第五話 初めてのダンジョン探索 上
第五話 初めてのダンジョン探索 上
目を1回強く閉じた後、改めて小鳥遊さんの『霊装』を見る。
首から下を覆う、黒いボディスーツ。所々に赤いラインが入り、胸元と股間には防御の為か鉄のプレートが取り付けられていた。
ただ、体のラインが出過ぎている。
豊満な胸の形も、それを支えているとは信じられない細い腰も、逆に大きく丸いお尻も。輪郭がハッキリ見えていた。
プレートもサイズが小さく、もう鉄のヌーブラと前貼りにしか思えない。
肌の露出はほぼないのだが、上乳と鼠径部から太腿の上半分はシースルーな素材で出来ている。その為、谷間がバッチリと見えていた。というかこれ、シースルー部分なかったら競泳水着程度の布面積しかないのではなかろうか。
武器と言えるのは、腰のベルトに吊るされている軍刀のみ。
……うん。やっぱりロボットアニメのエッチなパイロットスーツだ!ピッチリタイプの!
やはりこの人、スケベなソシャゲご出身なのでは?
「……こほん」
「はっ!?」
井上さんの小さな咳払いに、慌てて視線を足元に向ける。
まずい。いくら何でも凝視し過ぎた。
健全な男子高校生が、爆乳美少女のエッチな格好を前に冷静であれと言うのは、無理な話である。しかし、そんな言い訳が社会に通用するわけがない。
冷や汗を流しながら、どうにか平静を装う。『いや、違うんすよ。ただこれから一緒に戦う人の装備を確認していただけっすよ』という顔をするのだ。
……面頬で顔の下半分見えねぇわ。目が全て物語っちゃった後だわ。
チラリと、小鳥遊さんの表情を伺う。彼女も、自分をじっと見ていた。不躾な視線に怒っているのかと思ったが、どうにも違うらしい。
こちらの頭の先から爪先まで、何度も瞳を往復させた後。
「……!!」
何故か、先程以上に満足気な鼻息を『むふー』と漏らしていた。
なんなの?いや本当になんなの????
高い位置で結われた彼女のポニーテールが、まるで尻尾の様に揺れている気がした。
そして呼吸に合わせて僅かに爆乳も揺れていた。
「えっと……2人とも、準備は良いのかな?」
「は、はい!」
「問題ありません」
井上さんの言葉に、慌てて背筋を伸ばす。
そうだった。今日は、クランの加入テスト。あまりに無様な姿を晒して、不合格にされるのはごめんだ。
改めて、井上さんの方に視線を向ける。
彼女の『霊装』は、小鳥遊さん程ではないが防御力の低そうな物だった。ただし、体のシルエットはしっかりと隠れている。
大正時代を彷彿させる装いで、頭には黒い中折れ帽。肩にはこれまた黒い西洋風の外套を羽織っていた。
しかしその下は灰色の着物に、紺色の袴姿。胸元から首を白いYシャツが覆い、足元はこげ茶色の編み上げブーツ。
西洋と日本が交わった頃の文豪の様な、何とも浪漫あふれる『霊装』であった。これも、男装と呼ぶのだろうか?
井上さんは口元に苦笑を浮かべ、左手で帽子の位置を調整する。右手には、ガッシリとしたステッキを握っていた。
「じゃあ、行くとしよう。全員、体の一部を触れさせてね」
「は、はい」
『迷宮』に入る際、体のどこかを触れさせていないと、入った位置がバラバラになってしまう。
この不可思議な入り口の繋がる先は、一定ではないのだ。同じ『迷宮』ではあるものの、良くて隣の通路。最悪対角線上の位置に出てしまう事もあるとか。
その為、触れる必要があるのだが……。
小鳥遊さんと井上さんを見比べた後。
「し、失礼します」
「うん。どうぞ」
井上さんの肩に、ちょこん、と指を乗せる。
いや、だって小鳥遊さんの方はどこに触れて良いかもわからないし。そもそも、両方とも女性だから、こういう時本当に困る。
冷や汗を流す自分に、井上さんが眉を『八』の字にした。
「矢広君。それだと何かの拍子に離れてしまうかもしれないから、もう少しシッカリ握ろうね」
「え、えっと……」
「うーん……私も、今は見た目だけ若者だから、緊張しちゃうかな?じゃあ、こうしよう」
「へ?」
井上さんが肩に乗っているこちらの手を取り、そのまま握ってきた。
「これでよし」
よし、なんだ。良いんだ……。
彼女としては幼子の手を握っている感覚なのかもしれないが、こちらからすれば、見た目20代のお姉さんとデートの様に手を繋いだ状態である。
籠手で感触なんかほぼわからないのに、無性に胸がドキドキした。
「小鳥遊ちゃんも、ね?」
「……はい」
井上さんはステッキを脇に挟むと、右手を小鳥遊さんに差し出す。
彼女は少し迷った後、その手を握った。
「じゃあ、行こうか。2人とも、絶対に私から離れないでね」
「はい……!」
「わかりました」
「1、2ぃの……3!」
掛け声と共に、井上さんが『迷宮』の入り口へと踏み出す。
彼女の爪先がそこに触れた瞬間、ぐるりと景色が回転した気がした。
吸い込まれる。そうとしか、咄嗟に言葉が出てこない。まるで、穴に落ちていく様な感覚だった。大きな生き物の口へと真っ逆さまに落下していくイメージが頭に浮かび、血の気が引いていく。
しかし、その感覚も一瞬の事。
先程まで踏みしめていたコンクリートの床はなく、代わりに大小様々な石の転がる地面に、自分達は立っていた。
土の臭いが鼻腔を満たし、湿気た空気が肌に張り付く。
壁は岩肌が剥き出しであり、天井も同じ。まるで洞窟を人力で掘った様な粗い表面をしており、古びた木製の柱がそれらを補強していた。
光源と呼べるのは、柱に取り付けられたランタンのみ。一定間隔で通路を照らすそれらの中には、蝋燭はなく油の入った小皿だけが入っていた。
頼りない明かりの中、足元の石を鳴らしながら井上さんがこちらへ振り返った。
彼女の手がするりと離れ、脇に挟んでいたステッキを握る。
ゆらゆらと揺れる光に照らされた彼女の瞳が、自分達を真っすぐ射抜いた。その真剣な面持ちに、背筋をシャンと伸ばす。
「改めて言おうか。これから、君達にはこのダンジョンを攻略してもらう。目的は、ダンジョン内部にある出口を発見し、脱出する事」
「はい」
「そして、私は基本的に助言や援護はしないからね。2人だけで、頑張って。勿論、いざとなったら助けるけど……そうなった場合は、わかるね?」
「っ……はい」
深く、頷く。
冒険者にとって、最も大切なものはモラルだと講習会で教わった。しかし、次に必要なのは実力。つまり、腕っぷしに他ならない。
『迷宮』という危険地帯で生き残り、帰還するには、強さこそが求められる。
面頬の下で、5秒かけて息を吸い、同じく5秒かけて吐き出した。
そして、腰の後ろから『杖』を引き抜く。
自分の扱う『杖』は、一般的なイメージとはかけ離れた見た目をしていた。
グリップがあり、トリガーがあり、箱型のマガジンまでついている。ストックは切り落とされ、違法改造された銃に誤解される見た目をしていた。
だが、銃口があるべき部分には金色の嘴と、それに咥えられた親指大の赤い宝石が輝いている。万が一これに弾丸を装填して発砲しようものなら、暴発は免れない。
「……それが、矢広君の言っていた杖なんだね?」
「はい。これで、スクロールを使用します」
念のため、排莢口を少しだけずらし薬室にスクロールケースが入っている事を確認。その後、しっかりと両手で構えた。右手で剣を使う事を想定し、グリップを左手で握る。この日の為に、両利きとなる様に練習した。
自分のスクロールは、通常のソレに比べてかなり小さい。ネットで知った事だが、成人男性の腕程の長さと太さがあるのが普通サイズ。対して、これは単三電池程度の大きさだ。
携帯性に優れており、マガジン内部に6発。薬室の分も含めれば最大7発が装填可能である。
他にも特徴はあるが、今は考えない事にした。
それよりも、勇気を捻り出して小鳥遊さんへと声をかける。
「その、小鳥遊さん。とりあえず、順番に戦おう。今日はまだ、連携とか難しいし……」
同じクランに入る予定とは言え、初対面の相手だ。呼吸を合わせて戦うなんて、考えない方が良い。
援護が成功する確率より、味方を撃ってしまう確率の方が高い様に思えた。
「わかりました。では、最初はナビゲートに専念します」
彼女は頷いて、虚空からスマホを取り出した。
異能者は、『霊装』を展開する際に着ていた物を自分の内側に格納する事が出来る。何でも、人体を1つの世界として仮定した術式を無意識に使っているのだとか。
兎に角、普通サイズのリュックぐらいなら服ごと仕舞えるし、こうして部分的に取り出す事も出来る。
『迷宮』内部は電波が通じていないが、予め自衛隊が交付している地図を保存して、それを見ながら探索するのがセオリーであった。予備として、リュックの中に紙の地図も入っている。
小鳥遊さんはもう片方の手にペンライトを取り出し、近くの壁に青い光で照らした。
ランタンの火が届かない、暗い部分。そこを舐める様にライトが動いていくと、アルファベットと数字を発見した。
普通の目印を『迷宮』に刻むと、魔物が消してしまう場合がある。その為、ブルーライトでしか見えない目印が自衛隊により用意されていた。
彼女がスマホの地図と目印を見比べ、小さく頷く。それにこちらも首を縦に動かして、前へと向き直った。
銃の様に杖を構えながら、前進。神経を尖らせ、敵の出現に備えた。
加入テストに使われる『迷宮』の事は、面接の際に井上さんから聞いている。当然、出現する魔物も『対霊庁』の公式ホームページで検索済みだ。
勝てる相手では、ある。脅威度はスケルトンと変わらない。
だが、それでも心臓が早鐘を打っていた。自分の呼吸と足音が、やけに煩く思える。
大昔の坑道を彷彿とさせる『迷宮』を進む事、約2分。
緊張から息が荒くなりかけ、探知の邪魔だと意識して呼吸をする。
その努力の甲斐あってか、エルフの血が混じった自分の耳が微かな足音を捉えた。
前方に見える、丁字路。その右側から、何かが近づいている。
すぐに足を止め、小鳥遊さんにハンドサインを送った。振り返って、彼女の様子を確認する余裕がない。
汗が、目の近くを流れていく。それに集中力が乱されそうになりながら、杖を構え続けた。
足音は、今も小さい。しかし、角の向こうから壁に影が映る。
犬の様なシルエットだが、頭の位置が高い。何より、普通の犬なら有り得ない事に『なにか』を持っていた。
それが人を殺める凶器であると、すぐにわかる。
丁字路の角から姿を現した、1体の怪物。
泥を彷彿とさせる汚れた茶色の毛皮。黄色く輝く、鋭い瞳。こちらに気づいたのか、唸り声を上げながら剥き出しとなった鋭い牙。
二足歩行の犬、とでも言えば良いのか。身長は、中学生程。全体的に痩せている。
決して大柄とは言えない体躯ながら、しかし異様な圧迫感があった。
人間の腕そっくりの前足には、簡素な木の盾と、鋭い片手剣が握られている。ランタンの火に照らされて、錆のない刀身が恐ろしい輝きを見せた。
『コボルト』
ドイツにて伝承が残る、鉱山にて悪事を働く妖精。
それが今、現代の日本にて自分と相対していた。
読んでいただきありがとうございます。
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