第五十二話 人外の力と
第五十二話 人外の力と
立ち昇る黒煙を認識した次の瞬間、突如として明かりが消える。
店内は暗闇に包まれ、街からも車のヘッドライト以外の光源が消え去った。
周囲から悲鳴や困惑の声が聞こえた後、非常灯が各所で点く。
「ちょっと、スマホ繋がらないんだけど!」
そんな声が、別のテーブルから聞こえて来た。視線を向ければ、2つ机を挟んだ位置にいる大学生らしきグループが騒いでいる。
咄嗟に自分もスマホを確認するが、彼らの言う通り圏外となっていた。
普通の停電で、こんな事になるだろうか。背中を、嫌な汗が伝う。
「ちょ、ロッソん!」
璃子先輩の声に顔を上げれば、窓側の席に座っていたロッソさんが、机を足場に跳躍。通路に跳び出ると、一目散に店の出入口に向かっていく。
力任せに停止した自動ドアをこじ開け、外へ駆けていってしまった。
「まっ」
呼び止めようとこちらも走ってドアの辺りまで行くが、ロッソさんは外に出るなり『魔装』を顕現させていた。
そして、バサリと音をたてて、一対の『羽』を広げている。
「んな……!?」
深紅のマントは消え、代わりに腰の辺りからコウモリを連想させる羽が生えたのだ。
彼女は一瞬だけこちらを振り返り、
「すまん!」
そう言い残して、飛び上がってしまった。
風圧に、僅かに押しやられる。咄嗟に目を庇っている間に、彼女はビルを超える高さにまで飛翔していた。
アレが、『夜のダンピール』……!
「すみません、お勘定」
「え、い、今ですか!?」
背後からの声に振り返れば、動揺する店員さんに璃子先輩が伝票と1万円札を強引に押し付けていた。
「お釣りはいらないんで」
「あ、えっと」
「あと、万が一に備えて避難の準備を。それじゃあ、あーしら急いでいるんで」
一方的に会話を切り上げた彼女が、こちらへ歩いてくる。
「行こうか」
「……はい!」
自然な様子で放たれた言葉に、頷く。小鳥遊さんも彼女の後に続き、3人で店の外に出た。
店の中以上に、外はパニックになっている。
信号が止まったのか、道路は車で埋め尽くされ所々からクラクションの音が響いていた。歩道にいた人達も、足を止めて繋がらないスマホに不満と不安の声を上げている。
「ロッソんはどっちの方角に?」
「あっちです」
「おっけ」
彼女が向かった方角……煙の方を指さした後、『魔装』を展開。ホルスターから杖を抜き、排莢口を僅かにずらして薬室にスクロールがある事を確認する。
「一応聞くけど、これって普通の事故だと思う?」
「空気中の魔力濃度が高まっています。異能か魔物か、どちらかが原因かと」
「だよねー」
盛大なため息をつきながら、璃子先輩も『魔装』を展開。扇で自身の肩を叩く。
「こういう時、逃げるのが正解だけど?」
「ロッソさんがいる所に逃げようかと」
「いいね。それ採用」
本音を言えば、尻尾を撒いて逃げ帰りたい。兎に角あの黒煙が昇っている場所から遠ざかりたかった。
しかし、前回の自分の醜態を思い出すと……まあ、途中でバカやるんだろうなと。負の信頼がある。
だったら、見栄を張ってからバカをやる事にした。まだ、今回ダンジョンから溢れて来た魔物がライカンスロープ以下という可能性もある。
人的被害もなく、雑魚相手に無双して、美人さんから感謝されて解散。そんな未来が待っている事を祈ろう。あるいは、途中で警察や自衛隊の異能者が現れて、全て丸く解決してくれるとか。
「そういや、美由っちは?」
「あっちの路地にいます」
車道を挟んだ反対側。いつの間に移動したのか、建物と建物の間に見覚えのある姿があった。
ただし、黒髪の美女ではなく、鋼の巨人の姿で。
「……躊躇ないねー、あの子」
「まあ、緊急事態ですし」
まるでこちらを急かす様に、『ケニング』のライトを数秒だけチカチカと点滅させてくる。
璃子先輩に目配せした後、止まっている車の間を駆け抜け、反対側の歩道に。そのまま、路地へと入る。
『ロッソさんの現在地は不明。どう追いかけますか?』
既に、小鳥遊さんの中ではロッソさんを追うのが決定事項らしい。話が早くて助かる。
いや、逆にその選択をとらない小鳥遊さんは、想像しづらいが。
「んまぁ。あの煙を見てあそこまで慌てて、しかも煙が昇っている方に飛んでいったって事は」
「あの辺りに、家があるって事でしょうね」
『了解。この街の地図は記憶しています。璃子先輩、こちらに』
盾を左手に持ち、警棒を腰のウエポンラックに引っ掛けたケニングが、空いた右掌を璃子先輩に差し出す。
それに彼女が『うひゃー……アニメで見るやつだ』と呟きながら乗ると、機体のメインカメラがこちらを向いた。
『矢広さんも』
「いや。僕は咄嗟に動けた方が良い。ついでに、上から周囲を警戒したいから」
そう返事をして、杖先を上に向ける。
こういう時の為に、普段はスクロールを節約しているのだ。今日ぐらいは、大盤振る舞いさせてもらうとしよう。
『スクロール:念力』
トリガーを引いたのと、ほぼ同時。不可視の、魔眼越しに見れば半透明な腕が上へ向かって伸びる。
ぶっつけ本番だが、問題ない。これは、自分の魔法だ。
今思い描いている事が、出来ないはずがない。
念力の腕が壁沿いの太いパイプを掴んだ直後、全力で『自分』を引っ張る。
凄まじい速度で周囲の景色が流れ、文字通りあっという間に近くの4階建ての建物より高い位置へ。
右手で杖先下部を掴み、左手でレバーを動かす。空のスクロールケースが排出され、次のスクロールが装填された。
空中でぐるりと身を捻り、今度は別の建物の屋上にあるフェンスへと念力の腕を伸ばす。
同じ要領で、半透明な腕を動かして自身を引っ張った。
思った通り、『浮遊』で空を行くのより速い。それに、地形をある程度無視できる分こっちの方が便利だ。
チラリと地上を見れば、大して広くない路地だというのに、小鳥遊さんはケニングを器用に反転。方向転換を終えると同時に、足裏のローラーで走り出す。
空のビールケースやゴミ箱まで華麗に回避して疾走する人型ロボに、こんな時だと言うのに笑ってしまいそうになった。
だが、面頬の下で表情を引き締める。
「先行しつつ周囲を警戒します!」
『了解!』
互いに大声でそう告げた後、全速力で移動を開始する。
案の定、上から見る街の混乱具合は酷いものだった。
車のライトは所々で乱雑な方を照らしている場所もあり、事故が起きた事が推察できる。
そうでなくとも人々のざわめきがここまで聞こえており、近くの建物に避難しようとする人もいれば、スマホで周囲を撮影している人もいた。
その中を、移動していく。次々と建物から建物へ半透明な腕を伸ばし、体を引き寄せた。
杖の中のスクロールが空になる寸前で、一際大きく上へ。空中でマガジンを弾く様に交換し、再び別の建物へと飛んでいく。
どこぞの蜘蛛なヒーローじみた動きをしているわけだが、それでもロッソさんが見えない。
既に降下したか。だとすると、とんでもない速度で目的地周辺まで飛んだ事になる。
強力な異能者だとは思っていたが、それでもまだ認識が甘かったらしい。夜間になると、ここまでのスペックを発揮するとは。
自分達も、かなりの速度を出している。それもあって、黒煙が昇っている位置にもだいぶ近づいた。
何かが燃える臭い。誰かの悲鳴。そして────。
地面に広がる、赤色が出迎える。
「敵が近くにいます!警戒を!」
この辺りの街灯は、停電時の備えをしてあるのだろう。周囲の建物から明かりが消えた今も、道路をハッキリと照らしていた。
路上に転がる、幾人もの死体。それは、素人目にも事故で亡くなったのではないと分かる。
手足に噛み千切られた様な痕跡があり、胴体や頭に鋭い何かで斬りつけられた傷もあった。
そして、下手人の姿もすぐに発見する。
2メートル50センチ程もある巨体。鋼色の鱗が、発達した筋肉を完全に覆っていた。
骨格こそ人間に近いが、腰の後ろからは長い尾が伸びている。ねじれた角を頭から生やすその異形は……手に人形を握りしめたままの亡骸を持ち上げて、腸を貪っていた。
怪物が、先の大声に反応したのだろう。こちらへ顔を向けた。
血で真っ赤に濡れた口元から覗く、ずらりと並んだ鋭い牙。トカゲの様な頭に、縦長の瞳孔。
『ズメウ』
東欧に伝わる、人と竜の混ざった存在。強靭な肉体と魔法でもって、破壊と殺戮を行うモノ。
人外の力と人並みの知性を併せ持つ化け物。竜人と、視線がぶつかる。
「っ……!」
『GAAAAAAAッ!』
亡骸をまるでゴミの様に放り捨て、奴は重心を落としながら両腕を構えた。
見覚えのない型だが、間違いない。それは、『武術』と呼ぶべきものだ。
いいや、そんな事はどうでも良い。アレは───敵だ。
「推定ズメウを発見!交戦します!」
なけなしの理性を振り絞り、小鳥遊さん達に叫んだ。
先程放り捨てられた遺体から意識を外そうとするも、激情を抑えられない。片角から、脳内麻薬が溢れ出す。怒りのまま、思考を戦闘に傾けた。
念力の腕を奴の近くにある街灯に伸ばしながら、右手で剣を抜く。対する怪物も、指を揃え貫手の姿勢をとった。
「おおおおおおおおおっ!」
『GGGOOOOOOッ!』
空中から、勢いのまま振り下ろした片手半剣と。
地上から、それを迎撃する竜人の爪が衝突した。
巨大な鉄塊同士がぶつかった様な音が、夜の街に響き渡る。
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