第二話 未知との遭遇
第二話 未知との遭遇
「あ、あああああああ!?」
少年の絶叫が響き渡る。
近くにいたスーツの男性も、他の中学生達も、皆一様に驚いた顔で彼を見ていた。そして、血を流しながら座り込む彼に目を見開く。
彼らの悲鳴や混乱の声を無視し、骨の怪物は再びゆっくりと斧を振り上げていた。
緩慢な動きだが、彼らは魔物の存在に気づいていない。いいや、そもそも見えていないのだ。
剥き出しの頭蓋骨が、ニタリと笑った気がした。
どうする?どうすればいい。いや、考えている暇なんて────。
「う、うわあああああ!」
声を上げて、走る。
何とかしなきゃ。そう考えた結果、自分らしくもなく前へと足を動かしていた。
だが、勝算がないわけではない。自分は、あの化け物の事をある程度知っている。
大声を出して自分を勇気づけながら、骨の怪物に、『スケルトン』に飛びかかった。ギョッとした顔をする中学生達の横を駆け抜け、頭蓋骨目掛けて拳を突き出す。
────ずるっ。
「あっ!?」
しかし、何かに足を取られた。拳は空を切り、走ってきた勢いのままスケルトンにぶつかる。
衝撃で骨の体が吹き飛んでいき、自分はよろめきながらもどうにか踏ん張った。
足元を見れば、襲われた中学生の血で滑ってしまったらしい。
そのまま、蹲っている彼へと顔を向ける。
「だ、大丈夫!?その、えっと」
「あんた何なんだ!?」
「それより血が止まらねぇよ!」
「救急車!なあ、誰か救急車!」
他の中学生達は混乱した様子で、倒れている少年の周りに立っている。1人がすぐにバッグからタオルを出して傷口を押さえているが、血が止まる様子はない。
答えている暇がない事は、医療の知識がない自分にもすぐにわかった。
傷口に押し付けられたタオルの上から、彼の肩へと左手をかざす。
大丈夫。イメージトレーニングは何度もしてきた。だから……!
魔力に、体内を流れる奇妙な力に、指向性を持たせる。
『変若の血潮』
左掌に、淡い金色の輝きが出現。それは液体の様に渦を巻き、瞬く間に少年の傷口へと吸い込まれていった。
途端、真っ青だった彼の顔に血の気が戻る。
「げほっ、あ、え……俺……」
「山田!おい、大丈夫なのか!」
「なんだ、今の光……」
良かった。上手くいったらしい。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、魔眼が振り下ろされる斧を幻視する。
2秒先の未来に、自分は斬りつけられるのだ。
「うわっ!?」
慌ててその場から飛び退けば、先程のスケルトンが斧を振り下ろした所だった。
ガツン、と音を立てて、アスファルトの地面に刃がぶつかる。
「こ、このぉ!」
咄嗟に拳を握り、スケルトンへと振りかぶった。
魔眼が、避けられる未来を告げる。それに合わせて、無理やり腕を動かした。
拳が白い頭蓋骨を捉え、激しい音と共に罅を入れる。前歯が数本飛んでいき、スケルトンが大きく上体を仰け反らせた。
そのまま左手で肩を掴み、ハンマーを振り下ろす様に右拳を相手の脳天に叩き込む。
二度の衝撃に、頭蓋骨が砕け散った。すると、首から下の骨がバラバラになって地面に転がる。
「はぁ……はぁ……やった……!」
興奮からか、息が荒い。背中がじっとりとした汗を感じる。
散らばった骨が黒い靄に変わったかと思えば、小指の先サイズの石だけが残った。同時に、何かが自分の中に入ってくる感覚。
魔物を、倒したのだ。そう実感し、笑みがこぼれる。
思った通り。いいや、知っていた通りと言うべきか。
スケルトンは、正直言って弱い。
ダンジョンや魔物にも、危険度に差がある。冒険者講習で聞いたスケルトンは、初心者用のダンジョンに出てくる相手だ。
その講習で、ひたすら刃引きしたナイフを持った自衛官の人に刃を寸止めされた経験もあって、武器を持っている相手への耐性も少しだけある。
スケルトンと1対1なら、勝てると思えたのだ。
「も、もしもし!?救急ですか!?あの、人が倒れて!血を流しているんです!いや、流していたというか、少年?少女?兎に角、異能者っぽい人が、治した……のか?」
聞こえてきた声に視線を向ければ、スーツ姿の男の人が電話をしていた。どうやら、救急車を呼んでいるらしい。
「あ、あの!これ、霊的災害で……魔物が、出ました」
「あ、え、わかった……え、本当に?」
「はい……」
男の人は困惑した様子だが、一応頷いてくれる。
これで警察の異能者が来てくれるはずだ。一件落着かと思ったが、しかし再び、あの『カシャン』という音が聞こえてくる。
恐る恐る顔をそちらに向ければ、道の向こう側に何体ものスケルトンが立っていた。
ボロを纏い、手に錆びた剣や斧を握って、空っぽの眼孔を自分に向けている。
「いっ……!?」
「あ、あの……ありがとう、ございます?」
未だ状況が良く分かっていないらしい中学生達が、こちらに話しかけてくる。
それに慌てて振り返って、声を張り上げた。
「良いから逃げて!まだ!まだいる!化け物が!」
必死に声を張り上げれば、彼らも危険性をわかってくれたらしい。目を見開いて、顔を見合わせていた。
「あっちに……あっちの方に、喫茶『アルフ』って所があるから、そこに逃げて。冒険者が、いるから……!」
クランは、霊的災害……魔物が街中に出現した場合の、避難場所として扱われる事もある。
井上さんには少し申し訳ないが、彼らに自分が来た方向を指し示した。
「貴方も!早く、逃げてください……!」
幸い、スケルトンがいるのは前方だけだ。後ろに敵はいない。それに、この辺は都会とは程遠いだけあって、人通りも少なかった。
「え、えっ」
「急いで!」
「は、はい!」
普段なら出ない様な、大きな声が出る。その拍子に、額から何か生えた気がした。
偶に、角が生える事がある。左の額に、15センチ程のが1本だけ。
それが上手く威圧感を出してくれたのか、スーツ姿の男の人はスマホを握りしめたまま中学生達と走り出した。
同時に、スケルトン達がこちらに駆けてくる。
やはりというか、その足は遅い。代わりに、奴らは骨しかない癖に膂力が高いと講習で聞いた。
どうしてこうなったのだろう。ただ、冒険者になろうとクランの面接を受けに来ただけなのに。
思考は未だ纏まっていないが、やるべき事は決まっている。自分も逃げるのだ。
そう思い、スケルトン達に背中を向ける。
「ぎゃっ!?」
「えっ」
短い悲鳴が聞こえ、つい振り返ってしまった。
自分達がいた十字路から、20メートル程進んだ場所。そこで、お爺さんが1人座り込んでいた。
さっきまでいなかったはずなのに、大声を聞いて見に来たのかもしれない。
その右腕からは大量の血が流れており、彼の後ろにある開きっぱなしの玄関から、小学生程の子供まで出てきてしまった。
老人を切りつけたらしい、剣を持ったスケルトン。その刃こぼれだらけの刃が降り上げられ、老人の胴をバッサリと切り裂いた。
鮮血が舞い、彼は仰向けに倒れる。小刻みに痙攣する老人を揺らし、子供はただ泣いていた。
「お爺ちゃん!お爺ちゃぁん!」
「っ……!」
スケルトンの青い炎を灯した眼孔が、今度は子供へと向けられている。
視えていない事を確かめる様に、子供の前で刀身をプラプラと揺らした後、刃を振り上げた。
「ああ、もう!」
流石に、見捨てる事なんて出来なかった。
自分でも信じられない加速と共に、景色が流れていく。奴が剣を振り下ろすより先に、他のスケルトンの脇を駆け抜けて目の前まで近づいていた。
異能者になると、どういうわけか身体能力も上がる。今の自分は、オリンピック選手よりも速い。
振りかぶった拳を、そのまま叩き込む。今度は外さない。
一撃で頭蓋骨が飛んでいき、頭を失った骨の体が地面に散らばった。
すぐに視線を老人へと向ければ、彼は口から血の混じった咳をしている。まだ、生きているのだ。
『変若の血潮』
考えるより先に、固有異能を発動。淡い金色の水を、彼へと叩きつける様にして浴びせる。
そうすれば、瞬く間に傷が塞がった。心なしか、少し若返った気もするが。気のせいという事にした。
「げほっ……!い、いったい、何が……」
「お爺ちゃん!」
「説明は後です!その子と一緒に、逃げてください!立って!走って!」
そう怒鳴りつけながら、視線をスケルトン達へと向けた。
案の定、奴らは完全にこちらを『敵』と認識したらしい。頭蓋骨から表情なんてほとんどわからないが、武器を向けてくるという事はそういう事なのだろう。
玄関を開けたまま、自分が指さした方角へ老人が子供の手を引いて逃げて行った。魔物達は、それを追う様子すらない。
……大丈夫。大丈夫だ、矢広耕太。
考えてみれば、こんな状況は教室を襲うテロリストと同じぐらい、何度も妄想していただろう。
だったら、それを実行に移せば良い。
体の内側に流れる魔力に、意識を向けた。それを薄く体表に浮かせ、全身を包み込むイメージ。
ただ、それだけで十分。戦う準備は、完了する。
────『回帰の日』。自分の服装に違和感を覚えたのは当然の事だった。
なんせ、あの瞬間、実際に着ている物が変わっていたのだから。
魔力の流れを感じ取ったのか、2体のスケルトンが左右から襲い掛かってくる。それぞれ剣を持っており、同時に振り下ろしてきた。
それを、左右に掲げた腕で受け止める。発せられたのは、血が地面を汚す音ではなく、金属同士がぶつかった硬質な音。
戦国時代に使われていた様な、無骨な籠手が両腕を覆っている。それに張り付けられた金属の板が、刃を受け止めたのだ。
衝撃と痛みに眉を寄せながら、強引に振り払う。反動で、纏っていた黒地に金の模様が入った陣羽織が揺れた。
その下には、金色に輝く西洋の胸当と肩鎧。腰には剣帯が巻かれ、これまた西洋の片手半剣が吊るされている。
鎧の下に纏う衣服も洋服も、黒色。和洋の混ざった黒と金で構成されたこの装備こそ、自分の『霊装』。異能者が持つ、戦装束であった。
魔力で構成されたこれらは、当然同じく『魔力で構成された存在』である魔物に対抗する事が出来る。
吐き出す息が、鬼の口元を象った面頬に当たった。頭に鉢金の重さを感じながら、弾き飛ばしたスケルトン達を睨みつける。
「こい、化け物ども……!」
……でも、出来れば帰ってほしい!
鬼の血の影響か、はたまたエルフの血の影響か。『霊装』を纏った辺りで冷静さを取り戻していた。
ぶち上がった一時のテンションで啖呵を切ってしまったものの、怖いものは怖い。
自分を半包囲するスケルトン達に、足が震え始める。鈍い輝きを見せる刃に、喉が引きつった。1対1なら兎も角、数が多すぎる。10体はいるのではないか。
ここからでも逃げる手段は、ある。だが、すぐには使えない。アレは隙が多すぎる。
無意識に右手が剣帯に取り付けられた小さな筒に伸びかけるも、理性を総動員して腰の後ろにある『杖』のグリップを左手で掴んだ。
それに反応してか、スケルトン達が一斉に動き出す。歯を哄笑でも上げる様に打ち鳴らし、生者を殺めんと武器を振り上げた。
恐怖で目を閉じてしまいそうになった、瞬間。
「へ?」
幻視した未来に、素っ頓狂な声が出た。
どこからともなく聞こえてくるモーター音。それと同時に、自分へと迫っていたスケルトン達が一斉に撥ね飛ばされる。
まるでボーリングのピンの様に弾かれた骨の魔物達は、残骸を道路にバラバラと降らせた。
面頬の下で口をあんぐりと開けながら、通り過ぎて行った灰色の物体を見る。
無骨な鋼の装甲に、重厚な手足。右肩から先がなく、断面から覗くケーブルからバチバチと火花が散っている。
足裏のローラースケートの様な車輪で道路に黒い線を引いた、3メートル程の巨体。
無機質な一対のカメラアイが、こちらを向いた。
籠手に包まれた指で、目元を軽くこする。ちょっと痛い。
そうして再び視線を戻すが、灰色の物体は未だに自分の方をじっと見ていた。
……うん。
「ロボだこれぇええええ!?」
神代って、実はSFなの?
読んでいただきありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。大変ありがとうございます。創作の励みになりますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします。




