の鉄槌が、コボルトの盾に直撃した。
激しい破砕音と共に、木製の盾が砕け散る。衝撃はそれだけに留まらず、毛皮に覆われた左腕を歪な形に変え、後ろによろめかせた。
『ギャッ!?』
短い悲鳴を上げる怪物の姿に、喜びよりも安堵が胸を満たした。
だが、終わっていない。すぐにレバーアクションにて空になったスクロールケースを排出。そして次弾を装填する。
左腕をだらりと力なく下げ、なおもこちらへと走るコボルトへと狙いを定めた。
発射。心臓を狙った風の鉄槌はやや狙いがずれたものの、奴の右胸に着弾。ベコリと、コボルトの右胸が凹んだ。
衝撃で倒れた怪物の口から血が溢れ、数秒程痙攣する。その後、完全に動かなくなった。
それでも杖を相手に向けながら、レバーを動かす。念の為もう1発撃つべきか迷い、残弾も無限ではないとどうにか指を止めた。
コボルトの体が、黒い靄へと変わっていく。自分の体に魔力が流れ込む感覚を覚え、小さく息を吐いた。
構えを解き、周囲を警戒しながら落ちている小さな石を拾い上げる。
『魔石』
何の捻りもなく、そう呼ばれるこれこそ、影法師である魔物が現世にいる為の核。倒したら死体が消えてこれだけ残るのだから、ますますゲームの様だ。
魔石は高純度の魔力結晶であり、その用途は様々である。自称デミウルゴスの言っていた『良い事』とは、これの事かもしれない。
手の中の魔石を軽く掲げながら、小鳥遊さん達の方に振り返った。
「や、やりました……!」
「おめでとう、矢広君」
「おめでとうございます」
ニッコリと井上さんが笑い、小鳥遊さんが無表情で頷く。
スケルトンの時は無我夢中だったが、魔物を倒した達成感で口元が緩むのを自覚した。
「その、魔石ってどうします?ネットだと、とりあえず倒した人が持って帰るか、予め持つ人を決めておくのがセオリーだって聞いたのですけど……」
「倒した人物が持って帰るので良いかと」
「わ、わかりました」
小鳥遊さんの言葉に、自分のリュックのポケットをイメージしながら虚空へと魔石を掲げる。
すると、小さな石は魔法の様に手の中から消えてしまった。いや、ある意味で実際に魔法みたいなものなのだが。
しかし、『霊装』というのは本当に便利である。手入れも運搬も不要で、なおかつこんな能力まであるのだから。
……犯罪に使う人も、いるけど。
テレビのニュースで見た異能者による爆破事件や、密輸事件が脳裏をよぎる。
閑話休題。杖からマガジンを外し、本体を脇に挟む。そして、リュックから予備のスクロールを取り出し、使った分込め直した。
「しかし、本当に変わった杖とスクロールだね」
「はい。その、スクロールの出せる威力は低いんですけど、兎に角便利ですので……」
感心した様に視線を向けてくる井上さんに、面頬の下で照れ笑いを浮かべる。
自分のスクロールは、通常のソレよりも威力が低い。ネットの情報や講習会で聞いた事を総合すると、半分程度の破壊力だ。
しかし、代わりに小さく、何より早い。
通常のスクロールは、魔力を籠めてから発動までに約2秒。対して、自分の物はコンマ1秒未満。魔力を流し込んだ瞬間、発動する。
大きさも相まって、銃弾の様に扱う事が可能だ。威力が低いと言っても、講習会の自衛隊員さん曰く拳銃よりは破壊力があるらしい。
総合的に考えれば、通常のスクロールに何ら劣っていないと自負している。
……まあ。作るのがちょっと大変だけど。
異能者になって器用さが増していなかったら、1本も作れない気がする。
マガジンを杖に装着し、ホルスターにしまった後。小鳥遊さんへと視線を向けた。
「えっと、じゃあ、次は小鳥遊さんの番で……」
「わかりました。では、ナビをお願いします」
「う、うん」
小鳥遊さんが力強く頷き、軍刀を抜いた。
刃渡りは50センチ弱。反りが浅く、波紋も薄い。日本刀にしては、随分と短く感じる。前にテレビで見た、昭和の陸軍機パイロットの軍刀に似ている気がした。
先頭を彼女に譲り、自分はスマホとブラックライトを取り出す。
そうして歩いていると、どうしても彼女の後姿……というか、臀部に視線がいきそうになった。
いけない。ここは危険地帯だ。アホな事に脳のリソースを割いている余裕はないぞ、矢広耕太……!
自分を叱咤し、ナビゲート役に集中する。3回程曲がり角を曲がった所で、自分の耳に微かな足音が届いた。
「あっ」
こちらの声に反応したのか、すぐさま小鳥遊さんが構えをとった。
やや左手側の壁に身を寄せた彼女は、腰を落とし両手を胸の少し下辺りに構えている。左手は柄ではなく、鍔の傍で宙に浮かせていた。
日本刀の構えというより、アクション映画で見るナイフの構え方に似ている。
「敵ですか?」
「うん、いや、はい。えっと、前方。曲がり角の先から、1体」
「了解」
短く答え、彼女はじりじりと前進する。
しかし、その爪先が触れた石が、運悪く少しだけ大きな音を出した。
日常生活なら、気にならない程度の音量。だが、この坑道の中では妙に響いた。
『ヴヴヴッ!』
唸り声が聞こえてくる。少し遅れて、1体のコボルトが角から跳び出してきた。
その手には槍が握られており、長さは2メートル前後。明らかに、リーチはあちらの方が長い。
『バウッ!』
そう一声鳴いて、怪物は走り出した。先程の個体と同等の速度。槍を両手に構え、鋭い穂先が小鳥遊さんに迫る。
だが、彼女は恐ろしい程に冷静だった。
「しっ」
小さな掛け声がしたかと思えば、左手の甲で槍の柄を横に『どかす』。
そして同時に、右手の軍刀を寝かせてコボルトの首に突き立てていた。
刺さったと思った時には、右側へと刃が動いている。怪物の血で宙に赤い軌跡を描きながら、刀身が引き戻された。
『ゴァ』
コボルトの口から血の泡が溢れる。だが、その黄色い目は戦意を失っていない。
喉を裂かれた状態で怪物は未だ動くが───勝敗は、既に決していた。
槍の柄を彼女の左手が握っており、右手の軍刀はコボルトの左胸に突き立っている。ぐちり、という肉を掻き回す音をさせて、刃が引き抜かれた。
脱力する怪物の腹に、しなやかな足が打ち込まれる。蹴り飛ばされた怪物の体躯を見下ろし、小鳥遊さんは槍を後ろに投げ捨て即座に軍刀を構え直した。
流れ作業の様に、躊躇も無駄もない一連の動き。それに、面頬の下であんぐりと口を開ける。
いつの間にか、落ちている槍もろともコボルトの体は靄になって消えていた。
小鳥遊さんが魔石を拾い上げ、こちらを振り返る。
「仕留めました。交代しますか?」
白い頬をほんのりと赤くした彼女に、ぎこちなく頷く。
「……凄いね、小鳥遊ちゃん。もしかして、何か習っていたのかな?」
井上さんが、目を丸くしながら彼女に問いかける。
それに対し、小鳥遊さんは小さく頷いた。
「少しだけですが、軍隊格闘技を」
「なるほどねー……剣道とも違う動きだったし、何だか納得したよ」
2人の会話に、自分も内心で頷く。
そうか、軍隊格闘技……『回帰の日』以前ならどこで習ったと疑問を抱くが、今のご時世ならば不思議はなかった。
駅の方に行けば、そういった教室が1つはある。魔物の出現や一部の異能者のせいで、色々と物騒な時代だ。需要があるのだろう。
……しかし、接近戦か。
先頭に立ち、杖ではなく片手半剣を鞘から抜いた。
「え?矢広君、剣で戦うの?」
「はい。その……試験ではありますけど、井上さんもいますし……今の内に、慣れておこうかと」
小鳥遊さんへの対抗心、というのは、ほとんどない。0とまでは、流石に言えないけど。
だが、それ以上に先程言った理由が大きい。
井上さんが、少し考え後に頷く。
「わかった。でも、無理はしないでね?」
「はい」
彼女に頷いて答えた後、剣を握り直す。
刃渡りは約1メートル。刀身は片刃で、柄頭と鍔が金色な以外は非常にシンプルな造りとなっていた。
肉厚な刀身は、少し重い。『雑種剣』とも呼ばれるこの剣は、『霊装』が自分の魔力から作られているせいか、妙に馴染んだ。
歩く事、約5分。再び、敵の足音が聞こえてきた。
足を止め、ハンドサインの後に剣を構える。前方の緩やかなカーブの先から、コボルトが姿を現した。
『ヴァ!?』
こちらに気づいていなかったのか、コボルトは驚いた様な鳴き声を上げた。
しめた、と思い、剣を掲げながら走り出す。相手は盾とメイスを持っているが、まだ構えをとっていない。
「お、おおおお!」
声を上げながら走ってきた勢いのまま、剣を思いっきり振り上げ。
───ガツン!
「おごぉっ!?」
切っ先が、硬い何かにぶつかった。
え、なに、罠!?
咄嗟に視線を上に向ければ、刃が天井に擦れている。
仰け反る様に動きが止まった自分へ、コボルトがメイスを構えた。それに慌てて、こちらも剣を引き戻す。
隙を晒してしまったが、純粋な身体能力はこちらが上だ。切っ先の位置に気を付けながら、続けて刃を振りかぶる。
「ああああああ!」
声を上げて自分を勇気づけながら、剣を袈裟懸けに振るった。それが、コボルトの構えた盾にぶつかる。
メキリ、と音をたて、刀身が深々と食い込んだ。このまま押し込もうとした刹那、相手は盾を捻ってくる。
「っ!?」
剣が引っ張られ、柄が手から離れそうになった。武器を奪われまいと、四肢に力を籠めて無理矢理引っ張る
すると、こちらの膂力が予想外だったのか、コボルトの目が見開かれた。
『ガァ!?』
メイスを振りかぶっていたコボルトが、バランスを崩す。そのまま強引に剣を振り抜けば、盾が完全に壊れて相手はたたらを踏んだ。
今度こそ、好機。
散らばった木片を踏みつけ、逆袈裟に剣を振るった。
刃が、驚く程簡単に毛皮を裂き、肉を潰す。硬い何かを砕いた感触と共に、コボルトの小さな体が吹き飛んだ。
「うっ……」
手に返ってきた嫌な感触と、体に降りかかった返り血に小さく呻く。
生暖かい血を、今すぐ拭いたい気持ちがわき上がった。人外とは言え、生命を奪った感覚に言いようのない不快感が襲ってくる。
それでも、どうにか地面に大の字で転がったコボルトからは目を逸らさなかった。
すぐに、その体が黒い靄に変わる。返り血もなくなり、ほっと息を吐いた。
切っ先を地面に向け、肩から力を抜く。どうにか、剣で相手を倒せた。それに安心するも、途中経過を思い出し頬が引きつる。
我ながら、何とも情けない戦いぶりだった。というか、『迷宮』なのに大声を出し過ぎである。
「お疲れ様、矢広君」
「い、井上さん……」
振り返れば、優し気な笑みを浮かべた井上さんが小さく手を叩いている。
「その、今のは……」
「大丈夫。これぐらいのミスは、誰だってするものだよ。私なんて、最初はダンジョンの中で転んじゃったもの。だから、気にしないで」
「は、はい……!」
ぐっ、と。井上さんが小さく拳を握って励ましてくれる。
優しい……!お婆ちゃん、優しい……!
ただ、その斜め前に立つ小鳥遊さんは。
「……?……。……!」
何やら、百面相していた。
表情の変化自体は乏しい。だが、眉を寄せて不思議そうにしたかと思えば、納得した様に小さく頷き、今度は虚空を見上げて拳を握ったりしているのだ。
自分が言えた事ではないが、挙動不審である。
何なの、この人……?
とりあえず、剣を鞘に戻す。加入テスト中は、杖の方に専念する事にした。
* * *
『迷宮』に入って、約30分。自分達は無事に、出口へとたどり着いた。
坑道の中にある、『封鎖所』でも見た白い靄で囲われた楕円形のゲート。そこを通り、外へと脱出したのである。
コンクリートで囲まれた空間を見回し、後ろを振り返れば例のゲートと、その向こうに鉄の扉が見えた。
最初の部屋に戻って来たのだと、大きく胸をなでおろす。
「2人とも、お疲れ様」
井上さんの声に視線を前方に戻せば、彼女がニッコリと笑みを浮かべていた。
「加入テストは無事合格だよ。本当に頑張ったね」
「は……はい!」
さらりと言われた合格の言葉に、一瞬理解が追い付かなかった。
しかし、すぐに喜びが込み上げてくる。小さくガッツポーズをする自分の横で、小鳥遊さんも感慨深げに頷いた。
「本当はこのままうちのお店で歓迎会を……と言いたいんだけど、今日はちょっと無理かな?」
『霊装』を解除し、井上さんがチラリと腕時計を見る。
「急で申し訳ないけど、2人とも明日の午後3時って空いている?」
「えっと……た、たぶん」
歓迎会という単語に、適当な予定をでっちあげるか考えるが、どうにか首を縦に振った。
これからクランに入るのだ。しゃ、社交性を持たねば……!
「私も問題ありません」
「それなら、その時間に喫茶店へ来てほしいな。とびっきり美味しいコーヒーを御馳走するよ」
「あ、ありがとうございます……」
「頂きます」
「うん!楽しみにしていてね!」
嬉しそうに笑う井上さんに、頬が引きつらない様にするので精一杯だった。
……頑張れ、矢広耕太。きっと、社会に出たら歓迎会とか、そういうイベントからは逃げられないんだ……!
『迷宮』に……いいや。冒険者間では、『ダンジョン』と呼び方が決まっているらしいし、今後は自分もそう言うべきだろう。
初めてのダンジョン攻略に並ぶミッションに、背中を嫌な汗が伝った。
* * *
内心を必死に出さない様にしながら、井上さんに連れられて喫茶店へと戻る。魔石の扱いは、正式に役所で冒険者免許の手続きを取った後で決める事となった。
そして、笑顔の彼女に見送られてバス停へと歩き出したのだが。
なぜか、隣にピッタリと小鳥遊さんがいる。
……いや、本当になんで?
ちらりと、彼女の方を見る。小鳥遊さんは周囲に視線を巡らせ、まるで何かを警戒している様だった。
そう言えば、やはり彼女はリュックを背負っていない。完全に手ぶらだ。
『霊装』の格納機能は、一部の例外を除いて展開時以外は使えないはず。部分展開ならいけると聞いた事があるが……どうなのだろうか?
「あの、小鳥遊さん……」
「はい。何でしょうか」
キリっとした顔でこちらを見てくる彼女に、少し距離をとろうとする。
なぜか、同じ分だけ近づかれた。
「その、小鳥遊さんもバスに……?」
「はい。同じバスを使うようですね」
「そ、そっか……」
別に、自分について来たわけではないらしい。だが、それにしてもこの距離感はいったい何なのか。
困惑するこちらの内心を知ってから知らずか。彼女は少し考えた後。
「矢広さん」
「は、はい」
「この後、一緒に私の家へ来て頂けませんか?」
「……はい?」
「ありがとうございます」
「えっ」
「では、向かいましょう」
意味がわからず上げた声を、同意と受け取ったのか。
何やら満足した様子で、小鳥遊さんが深く頷いた。
……え?まさか、新手の美人局?
読んでいただきありがとうございます。
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